傲慢な戦士:偽

ヘイ

文字の大きさ
71 / 88
第二部

第7話

しおりを挟む
 
 賭けに負け、昼を買いに来た二人の背後に近づく影があった。
「よっ、バカ二人」
 声をかけたのはクリストファーとアーノルドよりも年上の男性警官だ。
「はあ、こりゃあどうも」
 若干の苛立ちを覚えながらも、声をかけられた方向へと振り返る。そこにはがっしりとした体つきの男が立っていて、顔には笑みが張り付けられている。
「お前らも昼か?」
 そう尋ねると言う事は、警察官である彼もまた昼を買うために来たのだろう。
「まあ、賭けで負けちまいまして」
「ははっ、元刑事が賭けか」
 彼は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「賭けっつってもたかだか昼飯ですがね」
「誰と賭けたんだ?」
「コイツと、後は副団長、エマと新入りです。弾六発のうち何発当てれるかって賭けしたんですよ。最初は私とコイツだけだったんですがね」
「そうなんですよ、途中から副団長が入ってきたんです」
 クリストファーが名前を挙げると男は笑った。
「と言うか、お前ら新入りに負けたのか!? オスカーなら分かるんだが……」
 信じられない、と言いたげに目を見開いて大声を上げた。
 オスカーの実力に関しては彼はよく分かっていた。
「バカにしないでくださいよ。エマも、流石に英雄の血を引いて、エヴァンスを名乗るだけの実力はありましたね。それに新入りは六発全部当てたんですよ」
「……すごいな、その新入り。で、因みにその新入り、名前は?」
「アリエル・アガター。まあ、金髪の娘ですよ」
「金髪の……。ああ、そういやこの前、電車ん中で、お前らんとこの副団長と一緒にいるの見たかもしれんな」
 顎を右手でさすりながら男性警官は頭の中に前に見た少女の姿を思い浮かべる。
「えらい綺麗な娘だったな……」
「もしかしたら俺に気があるかもしれないんですよ」
 アーノルドが言うと警官は良い笑顔を浮かべて否定の言葉を吐き出した。
「アーノルド、それはないだろうから安心しろ」
「まあ、アーノルドは絶対に有り得ないかもしれませんが……」
「いや何、お前自分はちょっとでもあると思ってんだ。お前もありえないだろ」
 容赦のない言葉が突き刺さる。
「まあ、せいぜい頑張れよ」
 激励の言葉をかけて彼は先に店から出て行ってしまった。
「なあ、クリストファーよ」
 隣に立っている相棒にアーノルドは呼びかけた。それに対してクリストファーは頷く。
「ああ、わかっているアーノルド」
 二人の考えは完全に一致していた。
 あの、元上司を見返してやる。
 憎き男の名前を叫ぶ声は重なった。
「ロペェエエス!」
 フィン・ロペス警部補。
 それが彼らの怒りを引き出した男の名前だ。





 店から出たフィンは駐車場に止めてあるパトカーのドアを開いて、助手席にどかりと座り込んだ。
「フィンさん」
「ほらよ、リチャード。お前の分だ」
 車内で待機していたのはフィンの部下である青年で、その体つきはクリストファーとアーノルドと比べて華奢に見える。
 運転席で待機していた彼にフィンは先ほど買ってきた昼飯を投げ渡す。
「ありがとうございます」
「おう」
 パトカーに乗り込んで、渡されたバーガーを頬張るとリチャードは助手席に腰掛けているフィンへと視線を向けた。
「それにしても、全く手がかりが掴めませんね」
 リチャードという若き警察はとある組織の捜査に熱をあげていた。
「そうだなぁ」
 それを知っているフィンはどうでも良さげに頷いてみせた。
「そうだなって……。フィンさん、やる気あるんですか?」
「つっても、全然見つからないからな」
 片手に持っているバーガーを食べて、ドリンクを流し込む。
「この前だって惜しい所まで行ったじゃないですか!」
「惜しいところって……。たぶん、ありゃあ末端だ。下っ端いくら捕まえたところで何の情報も吐きゃしねぇよ」
 フィンは口についたソースを右手親指で拭い、指についたそれを舐める。
「はあ……、俺もファントムのボスの逮捕に貢献したいですね。そしたら俺も昇級できますし」
 リチャードの言葉を聞いてバーガーを食べ切り、ドリンクを飲んで口を潤わせたフィンは溜息を吐いてから告げる。
「ははっ、お前にゃ無理だ」
 断言だった。
「ちょっ、何でですか!」
 リチャードは受け入れられなかったのか車内で、隣に座るフィンの方へと顔を向けて叫んだ。
「お前にできるんなら、とっくにファントムのボスなんざ捕まってるよ」
 フィンの言葉をリチャードに否定する事はできなかった。若造の彼がファントムのボスを逮捕する。
 出来るわけがないとリチャードも心の何処かで理解できていたから。
「それも、そうですね。はあ……」
 捕まえることができたのなら、まるでドラマの様なサクセスストーリーだ。リチャード本人としても、自分の存在はドラマとは縁遠い存在であるとは思っている。
「ほら、パトカー出せ。食い終わったろ?」
「分かりましたよ」
「俺が急かしたからって、事故るなよ?」
「分かってますって」
 エンジンをかけてリチャードはパトカーを発進させた。
「ーーお前にゃ無理だな」
「何でもう一回言ったんですかね?」
 リチャードは溜息を吐きながら呟く。
「気にすんな」
 フィンの視線は店から出てきた二人の男を見ていた。
「それに事件だってファントムだけじゃないからな」
「分かってますよ。……あ、でも、最近だと裏でファントムが糸を引いてるんじゃないかって言うのもあってですね?」
「お前なぁ。それは小説とかドラマの見過ぎだ」
「ですよね。いや、流石にそれを信じるほど俺も間抜けじゃないですよ?」
 注意を受けたリチャードは苦笑いを浮かべながらも、丁寧な運転を続ける。
「…………」
 助手席に座るフィンは、リチャードの顔を見た後で悩ましげな表情を浮かべた。





「昼、買ってきましたよ」
 クリストファーらが基地に戻ると先程、昼飯の賭けを行ったメンバーがチラホラと確認できる。
 昼飯の入った袋をテーブルの上に置くと全員が集まってくる。
「何買ってきたんですか?」
 袋を見ながら一人の男性が尋ねた。
「おい、オリバー」
「え? どうしました、クリストファーさん」
「お前、何しれっとこっち来てんだ」
 賭けのメンバーとは全く関係のないオリバーまでが袋の前に来ていた。
「つーか、何でお前が一番早くこっちに来てんだよ」
 アーノルドも若干呆れたような表情をしながら、オリバーの目を見つめた。
「えー、俺の分は無いんですか?」
 彼が尋ねた瞬間にアーノルドによって右手で頬を掴まれた。
「お前、昨日散々ピザ食ってたよなぁ?」
「昨日の分は昨日の分でふよぉ」
 モゴモゴと口を動かして言い訳をしながらも、昼飯の入った袋に手を伸ばそうとするが届かない。
「んじゃ、オレ達で分けるが……」
 この光景を横目でチラリと見てから、オスカーが袋の中を覗き込むと、袋の中にはハンバーガーとドリンクが入っている。
「じゃあ、さっきの賭けで弾当てた数多かった奴から選んでくって事でいいか?」
 入っていたハンバーガーは全てが同じものではなく、様々な種類が入っていた。
「え!? 私達が買ってきたんですよ!」
 その条件にクリストファーが文句を言うと、
「賭けに負けたのが悪い。オレはこれだな」
 オスカーは容赦なく言い切った。
「あ、じゃあ私もですね。どれが美味しいのか分かんないんだよね……」
「なら、これが良い」
「エマ、ありがとね」
「うん」
 と、順々に好きなものを取っていき、結局、クリストファーらには選ぶ権利が与えられなかった。
「あ、じゃあ俺はこれを……」
 自然に混ざるように右手を伸ばす影があった。勿論、オリバーだ。
「アーノルド……」
 名前を呼ぶと手慣れた手つきでオリバーの伸ばした右手を掴み、流れのまま取り押さえる。流石に元警察官と言うべきか。
 うつ伏せで倒れたオリバーの背中に筋肉の塊が乗っかり、その筋肉はハンバーガーをモサモサと食べる。
「いやー、いい椅子だな」
 アーノルドがグラグラと腰を揺らすと下から「ぐぇえ」と呻き声が響いた。
「お、そうなのか。どれ私も……」
「お、重いぃ……」
 床に倒れているオリバーにクリストファーも腰を下ろす。総重量約二百キログラムの肉体がオリバーの背中に乗せられた。
 その苦しむような声を聞いて、彼ら二人はストレスを解消しているようだ。賭けに負けたこと、フィンに馬鹿にされたこと。それはもう八つ当たりのようなものも含まれている。
「……何をやってるんだい?」
 この場に偶然やってきたフィリップは堪らず疑問を口にする。
「見て分からんのか、昼飯だ」
 クリストファーがふと笑みを浮かべながら答えた。
「オリバーが潰れてるけど?」
「た、助けてください」
「こいつ、手癖が悪くてな」
 クリストファーの言葉にフィリップは納得した。
「フィリップさん……」
 必死に助けを求めるオリバーからふいとフィリップは視線を外す。
「ボクもそろそろお昼にしようかな」
 そして同部屋の住人を見捨てるように背中を向けて、彼は部屋を後にする。
 フィリップは自分の名前を叫ぶ声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...