僕の体で神様を送ります。

ジャム

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プロローグ

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春は涼しく。
夏は暑く。
秋はそこそこ。
冬は極寒。


そんなありふれた日本のとある町、八柱(ヤハシラ)町に、百年か二百年か昔、神が降り立った。

日本には、色々な物に神が宿ると言い伝えられている。


その数は、およそ八百万。



しかし、その実、その神々をその目にした者は少ない。

それはなぜか?

それは、神が、誰かの形をしてこの世界にいるからだろう。





その町外れ、車通りの多い坂道の下の土手に、ある時を待つ者がいた。

それは、『彼』の使命であり、『彼』がここに生まれた理由でもある。



水の精霊、睡蓮、それが『彼』の名前だ。



睡蓮の姿はまだあやふやで、形は決まっていない。
人の形を真似したり、動物の姿になってみたりもする。
その形状は、水の性質そのもので、変幻自在。


そんな明確な型を持たない彼が、唯一の意志を持ち、この場所に留まっているのは、彼に課せられた使命のため。


「まったく、それが、神さまにだって、『いつだかわからない』って言うんだから・・呆れる」


そう、世界は人も神も、森羅万象、万能では無い。


だが、『神』はあらかたの流れは知っている。

いつかは起こるだろう『事』はわかってはいるのだ。

それを神がどう対処するのか・・は、『神の思し召し』と思わざるを得ない。

そんな神様が200年も前から準備して待つのだから、きっと余程の事だろう。

自分が生まれた時の事をぼんやりと思い返し、睡蓮はいつくるかも分からない『その時』を待ち続けていた。



そんな風に、睡蓮は今日も自分の真下を走る電車をボーっと眺めている。

彼が、この『電車』という鉄の塊を眺めるようになって数十年が過ぎていた。

興味を惹かれ、たった1度だけ乗った事があったが、その乗り心地の悪さにすぐに窓から飛び降りてしまい、それで大騒ぎになった事があった。

人間なら死んでいる筈で、目撃者が多数居たせいで幽霊騒ぎになったのだ。


それもこれも、いい加減退屈なせいだ。

そんな訳で、この八柱町には時々こうした怪奇現象が起きている。



「2百年は長いよ・・。一体いつまで待てばいいんだか・・」



そんな事を思い返していたら、不意に自分の目の前に、サッとレースのカーテンが引かれたように、視界が曇る。

続いて周囲の騒音がピタリと止り、どこからか時計の秒針のような音が、チッ、チッ、チッ、とゆっくり聞こえてくる。


「来たのか・・!?」



歪んだ空間を見つめながら、カウントダウンの音に神経を研ぎすませる。


睡蓮は自分の体を人のものに変えて、目を開いた。


まるで鼓動のような時の音に同調し、その緊張と高揚からか不自然な笑みさえ沸き上がって来る。



この時をどれほど待ったか!

ついに、長い年月の間、待ちわびた時が訪れる・・!




と、瞬きもしていないのに、パッと一気に視界の暗さと秒針の音が消え、電車や車、人の話し声が耳に戻って来る。




「へ?」




一瞬意味がわからず、今のはなんだったんだ?と周りを見渡していると、何かの影が自分に射した。


「ん?」



見上げると、自分の頭上に自転車が落ちて来る。

「うわ!」

避けようと体を引きかけて、思いとどまった。

自転車から1テンポ遅れて、人が頭から落ちてくる。


「おいおいっどっから落ちてきた!?危ないだろうが・・!!」


そう両手を広げた睡蓮の体を、自転車が勢い良く通り抜け、残像のように残った体で、一瞬後に落ちて来た少年をしっかりと受け止めた。

その瞬間、彼の回りの空間がグニャリと歪み、まるで水中に落ちたのように気泡がブクブクと沸き、空間に波紋が広がる。

睡蓮の腕に抱き留められた少年は、気を失っていて四肢がダラリと落ちている。
学校の制服なのだろう、肘まで捲った青いワイシャツにエンジ色のネクタイと灰色のズボン。
髪は黒く、クセっ毛なのか所々が緩くカーブを描いている。
一般的な人の美意識に換算すれば、かわいらしい部類に入るだろう。


「この子が・・?」


睡蓮の頭の中に、流れるように少年の記憶が吸い上げられ、彼がどんな風に育ち、何が好きで、何が嫌いなのかをあっという間に理解する。


その背後では、金属がひしゃげるような音と共に、土手の下の線路に自転車が派手に落下し、なお転がって、金網に激突した。

折れ曲がり、逆さになった車体の前輪が勢いに任せ、カラカラと回っている。

空から降って来た少年を両腕に抱きかかえ、自転車の成れの果てを振り返った睡蓮は、ホッと息を吐いた。



良かった・・この子が、ああならなくて。




静かに土手の上へ浮上し、睡蓮はガードレールを跨ぐと、少年を歩道に寝かせた。

その傍らに膝を付き、名残惜しそうに少年の頬に触れてから、大きく息を吸い込み、大声で叫ぶ。


「誰か!救急車を呼んでくれ!!」


そして人間がこちらを振り返る間際に、『彼』は、霧のようにその場から姿を消した。
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