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34 ドボル・ロウ・ファビリオン

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執務室のような部屋を後にした一行は、そのまま階段を駆け下りると、大勢の冒険者が集まる酒場に出た。

「ここはどこですか?」

「あ?聞こえねぇぞ!」

ゼンジの声は、冒険者たちの喧騒な声にかき消された。
しかし逆に、ロックジョーの大声で酒場が静まり返り、視線を一点に集めた。

「ギルドマスターだ!ぐわっ!」

「ロックジョーさんがいるぞぼっ!」

「あの人が、土の暴君ですか?初めて見ばっ!」

「逃げろごばっ!」

冒険者たちは、羨望の眼差しをロックジョーに向ける。しかし、そんな事はお構い無しに冒険者を跳ね飛ばし、ロックジョーは一直線に出口へと向かう。

それに続くゼンジは、開きっぱなしの扉を潜り振り向くと、そこがギルドであった事を知った。

そのまま周りを見回すと、ラムドールに比べて綺麗な街並みが続いていた。

そして街の遥か彼方では、漆黒の山が煙を噴いていた。

「何だ、あの黒い山は」

「はぁ。ファビリオン火山です。今からあそこに向かいます」

「火山に向かうんですか?」

「ゼンジ!バイコーンには乗れるか?」

リズベスとの会話をロックジョーが遮った。

「何ですかそれは?バイクなら乗れますが」

「ガッハッハ。そうだバイクだ!そこにテイム済みのバイクが2頭いる。1頭にゼンジと嬢ちゃんで乗れ!」

相変わらず適当なロックジョーの相槌に呆れ顔のゼンジ。しかし、それを見た途端、ゼンジは目を見開いた。

「こいつは!」

そこには、角を生やした2頭の黒い馬がいた。

ゼンジの脳裏にこびりついた、苦しい記憶が蘇る。
最初の城で、バイコーンに素っ裸で引かれた悪夢が。

「さっさと乗れ」

「あ、あいつらが乗っていたものになんか乗れません」

憎悪が再び胸に込み上げる。

「ガッハッハ。走ってたら間に合わん。乗れ」

「乗馬スキルがありますので、私に任せてください。ゼンジ乗りますよ」

ポーラの言葉で、心臓が大きく跳ね我に返った。

(落ち着け。こいつは関係ない)

「ふぅ~。分かった。ポーラ頼むよ」

ロックジョーの機嫌を損なう前に、ポーラの助け舟に乗った。
それから、手綱を持つポーラの後ろに乗り、準備が良い事を伝えると、ロックジョーは大笑いしながらバイコーンを走らせた。

「リズベスさんは行かないのか」

ポーラも手綱に力を込めて、両足でバイコーンの腹を蹴り『はっ』と声を上げた。なかなか様になっている。

街の人々は、ロックジョーの笑い声を聞き、姿が見える前から道を空けていた。それはまるで、緊急車両のサイレンを聞き、道を譲るかのように。

門を抜けた所でゼンジは振り向いた。

馬よりも一回り大きいバイコーンは、街の外に出るやいなや、速力を上げた。あっという間に門が小さくなっていく。体感速度は、時速100キロを優に超えている。
視線を前に戻すとともに、気の抜けた声を漏らした。

「は?」

ロックジョーを乗せて走るバイコーンの隣を、リズベスが歩いていた。

「リズベスさん、歩いてるよな?」

「はい……」

ポーラも目をパチクリさせている。

『あれが〈神速〉だよ。ゼンジも早く動き続けたら、覚えるんじゃない?』

メロンの本気とも皮肉とも取れる言葉に、返事を返したいゼンジだったが、あり得ない現実から目を背ける為、そして視覚が混乱して気分が悪くなったのもあり、静かに目を閉じた。

(やはりこの世界は、スキルが全てか……自衛官のスキル意外にも、獲得出来る物はしないとな。目を瞑りっぱなしで、瞑想とか覚えないかな?)

ゼンジは目的地に辿り着くまでの間、ただ目を瞑り続けた。

途中、メロンが桃色の玉は転移石というもので、1つにつき1箇所、場所を記憶させる事ができる。何処にいても、それに魔力を込めると、記憶している場所に転移することが出来る。と説明していた。ゼンジは目を瞑ったまま聞いていた。

周囲の温度が少し上がり、水の流れる音が聞こえ始めるが、それでも目を瞑り続けた。

しかし新たなスキルは覚えなかった。

「遅かったな」

やがてバイコーンが止まると、かすれた声が聞こえてきた。ゼンジはそれで目を開けるが、同時に口も開ける。そしてそのま固まった。

目の前の人物にではなく、壮大な光景に圧倒されたからである。

そこは巨大な峡谷だった。ゼンジたちは、切り立った谷の間にいた。
高山に挟まれた中央には、浅い川が流れてはいるが、モンスターの気配はなかった。
そして目の前の黒い山からは、至る所から煙が噴き出していた。

ただ、ゼンジが圧倒された景色は、これらではなく、目の前の岩壁の建造物にである。

黒い岩肌を精巧に削られ、朝日を浴びたそれは、まるで神殿の入り口を彷彿させる、神々しいものであった。

更に驚くのはその全長。およそ100メートルはあろうか。一体、誰が何の目的で創り上げたのか。しかし一瞬頭をよぎった疑問は、あっさりと何処かへ消えてしまっていた。

見上げる柱が4本並んでいる。その中央には、50メートルほどの縦長の穴がぽっかりと空いており、そこへと続く階段の両側には、上から下へと伸びる龍が彫られている。

向かって左の龍の頭は、地面に向けて大きな口を開けている。右の龍は、地面を睨みつけたまま口は閉じている。その更に両側には、幅の広い緩やかなスロープのような、平な道が併設されている。

また、柱が支える屋根には、所狭しと長い体を幾重にも折り返す、巨大な龍の石像が鎮座していた。それは今にも炎を吐き出しそうに、大きく口を開けている。

それらはいずれも、黒光しており、不気味ではあるが、反面神々しくもあった。

「すご……」

ため息にも似たゼンジの感嘆の声は、目の前の人物の耳に届いたようだ。

「ようこそドワーフの聖地、ドボル・ロウ・ファビリオンへ。初めて来たみたいだが、次はないだろう」

「次は……ない?」

目の前に立つ子供のような小柄の男は、その風貌には似つかわしくない、筋肉質な体格と、口元が見えないほどの髭をたくわえている。
おそらくドワーフであろう男性は、ゼンジの返答に眉をひそめて顔を振った。

「ロックジョーの悪い所だ。おおよそ、何の説明もせずに連れて来たんだろう」

「ガッハッハ。急いでたんでな。ガノンは耐えているか?」

「彼だけではない。3日前から長老を含め、皆準備完了だった。ワシもここでロックジョーを待っていた。しかし長老と付き添いを除き、皆、元の生活に戻った」

「ガッハッハ。その話振りからすると」

「ああ。間に合わんかった」

「やはりそうか。おめでとう」

「皮肉だなロックジョー!めでたい訳がなかろう」

「はぁ。ロックジョーさん。間に合わなかったんですよ。少しは反省してください。はぁ。しかしダンバールさん、あなたも人が悪いですよ。まだ間に合うんじゃないですか?」

「……そうだ。だが……」

「そうか!間に合うか!ガッハッハ。それなら行くぞ!案内してくれ」

「だが……」

「はぁ。この気配は2人ですね」

「ガッハッハ。そう言うことか!1人は既に産まれた。ならば、もう1人に賭けるとするか」

「待て。双子なんぞ、これまで産まれた事は一度としてない。そんなものに賭ける事など出来るはずがない」

「ガッハッハ。うるさい!案内ぐらい出来るだろう」

「あり得ん事だ!!……まあ。良い、好きにしろ。ついて来い」

ダンバールと呼ばれた小柄の男は、重い足取りで階段を登り始めた。

ゼンジとポーラは顔を合わせ、お互い眉間に寄るシワを確認して、そのシワを取り除く為にロックジョーへと質問をした。

「どういう事ですか?何が何だかさっぱり分かりません」

「ガッハッハ。セキチョウに会いに行く。2人目が産まれる前にな」

更にシワが深くなった2人は、相手を間違えたと、リズベスに顔を向けた。

「はぁ。話せば長くなります。掻い摘んで説明すると、ロックジョーさんが言った事が全てです」

「ガッハッハ。要は着けば分かる」

ゼンジはポーラに小声で呟いた。

「説明するのが面倒なんじゃ?」

「私もそう思います」

一行はダンバールの後に続き、ドボル・ロウ・ファビリオンの中へと入って行った。

内部は、ひんやりとしており、どこか厳かな雰囲気を醸し出している。
まず最初に足を踏み入れた部屋は正方形であった。その部屋の正面と左右に、1箇所ずつ縦穴が空いている。
そして中央には樽があり、ドワーフの男性がそれに座っていた。

「黒一色だな」

ゼンジの呟きに、ため息混じりのダンバールが答える。

「ここは、マグネタイトの岩盤を削り取り、神殿を形成している」

「マグネタイト?」

ゼンジは咄嗟に聞き返した。

「磁気を帯びた鉱石だ。奥に行くに連れて、金属で作られた剣や鎧が使い物にならなくなる。そこの者に渡しておく事をお勧めするよ」

「自分は大丈夫です」

小銃等は、衣のうにしまっているため、ゼンジは金属を装備してはいなかった。しかしポーラは、手にはめた指輪を不安げに触った。

「はぁ。その指輪くらいなら大丈夫でしょう」

リズベスがポーラの指を見て、面倒臭そうに言った。

「良かった……」

ポーラは指輪をはめた手を、反対の手で包み込み、とても大事そに胸元に引き寄せた。

「では行こう。着いて来い」

ダンバールは右の縦穴へ入って行った。ゼンジたちもその後を追った。

「……同じだ」

縦穴を潜ると、正方形の部屋だった。
最初の部屋と全く同じである。少し暗くなった事を除いて。

「遅いぞ。もっと早く着いて来い。飛ばされるぞ」

ダンバールはそう言うと、再び右の縦穴の前まで歩いた。

「飛ばされる?いやそれより、そっちに行ったら、外に出るんじゃないですか?」

「いや、こっちで合っている。後3回で最奥に転移するぞ」

「転移?じゃあさっきの部屋は!」

ゼンジが振り向くと、隣の部屋の中央にいたはずのドワーフはおろか、樽さえも無くなっていた。
そしてその代わりに、見た事も無いモンスターが我が物顔で跋扈していた。

「モンスターじゃ!」

大声を出した事を、失敗したと言わんばかりに、ポーラはメロンで口を塞いだ。
しかしモンスターは、ポーラの声に反応を示さなかった。

「どうなってるんだ!」

「だろうな。初見ではそうなるな。しかし、何の説明も受けんと着いて来たお前らもお前らだ。そもそも良く、このダンジョンを知らんかったな」

「「ダンジョン!!」」

ゼンジとポーラの声が揃った。

「そうだ。まさかダンジョンが初めてとは言わんだろ?このダンジョンの一部は我らドワーフの住処となっているが」

ダンバールは、行くぞと付け足し縦穴に向き直った。ゼンジとポーラは、隣の部屋からモンスターが向かって来るのを警戒しつつ、ダンバールに駆け寄った。

「ガッハッハ。知らん方が楽しいだろう」

「こ、心の準備がいるのじゃ!」

「そうですよ!ちゃんと説明してください!」

「ガッハッハ。冗談だろ?楽しみを奪うような事はせん。ガッハッ……」

ロックジョーは大声で笑いながら、ダンバールを押して縦穴を潜った。すると笑い声が聞こえなくなり、不安を感じた2人は急いで後を追った。

「はぁ。説明するのが面倒なだけでしょう。はぁ。人の事は言えませんが」

リズベスはため息混じりに呟き、足を動かした瞬間その場から消えた。

(女神様、こちら自衛官、
転移、転移、転移!転移はもう嫌なんで助けど…事実は転移が怖いのを隠してます。どうぞ)
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