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第二部
第7話
しおりを挟む賭けに負け、昼を買いに来た二人の背後に近づく影があった。
「よっ、バカ二人」
声をかけたのはクリストファーとアーノルドよりも年上の男性警官だ。
「はあ、こりゃあどうも」
若干の苛立ちを覚えながらも、声をかけられた方向へと振り返る。そこにはがっしりとした体つきの男が立っていて、顔には笑みが張り付けられている。
「お前らも昼か?」
そう尋ねると言う事は、警察官である彼もまた昼を買うために来たのだろう。
「まあ、賭けで負けちまいまして」
「ははっ、元刑事が賭けか」
彼は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「賭けっつってもたかだか昼飯ですがね」
「誰と賭けたんだ?」
「コイツと、後は副団長、エマと新入りです。弾六発のうち何発当てれるかって賭けしたんですよ。最初は私とコイツだけだったんですがね」
「そうなんですよ、途中から副団長が入ってきたんです」
クリストファーが名前を挙げると男は笑った。
「と言うか、お前ら新入りに負けたのか!? オスカーなら分かるんだが……」
信じられない、と言いたげに目を見開いて大声を上げた。
オスカーの実力に関しては彼はよく分かっていた。
「バカにしないでくださいよ。エマも、流石に英雄の血を引いて、エヴァンスを名乗るだけの実力はありましたね。それに新入りは六発全部当てたんですよ」
「……すごいな、その新入り。で、因みにその新入り、名前は?」
「アリエル・アガター。まあ、金髪の娘ですよ」
「金髪の……。ああ、そういやこの前、電車ん中で、お前らんとこの副団長と一緒にいるの見たかもしれんな」
顎を右手でさすりながら男性警官は頭の中に前に見た少女の姿を思い浮かべる。
「えらい綺麗な娘だったな……」
「もしかしたら俺に気があるかもしれないんですよ」
アーノルドが言うと警官は良い笑顔を浮かべて否定の言葉を吐き出した。
「アーノルド、それはないだろうから安心しろ」
「まあ、アーノルドは絶対に有り得ないかもしれませんが……」
「いや何、お前自分はちょっとでもあると思ってんだ。お前もありえないだろ」
容赦のない言葉が突き刺さる。
「まあ、せいぜい頑張れよ」
激励の言葉をかけて彼は先に店から出て行ってしまった。
「なあ、クリストファーよ」
隣に立っている相棒にアーノルドは呼びかけた。それに対してクリストファーは頷く。
「ああ、わかっているアーノルド」
二人の考えは完全に一致していた。
あの、元上司を見返してやる。
憎き男の名前を叫ぶ声は重なった。
「ロペェエエス!」
フィン・ロペス警部補。
それが彼らの怒りを引き出した男の名前だ。
店から出たフィンは駐車場に止めてあるパトカーのドアを開いて、助手席にどかりと座り込んだ。
「フィンさん」
「ほらよ、リチャード。お前の分だ」
車内で待機していたのはフィンの部下である青年で、その体つきはクリストファーとアーノルドと比べて華奢に見える。
運転席で待機していた彼にフィンは先ほど買ってきた昼飯を投げ渡す。
「ありがとうございます」
「おう」
パトカーに乗り込んで、渡されたバーガーを頬張るとリチャードは助手席に腰掛けているフィンへと視線を向けた。
「それにしても、全く手がかりが掴めませんね」
リチャードという若き警察はとある組織の捜査に熱をあげていた。
「そうだなぁ」
それを知っているフィンはどうでも良さげに頷いてみせた。
「そうだなって……。フィンさん、やる気あるんですか?」
「つっても、全然見つからないからな」
片手に持っているバーガーを食べて、ドリンクを流し込む。
「この前だって惜しい所まで行ったじゃないですか!」
「惜しいところって……。たぶん、ありゃあ末端だ。下っ端いくら捕まえたところで何の情報も吐きゃしねぇよ」
フィンは口についたソースを右手親指で拭い、指についたそれを舐める。
「はあ……、俺もファントムのボスの逮捕に貢献したいですね。そしたら俺も昇級できますし」
リチャードの言葉を聞いてバーガーを食べ切り、ドリンクを飲んで口を潤わせたフィンは溜息を吐いてから告げる。
「ははっ、お前にゃ無理だ」
断言だった。
「ちょっ、何でですか!」
リチャードは受け入れられなかったのか車内で、隣に座るフィンの方へと顔を向けて叫んだ。
「お前にできるんなら、とっくにファントムのボスなんざ捕まってるよ」
フィンの言葉をリチャードに否定する事はできなかった。若造の彼がファントムのボスを逮捕する。
出来るわけがないとリチャードも心の何処かで理解できていたから。
「それも、そうですね。はあ……」
捕まえることができたのなら、まるでドラマの様なサクセスストーリーだ。リチャード本人としても、自分の存在はドラマとは縁遠い存在であるとは思っている。
「ほら、パトカー出せ。食い終わったろ?」
「分かりましたよ」
「俺が急かしたからって、事故るなよ?」
「分かってますって」
エンジンをかけてリチャードはパトカーを発進させた。
「ーーお前にゃ無理だな」
「何でもう一回言ったんですかね?」
リチャードは溜息を吐きながら呟く。
「気にすんな」
フィンの視線は店から出てきた二人の男を見ていた。
「それに事件だってファントムだけじゃないからな」
「分かってますよ。……あ、でも、最近だと裏でファントムが糸を引いてるんじゃないかって言うのもあってですね?」
「お前なぁ。それは小説とかドラマの見過ぎだ」
「ですよね。いや、流石にそれを信じるほど俺も間抜けじゃないですよ?」
注意を受けたリチャードは苦笑いを浮かべながらも、丁寧な運転を続ける。
「…………」
助手席に座るフィンは、リチャードの顔を見た後で悩ましげな表情を浮かべた。
「昼、買ってきましたよ」
クリストファーらが基地に戻ると先程、昼飯の賭けを行ったメンバーがチラホラと確認できる。
昼飯の入った袋をテーブルの上に置くと全員が集まってくる。
「何買ってきたんですか?」
袋を見ながら一人の男性が尋ねた。
「おい、オリバー」
「え? どうしました、クリストファーさん」
「お前、何しれっとこっち来てんだ」
賭けのメンバーとは全く関係のないオリバーまでが袋の前に来ていた。
「つーか、何でお前が一番早くこっちに来てんだよ」
アーノルドも若干呆れたような表情をしながら、オリバーの目を見つめた。
「えー、俺の分は無いんですか?」
彼が尋ねた瞬間にアーノルドによって右手で頬を掴まれた。
「お前、昨日散々ピザ食ってたよなぁ?」
「昨日の分は昨日の分でふよぉ」
モゴモゴと口を動かして言い訳をしながらも、昼飯の入った袋に手を伸ばそうとするが届かない。
「んじゃ、オレ達で分けるが……」
この光景を横目でチラリと見てから、オスカーが袋の中を覗き込むと、袋の中にはハンバーガーとドリンクが入っている。
「じゃあ、さっきの賭けで弾当てた数多かった奴から選んでくって事でいいか?」
入っていたハンバーガーは全てが同じものではなく、様々な種類が入っていた。
「え!? 私達が買ってきたんですよ!」
その条件にクリストファーが文句を言うと、
「賭けに負けたのが悪い。オレはこれだな」
オスカーは容赦なく言い切った。
「あ、じゃあ私もですね。どれが美味しいのか分かんないんだよね……」
「なら、これが良い」
「エマ、ありがとね」
「うん」
と、順々に好きなものを取っていき、結局、クリストファーらには選ぶ権利が与えられなかった。
「あ、じゃあ俺はこれを……」
自然に混ざるように右手を伸ばす影があった。勿論、オリバーだ。
「アーノルド……」
名前を呼ぶと手慣れた手つきでオリバーの伸ばした右手を掴み、流れのまま取り押さえる。流石に元警察官と言うべきか。
うつ伏せで倒れたオリバーの背中に筋肉の塊が乗っかり、その筋肉はハンバーガーをモサモサと食べる。
「いやー、いい椅子だな」
アーノルドがグラグラと腰を揺らすと下から「ぐぇえ」と呻き声が響いた。
「お、そうなのか。どれ私も……」
「お、重いぃ……」
床に倒れているオリバーにクリストファーも腰を下ろす。総重量約二百キログラムの肉体がオリバーの背中に乗せられた。
その苦しむような声を聞いて、彼ら二人はストレスを解消しているようだ。賭けに負けたこと、フィンに馬鹿にされたこと。それはもう八つ当たりのようなものも含まれている。
「……何をやってるんだい?」
この場に偶然やってきたフィリップは堪らず疑問を口にする。
「見て分からんのか、昼飯だ」
クリストファーがふと笑みを浮かべながら答えた。
「オリバーが潰れてるけど?」
「た、助けてください」
「こいつ、手癖が悪くてな」
クリストファーの言葉にフィリップは納得した。
「フィリップさん……」
必死に助けを求めるオリバーからふいとフィリップは視線を外す。
「ボクもそろそろお昼にしようかな」
そして同部屋の住人を見捨てるように背中を向けて、彼は部屋を後にする。
フィリップは自分の名前を叫ぶ声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
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