28 / 88
第26話
しおりを挟む
星々が輝き、月の光が窓から僅かに差し込む。
「俺は……」
銀髪の男が俯きながら電気のついた廊下を歩いていた。何のためにここに来たのだったか。思い出せる。忘れてなどいない。
「沙奈……」
その目的さえ叶えば良かった筈なのだ。松野が死んだことも、その目的には何の問題もない。何の、問題も。
たった一つ、それさえ叶えば彼は自分の命だって惜しくはない筈だった。
「絶対に助けてやるから……。だから、待っててくれ」
願いを込めた小さな呟きが廊下に響いた。
その声を聞く者はいるはずがないと彼は思っていた。ただ、それを聞いていた人間が一人。
「ーー四島雅臣」
名前を呼ばれた。
その声にしまったと肩をびくりと震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。まるで、その時間をたっぷりと使って平静を装おうとするように。
「九郎か」
「悪いね」
それは聞いてしまった事への謝罪だったのだろう。四島は苦笑いを顔に浮かべて「気にしないでくれ」と答えた。
「その、沙奈ってのは君にとって大切な存在なのか?」
九郎がそう尋ねれば、四島はゆっくりと頷いた。懐かしむように思える表情は、優しげで、どこか儚くも見える。
「ーーああ……。とても大事な存在なんだ」
噛み締めるように四島は言葉を吐き出した。
「そうか」
その答えに嘘はないことは明らかだった。これが四島雅臣という存在の持つ理由というモノ。これこそが四島雅臣が戦場に立つ必要。
「……もし、君が戦争に行かず、生きて、その沙奈という人の元に帰れるとしたらどうする?」
九郎の質問に、は、と小さく四島は笑った。それは諦めがあったから。彼には分かっている。自分が優秀である事が。自分の力が求められている事が。
戦争に行くことは必至。これは逃れられない運命だ。
「無理なもしもの話は止めてくれ。そんな希望があると縋ってしまう。まだ、死にたくないって、戦争に行きたくないって思ってしまうだろ」
その声には悲痛さを感じる。
「覚悟は出来てた筈なんだ……。でも、松野が死んだ事で、それをより強く感じるんだ」
「確かに無理かもしれない。でも希望がなきゃ、やってられないだろ」
九郎の言葉には四島は言葉を返せない。希望があった。それは生きて帰れるかもしれないというモノではなく、沙奈を助けられるという希望だ。
「ーー希望はある。それは俺が戦う事でしか手に入れられない。それに、沙奈もこんな今も必死に戦っているんだ。だから、俺が逃げるわけにはいかない」
そんな希望を彼は信じきっている。
そうであって欲しい。いや、そうでなければならない。
その言葉はまるで自分自身に言い聞かせるようで、怯えてしまっていた四島の心の震えを覆い隠す。
覚悟は出来たというような表情をして、四島はその場を去っていってしまった。
「四島、雅臣……」
九郎は遠くなっていくその背中を見送りながら、彼の名前を呟いた。
『もうすぐ大きな戦争が始まるぞ、岩松君』
「存じております」
とある一室にて岩松はある男と連絡をとっていた。
その部屋は少しばかり広い部屋だ。高級な椅子と大きな机。言ってしまえば校長室のような場所である。岩松が下手に出ていることからも、その相手というものの身分は岩松以上であることがわかった。
『アスタゴ合衆国、ノースタリア連合王国、フィンセス、ヴォーリァ連邦から陽の国は宣戦布告を受けた』
「同盟からの宣戦布告ですか」
アスタゴだけではない。敵となったのは他国の列強。陽の国が同盟を結んでいるのはマルテアとグランツ帝国。
ようやくだ。
これから、中栄国との戦争を上回る巨大な戦争が始まる。陽の国らのリーゼも、アスタゴらのタイタンも大量に投入されるこの世の地獄とも言えるであろう戦争が。
『勝てるのかね?』
訝しむような声が岩松の持つ受話器から響いた。
「勝てる、勝てないの話ではありませんよ。元帥殿」
『ーー岩松大将。君のその言葉に、私は安心を覚える。君に任せて良かったと』
受話器の向こうからはクツクツと笑う声が聞こえる。
『リーゼ指揮官、岩松大将。君にはどんな手段を使ってでも、この戦争に勝利することに専念してもらいたい』
「ーー元帥の仰せのとおりに」
岩松が答えに満足したのか元帥からの通話は切れた。
「勝って見せよう、元帥。それこそが私の願いなのだ」
遂にここまで来た。様々なものを切り捨ててきた。勝利を欲した。貢献を求めた。
気に入らないものは全て、全て、全て。切り捨てて仕舞えばいい。
「ーーあの時のように」
思い出すのはとある男の顔だ。黒髪の男。最後に岩松があったのは、その男が二十代の頃であった。
愛するは陽の国。人を愛するつもりはない。彼の身はとうに陽の国へ捧げた。狂気的な愛国心が全てを塗りつぶす。
ーーこれは岩松の記憶。
その記憶は暗い屋内のものだ。コンクリートでできた大きな建物の中。人は全くいない。
『どうしてだ、親父!』
青年が叫ぶ。
縄で縛られた憎き息子の感情的な顔を冷めた表情で見ながら、右手に持った拳銃の銃口を頭に向けた。
隣には岩松の息子同様、縄で縛られたノースタリア連合王国出身と思われる娘がいた。
『んんっ!』
その娘は口をも縛られ、満足に話すこともできない。
『どうして、か……』
興味もなさげに呟きながら銃弾を撃ち放ってから岩松は答えた。脳天を撃ち抜かれた彼の息子は絶命する。
『ーーっ、んんーーっ!!』
必死に暴れて、逃げようとする女を側に控えていた岩松の部下が取り押さえた。
『ーー娘がいるな?』
岩松は女に目線を合わせようとしゃがみ込む。
『その娘は助けてやろう』
そう言って銃を女に突きつけて発砲した。女はあっけなくも死に絶える。その顔には涙と血が溢れ出て、恐怖をたたえる。
『異邦の血など私は好まぬがな』
答えを求めていたものはもういない。
『……お前ら、これらを処理しておけ』
岩松の言葉に返答もせずに部下たちは処理を始める。血を洗い、死体を運ぶ。
娘を助けたのはどうしてか。道具として利用するためか、面白半分か。
ともかくとして、この男には愛などあるはずが無かった。
「俺は……」
銀髪の男が俯きながら電気のついた廊下を歩いていた。何のためにここに来たのだったか。思い出せる。忘れてなどいない。
「沙奈……」
その目的さえ叶えば良かった筈なのだ。松野が死んだことも、その目的には何の問題もない。何の、問題も。
たった一つ、それさえ叶えば彼は自分の命だって惜しくはない筈だった。
「絶対に助けてやるから……。だから、待っててくれ」
願いを込めた小さな呟きが廊下に響いた。
その声を聞く者はいるはずがないと彼は思っていた。ただ、それを聞いていた人間が一人。
「ーー四島雅臣」
名前を呼ばれた。
その声にしまったと肩をびくりと震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。まるで、その時間をたっぷりと使って平静を装おうとするように。
「九郎か」
「悪いね」
それは聞いてしまった事への謝罪だったのだろう。四島は苦笑いを顔に浮かべて「気にしないでくれ」と答えた。
「その、沙奈ってのは君にとって大切な存在なのか?」
九郎がそう尋ねれば、四島はゆっくりと頷いた。懐かしむように思える表情は、優しげで、どこか儚くも見える。
「ーーああ……。とても大事な存在なんだ」
噛み締めるように四島は言葉を吐き出した。
「そうか」
その答えに嘘はないことは明らかだった。これが四島雅臣という存在の持つ理由というモノ。これこそが四島雅臣が戦場に立つ必要。
「……もし、君が戦争に行かず、生きて、その沙奈という人の元に帰れるとしたらどうする?」
九郎の質問に、は、と小さく四島は笑った。それは諦めがあったから。彼には分かっている。自分が優秀である事が。自分の力が求められている事が。
戦争に行くことは必至。これは逃れられない運命だ。
「無理なもしもの話は止めてくれ。そんな希望があると縋ってしまう。まだ、死にたくないって、戦争に行きたくないって思ってしまうだろ」
その声には悲痛さを感じる。
「覚悟は出来てた筈なんだ……。でも、松野が死んだ事で、それをより強く感じるんだ」
「確かに無理かもしれない。でも希望がなきゃ、やってられないだろ」
九郎の言葉には四島は言葉を返せない。希望があった。それは生きて帰れるかもしれないというモノではなく、沙奈を助けられるという希望だ。
「ーー希望はある。それは俺が戦う事でしか手に入れられない。それに、沙奈もこんな今も必死に戦っているんだ。だから、俺が逃げるわけにはいかない」
そんな希望を彼は信じきっている。
そうであって欲しい。いや、そうでなければならない。
その言葉はまるで自分自身に言い聞かせるようで、怯えてしまっていた四島の心の震えを覆い隠す。
覚悟は出来たというような表情をして、四島はその場を去っていってしまった。
「四島、雅臣……」
九郎は遠くなっていくその背中を見送りながら、彼の名前を呟いた。
『もうすぐ大きな戦争が始まるぞ、岩松君』
「存じております」
とある一室にて岩松はある男と連絡をとっていた。
その部屋は少しばかり広い部屋だ。高級な椅子と大きな机。言ってしまえば校長室のような場所である。岩松が下手に出ていることからも、その相手というものの身分は岩松以上であることがわかった。
『アスタゴ合衆国、ノースタリア連合王国、フィンセス、ヴォーリァ連邦から陽の国は宣戦布告を受けた』
「同盟からの宣戦布告ですか」
アスタゴだけではない。敵となったのは他国の列強。陽の国が同盟を結んでいるのはマルテアとグランツ帝国。
ようやくだ。
これから、中栄国との戦争を上回る巨大な戦争が始まる。陽の国らのリーゼも、アスタゴらのタイタンも大量に投入されるこの世の地獄とも言えるであろう戦争が。
『勝てるのかね?』
訝しむような声が岩松の持つ受話器から響いた。
「勝てる、勝てないの話ではありませんよ。元帥殿」
『ーー岩松大将。君のその言葉に、私は安心を覚える。君に任せて良かったと』
受話器の向こうからはクツクツと笑う声が聞こえる。
『リーゼ指揮官、岩松大将。君にはどんな手段を使ってでも、この戦争に勝利することに専念してもらいたい』
「ーー元帥の仰せのとおりに」
岩松が答えに満足したのか元帥からの通話は切れた。
「勝って見せよう、元帥。それこそが私の願いなのだ」
遂にここまで来た。様々なものを切り捨ててきた。勝利を欲した。貢献を求めた。
気に入らないものは全て、全て、全て。切り捨てて仕舞えばいい。
「ーーあの時のように」
思い出すのはとある男の顔だ。黒髪の男。最後に岩松があったのは、その男が二十代の頃であった。
愛するは陽の国。人を愛するつもりはない。彼の身はとうに陽の国へ捧げた。狂気的な愛国心が全てを塗りつぶす。
ーーこれは岩松の記憶。
その記憶は暗い屋内のものだ。コンクリートでできた大きな建物の中。人は全くいない。
『どうしてだ、親父!』
青年が叫ぶ。
縄で縛られた憎き息子の感情的な顔を冷めた表情で見ながら、右手に持った拳銃の銃口を頭に向けた。
隣には岩松の息子同様、縄で縛られたノースタリア連合王国出身と思われる娘がいた。
『んんっ!』
その娘は口をも縛られ、満足に話すこともできない。
『どうして、か……』
興味もなさげに呟きながら銃弾を撃ち放ってから岩松は答えた。脳天を撃ち抜かれた彼の息子は絶命する。
『ーーっ、んんーーっ!!』
必死に暴れて、逃げようとする女を側に控えていた岩松の部下が取り押さえた。
『ーー娘がいるな?』
岩松は女に目線を合わせようとしゃがみ込む。
『その娘は助けてやろう』
そう言って銃を女に突きつけて発砲した。女はあっけなくも死に絶える。その顔には涙と血が溢れ出て、恐怖をたたえる。
『異邦の血など私は好まぬがな』
答えを求めていたものはもういない。
『……お前ら、これらを処理しておけ』
岩松の言葉に返答もせずに部下たちは処理を始める。血を洗い、死体を運ぶ。
娘を助けたのはどうしてか。道具として利用するためか、面白半分か。
ともかくとして、この男には愛などあるはずが無かった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる