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17 別れ
しおりを挟む美人な女性が、鬼の形相で子供たちを叱り始めた。
「さあ、説明しなさい!」
「お母さんごめんなさい」
「母ちゃんチットは悪くないんだ!俺が連れ出したから……」
「お子さん?」
「そうです」
「二人とも?」
「ええ」
「可愛らしいお子さんで……」
アスカのテンションは直滑降で落ちて行った。
「どうして勝手に門を開けて外に出たの!!」
「だって……」
「トムは悪くないの。私がドート草を取りに行こうって言ったの」
「毒消し草を?どうしてなの?」
「だって……母ちゃんを助けてくれたテイマー様が、毒にかかってるって聞いたから……」
「お母さんを助けてくれたテイマー様を助けたくて……村にはドート草はもう無いし……」
「これ……これだけしか見つからなかったけど……テイマー様!お母さんを助けてくれてありがとうございました!」
「テイマー様ありがとう!」
トムとチットは、毒消し草であるドート草をアスカに差し出して頭を下げた。
「お前たち……外に出たのは、俺の為か……」
「トム……チット……あんたたち……」
鬼の形相が仏の顔へと変わった。
「ありがたく頂くよ。これで毒も治せそうだ!」
毒消し草を受け取りポケットにしまった。
「でも!外に出たのは許しませんよ!」
再び鬼の形相になり、子供たちに向かって叱り始めた。しかし、母と子の間にクロたち四匹が入って、子供たちをかばい始めた。
「え?この子たちどうしたんですか?」
子供たちを守ろうとするクロたちを見て、美人な女性が狼狽えている。
「怪我を治して貰ったのが分かるんじゃないか?」
「ワンちゃんたちが……」
アスカの答えに、チットはそう言ってクロに抱きついた。
「可愛い!ありがとうワンちゃん」
「良かったな!怪我が治って」
トムはシロに抱きついた。
「こいつらに免じて許してやってくれよ」
「でも、うちの子たちがした事は、とても許されるような事ではないのですよ。門の結界が壊れてしまえば……この村はもう……」
「そうだな。でも元はと言えば毒と間違われ……いや、毒になってた俺が悪いんだ。俺の毒を治そうとしての事だろ?優しいじゃぁないか!自分の身の危険も省みず、初めて会った他人に、ここまで出来る奴はなかなかいないと思うけどなぁ。叱るなら俺を叱ってくれ!」
子供たちをかばい、男としての器のデカさをアピールしたアスカ。
(俺最高!間違いなく惚れるだろ。人妻だが、これは仕方……)
「じゃあそうさせてもらいますけど!」
「え?マジ?」
「結界が無ければ、この村には戦える……」
「大変だ~!テイマー様ぁ~!」
「助かった!!いや、今度は何だ!?」
「また村の外からモンスターの群れが!」
「この村は何なんだ!お前たちはここにいろ!」
アスカはクロたちを置いて村の入り口に走った。
「「テイマー様!」」
アスカの到着を待っていた村人たちが、叫ぶように呼び始めた。
「おお、テイマー様あそこですじゃ!」
ムーアンが言わずとも門の向こうから水しぶきを上げ、モンスターの大群が押し寄せるのが見えた。
「げっ!何だあれは!早いぞ!」
地響きとともに現れたのは以前ジャングルで出くわした、ウインドウルフの群れであった。
「ホブゴブリンの群れより多いぞ!マズイ!みんな家に入れ!」
「家の扉は全て燃やしてしもうたのじゃ!逃げ場は無いんじゃ!!テイマー様!」
「ピンチツー」
(魔石が有れば……絶体絶命とはこの事か……
ある!アビスサイドの緑の魔石が!しかしあれは分からない事だらけだ、俺の予想じゃぁ理性を失って全てを攻撃するというのが相場だ!村人がいるここでは使いたく無い……だがしかし……)
思考を巡らせる間に、村はウインドウルフに囲まれた。
「も、もう終わりじゃ……」
門の無くなった入り口から、一頭のウインドウルフがゆっくりと入ってきた。
全身真っ黒で額にはバツ印の傷があり、群れのボスだと言わんばかりの強風を身に纏っていた。
「し、仕方ない!」
アスカはパチンと両手を叩き、黒いオーラが立ち登る緑の魔石を取り出した。
「こいつに賭けるしか無い!」
魔石を持つ左手を胸に当てた。
「変……」
その時、目の前に立ちはだかるボスへ、クロたち四匹が駆け出して行った。
「おい!お前ら待て!」
そのままクロはボスの喉元に飛びかかった。
「クロー!」
しかし噛みつかれたボスは微動だにしなかった。
更に入り口からは、白、茶色、そしてまだら模様のウインドウルフが入ってきた。
シロたちは一鳴きすると、それぞれ同色のウインドウルフの喉元に噛み付いた。
「シロ!チャ!ブチ!やめろぉ~!」
アスカの悲痛な叫びとは裏腹に、四匹は前足の一撃で地面に叩き伏せられた。
「ワンちゃんをいじめるな~!」
それを見ていた子供たちが、アスカの横をすり抜けウインドウルフたちへと駆け出した。
「トム、チット戻りなさい!」
美人な人妻の叫びも聞かず、子供たちはクロの元へと駆けつけた。
しかし、一足遅くボスは鋭利な犬歯が並ぶ口で、クロの首に噛み付いた。
「クロ~~~!畜生!変ん~?」
しかし噛みつかれたクロは嬉しそうに尻尾を振り、仰向けになると甘えるような声を出し始めた。
「何だ?様子が変だぞ」
他の三匹も甘噛みされたり、顔を舐められたりしていた。
「仲間か?」
逃げる事も忘れた村人たちは、震えつつも静かに成り行きを見守っていた。トムとチットも状況が分からず困惑している。
その子供たちに、ボスが近付き唸り声を上げ始めた。
「な、何だ!怖くないぞ!」
「ワンちゃん!い、今のうちに逃げて!」
それを見ていたクロたち四匹が、トムとチットの前に割り込みボスに対して唸り声を上げ始めた。
「クロ……」
クロたちとウインドウルフのボスは、唸り声の応酬を繰り広げた。
『ワォ~~~~ン!』
その後ボスが遠吠えをすると、全てのウインドウルフがその場に座り込んだ。
『『『『ワォン』』』』
クロたちも、アスカに向き直りお座りすると、嬉しそうに吠えた。
「一体何が起きておるのじゃ……」
「はは……何とかなった…のか…」
クロたちはトムとチットに体を擦り寄せたり、手を舐めたりし始めた。
「良かったなぁお前たち!あれはお前たちの母ちゃんか?」
「ありがとうワンちゃん!ふふふ。くすぐったい」
『ワォ~~~ン』
ボスが遠吠えすると村に入ってきた四匹を残し、全てのウインドウルフたちは森へと引き返して行った。
「ふぅ~、そうか。こいつらはお前たちの親なんだな」
クロたちに声をかけると、それぞれの親の元へ駆けて行き、ちょこんと横にお座りをした。
「そっくりだな!そうか……よし分かった!お前たち!親の元に帰っても良いぞ!お別れだ!」
しかしクロたちは首を縦には振らず、アスカの元へと駆けてきた。
「親と一緒が良いだろ?無理しなくて良いんだ。行けよ。そうか、ピンクの誘惑のせいだな?おい!魅了の解き方を教えてくれ!」
『説明しよう!
イセカイザーピンクの誘惑により魅了された者は、例えアスカが死んだとしても解けない。故に解く方法は皆無なのであ~る』
(おい~!マジか!?そんな理不尽な技、聞いた事ないぞ!本人にも解けないなんて、恐ろしく強烈な技なんだな!グリーンもそうだが……)
アスカが思考を巡らす中、クロたちはトムとチットの元へ行き再びお座りをした。
それを見た、アスカは顎に手を当て目を閉じると口を開いた。
「分かった!お前たちに命令する!俺に変わってこの村を、その子達を守ってくれ!」
『『『『ワォ~ン』』』』
クロたちは嬉しそうに一斉に吠えた。
アスカは目を開けると今度は、ウインドウルフのボスへと向かい、目の前まで行くとしゃがみ込み、そしてあぐらをかいた。
「良かったらお前たちも協力してくれないか?こいつらはまだ小さくて弱いんだ。ホブゴブリン一体にも、四匹で相手しないと倒せないんだ。頼む力を貸してくれ!」
アスカはボスに頭を下げた。
『グルル』
ボスは頭を下げて低く唸った。
「そうか!やってくれるか!ありがとう!」
アスカはボスの頭を、ワシャワシャと勢いよく触った。
「この傷なかなか格好良いな!そうだ!お前に名前を付けても良いか?」
『グルル』
今度は喉を摩れと顔を上げて唸った。望み通り喉を摩ると嬉しそうに目を細めた。
「お前の名前はクロスだ!」
『ワォ~~ン』
一吠えするとアスカの頬を舐めた。
「くはははっ!宜しくな!」
『ピンクの能力を使わずとも魔獣を手懐ける事に成功したアスカ。それは子を思う親の心か。はたまたボスの目の奥に、薄いハートが浮かんでいたのか。それは誰にも分からない。
行けよアスカ!愛と共に!
次回予告
指針』
「クロたちと別れたくない!寂しいよぉ~!」
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