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かわいいと思ってしまう12

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日々、体は衰えていく。
少し前まで、疲れも知らなかった体が意識した瞬間から重く感じる。
一歩目が出遅れる。
瞬時の判断ミスでゴールを逃す。
焦りと苛立ち。
何を求め、何のために自分は走るのか。
噛み合わないプレーを痛感する度、自分がズレているのかと戸惑う。
もう全盛期は過ぎた。
代表も後継へと譲るべき年齢に差し掛かっている。

いつまで戦う?

いつまで、お前は、おめおめと自分の過去の栄光に縋り付いているつもりだ?




諏訪寿は、ため息を吐いていた。
ここはジッターの自家用ジェットの中で、つい今しがた、機内にある仮眠用の狭いベッドの上で一戦を交えた後だった。
「コト?どうした?」
「ん・・もう、絶対バレてるだろうなって思って」
寿はそう言って弱り切った顔で眉を八の字に下げる。
まだ熱の冷め切らぬ火照った顔が実年齢よりも数年若く見えて、ハイスクールくらいの寿の姿を想像して可愛く思う。
「バレてる?」
「だってジッターってば、思いっきり搭乗口の前で待ってるんだもん。海外組は俺以外にもいるのに・・」
「ああ、その事か。悪かった、コト。コトが迷子にならないようにわかる所で待ってたんだ」
そう言いつつ、本心から悪いと思ってなどいない男は、穏やかな笑みを浮かべ、寿の額や瞼に甘いキスを落とす。
海外組ーーー、と、呼ばれる日本代表選手達と空港で会った。同じようなタイムスケジュールで動いているので、被るのは仕方がない。
けれど、やっぱり、寿がニコニコと先輩達に愛想を振りまいている姿は見ていて面白くない。
その中の、主に、寿の先輩にあたる古和釜に対して牽制するつもりで、ジッターはわざと自分の姿を見せた。一応、顔を隠す程度のサングラスは掛けたが、数mしか離れていない距離で、この体躯とジッターの目印とも言える大粒のダイヤのピアスの輝きを見れば、これが誰かは一目瞭然だっただろう。
「コト」
ザワザワと人の話し声と幾度となく繰り返されるアナウンスの喧騒の中、軽く呼びかけるだけで輪の中にいた寿は振り返り、その隣にいた男は一眼で察し、目を見開いた。
ジッターの姿に驚いたのは寿も一緒だ。
慌てて古和釜に挨拶した寿がその場から離れる。
ジッターの腕を半ば強引に引きながら、寿はジッターと搭乗口へと向かった。
姿が見えなくなる寸前、チラリと振り返った先に日本代表のチームメート達が古和釜にジッターの正体を確かめている様子が窺えた。
『今のって・・?』
『ジッターだよ!ジッターだった!間違いない』
『一体どういうこと?』
仁王立ちで寿とジッターの後ろ姿を睨んでいる男に、ジッターは「恋人だよ」と口の形だけで呟いた。

「きっとバレちゃったよ~・・」
頬を染めて悲しい顔をする寿の頭をジッターは胸に抱き締める。
「わかってないさ。日本人から見たら、外人なんて皆、一緒に見える」
「ジッターは絶対わかる。こんな王子顔イケメン、そうそういないっつーの。そこに立ってるだけで、すごく目立つんだから」
「イケメン・・?」
「あ~・・美形ってこと」
聞き返されて、寿が目を逸らしながら答えると、ジッターは目を丸くして噴き出した。
「コトが、そんな風に思っててくれたなんて知らなかった」
「お、思うよ。思わないわけない。ジッターはメチャクチャカッコイイよ。顔も体も、俺なんか比べもんにならない。俺なんか平凡で、体だって貧相だし、ジッターの隣にいるのが時々恥ずかしくなる」
「どうしてそんな気持ちに?わかってないのはコトの方だ。俺は毎日、コトが可愛くて堪らないと愛を囁いているのに、どうして自分の事を平凡だなんて思うんだ?これでも美審眼には自信がある。寿の黒髪は艶があって綺麗でサラサラだ。目も瑞々しくて黒目が大きくてカワイイ。鼻の形も悪くない。この上下薄さの違うピンク色の唇も俺に毎日しゃぶられているのに全く形が崩れないし、この肉感に歯を立てるのが堪らなく好きだ」
言い終わると同時に唇が重なり、ジッターは宣言通り寿の下唇を甘く噛んだ。
「は、恥ずかしい・・っ無理っそんな風に言われたら逃げたくなるっ」
ジッターのキスから逃げて顔を俯かせようとした寿の顎をジッターの指が捉える。
「だーめ。それ逆効果だよ。可愛すぎる」
「か、可愛くないっ」
「可愛い。可愛いよ。その恥ずかしそうに耳まで赤くした顔も、俺の唾液で濡れた唇も、キスだけですぐに熱くなる体も、全部、かわいい」
言いながら口づけを再開し、ジッターは十分に硬くなった屹立で、寿の花蜜に熟れた狭間を割った。
「あ、じったあ・・っ」
「・・うん。しっくりくる。俺の形にハマる。この瞬間、いつも思う。出会うべくして出会ったんだなって。俺が欲していたもの全部、寿が持ってる。いや、全部、寿がくれる。俺を愛してくれる。こんなの奇跡みたいだ」
ほら、とジッターの充溢が寿の中を犯す。
淀みなく濡れた肉筒の中を突き進むジッターの体がピタリと密着し、止まる。
臍の下で震える他人の熱を抱え、寿は浅く低く喘いだ。マグマだ。今にも溶けた鉄が噴き出しそうな熱を体の奥底に埋められて身悶える。このままにされたら、焼けて膿んでしまう。同じ体温にならないと、溶けた鉄を受け止められない。
目の前に突きつけられた快感に翻弄され、自我が崩れていく。
「じった・・う、動いて・・」
熱くて欲しい。中を抉るように突き上げて欲しい。その先にある快楽に身を焦がし、すぐにでもそれに溺れてしまいたくて、淫らな願い事を口にした。
「ヤって・・いっぱい、シて・・ジッター、あ」
お強請りの途中で口を塞がれた。
かなり強く顎を取られ、口の中をジッターの肉厚な舌で掻き回される。めちゃくちゃに粘膜を舐め回されて、口ごと食べられそうになった。繋がった場所が濡れてじんじんする。中にいるジッターが更に張り詰めていくのを感じて、寿の中が蠢いた。
それを戒めるように、根元が千切れる程強く舌を吸われた。
「寿、俺は君をメチャクチャにしたい訳じゃない。君を感じさせてイカせて喘がせて、俺とするセックスが一番気持ちいいって思わせたいんだ。だから変に煽っちゃダメだ。歯止めが効かなくなったら、後悔するのは君だけじゃない。可愛いから、いい子にしてくれ」
そう言われて、素直に頷ける寿ではない。
「ヤだ・・っ我慢出来ないよ。俺だって男だよ?気持ちイイ事に弱いに決まってるじゃんっも、動いて、お願い・・ジッター、ジッターの熱くて、中が溶けちゃいそう・・っ」
逃さない、と、でも言う様に、寿がジッターの腰に回した足を組む。
「すごい締め付けだ・・」
小さく息を飲んだ男が動き出す。
小刻みに体を揺らし、組み敷いた男の体から力が抜けてくると、自分の腰に回っていた足を取って高く上げた。
足首を取られ、体は更に折りたたまれる。
根元まで食い締めている物がこれ以上ない程に密着し、お互いの毛に花蜜が絡む。
動きは次第に大きくなり、か細かった喘ぎが強くなる。ベッドのスプリングを借りて体が上下に弾み、時々、そのタイミングをズラされるとイキそうになった。
我慢に我慢を堪えた末に白濁が飛び散る。
それでも律動は止まない。わかっている。彼は見たいのだ。自分が、彼との行為で絶頂に達し、快楽に溺れて身も世もなく淫れ陶酔する様を。
そして、自分自身もそれを見て欲しいと思っている。こんな風になるのはあなたの前でだけだ、と。他の誰としても、こんな風にはならないのだと、知って欲しかった。


それから暫くして、ジッターの方にも代表招集の話がきた。
勿論、その場で即答すると思っていたのに「少し考えたい」と答えを先延ばしにした。
どうして?と相手も聞き返していた。
その気持ちは寿も一緒だ。
どうして断る余地がある?
選ばれたら出るに決まってる。そんな事は当たり前でしかない。
選ばれない人間の方が断然多いのだ。
わからない。ジッターが何を考えているのかわからない。
それでも、どうして?と聞くのを寿は躊躇った。
ソファーの肘掛けに腰を落とし、窓の外をぼんやりと眺めているジッターを見たら聞けなくなった。
「ジッター・・」
寿が近づいて行くと、何かいい物でも見つけたみたいに口元を綻ばせて、ジッターが腕を伸ばす。
引き寄せられ、ジッターの足の間で腰に手を回されて後ろ向きに抱き締められた。
肩にジッターの顔が乗る。甘えるみたいにジッターは体を揺すり、時々耳にキスをする。キスが甘噛みに変わり、首を竦ませていると、その首にも噛みつかれた。ぎゅっと抱き締める腕に力が入る。キスは止んで、代わりに頬に頬を擦り付けられる。
乳母が子をあやすように揺れながら、ジッターは目を閉じて寿の手を握った。
「コト、俺が引退しても一緒にいてくれる?」
そんな事なら勿論イエスと答えるつもりの寿だったが、その前に聞かなければいけない事がある。
「どうして、引退だなんて・・代表に選ばれるくらいなのに・・どうして?」
「どうして・・って思ってくれるの?こんな俺でも、まだ世界でやれるって思う?」
自虐的な笑みを浮かべてジッターが笑う。
自分の膝の上に寿を乗せて腰を抱いた。
「そろそろ、歳だ。走れても後何年も無い。その時が来るのが怖い。今、終わりにした方がいいんじゃないかって葛藤する。ズタボロになってクラブに捨てられるより、まだ惜しまれて、身を引いた方が幸せじゃないかって」
ジッターが優しく笑む。わかってくれる?と問い掛ける。
勿論言いたい事はわかる。けれど理解出来ない。
この分厚い筋肉で出来た足をどうするつもりだろう?
この足で、もう飛ばない?走らない?ドリブルしない?
この胸板でトラップしない?
硬い筋肉で武装したこの体を、サッカーで使わない?
何もかもが非現実的だった。
「俺、サッカーしてるジッターが見たい。ジッターが走るとこも、フリーキックも、ボレーもミドルも、全部好き。ジャンプして俺を守ってくれるのも大好き。全部・・俺の憧れだよ・・?」
ジッターは少し目を顰めてから唇を噛み、すぐにスマホを手に取った。
「さっきはすまない。ああ、受けるよ。変な間を開けて、悪かった」
ジッターは電話の相手に謝罪しながら寿にキスをした。
新たな目標を胸に掲げ、ジッターは苦笑する。
寿が引退するその時まで、ずっと前を走っていてやらなければ・・と、努力する事を胸に誓った。
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