僕の体で神様を送ります。

ジャム

文字の大きさ
1 / 27

プロローグ

しおりを挟む

春は涼しく。
夏は暑く。
秋はそこそこ。
冬は極寒。


そんなありふれた日本のとある町、八柱(ヤハシラ)町に、百年か二百年か昔、神が降り立った。

日本には、色々な物に神が宿ると言い伝えられている。


その数は、およそ八百万。



しかし、その実、その神々をその目にした者は少ない。

それはなぜか?

それは、神が、誰かの形をしてこの世界にいるからだろう。





その町外れ、車通りの多い坂道の下の土手に、ある時を待つ者がいた。

それは、『彼』の使命であり、『彼』がここに生まれた理由でもある。



水の精霊、睡蓮、それが『彼』の名前だ。



睡蓮の姿はまだあやふやで、形は決まっていない。
人の形を真似したり、動物の姿になってみたりもする。
その形状は、水の性質そのもので、変幻自在。


そんな明確な型を持たない彼が、唯一の意志を持ち、この場所に留まっているのは、彼に課せられた使命のため。


「まったく、それが、神さまにだって、『いつだかわからない』って言うんだから・・呆れる」


そう、世界は人も神も、森羅万象、万能では無い。


だが、『神』はあらかたの流れは知っている。

いつかは起こるだろう『事』はわかってはいるのだ。

それを神がどう対処するのか・・は、『神の思し召し』と思わざるを得ない。

そんな神様が200年も前から準備して待つのだから、きっと余程の事だろう。

自分が生まれた時の事をぼんやりと思い返し、睡蓮はいつくるかも分からない『その時』を待ち続けていた。



そんな風に、睡蓮は今日も自分の真下を走る電車をボーっと眺めている。

彼が、この『電車』という鉄の塊を眺めるようになって数十年が過ぎていた。

興味を惹かれ、たった1度だけ乗った事があったが、その乗り心地の悪さにすぐに窓から飛び降りてしまい、それで大騒ぎになった事があった。

人間なら死んでいる筈で、目撃者が多数居たせいで幽霊騒ぎになったのだ。


それもこれも、いい加減退屈なせいだ。

そんな訳で、この八柱町には時々こうした怪奇現象が起きている。



「2百年は長いよ・・。一体いつまで待てばいいんだか・・」



そんな事を思い返していたら、不意に自分の目の前に、サッとレースのカーテンが引かれたように、視界が曇る。

続いて周囲の騒音がピタリと止り、どこからか時計の秒針のような音が、チッ、チッ、チッ、とゆっくり聞こえてくる。


「来たのか・・!?」



歪んだ空間を見つめながら、カウントダウンの音に神経を研ぎすませる。


睡蓮は自分の体を人のものに変えて、目を開いた。


まるで鼓動のような時の音に同調し、その緊張と高揚からか不自然な笑みさえ沸き上がって来る。



この時をどれほど待ったか!

ついに、長い年月の間、待ちわびた時が訪れる・・!




と、瞬きもしていないのに、パッと一気に視界の暗さと秒針の音が消え、電車や車、人の話し声が耳に戻って来る。




「へ?」




一瞬意味がわからず、今のはなんだったんだ?と周りを見渡していると、何かの影が自分に射した。


「ん?」



見上げると、自分の頭上に自転車が落ちて来る。

「うわ!」

避けようと体を引きかけて、思いとどまった。

自転車から1テンポ遅れて、人が頭から落ちてくる。


「おいおいっどっから落ちてきた!?危ないだろうが・・!!」


そう両手を広げた睡蓮の体を、自転車が勢い良く通り抜け、残像のように残った体で、一瞬後に落ちて来た少年をしっかりと受け止めた。

その瞬間、彼の回りの空間がグニャリと歪み、まるで水中に落ちたのように気泡がブクブクと沸き、空間に波紋が広がる。

睡蓮の腕に抱き留められた少年は、気を失っていて四肢がダラリと落ちている。
学校の制服なのだろう、肘まで捲った青いワイシャツにエンジ色のネクタイと灰色のズボン。
髪は黒く、クセっ毛なのか所々が緩くカーブを描いている。
一般的な人の美意識に換算すれば、かわいらしい部類に入るだろう。


「この子が・・?」


睡蓮の頭の中に、流れるように少年の記憶が吸い上げられ、彼がどんな風に育ち、何が好きで、何が嫌いなのかをあっという間に理解する。


その背後では、金属がひしゃげるような音と共に、土手の下の線路に自転車が派手に落下し、なお転がって、金網に激突した。

折れ曲がり、逆さになった車体の前輪が勢いに任せ、カラカラと回っている。

空から降って来た少年を両腕に抱きかかえ、自転車の成れの果てを振り返った睡蓮は、ホッと息を吐いた。



良かった・・この子が、ああならなくて。




静かに土手の上へ浮上し、睡蓮はガードレールを跨ぐと、少年を歩道に寝かせた。

その傍らに膝を付き、名残惜しそうに少年の頬に触れてから、大きく息を吸い込み、大声で叫ぶ。


「誰か!救急車を呼んでくれ!!」


そして人間がこちらを振り返る間際に、『彼』は、霧のようにその場から姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

処理中です...