17 / 34
アキタ x イズミサワ
帰りたい①
しおりを挟む
どんよりと雲で埋まった空。
湿度が高いせいか、心無しか球も低い。
こんな日は、イライラして、無理してでも点が欲しくなって、ただの練習なのにガチでぶつかって、周りに引かれる。
無言でオレの横を通り過ぎる奴らの白い目を想像して、深呼吸。
落ち着けオレ。
サッカーは団体競技だ。
ここで引かせてどうするよ?
まだ始まったばっかだろ。
ピッカピカの1年生だし?
かわいく尻尾振るくらい出来んだろ?
な?
オレは誰?
オレはケイタ。
イズミサワ ケイタ。
よし。
引き攣りそうな顔を無理に笑わせて、足ごと刈った同輩に手を上げる。
「わり!無意識に足が出ちった~。ゴメンな!」
そいつは、もっと引き攣った顔で、「おう」と手を上げた。
無意識で足が出るかよ。
自分でツッコミ入れて、なんか余計にムカついた。
練習後、ロッカーまで歩いて行く途中。
「おい、イズミサワ」
軽々しい呼び方で呼ばれても、すぐ振り向かない。
こういう一つ一つに反抗したくなる自分っていうのが、痛々しいと気づいたのも最近だ。
振り向きたくない気持ちを抑えて、声のした方を振り返る。
と、3年の副キャプテンをしている大河(オオカワ)が、頭から水でも被ったのかびしょ濡れで立っていた。
無言で見ていると、大河はタオルで頭を拭きながらこっちへ歩いてくる。
黒髪の短髪に、口の大きなニカニカ顔。
個人的に耳の上の刈り上げがちょっと気になる。
「さっきのさ~、紅白戦」
急に途切れた台詞に、すぐにイラつきを覚える。
自分の目が鋭くなっていくのを感じながら、それでも辛抱強く次の言葉を待っていると、大河は自販機を指差して「何飲みたい?」と聞いて来る。
早く話せよと言いたいのを我慢して、
「何も。イリマセン。」
と、仏頂面で答えるのも手応え無く、大河は小銭を出して、自販機に向かう。
仕方無く、後について歩くと、少し振り返った大河が笑っている。
「さっきの紅白戦でさ、最後の方、お前突っ込んでって決めたけど、あれって後ろから誰か走って来るって見えてたの?」
「いえ。でも、誰か来るだろって走りました」
「へ~」
自販機に押し込まれた小銭が、チャリンチャリンと音を立てる。
金が落ちていく音ってなんか好きじゃない。
大河は自販機で買ったペットボトルを少し飲んで、また話出した。
「ああいう動きはなかなか出来るもんじゃないんだぜ。頭でチャンスだってわかってても、自分がポジション離れるリスクを背負わなきゃいけねえじゃん?誰かにそこ埋めてもらわなきゃだからな。裏取られたらおしまいだろ?」
結局、お説教かよ。
「気をつけます」
言って、踵を返すと、大河が慌てて声を出す。
「いや、良かったよ!お前、頑張れよ!」
アメとムチ?
どうでもいい。
「どうも」
とだけ抑揚の無い声で答えた。
荒む。
どうしても、荒んでく。
フと、これが一人になるって事だったんだな、と、実感した。
アキタと居た時は、いつも笑っていられた。
アキタが隣にいると、針だらけのギスギスの心臓から、針がポロリと抜け落ちるみたいに、気が楽になる。
見上げた空の大きさに感動したり、雲の白さに感動したり、そういうものに気づけるようになった。
アキタが好きだ。
そう思うと、自分を覆っている何かの壁が崩れていく。
全身をゴツゴツに包んでた鉄の塊みたいのがスライム状に流れていくような感覚。
シアワセだった。
たった何ヶ月かだったけど、すげえシアワセだった。
それくらい、今アキタが居ないことがツライ。
ホームシック?
いや、オレにはアキタだけが恋しいから『アキタシック』かな。
19歳になって自分が変わったかなんてわからない。
背もそんなに伸びてない。
変わったのは環境で、ここにはアキタが居なくて、知り合いも居なくて(それはどうでもいいけど)、とにかく0(ゼロ)から始まってる。
大学は退屈で、サッカーをするために行ってるのか、卒業するために行ってるのか、この意義を自分で問う毎日。
講義は時々無い時もあって、そういう時はグラウンドの近くの背もたれのないベンチで昼寝する。
丁度木陰で、木の葉の隙間から見える空が恨めしく思えて、目を強く瞑った。
なんで、オレは大学生してて、アキタが居なくても生きてて、サッカーしてて、眠くて、やる気出なくても授業出て・・。
アキタ、オレ間違ってない?
オレの人生ってこんなんだっけ?
どうでも良かったんだけどな。
オレなんかいつ死んだって、いつ居なくなったって、誰も困んない。
そんな人生だった。
でも。
アキタが。
オレを、アキタが好きだって言ってくれた。
『先輩、オレ追いつくから。1年だけ我慢してて?』
アキタがそう言ってオレを送り出した。
アキタ~・・っ
1年って長いよ・・本当に、長いよ?
頼むから誰かタイムマシーン作って、オレを1年後に連れてってくんないかな?
一ヶ月でも、二ヶ月でも、待つからさ。
「イズミサワ」
気軽に自分を呼ぶ声が誰か判別出来るくらいには生活に慣れていた。
肩を叩かれて、横を見ると、ニカニカ顔が近づいてくる。
「大河先輩」
「今日、練習の後ミーティングあるから、残れよ?」
「オレ・・飲み会だったら」
「大丈夫だって!来いよ!?な!?」
バンバン背中を叩かれて、舌打ちしそうになる。
練習は毎日ある。
朝も夕も、土曜も日曜も。
その土日に飲み会という名のミーティングがあって、体育会系のバカ騒ぎにウンザリしてきていた。
そのムダな時間をチビチビとアルコールに浸かった頭で考える。
もし、アキタに会いに行ってたら、一時間半。
会って、すぐヤって・・2時間。
帰るのにまた一時間半。
全部で少なくても5時間必要だ・・。
飲み会は7時半からで・・。
やっぱ無理だ。
帰って来れねえや。
またアキタに会えない。
もう、こうやって3週間会ってない。
思わず、目の前のグラスを煽って空にすると、すぐに違うグラスが目の前に運ばれてくる。
「イズミサワ君は、お酒強いんだね~」
同じ1年の久保(クボ)は酒に弱いらしく、全身真っ赤になって目の前のグラスと戦っている。
「飲むなよ」
「だって、飲まないと~、こんなとこいても楽しくないじゃ~ん」
一応、酔える体質みたいで、ヘロヘロと顔を崩す。
ちょっとかわいい感じの童顔で、大学生にはとても見えない。
「イズミサワ君さ~、なんで金髪なの~?ハーフなの~?」
「あー?そうそう」
「え~?その返事ってマジなの~?ウソなの~?どっちだよ~」
クボは笑いながら人の肩をグラグラと揺すってくる。
サッカー部の環境は悪くない。
それなりに他人を意識して、それなりに間隔を保っている。
ダラダラと飲み会は続き、終電が終わった頃解散になる。
家に帰れない奴らは当然、学生寮へとなだれ込む結末。
「ちょ、勘弁して下さいよ」
「オレはイズミサワの部屋がいい!お前らはクボの方行け!」
無理矢理オレの部屋に上がり込み、大柄な大河が横になろうとする。
6畳一間ユニットバス付き。
「マジで寝るんじゃねえ!!」
後ろから襟を掴んで、ひっぱり起こそうとしても、ビクともしない。
それどころか、抱き枕のように人の布団を引き寄せると、1秒もしないでイビキを掻き出した。
「このヤロ・・!!」
一気に殺意さえ芽生える。
本気で首を締めてやろうかと伸ばしかけた手を、なんとか胸に抱えて押え、自分の部屋なのに、ドアの外へ出た。
まだ夜は少し寒い風が吹く。
アルコールの充満した体には少し凍みるくらいで丁度良かった。
久保の部屋からは、まだ明るい声が聞こえていた。
だからって、そっちの部屋になんて行く気になれない。
ただ今は理不尽な寒さに体を浸していたかった。
学生寮のエントランスの石段に座り込み、人通りの無い暗い夜道を眺める。
自分は何なんだろう?
誰かと仲良くなりたくなんかなかった。
馴れ合いたくなかった。
なんでこんなに荒んでいるんだろう?
家を出ることなんか平気だった。
一人暮らしするのに抵抗なんてなかった。
むしろ、それは嬉しいくらいで。
でも。
アキタが居ない。
アキタが待ってろって。
だから?
オレは・・納得出来てないのかも。
ずっとずっと、イラだってる。
何もかも面白くなんかない。
アキタが居なかったら何にも意味がない。
そうだ。
それだけなんだ。
意味なんか無いんだ。この生活に。
気がついて、笑いがこみ上げてくる。
バカじゃん?
オレ、なんのためにここにいるんだろ?
サッカーなんかどうだっていいや。
だって、こんな生活しててオレ、気が狂いそう。
なんのために?
誰のために?
自分のため?
将来のため?
だったら。
オレはこんな毎日いらない。
もう待てない。
オレは1年も待てない。
アキタが居ない毎日なんて毒だ。
ここでの生活は、毒でしかないんだ。
湿度が高いせいか、心無しか球も低い。
こんな日は、イライラして、無理してでも点が欲しくなって、ただの練習なのにガチでぶつかって、周りに引かれる。
無言でオレの横を通り過ぎる奴らの白い目を想像して、深呼吸。
落ち着けオレ。
サッカーは団体競技だ。
ここで引かせてどうするよ?
まだ始まったばっかだろ。
ピッカピカの1年生だし?
かわいく尻尾振るくらい出来んだろ?
な?
オレは誰?
オレはケイタ。
イズミサワ ケイタ。
よし。
引き攣りそうな顔を無理に笑わせて、足ごと刈った同輩に手を上げる。
「わり!無意識に足が出ちった~。ゴメンな!」
そいつは、もっと引き攣った顔で、「おう」と手を上げた。
無意識で足が出るかよ。
自分でツッコミ入れて、なんか余計にムカついた。
練習後、ロッカーまで歩いて行く途中。
「おい、イズミサワ」
軽々しい呼び方で呼ばれても、すぐ振り向かない。
こういう一つ一つに反抗したくなる自分っていうのが、痛々しいと気づいたのも最近だ。
振り向きたくない気持ちを抑えて、声のした方を振り返る。
と、3年の副キャプテンをしている大河(オオカワ)が、頭から水でも被ったのかびしょ濡れで立っていた。
無言で見ていると、大河はタオルで頭を拭きながらこっちへ歩いてくる。
黒髪の短髪に、口の大きなニカニカ顔。
個人的に耳の上の刈り上げがちょっと気になる。
「さっきのさ~、紅白戦」
急に途切れた台詞に、すぐにイラつきを覚える。
自分の目が鋭くなっていくのを感じながら、それでも辛抱強く次の言葉を待っていると、大河は自販機を指差して「何飲みたい?」と聞いて来る。
早く話せよと言いたいのを我慢して、
「何も。イリマセン。」
と、仏頂面で答えるのも手応え無く、大河は小銭を出して、自販機に向かう。
仕方無く、後について歩くと、少し振り返った大河が笑っている。
「さっきの紅白戦でさ、最後の方、お前突っ込んでって決めたけど、あれって後ろから誰か走って来るって見えてたの?」
「いえ。でも、誰か来るだろって走りました」
「へ~」
自販機に押し込まれた小銭が、チャリンチャリンと音を立てる。
金が落ちていく音ってなんか好きじゃない。
大河は自販機で買ったペットボトルを少し飲んで、また話出した。
「ああいう動きはなかなか出来るもんじゃないんだぜ。頭でチャンスだってわかってても、自分がポジション離れるリスクを背負わなきゃいけねえじゃん?誰かにそこ埋めてもらわなきゃだからな。裏取られたらおしまいだろ?」
結局、お説教かよ。
「気をつけます」
言って、踵を返すと、大河が慌てて声を出す。
「いや、良かったよ!お前、頑張れよ!」
アメとムチ?
どうでもいい。
「どうも」
とだけ抑揚の無い声で答えた。
荒む。
どうしても、荒んでく。
フと、これが一人になるって事だったんだな、と、実感した。
アキタと居た時は、いつも笑っていられた。
アキタが隣にいると、針だらけのギスギスの心臓から、針がポロリと抜け落ちるみたいに、気が楽になる。
見上げた空の大きさに感動したり、雲の白さに感動したり、そういうものに気づけるようになった。
アキタが好きだ。
そう思うと、自分を覆っている何かの壁が崩れていく。
全身をゴツゴツに包んでた鉄の塊みたいのがスライム状に流れていくような感覚。
シアワセだった。
たった何ヶ月かだったけど、すげえシアワセだった。
それくらい、今アキタが居ないことがツライ。
ホームシック?
いや、オレにはアキタだけが恋しいから『アキタシック』かな。
19歳になって自分が変わったかなんてわからない。
背もそんなに伸びてない。
変わったのは環境で、ここにはアキタが居なくて、知り合いも居なくて(それはどうでもいいけど)、とにかく0(ゼロ)から始まってる。
大学は退屈で、サッカーをするために行ってるのか、卒業するために行ってるのか、この意義を自分で問う毎日。
講義は時々無い時もあって、そういう時はグラウンドの近くの背もたれのないベンチで昼寝する。
丁度木陰で、木の葉の隙間から見える空が恨めしく思えて、目を強く瞑った。
なんで、オレは大学生してて、アキタが居なくても生きてて、サッカーしてて、眠くて、やる気出なくても授業出て・・。
アキタ、オレ間違ってない?
オレの人生ってこんなんだっけ?
どうでも良かったんだけどな。
オレなんかいつ死んだって、いつ居なくなったって、誰も困んない。
そんな人生だった。
でも。
アキタが。
オレを、アキタが好きだって言ってくれた。
『先輩、オレ追いつくから。1年だけ我慢してて?』
アキタがそう言ってオレを送り出した。
アキタ~・・っ
1年って長いよ・・本当に、長いよ?
頼むから誰かタイムマシーン作って、オレを1年後に連れてってくんないかな?
一ヶ月でも、二ヶ月でも、待つからさ。
「イズミサワ」
気軽に自分を呼ぶ声が誰か判別出来るくらいには生活に慣れていた。
肩を叩かれて、横を見ると、ニカニカ顔が近づいてくる。
「大河先輩」
「今日、練習の後ミーティングあるから、残れよ?」
「オレ・・飲み会だったら」
「大丈夫だって!来いよ!?な!?」
バンバン背中を叩かれて、舌打ちしそうになる。
練習は毎日ある。
朝も夕も、土曜も日曜も。
その土日に飲み会という名のミーティングがあって、体育会系のバカ騒ぎにウンザリしてきていた。
そのムダな時間をチビチビとアルコールに浸かった頭で考える。
もし、アキタに会いに行ってたら、一時間半。
会って、すぐヤって・・2時間。
帰るのにまた一時間半。
全部で少なくても5時間必要だ・・。
飲み会は7時半からで・・。
やっぱ無理だ。
帰って来れねえや。
またアキタに会えない。
もう、こうやって3週間会ってない。
思わず、目の前のグラスを煽って空にすると、すぐに違うグラスが目の前に運ばれてくる。
「イズミサワ君は、お酒強いんだね~」
同じ1年の久保(クボ)は酒に弱いらしく、全身真っ赤になって目の前のグラスと戦っている。
「飲むなよ」
「だって、飲まないと~、こんなとこいても楽しくないじゃ~ん」
一応、酔える体質みたいで、ヘロヘロと顔を崩す。
ちょっとかわいい感じの童顔で、大学生にはとても見えない。
「イズミサワ君さ~、なんで金髪なの~?ハーフなの~?」
「あー?そうそう」
「え~?その返事ってマジなの~?ウソなの~?どっちだよ~」
クボは笑いながら人の肩をグラグラと揺すってくる。
サッカー部の環境は悪くない。
それなりに他人を意識して、それなりに間隔を保っている。
ダラダラと飲み会は続き、終電が終わった頃解散になる。
家に帰れない奴らは当然、学生寮へとなだれ込む結末。
「ちょ、勘弁して下さいよ」
「オレはイズミサワの部屋がいい!お前らはクボの方行け!」
無理矢理オレの部屋に上がり込み、大柄な大河が横になろうとする。
6畳一間ユニットバス付き。
「マジで寝るんじゃねえ!!」
後ろから襟を掴んで、ひっぱり起こそうとしても、ビクともしない。
それどころか、抱き枕のように人の布団を引き寄せると、1秒もしないでイビキを掻き出した。
「このヤロ・・!!」
一気に殺意さえ芽生える。
本気で首を締めてやろうかと伸ばしかけた手を、なんとか胸に抱えて押え、自分の部屋なのに、ドアの外へ出た。
まだ夜は少し寒い風が吹く。
アルコールの充満した体には少し凍みるくらいで丁度良かった。
久保の部屋からは、まだ明るい声が聞こえていた。
だからって、そっちの部屋になんて行く気になれない。
ただ今は理不尽な寒さに体を浸していたかった。
学生寮のエントランスの石段に座り込み、人通りの無い暗い夜道を眺める。
自分は何なんだろう?
誰かと仲良くなりたくなんかなかった。
馴れ合いたくなかった。
なんでこんなに荒んでいるんだろう?
家を出ることなんか平気だった。
一人暮らしするのに抵抗なんてなかった。
むしろ、それは嬉しいくらいで。
でも。
アキタが居ない。
アキタが待ってろって。
だから?
オレは・・納得出来てないのかも。
ずっとずっと、イラだってる。
何もかも面白くなんかない。
アキタが居なかったら何にも意味がない。
そうだ。
それだけなんだ。
意味なんか無いんだ。この生活に。
気がついて、笑いがこみ上げてくる。
バカじゃん?
オレ、なんのためにここにいるんだろ?
サッカーなんかどうだっていいや。
だって、こんな生活しててオレ、気が狂いそう。
なんのために?
誰のために?
自分のため?
将来のため?
だったら。
オレはこんな毎日いらない。
もう待てない。
オレは1年も待てない。
アキタが居ない毎日なんて毒だ。
ここでの生活は、毒でしかないんだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
102
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる