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第52話
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陽の国、某所。
二人の青年が民家の前に立ち、鍵を開け、銀髪の方の青年が右手で扉を横に開いた。
久方ぶりの家。
誰も居なかったからか、埃臭いような、どこか懐かしい様なそんな場所。養父と妹と過ごした大切な場所。
帰ってきた。
おめおめと逃げ帰ってきた。
月夜に包まれた家の中、明かりを灯す。静かな部屋、二人の足の音が床を踏む音だけが響く。
リビングに放置されているソファに腰を下ろす。テレビはあるが、それを点ける素振りを四島は見せなかった。
数十秒、ソファに座って、何もせずにいた。
突然に、四島の目から涙が零れ落ちる。
目頭が熱くなって、耐えきれない苦しさを感じて、数滴の雫が床に落下する。
「っぁ……」
嗚咽が響く。
立ち止まるという行為によって、忙しなく動き続けていた足が止まったことによって、家という場所に帰ってきてしまった事によって、脳が叫ぶ。
生きていられて良かった。
そんな事を考えてはならないという理性との鬩ぎ合い、感情がかき混ぜられて、狂って、混沌を生み出す。
吐き出す言葉には違和感だらけ。
感情の発露が、優しく四島を包み込む。押さえつけていたものを吐き出して、彼は安心を覚えていた。
スッキリした。
そう言ってもいいだろう。
「…………」
竹倉は言葉を挟めなかった。
挟むほどの言葉がなかった。涙を流すほどの感情にかける声など見当たらなかった。
「俺は、お前の友達でよかったよ…………」
竹倉は四島には聞こえない声を漏らした。
友達でなければ、きっと四島をただの完璧で、天才で、手の届かないところに居る理解のできない、自分とは別種族の存在なのだと嫌悪しただろう。
後ろめたさがありながらも、それでもそんな彼が機械などでは無い。生きた人間である事をきっと、友達でなければ知ろうとすることもなかったはずだ。
「ぁあ、うぅぁあ」
五分程だろうか。泣き腫らして、枯れ果てたかの様に、四島の涙が止まる。
しゃくり上げる様な声は僅かに聞こえるが、それだけだ。
「雅臣」
竹倉はようやく、声をかける機会を見つけた。
名前を呼べば、四島は真っ赤にした目の下を見せる。
痛ましい顔をしている。四島が、こんな顔をする事は竹倉にだって予想できなかった。戦争さえなければ、こんな顔を見る事は一生なかったかも知れない。
不謹慎な物言いになるが、沙奈が死んでしまった場合も、雅臣はこんな顔をするのだろうかという疑問を覚えた。
「……今日は寝るんだ。朝になったら病院に行こう。それで良いだろ?」
質問もする事なく、四島は黙って頷く。
考える力が働かなかった様にも見える。四島は、それほどまでに弱っていたのだろう。
「俺も今日は泊まってく」
四島は、竹倉の言葉に強い安堵を覚えたのだ。
奪われて仕舞えば、そこまでで無くしてしまったものは取り返せない。だから、人は強くなければならない。
何者にも何かを奪われない様に。
『強く生きなさい……』
熱の奪われていく女性の体を少年は抱きとめた。
『何も奪われない、よう、に……』
彼女の言葉を信じて進む。
踏み躙る足を退けるために、少年は立ち上がった。勝たなければならない。
負けてはならない。
生きていなければならない。
奪われてはならない。
奪う者を許してはならない。
奪っていく全てから、自分を守るために。
最初はそんなものだったはずだ。
強くならなければならない。
でなければ失う事になるから。
人に守られ、自分を守った人の命が目の前で失われた時から、これは呪いの様に絡みつき、そして形を変えて少年の糧となった。
強くあれ。
何者にも奪われぬ様に。
強く、強く、強く。ただ、強く。只管に自らを鍛えろ。
最強。
それが答えになる。
最も強く在ればいい。
誰よりも強く、そして誰よりも奪われない者となれ。
それが強く生きるということだ。
それが最強を目指した原初の理由だ。
巨大な足が地面に落とされる。ズシンと大きな音を立て大地が揺れる。
「ロッソ……」
大陸、日の沈む中を進む。
敵機、タイタンを仕留める。それが阿賀野が求める最強の証明となるだろう。
目的はたった一つ。
松野を倒したタイタンを殺すこと。
「待ってろ」
燃え上がる闘志は冷めやらぬ。
その熱意に冷や水をかけては余計に昂り、冷や水をかけた者に阿賀野は殺意をぶつけるだろう。
『四島、目的は戦争の……、まあ、僕も人の事は言えないか』
誰一人として、戦争の勝利への貢献を求めない戦線で、阿賀野は最強の証明だけをしようとしている。
九郎はこうしてここにいる時点で、目的のほぼ全ては叶っている。美空に関してはどうにもならない問題ではあった。
『好きにしたらいいさ』
どうせ、最早、何の意味もない。
ここまで来ては何をしても良いだろう。向こうの事、陽の国で起きる事は九郎の雇い主である佐藤が何とかするはずなのだ。
などと、半ば投げやり気味な考えに至るが、九郎の立場で考えると仕方がないだろう。
現段階で佐藤と連絡を取る手段もないのだ。あちらで起きる事にアスタゴに居る彼に対処する術はない。
阿賀野を手放しで自由にさせても関係ない。今までも、九郎は手綱を握った覚えは無かったが。
阿賀野は忠義を全うする騎士ではなく、暴れ回る狂乱の戦士なのだから。その方が余程、良い動きをするだろう。
「ああ、好きにするさ」
阿賀野自体理解している。面倒な事は考える必要がない。やりたい事をするだけだ。
それでも、全ては回っていくのだ。
「文句ねえだろ?」
『僕はもう無いね』
吹っ切れたかの様に九郎は息を漏らして、軽く笑う。
『私も』
この場には、誰一人として阿賀野を止めるものは居なかった。
二人の青年が民家の前に立ち、鍵を開け、銀髪の方の青年が右手で扉を横に開いた。
久方ぶりの家。
誰も居なかったからか、埃臭いような、どこか懐かしい様なそんな場所。養父と妹と過ごした大切な場所。
帰ってきた。
おめおめと逃げ帰ってきた。
月夜に包まれた家の中、明かりを灯す。静かな部屋、二人の足の音が床を踏む音だけが響く。
リビングに放置されているソファに腰を下ろす。テレビはあるが、それを点ける素振りを四島は見せなかった。
数十秒、ソファに座って、何もせずにいた。
突然に、四島の目から涙が零れ落ちる。
目頭が熱くなって、耐えきれない苦しさを感じて、数滴の雫が床に落下する。
「っぁ……」
嗚咽が響く。
立ち止まるという行為によって、忙しなく動き続けていた足が止まったことによって、家という場所に帰ってきてしまった事によって、脳が叫ぶ。
生きていられて良かった。
そんな事を考えてはならないという理性との鬩ぎ合い、感情がかき混ぜられて、狂って、混沌を生み出す。
吐き出す言葉には違和感だらけ。
感情の発露が、優しく四島を包み込む。押さえつけていたものを吐き出して、彼は安心を覚えていた。
スッキリした。
そう言ってもいいだろう。
「…………」
竹倉は言葉を挟めなかった。
挟むほどの言葉がなかった。涙を流すほどの感情にかける声など見当たらなかった。
「俺は、お前の友達でよかったよ…………」
竹倉は四島には聞こえない声を漏らした。
友達でなければ、きっと四島をただの完璧で、天才で、手の届かないところに居る理解のできない、自分とは別種族の存在なのだと嫌悪しただろう。
後ろめたさがありながらも、それでもそんな彼が機械などでは無い。生きた人間である事をきっと、友達でなければ知ろうとすることもなかったはずだ。
「ぁあ、うぅぁあ」
五分程だろうか。泣き腫らして、枯れ果てたかの様に、四島の涙が止まる。
しゃくり上げる様な声は僅かに聞こえるが、それだけだ。
「雅臣」
竹倉はようやく、声をかける機会を見つけた。
名前を呼べば、四島は真っ赤にした目の下を見せる。
痛ましい顔をしている。四島が、こんな顔をする事は竹倉にだって予想できなかった。戦争さえなければ、こんな顔を見る事は一生なかったかも知れない。
不謹慎な物言いになるが、沙奈が死んでしまった場合も、雅臣はこんな顔をするのだろうかという疑問を覚えた。
「……今日は寝るんだ。朝になったら病院に行こう。それで良いだろ?」
質問もする事なく、四島は黙って頷く。
考える力が働かなかった様にも見える。四島は、それほどまでに弱っていたのだろう。
「俺も今日は泊まってく」
四島は、竹倉の言葉に強い安堵を覚えたのだ。
奪われて仕舞えば、そこまでで無くしてしまったものは取り返せない。だから、人は強くなければならない。
何者にも何かを奪われない様に。
『強く生きなさい……』
熱の奪われていく女性の体を少年は抱きとめた。
『何も奪われない、よう、に……』
彼女の言葉を信じて進む。
踏み躙る足を退けるために、少年は立ち上がった。勝たなければならない。
負けてはならない。
生きていなければならない。
奪われてはならない。
奪う者を許してはならない。
奪っていく全てから、自分を守るために。
最初はそんなものだったはずだ。
強くならなければならない。
でなければ失う事になるから。
人に守られ、自分を守った人の命が目の前で失われた時から、これは呪いの様に絡みつき、そして形を変えて少年の糧となった。
強くあれ。
何者にも奪われぬ様に。
強く、強く、強く。ただ、強く。只管に自らを鍛えろ。
最強。
それが答えになる。
最も強く在ればいい。
誰よりも強く、そして誰よりも奪われない者となれ。
それが強く生きるということだ。
それが最強を目指した原初の理由だ。
巨大な足が地面に落とされる。ズシンと大きな音を立て大地が揺れる。
「ロッソ……」
大陸、日の沈む中を進む。
敵機、タイタンを仕留める。それが阿賀野が求める最強の証明となるだろう。
目的はたった一つ。
松野を倒したタイタンを殺すこと。
「待ってろ」
燃え上がる闘志は冷めやらぬ。
その熱意に冷や水をかけては余計に昂り、冷や水をかけた者に阿賀野は殺意をぶつけるだろう。
『四島、目的は戦争の……、まあ、僕も人の事は言えないか』
誰一人として、戦争の勝利への貢献を求めない戦線で、阿賀野は最強の証明だけをしようとしている。
九郎はこうしてここにいる時点で、目的のほぼ全ては叶っている。美空に関してはどうにもならない問題ではあった。
『好きにしたらいいさ』
どうせ、最早、何の意味もない。
ここまで来ては何をしても良いだろう。向こうの事、陽の国で起きる事は九郎の雇い主である佐藤が何とかするはずなのだ。
などと、半ば投げやり気味な考えに至るが、九郎の立場で考えると仕方がないだろう。
現段階で佐藤と連絡を取る手段もないのだ。あちらで起きる事にアスタゴに居る彼に対処する術はない。
阿賀野を手放しで自由にさせても関係ない。今までも、九郎は手綱を握った覚えは無かったが。
阿賀野は忠義を全うする騎士ではなく、暴れ回る狂乱の戦士なのだから。その方が余程、良い動きをするだろう。
「ああ、好きにするさ」
阿賀野自体理解している。面倒な事は考える必要がない。やりたい事をするだけだ。
それでも、全ては回っていくのだ。
「文句ねえだろ?」
『僕はもう無いね』
吹っ切れたかの様に九郎は息を漏らして、軽く笑う。
『私も』
この場には、誰一人として阿賀野を止めるものは居なかった。
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