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アレは、誰?
しおりを挟むどこかでサイレンの音が聞こえる。
なんだか耳元で大声が聞こえて、リュウトは嫌々目を開いた。
「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」
何がどうなっているのか、体中が痛い。
視界の眩しさに目を閉じようとすると、再び大きな声で問い掛けられた。
「大丈夫か!?自分の名前は言えるか?」
自分の回りでは、忙しなく救急隊員が取り囲み、体中に色んなものが取り付けられていく。
「水橋・・龍人(ミズハシ リュウト)・・なんで・・?水の中・・」
そこで、全てがプツンと途切れた。
「運ぶぞ!」
慌ただしくストレッチャーが救急車に積み込まれ、ドアが閉まるか閉まらないかのタイミングで、勢い良く車が走り出す。
サイレンを響かせ、車の間を縫って走る救急車の光りが遠くなるのを、空の上から睡蓮が静かに見送っていた。
このリュウトの事故は、奇跡的な生還だと、少し騒がれることになる。
新聞やニュースになる程の事故だったにも関わらず、リュウトが負ったのは軽い背中の打撲と、かすり傷だけ。
自転車は当たり前のように土手の下へ落ちたのに、リュウト自身はほぼ無傷で道路の上に倒れていた。
その説明は、誰にもつけられず、誰しもが首を捻る事になった。
「本当に、なんて運が良かったのかしら・・」
額に少しの切り傷に絆創膏。
ベッドの上のリュウトの頭を撫でながら、母親は涙を浮かべていた。
事故は、坂道を下って来た自転車と、脇道から飛び出して来た車が衝突。
リュウトは衝撃で体を15mも飛ばされたが、運良くガードレールに引っかかり歩道に着地。
尚、一緒に跳ねられた自転車は、ガードレールの上を超えて土手を落ち、上り線の線路上を転がり壁に激突、大破した。
九死に一生を得る奇跡の生還だったが、喜ぶより、大破した自転車の形を聞き、自分自身がそれに重なって、ゾっとしたリュウトだった。
「いきなしだったから・・ブレーキしてもチャリが止まんなくって・・オレぶっ飛んだ
んだけど・・なんか気がついたら病院で・・でも、マジで体浮いた瞬間は、『あ、終わったな』って思ったもんネ」
「ネ、じゃないっ」
今、自分の頭を撫でていた手で叩かれる。
「もう、心配掛けて!!本当に、病院から連絡が来た時は心臓が止まりそうだったわよ!あなたのお子さんが車に跳ねられて、意識不明ですって!それで事故の説明聞いたら、こんな軽傷で済むなんて奇跡ですって言われて・・・それでもこっちは、あんたの目が覚めるまで胸が潰れる思いだったわよっ」
母親は目頭を押えながら、布団の上に出ていたリュウトの手を何度も強く握って揺さぶった。
「本当に、生きてて、本当に良かったわ・・。神様に感謝しなきゃ」
母親は目頭を指で押え、それから、入院に必要な物を一旦取りに帰ると病室を後にした。
「神様、か・・」
リュウトは目が覚めるまで見ていた夢を思い出していた。
リュウトは夢の中で、水の中にいた。
フワフワとした浮遊感。
水中で、自分は男に抱きかかえられている。
彼は透き通る水色の瞳に、美しく整った顔立ちを覆うような少し長めの黒髪。
まるでゲームの世界の中にいる美形キャラクターのような青年が、自分を抱き抱え、そっと自分の額に唇を押当ててきたのだ。
思い出して、思わずカアッと顔が熱くなり、自分の額を触ってみた。
が、そこには大きめのガーゼが貼付けられているだけ。
リュウトは自分の命が助かったという興奮より、その夢の中のリアルさに興味があった。
まるで現実であるかのような青年の存在感。
目を瞑れば、ハッキリとその輪郭を思い出せるくらい、彼の姿が脳に焼き付いている。
あんた、誰なの・・?
なんて・・優しい目でオレを見るの・・?
その水色の瞳を思い出すだけで、リュウトの心は震えていた。
目を閉じて、自分の鼓動が高鳴っていることに気づく。
やばい・・これ・・。
浅い溜息が口元から零れた。
体が欲情している。
生死の境を彷徨ったせいだろうか?
胸がざわつき下腹に熱が篭る。
アレは、誰・・?
投げ出されたオレを、受け止めてくれた?
水の中みたいだった。
水に漂うように、彼の腕の中に抱き留められた。
不思議な感覚。
神様があんなにカッコ良かったら、卑怯だよな・・。
あり得ない感情と想像を落ち着かせるために、リュウトは深呼吸を繰り返した。
二日後。
退院したリュウトは、特に体の変調も無く、次の日から通学を再開することにした。
が、自転車はお釈迦になってしまったし、両親の反対もあって自転車通学は許されなかった。
仕方無く、バスで通うことなる。
学校まではバスで30分、学校の近くのバス亭から徒歩5分だ。
自転車で通えれば20分で着く距離だが、すぐに新しい自転車を買って、自転車通学をしたい気持ちには、自分でもなれなかった。
バスの運転が悪いのか、道が悪いのか、大きく揺れながらバスが進む。
こんな激しい揺れの中でも、座っているとその内に眠くなってくるから不思議だ。
『リュウト』
囁くように名前を呼ばれ、ハっと顔を上げると、バスがあの事故現場付近を通りすぎようとしていた。
下り坂の突き当たりのT字路は、細い歩道をガードレールで挟み、その下は20m程の土手になっていて、線路が通っている。
その20m程下に、自分は落ちかけたのだ。
なんとなく自分が倒れていたという歩道へ視線を移すと、肩の下まである長い黒髪に、レザーのロングコートという異様な雰囲気の男が立っている。
こんな朝の通勤時間帯に全くそぐわ無い格好の男に、自然と目が釘付けになり、彼もリュウトの視線に気づいた。
透き通るような白い肌に、風で髪が大きくたなびき、隠れていた水色の瞳が、露わになる。
思わず、席を立ち上がると、バスの運転手に『席を離れる際はバスの揺れにご注意下さい』とアナウンスされてしまい、慌てて座り直した。
もう一度振り返って見たが、車や歩行者で『彼』らしき姿はもう見つけられなかった。
見間違いだろうか、という想いと、本当に実在する人物かも知れない、という想いがリュウトの中で渦巻く。
自分自身、いったいどうしようっていうんだ?という気持ちもあるが、九死に一生を得た自分だからこそ、やりたいことは今やらなければという気持ちが沸いた。
いや、だいたいにおいて、人違いという可能性の方が高い。
それに、おかしいと思う。
こんな風に、男相手に、会いたいなんて思うなんて。
もし、本当に夢に出て来たあの人物が実在したとして、会って、それでどうするというのか?
「あなたを夢で見ました」なんて、恥ずかし過ぎる告白を自分はする気だろうか?
いや、そんなつもりなんか無い。
ただ、ただもう一度会えるなら、会ってみたい。
本当に居るなら、話してみたかった。
ただ、それだけだと、自分に言い聞かせた。
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