31 / 48
31 二色の訪問者《Side.黒魔女天使》
しおりを挟むヒメが、再び毛布一枚にショルダーバッグの姿で、露天風呂から出た頃には既に日は落ちていた。
通路には、アルベルトが頭を下げて待っていた。
「ヒメ様、宴の準備が出来ております」
「ありがとうございます」
ヒメはアルベルトの後に続いた。
食堂に近づくにつれて、賑やかな声が聞こえてきた。
(宴って言ってたから、人がたくさんいるのかな?)
「何やら騒がしいですな」
「え!?宴だからじゃないんですか?」
しかし、その声は食堂ではなく、屋敷の外から聞こえており、賑やかを通り越して喧騒に騒ぎ立てている。
曇った窓を開けて外を見ると、松明を持つ人だかりが出来ていた。しかし彼らは、ヒメに背を向けていたため、何をしているのかは分からなかった。
「この匂いは……ヒメ様!奥の部屋に避難いたします!」
アルベルトは血相を変えてヒメを誘導した。
「ど、どうしたのですか?」
ヒメは何が起こったのか訳も分からず、慌てて避難しようと言うアルベルトに質問をした。
「人ならざる者が来ました!」
「人ならざる者?モンスターですか?」
(流石異世界!初のモンスターは町の中!?)
「いいえ。モンスターであれば良かったのですが、奴らは、生ある者ではありません!危険ですので、お早く!」
「不死者!?まさかゾンビ?」
「アンデッドでもありません!良いですか!モンスターではないのです!とにかく早く逃げますぞ!!」
「アルベルトさん!きゃっ!」
突然の爆発音とともに、屋敷が激しく揺れた。
「「うわぁぁぁぁ」」
大きな爆発音の後、大勢の叫び声が聞こえ、先程までの喧騒が嘘のように静まり返った。
ヒメは窓から外を覗いた。
そこには先程まであった、人だかりが無くなっていた。
松明の炎が、周りの草や木に燃え移り始めた。
そして、地面に倒れている人や、うずくまる人の中心に、大きな人影が一つあった。
その人影はヒメを見ていた。
「あれだな」
「いや、あれではないか?」
声が聞こえたと同時に人影が視界から消えた。
「しまった!ヒメ様、窓から離れなさい!」
「きゃっ!」
アルベルトの叫び声の後、ヒメの後方の壁が大きな音と共に弾け飛んだ。
「そいつが聖女だな?」
「いや、そいつが聖女ではないか?」
瓦礫と砂埃の中から、それは現れた。
およそ二メートルはあろう、見上げる程の大男が。
「な、何?」
それは腕を組み、見下ろすように立っていた。
黒のシャツの上には、襟を立てた茶色のコートを羽織り、今にも、はち切れんばかりの筋肉が隆起している。緑のズボンを履き、足元は瓦礫と砂埃で見えないが、その姿を見て、立ち向かう者は皆無であった。
そう思わせるのは、体格からだけではなく、顔の異形さからも畏怖してしまうからである。
人ならざる者の顔は、中心から左右に色が分かれていた。左は赤、右は青であり、双月の色と同じであった。そして眼球もまた、それぞれの皮膚と同じ色をしていた。
髪は短くて逆立っている。左が黄色、右が薄い白色。やはり真ん中から色が違った。額には黒い皮のバンダナを巻いている。
手にも黒い皮の手袋をしているため、皮膚が見える箇所は限られていて、全身がそうなのかは定かではないが、胸元までは左右の色が分かれているのが確認できた。
「聖女は頂く」
「いや、聖女は頂くのではないか?」
目の前の異形の言葉に続けて、ヒメの後ろにいるアルベルトが声を上げ姿を変え始めた。
「グロロロロォォォォ!!!」
「アルベルトさん!?」
ヒメは驚き振り返った。
アルベルトは前傾姿勢になり、腕はダラリと垂らした状態で、手の平だけを上に上げて、指先には力を入れていた。メキメキと爪が伸びるのと同時に、手の甲や顔等、肌が露出している部分が、次第に毛深くなり始める。
毛深くなった顔は、今度は徐々に鼻と口が盛り上がり、口からは牙が伸び、狼のそれへと変わっていく。ズボンの裾からは、毛深い足が伸び始め、膝から下が見えるようになった。服はビリビリと破れ、体は倍に膨れ上がった。
アルベルトは、二足歩行の茶色い狼に変形した。
「ワオオォォォォーーン!」
アルベルトであった狼男は、天井を仰ぎ、体を後方へ仰け反らせて大声で吠えた。
「いっ!耳が!」
ビリビリと身体中に響く声に耐え兼ねたヒメは、両手で耳を塞いだ。
アルベルトの遠吠えの後、食堂の方からヴォルフが駆けつけ、アルベルトの横に並んだ。
「な、何故貴様らがここにいる!?」
「イヌ、それはこっちのセリフだ!」
「いや、イヌ、それはこっちのセリフではないか?」
人ならざる者は、口を赤青交互に開けて器用に答えている。
「何をしに来た!ホムンクルスよ!グワォォォォォォ!」
ヴォルフもまた変形し始めた。瞬く間に狼男となった。
「ホ、ホ、ホムンクルス?ホムンクルスって、フラスコの中から錬金術で生み出されるあの?」
ヒメは、興奮気味に捲し立ててヴォルフに聞いた。
「よくご存知で……奴は不死身……我らが時間を稼ぎます。ヒメ様はお逃げください」
「一緒にするな」
「いや、一緒にするなではないか?」
「どういうこと?」
ヒメは興味本位で聞き返していた。
するとホムンクルスは腕組みをしたまま、わずかに前傾姿勢となった。
「ヒメ様!早くお逃げください!話など通じる相手ではありませぬぞ!!グルルルァァ!」
アルベルトは、唸り声を上げながらホムンクルスに飛び掛かった。
ホムンクルスは腕組みを止め、右手を握り拳に変えて後ろへ引き、殴る体勢に構えた。
「……ウノ」
しかし何を思ったのか、更に左手も拳に変えて後ろへ引き、殴る体勢をとった。
「……リョク」
そして、ホムンクルスは何かを呟いた。
「戻れ!アルベルト!」
ヴォルフの制止を聞かず、ヒメの横をすり抜けたアルベルトは、右腕を振りかぶり、そのまま大振りで右手の爪をホムンクルスに斬りつけた。
「ガアアァァァ!!!」
「「ふん!」」
しかし、ホムンクルスは引いた両腕を、ハンマーのように頭の上からアルベルトへと叩きつけた。
右腕はアルベルトの頭に、左腕はアルベルトの右腕をそれぞれ叩きつけた。
それを受けたアルベルトは、床と天井に二、三度弾かれ、ヒメの前まで転がってきた。
「ゴホッ」
「アルベルトさん!」
血を吐き出し、頭からは血を流し、右腕は骨が折れ、あらぬ方向へ曲がっていた。
アルベルトへと駆け寄ったヒメは、ホムンクルスを睨みつけた。
砂埃が収まり始めると、そこにいたのは先程までのホムンクルスではなかった。
両の拳を地面に叩きつけた状態で、頭はそのままではあるが、体が中心から左右に割れていた。
更に足は、アルベルトの右腕同様、あらぬ方向へ曲がっており、ダメージを受けたのはホムンクルスではないかと思える程、原型を保てていなかった。
「え?何があったの?」
ヒメは目を細めてよく見ると、足が四つに増えており、左右に分かれた体からは、内側に腕がそれぞれ一本ずつ増えていた。つまり、左右対象に野球のピッチャーが投球を終えたフォームで止まっていた。
ヴォルフはヒメの前に立った。
「ヒメ様!奴は、いや、奴らは元々二体なのです。何故かは分かりませんが、赤と青のホムンクルスが二体おります!」
「くっ付いていたの?な、何で?」
ヒメは信じられない目の前の状況に、頭の理解が追いついていなかった。
「聖女を寄越せ」
「いや、聖女を寄越せではないか?」
そう言うと、赤と青のホムンクルスは互いの体に抱きついて、くっ付いた。
すると、元どおり腕を組んでいるように見えた。
「本当だ……二人が一人になった」
ヒメは呆然と立ち尽くしている。
「ホムンクルスーッ!!」
ヴォルフはそう叫ぶと、低い姿勢で駆け出し、両手の爪で上下から挟むように斬りつけた。
するとまるで、金属同士をぶつけたような、硬質な音が響いた。ヴォルフを見ると両手の爪が割れて、血を流している。
一方のホムンクルスは、全くの無傷であった。
「我らはホムンクルスなどではない」
「いや、我らはホムンクルスなどではないのではないか?」
(この強さは一体……身体中、鋼鉄で出来てるの!?)
「あのように貧弱ではない」
「いや、あのように貧弱ではないのではないか?」
ヴォルフは、バックステップでヒメの側まで戻り、片膝をつき相手を睨みつけたまま小声で話した。
「ヒメ様!我が子がおらぬ今、我々が敵う相手ではありません。逃げて下さい!」
「ですが……」
戸惑うヒメに対し、ホムンクルスは信じられない言葉を発した。
「我らが召喚した聖女を取り戻しに来た」
「いや、我らが召喚した聖女を取りしに来たのではないか?」
その場の空気が一変した。
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる