センパイ番外編 

ジャム

文字の大きさ
上 下
14 / 34
アキタ x イズミサワ

サヨナラ

しおりを挟む
空が綺麗だった。
暗黒の闇。
この世界にそんなモノがあるとは思えなかったけど。
明け方間近のこの東京にも本の少しだけ、そんな時間があった。
オレはそれをボンヤリ眺めてた。
この真っ黒な空に輝く星がある。
小さな小さな粒。
それでも、測りきれない程遠くからその光は送られて来ているんだ。
もしかしたら、その光る星はもう無いかも知れない。
あるとしたら、その星からはこの地球の何十億年前の姿が見えるだろう。
不思議だ。
人間なんて、なんてちっぽけだ。
なんて、必死なんだろ。
どうして、生きているんだろ。
ねえ、そう思わない?


「アキタ・・・起きてる?」
「ん・・。起き、てる・・」
二人で慣れないお酒飲んで、夜の公園にオレ達は居た。
「アキタって本当飲めないんだなぁ・・。眠い?」
アキタはオレの肩に思いっきり体重掛けて寄りかかってる。
「セージ・・って呼べ・・」
「セージ」
「そう。・・セージ・・」
目を瞑ったままのアキタがニヤニヤ笑ってる。
「アキタ・・」
「セージ!・・っつってんだろ・・」
「セージ、あのさ」
「ん。」
「・・・オレ、夏休みに」
「夏・・?」
アキタが急に顔を上げた。
鼻先が掠めた。
チュッて唇が食べられるみたいに吸われる。
濡れた唇。
アキタは体ダラダラしてるクセに舌だけはいつもみ
たいに、しっかり絡んでくる。
舌で遊んでるとオレの口から唾液が零れそうになる。
それをアキタの舌が一旦口から抜けて、口の横を舐め上げて掬った。
それから満足したのか、オレの肩に顎乗せて、
なつがなあに?って聞いた。
「・・・なんだろうね・・」
「ナニ、それ」
途端に噴出すアキタ。
ハイだ。
アキタが酔っ払ってる。
なんか笑っちゃう。
今ならオレだって勝てるよ。
「アキタ」
「だから、セ イ ジ だって・・ん」
もっとキスしたい。
キスして、オレがアキタベンチに押し倒して、アキタは笑ってて、笑ってたけど、急に。
「センパイ」
アキタの上に乗ってたオレをアキタは自分ごと腹筋で起き上がり、立ち上がらせる。
「な、なに?アキタ」
アキタがズンズン歩いてって芝の広場に出た。
「アキタ・・」
乱暴に腕を引っ張られて、体ごと押し潰される。
「センパイ・・好き」
「えっ」
なんか久しぶりに聞いたかも・・。
好きなんて、最近、こんな直に聞いたことなかった。
いつも、カワイイ、とかイイナァ、とかオレの、とかしか聞いてなかったからなんかビックリ。
好きって・・・なんかクるんだよなぁ・・っ
ドキドキしちゃうよ・・っ
アキタって、結構照れやさんだから、あんまり好き好き言わないし。
嬉しくなる。
「オレもっオレも、スゲー好き!アキタ好き!」
足を絡ませて抱きついたら、その足、手で払われて、シャツを捲られた。
それから乳首を噛まれる。
「あっツ!・・ここ、ここで・・?アキタ・・?」
アキタは返事もしないでオレをどんどん脱がせていく。
自分はポロシャツも脱がないでジッパーを下ろした。
普段のアキタだったら絶対しない。
いくら真夜中の公園だってアヤシイのはイッパイいるから、アキタはイヤだって絶対シたがらない。
きっと、酔ってるからだ・・。
「ア、アキタっやばいって・・・誰かに、見られるっ」
オレは構わないけど・・、きっと後でアキタ後悔しちゃう。
もう絶対お酒飲まないって言うかも知んない。
「アキタ・・こ、こ、公園!誰かいるよっきっと」
オレはなんとかアキタの肩を押さえて膝でアキタを押し退けた。
そしたら。
アキタは。
「誰も見んじゃねえぞ!!!」
って体起して叫んだんだ。
「あ、アキタ・・っ」
今度はアキタがオレの肩を掴んだ。
「ア・・・ッ」
オレの体とアキタの体が繋がる。
「ケータっ」
「んっあっアッ」
揺さぶられながら、オレは自分はどうしようもないバカだって思う。
なんで、止められないんだろう。
本当は嬉しいから?
バカだよ。
これで、きっとアキタは後で落ち込んだりするのに。
それ、オレはわかってるのに。
でも、でもさ。
こんな風に好きだ好きだって、堪んない。
体が焼けるよ。
真っ直ぐに見られて、欲しがられて、それが無意識みたいに。
こんなアキタ、止められないよ。
好きにさせてあげたいよ。
ゴメン・・アキタ・・っ
オレ、後でイッパイ慰めてあげるから。
だから、今、オレを好きにして。
これは、オレが悪いから。オレのせいだから。
「アキタ・・っ」
「セージッて呼べよ!」
「セージィ・・!!」
ああ、星が見えるよ。
空が綺麗だ。
ねえ、どっかの星からオレ達の姿も見えるかな?
星の光と一緒に見えるのかな。

















携帯の着信に、恐る恐る出る。
『もしもし、ケイちゃん?』
今日だけはシカトするワケにはいかないんだ。
どうしても。
「もしもし」
声が震えそう。もう一ヶ月は口をきいてない。
『お母さんだけど』
言われなくても、着信の表示でわかってる。
「うん。着いた?じゃ、オレも行くよ」
もうすぐ夏休み。
その前に期末テスト。それが終れば夏合宿。恒例試合。
合同練習。
サッカー部はこれから猛カリキュラム。
「監督、ちょっと抜けます。」
「ん・・!?・・ああ、3年はアレか、すぐ戻って来いよ」
笑うゴンゾーさん。
そうだろうね。
きっとオレには何にも関係無いコトだと思ってる。
アレ。
期末の前に。
オレの人生を決める話し合いをしなくちゃならないんだ。
それも、オレにはきっと何も言い分が無い。
負け試合。




ゴンゾーさんは、オレが辞めるなんて思ってもいないんだ
ろうな。
サッカー部を、辞めるなんて。



グラウンドが真っ青。
振り返って、立ち止まって、皆を見た。

辞めたくない。
ここに。
いつまでも居たい。

アキタ。
どこにいる?
顔見たかったな。
オレ、このまま、もしかしたら。


帰って、来れないかも知れない。アキタ。
アキタ。
オレ、何のために頑張ってたんだろ。
アキタ。
お前とさ、走るの好きだったよ。
好きだった。お前とサッカーしててすごい楽しかった。
今までで一番楽しかった。
涙が出そう。






夏、間近の外が明るすぎて、校舎の中に入ると目が眩んだ。
目をパチパチさせて、シューズを脱いだ。
その靴のかかとに指を引っ掛けて持ち上げようとした時。
後ろから。
「センパイ!」
汗だくのアキタがオレの肩を掴んだ。
「センパイ、三者面談!?あんた・・っ今日だったのかよ!?」
「アキタ・・・」
目が熱くなった。
涙を我慢して目の奥が痛くなる。
顔が歪みそうだった。
「なんで、なんで、なんも言わねんだよ!?さっき親見たぞっオレ、ビックリして・・、あーも、いい、行こセンパイ!」
アキタがオレの腕を掴んで引っ張る。
「だ、だめだってっ・・・今日は・・。もう、逃げらんないっもう、終わりだよ・・・っどうしようもない。今日まで・・さ、自由できたし・・っだから」
「だから・・?」
アキタがまた腕を引いた。
つんのめるように慌てて、足を出した。
「アキタぁっ」
階段を一階上がって、アキタは3年の教室の方へ歩いていく。
「アキタ?な、なぁ、どうすんの?」
角を曲がって、その廊下、ソレゾレのクラスの前に保護者が順番待ちしてた。
その奥。
「アキタ・・」
アキタのスピードが落ちた。
目の前に、久しぶりに見る母親の姿。
「こんにちは」
アキタがペコッてお辞儀した。
「コンニチハ。ケイちゃん、次よ」
「オレ、アキタセイジです。ケータと一緒に住んでます」
オレはもうどうしたらいいのかわからなかった。
心臓が痛い。
母さんの顔を見ただけでも大打撃なのに、アキタがそこへ塩を塗る。
「アキタ・・いいって!」
やっとで言うとアキタはオレを少し振り返って、眉を顰めた。
それですぐ顔を母さんの方へ戻す。
「まあ!アナタがケイちゃんを・・。ケイちゃんと一緒に住んでる友達なの・・。全然知らなかったわ。今日からケイちゃんは、ウチに帰るように言ってあるから」
どう考えても最初の台詞は、アキタを責めてる風だ。
やっぱり悪友に捉えられてる。
「違うよっオレが居候してただけなんだっムリ言って、泊めてもらって・・!」
「スミマセンが、ケイタを大学受験までウチで預からせて下さい。ウチの兄貴、教育学部出てるんです。身内が相手で、オレ一人じゃ勉強しづらいんですけど、一緒にやってくれる人がいると、助かるんです。兄貴も教え甲斐があるって言ってるし・・、オネガイシマス!!」
アキタは捲くし立てるように言って頭をまた下げた。
オレはアキタの手を握って、苦しくて、震えそうで、声が出ない。
その時、ガラッと教室の引き戸が開いて、担任が顔を出した。
「泉沢さん、どうぞ・・。お、秋田・・何やってるんだ?」
「先生・・」
絶句してた母親がサッと立ち上がり会釈して話し出した。
「いつもお世話になっております。先生、これからウチの子マジメに勉強させますので、受験指導、ヨロシクお願いします」
「え・・!?今からですか?ケイタ君ならサッカーで推薦が取れると思いますが・・?」
「いえ、もう遊んでる歳でもありませんので、夏で引退させようと思ってます。そろそろマジメに、ね?」
視線がイッキにオレに集まる。
「オレは、・・・サッカー・・辞めない。辞めろって言うなら・・学校も辞める・・」
「ケイちゃん・・っいい加減にしなさい・・。アンタはいくつ我侭言えば気がすむの・・!?コウちゃんはもうとっくに受験勉強始めてるのよ?アンタはコウちゃんに教えてもらわなきゃならない立場なのよ!?」
「お母さん、とりあえず、中へ」
担任が母さんを押して中へ入って行く。
オレはアキタを振り返って。
「絶対帰る」
って呟いて、繋いだ手をギュッと握ってから離した。
アキタはまっすぐオレを見てた。
ずっと、見てた。
オレは、ゆっくり扉を閉めた。




結局。
母親の一方的な希望を言うのみの15分(三者面談)で終
った。
押し付けの理想。
この人にとってオレってなんなんだろう?
ステータス?
付属品?
お人形?
家族ゴッコのアイテム?

ねえ、オレが必要?
アンタのイキテル世界で、オレってそんなに重要なポジションにある?
・・・・ないよね。
笑っちゃう。
久しぶりに帰った家は、何にも変わってない。
ここは時間軸狂ってる。
オレ達は毎日、毎日少しずつだけど、成長してる。
足がコンマ2秒早くなったり、昨日まで苦手だった野菜も食えるようになったり。
生きてる。
だけど。
この世界はなんだろう。
時間が死んでるみたいだった。
いつから、こんな風に固まったままなんだろう。
変化を嫌って、母さんの気持ちそのまんまだ。
オレ達がいくつの時のままなんだろう?きっとその頃がこの人にとって一番いい時だったのかも知れない。
その時のまま、この人は時間を止めてる。
オレは仕舞ってあったドラムバッグに夏服を詰めた。
暑くなってからは、殆どアキタの服を借りたり、買って貰ったりで、凌いでたけど。
ミチルさんはメチャクチャ気前良くってラスタに来るといつもなんかのブランドの服を買ってきてくれる。
それで、アキタとは趣味が合わないからって、お小遣いあげて。
そしたらアキタ。
「オレが服買ってやるから、それ着るな。アイツの趣味の服って考えたらなんかムカつく」
って押入れにそのまんま。
どんな服かも結局見てないのに。

「何してるの?」
開けっ放してたドアの前に母さんが居た。
「・・・帰る。オレ、ちゃんと頑張るから。母さんの言う大学には行けないかもだけど・・ちゃんと大学も行くから」
ジーーーッと勢い良くバッグのチャックを閉めた。
それを肩に掛けて。
「じゃ」
横を通り過ぎる。
階段を降りて、母さんの声が聞こえた。
「一人じゃ何も出来ないのよ!?アンタに何が出来るの!?
お母さんがいなきゃ何も出来ないのよ!?わからない!?」
振り返ると、背中向けたままの母親の姿があった。
「・・・おれ・・・もう18なんだよ?・・・。ちゃんと見ろよ!!」
叫んで。
オレは階段を降りた。
玄関で、端っこに追いやられてるオレのナイキを掴んで、またローファーを引っ掛けてオレは、外へ出た。


上を向けば、空が広がってた。

ああ、違う。

オレは変わったんだ。
あの頃、毎日、この自由にオレは焦ってた。
目の前に突きつけられる自由に。
自由にされて、オレは行き場が無くて、どうしようもなくて。
だけど、今は、違う。

自由だ。
やっと自由になったんだ。
オレは選べる。
選んで、そして、帰れる。
もう、いいんだ。
自由になろう。
行きたい所へ行こう。
やりたいコトをやろう。
絶対あきらめない。
アキタが、背中押してくれたから。
アイツ・・・。母さんに頭下げて・・。
ああいうの一番キライなクセに。
涙が出てた。
前髪くしゃって握って顔隠して、早歩きで駅に向った。




アキタのマンションに着いたのはまだ空も明るい7時前だった。
キーを挿して、鍵が掛かってないのに気づいた。
「アキ、・・セージ・・?」
中に入ってリビングに行くと、アキタが携帯を弄りながら、カウンターで、うつ伏せてた。
「セージ」
呼ぶと、本気で聞こえてなかったのか、バッと起き上がった。
そこには缶ビール。
「センパイ・・!」
「飲んでたの?珍しいっ」
笑うと、アキタが顔を歪ませた。
で、手を伸ばされて、オレは傍まで歩いた。
アキタは背の高い椅子に座ったままオレに抱きついてくる。
「服と靴取って来た。もう・・・あそこには行かない。」
アキタが溜息をついた。
顔を上げると白目真っ赤にしてオレを見た。
「拉致ってやろうと思ってた。もうマジでミチルかシロウに頼んで、拉致って、ヤクザだっつって、実力行使してやろって」
「自分はヤクザじゃないっていつも言ってるクセに」
「一人にされる位なら、もうヤクザでいい。使えるモノは全部使う」
「教育学部ってのも嘘?」
「あー・・ありゃ、シロウだ。ミチルは17でアッチ入っちまったから・・。」
「・・・マジ?」
「ああ、。大学まで出して貰ったクセによ・・ヤクザになるなんてな。そりゃミチルもキレるっつーの。だから、ミチルはシロウをメチャクチャぶん殴って、でも、殴られても骨折っても、シロウはミチルについてくってきかなかった。恩返ししたかったんだろ。きっと」
「ビックリ・・じゃ、マジで勉強教えて貰おっか」
「アホか」
それからアキタとオレはキスした。
もう、とっくにラスタに行く時間が過ぎてたけど、止まんなかった。








それから。







アキタが言ってた事が本当だって確信した。
「おい、イズミサワ、お前アキタと仲がいいのか?」
ボソッとうちの担任が廊下でオレに話し掛けて来た。
「うん・・・居候させてもらってる・・」
別に嘘つくコトもないかと思って言ってみた、ら。
愕然って顔。
「そう、そうか・・。なら、先生は応援するだけだ・・。頑張れよ。お母さんにはオレからも言っておく。お前のサッカーの才能をここで終らせちゃ勿体無いからな!大学の推薦も、出来るだけお母さんの意向に沿うような所を探してやるからな。心配するな?な!」
担任は、顔を赤くしてオレの背中を叩いた。
昨日は、母さんに押されっぱなしで、はぁとかほぉとかしか言わなかったくせに・・。
それで、ピンときた。
昨日、既にセージはビールを飲んでた。
その前にきっともう根回ししてたんだ。
酒飲んでグレる前に。
オレがあれより遅く帰ってたらマジで拉致る手配をする気だったのかも知れない。
「こっわ・・」
オレは一人で噴出しちゃった。
オレの恋人、無茶すんなぁ・・・。
マジ、サイコーなんですけど。




それでオレは一階上ってアキタのクラスへ行った。
ドアから覗くと、アキタが気づいて軽く手を上げる。
オレも手を振ってアキタを呼んだ。


「アキター!セックスしよ!」


アキタのクラスの全員がオレをギョッと見て、オレは大笑いした。


夏が近い。

毎日がサッカー日和!
しおりを挟む

処理中です...