傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第11話

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「サクル。本当にやるのか?」
 黄色おうしょくの肌の男が、どこか迷いを感じさせるような表情を浮かべながら尋ねる。
 窓際のベッドに腰掛けているのは褐色肌の青年だ。感情は見えない。
 照明は付いておらず、部屋を照らすのは窓の外から差し込む日の光だけ。
「リズク……。当然だろう、これは我らの『正義アダーラ』に従っての行動だ。そしてアサドの、我らの願いの為にも必要な事だ」
 リズクという男にとって、彼らの願いに賛同する事は当然と言えた。
 アダーラ教徒の楽園の創造。
 これこそは聖戦なのだと言い聞かせて、リズクはこれから行う事を自らの中で正当化させてきた。
 アスタゴ合衆国は現在の世界の中心地とも言える。中でもイルメア州セアノは産業都市として有名であり、人口密度も高い。
 一年を通して最も人口が増える時期。
 それこそがエクスフェティバルの開催時期である。
 エクスフェスティバルを間近にして彼らもアスタゴ合衆国にやって来たのだ。
 旅行が目的というわけではない。
「だが、サクルーー」
 リズクは自らの意見を述べようとするが、サクルは彼の主張を真面目に聞こうともせずに疑問を投げつけてきた。
「リズク、アサドの意思に刃向かうのか?」
「…………」
 リズクには答えられなかった。
 彼がリーダーとするアサドに刃向かうことはそもそもにして頭になかったのだ。
「何を見た」
 サクルの鷹の様な鋭い目がリズクを睨みつける。
「……何でもない」
 リズクはさっと視線を外した。
 何を話したところでも無意味で、自らの行動も結局のところは変えられないという事をリズクも悟ったのだ。
 首を横に振って否定と、思考の拒絶を行う。必要なのは『正義』に殉ずることだ。
 正義とは何か。
「今更、何を怖気付く」
 語るサクルの目には迷いがない。
 きっとこの計画をやり遂げて、彼は『正義』を謳うだろう。
「我らの命は、我らの『正義』の下へと」
 正義とは彼らの神だ。
 なによりも重大で、なによりも大切にせねばならない彼らのルールだ。
 『正義』は迷わない。迷ってはならない。揺れる事を許されないのが正義と言うものだ。正義とは不変のものでなくてはならない。
 状況によって変わってしまう可変の正義などあり得てはならない。
 だから、彼らの心が揺れてしまうことも悪と言えるはずだ。
「この大陸に居るのは我々だけではない」
 より多くのアダーラ教徒がアサドの指示によってこの地に赴いている。
 彼らが望むは楽園の創造。
 その為であれば、喜んで彼らは土壌に成る。
「これは聖戦だ」
 サクルは宣言する。
 ならば、これは正義の下に行われる生存競争だ。
 優しい青年が落としたフォークを拾った。道に迷った自分を心優しい童女が案内してくれた。
 だから何だというのか。
 そんなモノはこれから遂行される正義には何一つとして関係ない。

 ーー……新しい物を用意しますね。
 ーーこっちだよ、おにいちゃん!

 青年や童女、少年らが正義を行なった様に、サクルらも正義を。
 悍ましい正義が此処には存在してしまっていた。






 
「ここら辺だよな……」
 オリバーは懐かしさを覚えていた。
 彼が今、立っているのは何の変哲もない歩道だ。
「おい、そこのお前」
 ふと背後から声をかけられて振り向けば白人の男が悪辣な笑みを浮かべて近づいてくる。嫌なものだと、オリバーは辟易とした表情を浮かべる。
「何ですか?」
 なんとなく、思い出を辿ってここに来て見れば相変わらずに黒人に対する差別意識は薄まっていない様だ。
「いやぁ、お前が余りにも犯罪を起こしそうな顔しててなぁ。偶には事件が起きる前に解決するってのが評判的にも良いんだよ」
 腹いせの間違いだろうに。
 警察と言っても、アーノルドやクリストファーとは全く違う。余りにも下衆な考えが透けて見える。
 彼らがどれほど良心的な存在なのかもよくわかる。黒人のアーノルドと白人のクリストファーは仲が良いのだが、それは稀な例なのだろう。
 本来的には黒人と白人の関係などアスタゴ合衆国という国ではこうあるべきなのだ。
「まあ、反抗しても公務執行妨害ってやつだ。大人しくお縄につけよ」
 取り出したのは拳銃。
 軽々しく、重たい銃口をオリバーに向けた。ただ、オリバーは取り乱す様な事はない。
「……はあ」
 やれ、面倒な事になったと。
 理由はよく分からないが、どうしたものかと。これがアーノルドであれば、まず殴るという蛮族じみた思考をするだろう。クリストファーも答えは同じになるはずだ。
「ーーん、オリバー?」
 聞き覚えのある声が前方から聞こえて思考の為に下に向けていた視線を上げると、やはり居たのは見知った顔だ。
「あ、フィリップさん」
「何してるんだい?」
 尋ねるという形を取ってはいるが、しっかりと現状を把握している。
「いや、言い掛かりを付けられたと言いますか……」
「そっか。まあ、分かってたけどね」
 拳銃を片手に持っている警察官にジロリとフィリップは鋭い眼差しを向ける。
「キミ、何のつもりかな?」
「は、はは。私はただ平和の為に……ですね」
「そっか。ならキミの正義感は全くの見当違いだ。彼はボクの仲間でね」
「この、黒やーー」
 言葉を最後まで吐き出せなかった。
 フィリップの殺気が警察官の体を突き刺す。余りにも濃密な殺意に膝が震え、冷や汗が吹き出す。
「今、キミは何て言おうとしたのかな? いや、繰り返さなくても良いんだ。怒りでキミを殺してしまいそうになる。ボクは悪という人種が嫌いでね。それが正義を名乗る事、つまりキミみたいなのは一番腹が立つんだ。だから……早く失せろ」
 フィリップのどす黒い瞳と白人の警察官の目が合った。死神が目の前にいる様な錯覚。
「はっ、はぁ……」
 警察官は呼吸する事すら困難な状態に陥ってしまう。先程までは差別の被害者であった筈のオリバーも気の毒そうな表情を向けている。
「早くしろ」
「は、はいぃっ!」
 見っともない顔をして、滅茶苦茶な姿勢で怯えた様子を隠しもせずに彼は背中を向けて逃げ出した。
「ーーさて、オリバー。ちょっとそこでお茶でもしないかい?」
「あ、はい」
 先程の鬼の形相を見ていたオリバーの心も完全に萎縮しきっていた。





 
 席に着いて注文を終えたフィリップは正面に座るオリバーの方へと翠の視線を向けた。
 口角はいつも通りに柔らかくつり上がっている。
「そういえばオリバー」
「はい?」
 フィリップの声にオリバーは佇まいを正して視線を上げた。
「何であそこに居たんだい?」
「何となく……ですね」
「なんとなく?」
「はい。本当に大した理由はないんですよ」
 本当に。
 オリバーも自覚しているが、誰かに言うほどの価値があることでもない。
「逆にフィリップさんはどうして?」
「ちょっとね……」
 誤魔化す様に笑みを深めたフィリップの瞳はそれ以上の追求をするなと言いたげな目をしている。好奇心は猫をも殺す。態々、分かりきっている逆鱗に触れる必要はないとオリバーは自身に言い聞かせる。
「じゃあお互い秘密ですね」
「そうだね……」
 これで話は終わりだと二人は同時に一度目を伏せて、瞬きをしてからまた視線を上に向ける。
「ねえ、オリバーはこの国の現状についてどう思うかな」
「どう……ですか?」
 質問をされても分からない。オリバーにしてみれば今まで生きることだけに一生懸命で、自らを拾ってくれた親代わりの様なマルコの期待を裏切らない為に必死になっていて、国のことなど気にしたことは殆どと言っていいほど無かったのだ。
「……例えばだけど黒人差別とか」
「もう少し、平等になれれば良いと思ってますよ」
 言えるのはありきたりな事。
「ボクは許せないな。悪人が蔓延るこの世の中が。奪うだけの人間が」
「……ちょっとだけ質問いいですか?」
 恐る恐ると言葉を吐き出した。テーブルの下でオリバーの膝は小さく震えている。
「何だい?」
 しかし、オリバーの恐怖など関係ない。フィリップは穏やかな表情をしている。
「フィリップさんの中で物を盗む人は悪ですか?」
「悪だよ」
 彼は揺れないし、迷わない。
「では、生きるために物を盗むしかないという場合は?」
「どんな場合でも物を盗む事は悪だよ」
「そう、ですか」
 フィリップの基準に従うならばオリバーは悪に分類される人間だろう。
「それと同じで人を殺すことも」
「…………」
 言ってはならないであろう言葉がオリバーの脳内を過った。だから、何も言えなかった。押し黙ることしか出来なかった。
 オリバーが自らの過去を口にしなければ、二人の関係はこのまま良好な状態を保てるのだろう。
 なら、このままの方が良い。
 これは必要な嘘なのだ。
「ごめんね、変な話して」
 空気が重苦しくなっている事を自覚したのかフィリップは謝罪を述べる。ならばオリバーも気にするだけおかしな話で「いえいえ」と遠慮がちに返すのが正しいはずだ。
「ーーお待たせしました」
 しばらく待つと二人分のコーヒーがテーブルに置かれた。
「今日はボクが奢るよ」
「え、いいんですか?」
「さっきのお詫びさ」
「じゃあ、ご馳走になります」
 オリバーはコーヒーにフレッシュミルクを二つ入れてスプーンでかき混ぜてからズズッ、と小さな音を立てて口内に流す。
「オリバーはもしかしてブラックは飲めないのかい?」
 フィリップは余裕そうな、どこか揶揄う様な笑みを浮かべている。
「ええ、まあ……」
 恥ずかしそうに後頭部をかいてオリバーは苦笑する。
「どうだい、チャレンジしてみる気は?」
「いや、遠慮しときます」
 態々、飲めない物を飲む気にはならない。僅かにオリバーの方へと近づけられたカップを持つフィリップの手を見てから、彼は柔らかな否定を吐き出した。
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