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かわいいと思ってしまう3

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金に困ったことがない。
だが、働いている。

それは、生きるためでもなければ、金の掛かった欲望のためでもない。
強いて言えば、自分が如何に優秀で有能であるかの確認。自分が卑下し嫌悪する相手と同列にならないため、または、自分の中にある稚拙な嫉妬心を満足させるための、一つの方法。

まあ、簡単に言うなら人から見て魅力的、つまり『ヤりたい男』に思われたい訳だ。

しかし、常にそんな事を考えながら生きている訳ではない。当たり前だ。
仕事は時に忙しく、健康的な衣食住を損なう時も多々あるが、その努力に見合った対価が得られれば満足できる。
勿論、自己評価が低い訳ではない。常に目標達成値は予測よりも高く設定してある。その努力は惜しまない。
そして、その目標をクリアするからこそ、自分のアイデンティティが保たれる。
評価とは、他人がいて初めて成り立つ。
創る者とそれを見る者。
需要と供給があってこその社会だ。
きっと、そう思うようになったのは兄の存在のせいだろう。
自分とよく似た容姿の兄は、先に生まれた分、自分よりも2年分多くの物を持っていた。





「ファビオ、お誕生日おめでとう!!」
「おめでとう!」
「おめでとう!ファビオ」
次々に浴びせられる熱烈なハグとキスの応酬。
既に、誕生日パーティーの会場にはたくさんの客が集まっていて、遅れて出て来た主賓を黄色い歓声で出迎えてくれた。
「ありがとう、皆よく来てくれたね。高くて美味いシャンパンは飲んだ?あとで俺の顔のケーキが出てくるから
、切り刻んで食べてくれ。口の部分が欲しい人は、俺に言ってくれれば本物を出すよ」
軽いジョークに会場が失笑する。そのリアクションにファビオは「皆、素直じゃないな」と肩を竦めて見せた。
「今夜は目一杯楽しんでいってくれ」
片手にグラスを掲げ、乾杯するとファビオを取り囲んでいた人の輪が徐々に解けていく。
父が経営する4つ星ホテルの最上階スウィートには、自分の誕生日パーティーに集まってくれた親族や関係者でいっぱいになった。
業界人はパーティーが好きだ。
彼らは貪欲に色んな人間と交友関係を結びたがる。
言わば、パーティーとは携帯番号の交換所だ。
「ねえ、ファビオ。ジッターは来る?」
この質問も毎年のこと。
長い付けまつ毛とピンク色の唇に、胸の谷間を強調するドレス。
彼女の顔を見て、どうして、こうも勇んで自分がジッターに気に入られると思うのか、不思議になる。が、そんなことは、おくびにも出さない。
「来る筈だよ。まだ来てない?来たらすぐ君に教えるから待ってて」
それから「かわいいドレスだ」と一言付け加えれば完璧だ。
彼女は満足そうに頬を染め、シャンパンと生ハムの乗ったクラッカーを手にして友人達のいる場所へ戻って行く。
こんな事はしょっちゅうだ。
顔が似ているから自分とジッターが兄弟なのはバレバレで、なのに似ているからと言って自分を誘う人間はいない。いくらそっくりでも、本物の方がいいらしい。
金髪碧眼、体型こそフットボーラーのジッターには負けるが、鍛えている方だ。
不摂生な生活だが、腹筋だってちゃんとある。
それでも、彼らからしたら、この顔のデフォルトはジッターで、俺はそのコピー版という訳だ。
このジレンマからは、多分、一生逃れる事が出来ない。
それは、兄が国の代表に選ばれる程のサッカー選手だからだ。その顔と名前は国民に知らぬ者がいないくらい有名で、その人となりを国民は英雄視している。
そんなお化けと同じ顔に生まれてきた自分には、残念ながらお化けになれる資質は備わっていなかった。
その麗しの容姿から、少年の頃は王子と呼ばれ、三十代を前にキングの称号。
その名に恥じず、堅実で献身的なプレーに定評は高く、ベテランとしてチームの要にもなっている。
こんな人間、誰の目から見てもリア充。
なのだが。
一つだけ問題があった。

「ファビオ」
声の主を振り返ると、そこには頭一つ分高い長身に、鮮やかな青のYシャツの上に白いジャケットを羽織り、下はベージュのクロップドパンツ姿のジッターがいる。
「おめでとう。今年も盛大だな」
「どうも。こういう場を作らないとツテが増えないんでね」
「これも仕事のうちか。ワーカホリックも大概にな」
「あとでジッターにも活躍してもらうよ」
「今日はダメだ」
ジッターの返事に『おや』とファビオは眉を上げる。
普段温厚なジッターからは出ない発言だ。
「それって、もしかして・・」
噂の彼のせいだろうか。
「ああ、後で紹介する」
ジッターの後ろを窺うが、その気配がない。
「一緒に来たんじゃ?」
「ちょっと知り合いに捕まって・・あ!ファビオ、またあとでな」
ジッターが何を見つけたのか慌てて人混みの中へと紛れて行く。
その後ろ姿を見ていると、何やら一際楽しそうな笑い声が聞こえる集団の中へと入って行った。
気になって、ついて行く。輪の後ろから覗くと、その中心に黒地に白いストライプのシャツに襟に縁取りのあるグレーのジャケットとズボンを履いたアジア系の少年がいる。
周りの人間は、その子と一緒に写真を撮ったり、握手したり、サインを求めたりしている。
当の本人は、この事態に焦りまくりで、引きつった笑顔だ。
代わる代わるの挨拶程度のハグやキスにも動転しているのが見てわかる。
それですぐに、このシャイさは日本人だな、と思い当たった。つまり、彼が誰かという事も。

「ファンサービス中悪いが、今日のスワは、美味しいご飯を食べるのを楽しみに来たんだ。皆、スワの事が好きなのはわかるが、スワのお腹がいっぱいになるまでは我慢してくれ」
無粋な中断に、周りからはお決まりのブーイングが起きたが、皆、笑顔だ。
サッカーチームでのジッターの過保護振りは周知の事実で、2人がデキているだろう事は公然の秘密だった。
過剰なスキンシップから解放されたスワは、ジッターに肩を抱かれて顔を赤くして戸惑っている。
ジッターはスワの代わりに自分がサインしながら客達をあしらい、奥の部屋へと向かって行った。
それを見て、ファビオも追いかけた。
2人が入ったドアの隙間から中を覗く。

「人気者だなスワ」
ジッターがスワの乱れた髪を指で梳いて直してやっていた。
軽くワックスで固めていた髪は、手ぐしですぐに元に戻ったが、スワの顔は赤いままだ。
「本当にびっくりした~。なんかワーっと人が集まって来て、抱きつかれて、背中バンバンやられて・・うあー、嫌な汗掻いた」
言いながらスワが上着を脱ぐ。
脱ぐと本当に線が細い。高校生ぐらいと変わらない。
この体でプロのフットボーラーだとは、とても信じられなかった。
これなら、まだファビオの方が逞しいだろう。
「脱いじゃうのか?せっかくのスーツ姿だったのに・・」
残念そうに言うジッターに、スワが口を尖らせる。
「みんな、高校生みたいだってバカにしてた」
「ちがう。高校生みたいにかわいいって言ってたんだ」
「・・そこ、聞き逃していいとこだよ?」
恥ずかしそうに視線を逸らすスワを余所に、ジッターは合点がいったと頷いてみせる。
「彼らの言い分もわかる。普段は気の強い子リスのようなスワが、今日は警戒心の薄いうさぎのように可愛くなっていれば、皆、声を掛けて撫で回してみたくもなる。で、どうして、今日はそんなに気が緩んでいるんだ?」
「だって、ジッターの兄弟に会えるって楽しみで・・。それに・・、今日のジッター、カッコいいから、なんか顔が緩む・・」
照れて自分の髪をくしゃりとかき混ぜ、顔を俯かせて告白するスワに、胸を打たれたジッターはカウンターでキスを返した。
「う、・・あ」
顎を掬われ、噛み付くような深いキスで攻めるジッターの勢いに抗えず、スワは目を見開いたままジッターの腕に縋り付く。
あうあう、と口の中を嬲られる事数分。
やっとスワを解放したジッターが口にしたのは「裸の俺は嫌いか?服を着てた方が好きか?」という自分自身への嫉妬心。
そんな事を言われると思ってもみないスワは愕然としながらも答えを探した。
そして、顔を上げる。
「・・あの、バーで初めて会った時のタンクトップ姿とか、好き」
その答えに、聞き耳を立てていたファビオは「あ、バカ・・」と心の中で呟いた。
そんな事言ったら、ジッターは毎晩、そのタンクトップ用意するぞ・・。
簡単に想像できる姿だけに自分の兄が悲しくなった。
それ以上はバカップルの睦言を聞いていられなくなり、ファビオはドアを強くノックした。
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