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しおりを挟む「吉岡」
上陵高校と対戦の日。
愛しの『凪ちゃん』を求め、敵情視察に向かった自分の名前を、きつい語調で甲斐谷が呼び止めた。
「なに?怖い顔しちゃって。まさか、緊張してる?」
「するかよ、緊張なんか」
そう言い捨てる相棒に、オレもおどけて「デスよね~」と頭を掻く。が、ノリの悪い相棒はニコリともしてくれない。
「・・・怒ってんの?」
顔色を見れば、一目瞭然だが、一応口に出して聞いてみると、相棒はしれっと「よくわかったな」と嫌な感じに口元を引き上げた。
笑顔で怒るなんて、相当に嫌な感じだ。
これ以上はない程に機嫌が悪いことが窺える。
「『凪ちゃん』ってなんだよ?」
「あー、上陵高校のカワイ子ちゃんだよ。オレ、ファンになったの。ほら、トレセンで一緒になった子でさ。知り合いの綿貫に紹介して貰おうと思ったんだけど、なんかアイツのお気に入りらしくて、会わせてくれないんだよね」
チェッと、お決まりの舌打ちをかますと、被せるように甲斐谷まで舌打ちをした。
「テメエ、ふざけんじゃねえ」
「え、何?なんかオレ、ふざけてた?」
「いつからだよ?いつから男に興味出た?」
「興味・・うーん・・いつかな?気が付いたらって感じ?まあ、お前に当てられてたとこあるから、結構前から抵抗なかったしね」
ほら、全然、チューも出来るし?
と、自分と甲斐谷を交互に指差す。
すると、甲斐谷は握った拳で、いきなり横の壁を、ダンッと打ち付けた。
「じゃあ、抱かせろ・・。チューが出来たんだから、セックスだって平気だよな?」
「え?抱か・・?え?」
甲斐谷が、今、何を言ったのか理解出来ず、吉岡はたじろいだ。
そんな吉岡を尻目に、目を眇めた甲斐谷は一歩で間合いを詰め、吉岡の腕を捕る。
「男相手でも出来んだろ?」
言うが早いか、首筋に甲斐谷が噛み付いてくる。
そうなってみて初めて、吉岡は自分の身の危険を察知したが、遅かった。
「ちょ、待った!待った!!なんだよっなんでこうなんだよ!?」
「お前が、男に興味なんかねえと思ったから、オレは・・っ散々焦らしやがって・・!」
「焦らしてないっ何言って・・!?お前、ちょ、やめろって!!」
「うるせえ!!黙ってオレに抱かれてろ!!」
「ふざけ・・ッ!オレが、アイツらと一緒にされて堪るかっ!!」
口だけは対等だが、腕を掴まれ、壁に背中を押し付けられた自分の方が明らかに分が悪かった。
コイツ、こんなに握力強かったっけ・・と、ビクともしない甲斐谷の腕力に、怖じ気が走る。
「一緒になんかするかよ・・。お前が手に入るなら、他は、なんも要らねえよ」
眼前で、目を血走らせた男が歯を食いしばって零す。
「なに、それ・・」
呆気に取られ、甲斐谷の目を見つめ返すと、一度瞬きをした甲斐谷の真っすぐな目が、吉岡を捉えた。
「・・好きなんだよっお前の事がずっと好きだったんだよッ今までも、今、この瞬間も好きだし、これからも、多分、ずっと好きだ!ずっと、お前の事が好きなんだよッ」
好きなんだ。
好きだ、吉岡。
なあ、好きだ。
すげえ好きだ。
途切れ途切れに、肌に染み込むようにキスと同時に声に出される告白に、吉岡の心臓は、徐々に鼓動を大きくしていく。
「何、言ってんの・・甲斐谷」
そう震えながら口にした吉岡の声の、なんてか細い事か。
「オレ達、キスしたよな?イヤじゃなかったんだよな?」
なら、シようぜ。
そう言って迫ってきた甲斐谷の唇は、始めから薄く開いていて、繋がると同時に吉岡の唇の内側へと滑り込んできた。
「ん・・!んん・・っ」
ねっとりと熱く、優しく、激しく舌を咥内に捩じ込まれ、舌先で、ココだと言う場所を暴かれる。
「好きだ・・好きだ・・吉岡、なあ・・好きだ、もっと、口、開けよ・・」
ねっとりと絡み捕られるようなキスの合間に、絶えず甘い睦言を紡ぐ親友に、顔が熱くなる。
感じる場所をここぞとばかりに攻め立てられ、吉岡は甲斐谷の肘に縋りつくように掴まる。
「嘘吐き・・ッ信じるかよっお前、そんな事・・っ」
信じられるか、と、キスから逃れるように吉岡は顔を逸らすが、すぐに甲斐谷の唇に追いつかれ、自分を宥めるようにキスを繰り返す甲斐谷に、すぐ付込まれてしまう。
「信じなくても、好きだ。お前が好きだ」
「嘘吐き・・」
「嘘言うかよ・・」
「そんな事、皆に言ってんだろ・・っ一体何人に言ったんだよ、お前の今までの行動見てて、信じられるかよっ」
甲斐谷を、そう詰ったつもりだったが、当の本人は全く堪えていないどころか、吉岡の台詞に俄に喜び、口元に笑みさえ浮かべている。
それから、嬉しそうな顔で、甲斐谷は吉岡を追詰めていく。
「言ってねえよ。誰にも『好きだ』なんて言ってねえ・・。アイツらは、ただ体が合っただけだ。お前にしか『好きだ』なんて言ってねえよ。お前以外、誰にも言うつもりなかった」
「嘘吐き・・」
「なんとでも言え」
「マジ、最悪」
「オレもそう思う」
苦笑する甲斐谷の唇が再び、自分の唇へと降りて来る。
それに抗わず、いや、自ら受け止めるように首を伸ばし、吉岡は甲斐谷の舌を自分の口の中へ引き込んだ。
触れた瞬間、舌先が蕩けるような、甘いキス。
こんなキスを甲斐谷が、自分以外の誰かとしていたのかと思うと、無性に腹立たしく思えて来る。
が、それを今、口に出しても、この男は非を認めないだろう。
「嘘吐き・・」
「言ってろ。お前が信じなくても、オレが好きなのはお前だけだ。これだけは、誰が何て言おうが、どうしようもねえ」
そう言って、甘く唇を啄んで来る男に、吉岡は臍を噛む。
絶対、こんなタラシと付き合ったら、不幸になる。
あの多角関係を傍で見てきた自分が、それを一番分かっている筈なのに、そう思うのに、甲斐谷とのキスを止められない。
「信じない・・っ」
「信じろ」
そう言って嬉しそうに笑う甲斐谷が憎めず、吉岡は舌打ちした。
「ずっと、好きだ」
熱っぽい囁きに鼓膜を灼かれ、吉岡は首を横に振ったが、甲斐谷のキスでこれだけ参っている自分がこれ以上何を言っても説得力はないだろう。
「信じない・・」
それでも、否定の言葉を口にする吉岡に、甲斐谷は極上の微笑みを浮かべてキスをする。
その顔を見てしまったら、吉岡も観念するしかなかった。
「このタラシ・・!」
それに答えず、甲斐谷はひたすらに吉岡に甘いキスを繰り返す。
言葉なんかで伝えるより、キスの方がよっぽど多弁だと、甲斐谷は熱の籠った口付けを、繰り返したのだった。
そうして、夢うつつの状態の吉岡率いる東山吹高校は、あっけなく上陵高校との対戦で敗退ーーー
とは言え、相手が常に全国大会の決勝戦に名を連ねるような強豪校だったため、自分達の体面が保たれた事は、唯一の救いだ。
結局、試合中、何度も『凪ちゃん』の姿を目にしてはいたが、親友に告白された吉岡の精神面は、ボロボロで崩壊寸前、全く試合どころでは無かった。
甲斐谷の告白に、騙されて堪るか、という想いと、もし、あれが本気だったら、これからは、あの絶倫を自分一人で請け負わなければいけないのか、という、しなくてもいい心配までする始末でーーー
そんな事をうだうだと考えながら走っているから、転ぶのも当然。
試合終了間際、派手に交錯し、地面に転がった自分の前に、見慣れた手が差し出される。
「負けたのに、いい顔してんなよ」
吉岡の憎まれ口にも、甲斐谷は笑みを浮かべ、掴んだ手を引いて吉岡を立たせた。
「全部、終ったんだ。もう、何も気兼ねしなくていいしな」
手加減しねえぞ。
そう肩を抱き寄せられた吉岡は、熱くなる顔を手で覆い「最悪」と、小さく呟いた。
ーーー後日談。
収まる場所へ収まるものが収まり、サッカー部の部室では、部員達から盛大な安堵の溜め息が零れていた。
「なあ、結局、甲斐谷が付き合ってた奴ってさ・・」
「ああ、言っちゃうそれ?」
「言われなくても、わかってるしー」
「どうせ、吉岡先輩の回り、うろちょろしてた奴らだったんでしょ?」
「すげえ」
「魔性の男」
「マジ、やめて欲しい。勝手に二人でさっさとくっついてくれりゃ、こんな事になんなかったのに」
「ある意味、甲斐谷先輩って献身的だよね・・。吉岡先輩のライバル喰ってたって事でしょ?」
「えげつな・・っ」
そうは言っても、やっと二人が丸く収まった事に、サッカー部の面々は、ホッと息を吐いたのだが。
「これで、済めばいいけどね・・」
その不穏めいた一言に、部員達は、ゾッと顔を見合わせたのだった。
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