センパイ番外編 

ジャム

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アキタ x イズミサワ

帰りたい②

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「帰ろ」
無意識に口で呟いていた。

財布と携帯を確認して、オレは石段を降りて道路へ出た。

こんなに決断力がいいのは少し酔ってるせいかも知れない。



歩き出して数分、アキタに報告するために掌の中で携帯を操作する。

帰るよって。
きっと喜んでくれる。


携帯の画面が何度か点滅して、すぐにアキタの声が聞こえてくる。


『ケイタ?』
「アキタ」
『電話、久しぶりじゃん・・』
「うん」
近くで車の音がして、アキタが『外?』って聞いた。
「うん。オレさ」

『先輩。もう寮に帰れよ』

言掛けたオレの言葉にアキタの台詞が被った。


『あぶねえだろ!?夜中に歩いてんじゃねえよ・・!なにやってんだよ!?』
「だってさ・・オレ・・」


アキタのキツい声音に足が止まる。
『とにかく部屋に帰れ。いいか?携帯このままで帰れよ?もし、変なのに絡まれたら大声出せよ!?』


「アキタ!オレ、帰る!」
『わかったから』

「ちがくて・・!オレ、そっち帰る・・」
やっと言えた台詞に、ジワっと涙が溢れそうになった。


一瞬、通話が途切れたのかと思うような静寂。


「アキタ?」
『ケイタ・・』

「オレ、帰る。帰りたい」
『・・・もっと言って』

アキタの呆れたような声に、ホッとした。
「アキタ・・オレ、アキタが居ないとダメで・・なんも・・意味ないこんな生活」
『うん』

「オレね?アキタが1年待ってろって言ったけど、オレ、そっちで待ってちゃダメ・・?」
『先輩、オレね。まいんちまいんち。先輩の写真見てる』


そう言われて嬉しくなったけど、たぶん、エッチしてる時のどぎついヤツだろうなって思った。


『オレも、すげえツライよ。部屋に一人ぼっちだよ。ベッドが広くて、手伸ばしても先輩はいなくて・・』

「アキタ・・オレ、今から帰る」
『・・どうやって?』

「歩いて」
また電話が切れたのかと思うような静寂。

『ふざけんな。寮に帰れ。こっち来たら速攻でタクシーで送り返す』
「なんで!」
『1年くれえ待てねえのかよ』


胸に杭でも打たれたような衝撃だった。


『ガキじゃねえんだから、男が決めた事はキッチリやり通せ。なんのためにアンタはそこに居んだよ』
「わかんない・・」
『わかんねえじゃねえよ。大人んなって、オレと堂々と一緒になるためじゃねえのかよ!?』


自分にはサッカーしか才能が無い。
もしかしたら、それで食っていけるかも知れない。

この生活が、最後、アキタに繋がる。
オレは、今、アキタまでの道筋を辿ってるんだ。
そんな風に考えてなんかなかった。


「アキタ~・・・!」
涙が込み上げてきて、片手の袖口で拭う。

『泣くな。人が見るだろ。誰かに気づかれて慰められるとか許さねえからな・・』
なんとなく本気で怒ってる雰囲気すぎて、オレは慌てて顔を上げた。


「すごい帰りたい。アキタんとこ帰りたい」
『オレだって・・ずっとだよ。ずっとずっとずっと・・。先輩が思ってる千倍、会いたいって思ってる』

思わず噴き出して笑ってしまう。
「千倍って!」
アキタも一緒になって笑って、ホッと息をついた。

『ケイタ、好きだ。大好きだ』
「アキタ・・オレも。オレもだよ」

『今は、コレしか無理だけど・・待ってて』
「うん・・待ってる。ちょっと・・寂しいけど・・。結構、かなり。でも・・待つよ?ちゃんと待ってる」
『うん』



その後は、自分の部屋に大河が入り込んでいることを話し、アキタの近況を聞いたり、ワタヌキのアホっぷりを聞いたりして時間を過ごした。


電話は偉大だ。
すぐ近くで大好きな人の声が聞けるんだ。


朝が近づいて来て、始発が出る頃、オレは大河を部屋から追い出し、やっとベッドへ横になった。

それでも、興奮で眠くなるのに時間が掛かった。

胸が小さく疼くのをあったかく感じながら、朝練までの二時間だけ瞼を閉じた。







グラグラする頭を起こして、なんとか朝練に参加。

あれだけ飲んだ次の日の朝に、しっかり全員が来ていることに、『伊達じゃない』と気づく。

久保もあまり寝れなかった様子で、フラフラになりながらも笑顔で手を上げてくる。

思わず笑うと、久保が少し驚いた顔でこっちを見た。


「イズミサワ君の笑顔って、いいね。今まで見たこと無かったけど」
「笑ってなかった?今まで?」


「うん。いつもすごい辛そうな顔してるな~って思ってた。良かった。元気になったんだ?」


そう言われて、恥ずかしくなってくる。

そっか。
本当に辛かったから、それが全部顔に出ちゃってたんだな。


「イズミサワ、昨日は悪かったな~。本当は色々話でも聞いてやろうと思ってたのに・・速攻で落ちてたみたいで・・」
大河にまで謝られて、居心地が悪くなる。


「そんな風に思ってたんですか・・。全然気づかなかったですけど」
「悪かったな!いつでも話なら聞いてやるから、言えよ?」

大河に頭をぐしゃぐしゃと掻き回されて、目の前が見えなくなる。


「もう~!ヤメて下さいよっ」
まだ早朝のグラウンドの端でしゃがみ込み、両手を後ろについて空を見上げた。


薄い水色の空が、清々しく広がっている。


「先行くぞ~」
「お~」

引き上げて行くチームメイトに手を上げて、オレはそのまま仰向けに寝転んだ。


広大な空の真ん中をゆっくりと雲が動いていくのが見える。

2時間しか寝てない体に、ゆったりと睡魔が訪れていた。

目を瞑ったら、眠ってしまいそうな心地いい気だるさ。

二度、三度、瞼が落ちてきて、吸い込まれるように意識が遠のく。


『先輩』
アキタの声だ。
『先輩』


そっか、もう朝なんだ?ガッコ行く用意しないと・・

朝?いや、オレはもう朝練行って・・

そうだ、今はオレは寮に一人暮らしで・・



パッと目を開けると、目の前にアキタの顔があった。


「こんなとこで寝るな」
オレのすぐ横に座って、アキタがオレを見下ろす。
その首に。


「わっ」

オレは両手を伸ばして抱きついて、アキタを目の前に引き寄せて。

「せんぱ」

夢中で、アキタの唇に吸い付く。

まるで子犬がペロペロペロペロとしつこく舐めるみたいに、オレもアキタの唇に無我夢中でむしゃぶりついた。


今逃したら、今度いつキス出来るかわからない!
っていうか夢だったらヤバい!覚めたらヤバい!


「ちょっ!ケイタ!!」

無理矢理、腕を引き剥がされて、オレは泣きたくなる。

「なんで・・なんで・・本物・・?アキタ?マジ?」

泣き出しそうなオレの顔をアキタがやさしく撫でる。

「朝練出て、授業さぼって来た」
「なんだよ~っもう~っオレ、もう、また暫くは会えないって覚悟を・・う~~っ」

涙が溢れてくる。

「ケイタ・・あんな電話されたら、オレ我慢できねえよ?」
アキタがオレをゆっくり起こして抱き寄せる。
「千倍好きって言ったろ?」
「・・・言ってない~~っ」
「えーーーっ」


涙を溢れさせながら、オレはアキタと抱き合って、バカみたいに笑った。


しあわせだ。
今日も。
明日も。
あさっても。






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