センパイ2

ジャム

文字の大きさ
上 下
25 / 30

56、身体だけじゃヤダ

しおりを挟む

56、身体だけじゃヤダ

10年前、全国大会を連覇し、その名を世間に知らしめたという大八木。
「あいつは、今でこそあんなチャラっとした風貌やけど、当時は坊主頭で、煙草の匂いなんか制服からしたことない。お前らの歳くらいだと、何だってやってみたくなるもんだが、あいつの家の事情もあったんだろうな。サッカーが出来る期限が決まっとったみたいや。だからこそ、最後の最後まで諦めない気持ちを持っとった」
懐かしそうに、グラウンドを見つめながらゴンゾーさんが目を細める。
「なり振り構わなきゃ別だが、スポーツで食ってくには厳しい時代や。綿貫程の才能があれば違うが、そこそこの実力じゃあ、プロへ行けとはオレも強く押せんかった。けど、今のアイツ見て安心したワ。オレよりいいスーツ着て、ちゃんと社会人してやがる。立派んなったもんや」
そう胸を張るゴンゾーさんに、オレは泣きたくなった。

モリヤ先輩をかばって、大八木に体を差し出したあの日以来、オレは何度となく体を拓かれ、大八木を体に受け入れていた。
「お前が来ないなら、アイツを呼び出してもいいけど?」
「自分にしろって言ったのはお前だろ?」
「抵抗するな。アイツを守りたいんじゃなかったのか?」
脅迫まがいの台詞で、大八木はオレの体を縛った。
「逃げんなよ」
耳朶を声に犯される。
首筋をねっとりと舌でなぞられ、唇で食まれる。
体中を這うように動く大八木の手に、あっという間に制服を剥ぎ取られると、スーツ姿の男の前で自分だけが全てを曝け出していた。
ゴンゾーさんは大八木を立派になったと褒めていたが、こんな大八木の姿を知ったら、きっと幻滅するだろうーーー

ゴンゾーさんは、10年前の大八木の進路決定に納得がいっていなかった。
だが、「勿体ない」の一言で、家庭の事情を抱えた少年の進路を左右する事は出来なかった。
あと少しの何か。
それがお互いにあれば、きっと未来は違った形であったのかも知れない。
この再会により、ゴンゾーさんは自分の過去の判断があれで間違っていなかったんだと、やっと納得出来たような表情を浮かべていた。
どんな過去があったのかなんて、オレは知らない。
大八木の家の事情なんて、オレは知らない。
この男が、どんな風に可哀想だったかなんて、オレは知りたくない。

だから、オレはただ、立ったままコイツに犯されるだけーーー

「大分慣れてきたな・・気持ちいいだろ?」
残酷な言葉ばかりを吐く男を内奥深く受け入れ、オレは抵抗しない代わりに首を横に振った。
「認めろよ。もう簡単に挿るようになった。ホラ、わかるだろ?根元まで真っすぐ」
軽くピストンされて、男の腰が自分の尻に当たった。
男の凹凸が自分の肉襞を掻き分け、狙ったように一点を擦り上げてくる。
「ん・・!あっ・・」
「ほらな?」
男が誇らしげに、オレの腰を掴んで、揺すり始める。
「チヅカ。ほら、気持ちいいだろ?」
意地の悪い聞き方だ。
「やだ・・っ」
「気持ちいいって言わないと、前、触ってやんない。それとも、もう後ろだけでイけるか?」
揶揄うような声に、下腹がズキリと痛んだ。
真っ赤に興奮して張り詰めたモノが、大八木の手を欲して鼓動の度に痛み出す。

イク時は、いつも大八木の手の中だった。

追詰められ、追い上げられ、大八木が果てる間際、そのタイミングを覚えさせるように同時に前を絞り上げられた。
体内で彼の放出を感じて自分も達する開放感は、一種の共鳴だ。
その瞬間だけは、体だけではない精神の融合。
セックスで体を繋げて一つになると言うのは、まんざら噓でもない。
肉体の共有と、悦楽の共有。そして、絶頂の瞬間の共有。
自分が果てる瞬間、体内に大八木の射精を感じて目の奥がなぜだかジワリと熱くなった。
この時だけは、無理やり犯されているのでも、意地悪をされているのでもない。
対等にお互いをお互いに求め合い、同じ終着点を目指して駆け上がる。
それが恋愛でも、恋愛でなくても、同じ形だからだ。
そう『愛し合う』という形。
例え、二人がどんな始まり方をしたとしても、最後は必ず同じ場所に堕ちるのだ。
それがわかっているから、大八木を本気で拒めない自分がいる。
大八木から与えられる快楽にずるずると引き摺られる自分がいる。


「チヅカ?」
息も乱さず200mや400mを軽く走れる男が、浅い呼吸を繰り返しながら自分の名前を呼ぶ。
「いいって言えよ。前、触って欲しいだろ?」
より深い場所へ大八木が熱を埋め、自分の背中を唇で辿る。
脇腹や腰骨を指先でくすぐられ、咄嗟に体を捩ると中にいる大八木をギュッと締め付けてしまう。
その瞬間にズルリと引き抜かれ、緋膜を強く擦られた衝撃に膝がガクガクと笑いそうになった。
「あ、あ、・・っあ」
「気持ちいいだろ?」
自分の中からすっぽりと抜け出ていってしまった大八木に身震いした。
カリ首だけを入り口に咥えさせられ、チヅカの中は飢餓にも似る。
中をギチギチに満たしていたものが、今そこにない。
それが、どんな言葉よりどんな刺激より、堪えた。
欲しい・・っ
中に、欲しい・・!
大八木の熱で、中を埋め尽くされたい。
「気持ちいい、よ・・っだから、中に・・っ」
深く挿れて欲しいーーー
そう口走りそうになった自分に、一気に顔が熱くなった。
たった今、二人の体が『そう』なっていたとは言え、それを口に出して欲するのは躊躇われた。
「中?中が何?」
後ろから体を重ねる男の顔は見えないが、笑っているような声音だった。
それが、余計に自分を惨めにする。
我慢すれば我慢する程、大八木に責められる時間が長引くだけ。
いっその事、全部大八木の言う通りにしたらーーー
そう考えて、バカな思考をストップさせた。
噓でも、言えと言われて「欲しい」なんて言いたくない。
本当は、こんな関係ーーー

「チヅカ」
大八木の声に、意識が浮上すると、既に大八木の行為は再開していた。
自分の内奥をじっくりと味わうように、腰を浅く深く穿たれる。

キモチイイーー・・

両手を壁に突いて、「もっと」と強請るように腰を大八木に突き出した。
腹の中をズン、ズンと穿たれる度、吐息混じりの喘ぎが口から零れていく。
「チヅカ、イくよ?」
「うん・・ん、ん、あ、あ、・・っ」
膝が崩れそうになり、腰を強く掴まれて早い抽挿が繰り返される。
「や、やあ・・っだめ・・っだめだって・・」
呂律が回らず、舌ったらずな声。
「大八木さ・・だめ・・も、だめ・・」
大八木の手で前を擦り上げられていたモノが、激しく躍動する。
それを「まだだよ」と大八木の手が強く根元を握って制した。
そこまで噴き上げ掛けている熱を押さえつけられて、体が身震いする。
「やあ・・っ」
壁に爪を立てて、絶頂を堪える。
「早く・・早く・・っ」
「わかってるって・・今、出すから。チヅカ、ここだろ?ここ、好きだもんな」
グッと抉られるように突き上げられ、目の前が白くなる。
下腹が痛い程の愉悦に飲まれ、体の奥にドクリドクリと自分のものとは違う脈を感じた。
「ア・・ア・・・アアーーーーッ・・」
やだ、出されてる。
中に出されてる・・っ
「っツ、そんな締めるなって・・ちゃんと、全部出す、から・・」
そう言って、腰を強く掴んで挿れたまま、大八木が何度か腰を上下に振る。
本当に全部出し切ろうと何度も大八木のモノが中で痙攣した。
その度、大八木に反応して自分の腹の中が蠢き、大八木の形をダイレクトに感じてしまう。
「嫌だ・・」
「嫌・・?嫌じゃないだろ?」
溜め息混じりに怒気を孕んだ大八木の口調に、背筋がヒヤリとした。
「ちゃんと、イッた。お前の中はまだシたいって言ってるけど?ホラ」
抜かないまま腰を回され、一度収縮して大八木に密着していた肉襞が弛み出す。
一度目の行為で慣れた体からは大量の粘液が滲出し、大八木自身が放ったモノも手助けして、より滑りがよくなった。
「ほら、もっと、もっとしてって、濡れてきた」
柔らかく濡れた緋肉の中を、大八木が鋭く貫いてくる。
「ア、あ、アアッ・・やだっやだ・・!も、やだっ」
そこからは、早い抽挿に淫され、自分が一体どんな事を口走ったのかもわからなくなる。
大八木に体を拓かれ、絶頂へ引き上げられる。
目も眩む放埒も快楽も、体が感じている程には満たされない。
全てが終り、大八木が去ってチヅカ一人になると、虚しさで胸が押し潰されそうになった。
こんな事は、もう続けられない。
早く終りにしなければーーー
そう思うのに、大八木から本気で逃げられない自分がいた。





大八木と体を重ねるようになったチヅカの動きから、キレが消えた。
誤魔化してはいるが、あまり大きく体を使わず、どこか庇うような動きをしている。
走りの練習が始まると、それは顕著となった。
何度か靴ひもを直したりして体を休ませていたが、その程度で終る練習ではない。
ダッシュを繰り返す内、次第に動きも顔色も悪くなっていく。
アンダー17の選抜に呼ばれるような奴の動きには、まるで見えなかった。
そんなチヅカの異常を目の端に捕らえ、いち早く気づいた男がいた。

マジかよ・・。

内心、信じられないものに気づいてしまった後悔から舌打ちし、チヅカから視線を逸らしたのは、3年のワタヌキ タツトだ。
いよいよ顔色を悪くしたチヅカの足下がもつれ、転びかけると、漸く周りの連中もチヅカの様子がおかしい事に気づく。
ワタヌキは、チヅカの調子の悪さに察しがついたが、わざわざ自分が声を掛けるまでもないと高を括っていた。

全く、気づくのが遅せーんだよ・・あれじゃ、倒れるのも時間の問題だろ・・
とっとと、端っこで転がってろ。

そうして素知らぬ振りを続けていたワタヌキだったが、チヅカが「大丈夫、大丈夫」とヘラヘラと笑って、再び走り出したのには頭を痛めた。

あのバカ・・

深く溜め息を吐き、ワタヌキはチヅカを不本意ながら呼び止めた。
脇腹を押えて、ワタヌキの元へ走って来るチヅカを見て、自分で自分が嫌になる。
何度となく見てきた光景だ。
「あー・・、」
何て言おうか。
ワタヌキは一瞬迷ったが、コイツ相手に今更、何をカッコつけようって話だ、と肚を括った。
「休んでろ。ムリすると倒れるぞ」
「いや、平気っス!ちょっと転びそうになっただけッス」
ワタヌキから呼び出された緊張からか、やたら明るい声を出すチヅカに、ワタヌキは頭を掻いた。
「見りゃわかんだよ。貧血起こすぞ。誰とヤってんのか知らねえけど、加減させろ」
そう言い放ってから、どの口が言ってんだ、と自分で吹き出しそうになって、口許を押えた。
と、そこには、両目を見開いてワタヌキの顔を凝視する、自分と比べ物にならないくらい動揺するチヅカの顔。
「ワタヌキ先輩・・」
そう呟いた直後、チヅカが唇を噛み締め、目を潤ませた。
「ちょっと待て、マジで待て」
ワタヌキの「待て」に、チヅカは自分の肘を掴んでグッと涙を堪える。
溜め息を吐きながら、素早く「来い」とチヅカに声を掛け、ワタヌキはグラウンドから出る。
その後ろを、チヅカが俯いたままトボトボとついて行く。
そんな何やら不穏な空気を帯びた二人の姿を、ナギを含めた部員達がドキドキしながら見送っていた。



「なんなんだよ?お前」
てっきりナギを狙ってんだと思ってたのに。
そう続く台詞を、ワタヌキは敢えて伏せた。
出来る限り、必要最低限の話で済ませたい。
特に他人の色事に深入りは厳禁だ。
つまらない嫉妬も横やりも欲しくない。
ただ、あまりに体が辛そうなチヅカの姿が、ナギと重なっただけ。

校舎の裏側の建物がコの字に凹んだ形で、グラウンドから死角になる場所。
その壁に寄り掛かって、ワタヌキは鼻を啜る男の頭を見下ろした。
すぐには答えられない様子のチヅカに、ワタヌキは舌打ちしたくなる。
「あー、いい。休んでろ。調子戻ったら帰れよ」
じゃあな。
そう踵を返そうとしたワタヌキの腕を、チヅカが咄嗟に掴んだ。
「あ、オレ・・オレ、大八木さんに脅されてて・・っ」
その台詞にワタヌキの眉が上がる。
「なんだそれ・・」
勢い余って言ってしまい、チヅカは自分の口を手で押えた。
「あ、と、いや、なんでもないです・・」
ワタヌキの腕を掴んでいた手を離し、チヅカはフラつく体をすぐ横の壁に凭れさせた。
「そこまで言っといて、隠すか?何、お前、レイプされたの?」

レイプーーー

その言葉の衝撃に、血の気が引いた。
あれは、レイプだったのだろうか・・?
無理やり・・では、なかった。
いや、違う。自分で、誘ったのだ。
『オレにしときなよ』とーーー
オレは、勝手にモリヤ先輩を庇って、モリヤ先輩の代わりになるってーーー
あの人の、代わりにーーー

チヅカはワタヌキに、首を横に振った。
「じゃあ、脅しってなんだよ」
早く言えよ。
そんな面倒くさそうな表情をするワタヌキに、チヅカは笑いたくなった。
何も知らないくせにーーー
あんたが、何も知らない内に、とんでもない事になるところだったんだ・・!
だから。
オレが、モリヤ先輩を守らないといけない。
「あの人から・・目を離さないで下さい」
「アノヒト?って誰だよ」
ハッキリ言えよ。
不遜な態度を崩さないワタヌキに、チヅカも語尾が跳ね上がる。
「モリヤ先輩ですよっあの人、狙われてんですよ・・!」
チヅカの告発に、苦々しく眉間に皺を寄せたワタヌキだったが、すぐに表情を緩めた。
「それ、いつの話だよ。あのオッサン、もうグラウンド来てねえじゃん」
「いつって・・」
そう言われて、チヅカも端と気づいた。
あの日、大八木に抱かれてから、この半月程、自分が呼び出されるだけで、大八木はここには来ていない。
メールの呼び出しに、指定された場所(人気のない教室)へ自分が向かうだけ。
「それに、あんなオッサン、オレ怖くねえし。(もっとアブナイの他にいたし。)お前が一体何に怯えてんのか知らねえけど、ナギの事はオレが守るに決まってんだろ。お前はお前の事守った方がいいんじゃねえの?」
ハハッと下りて来た乾いた笑いに、チヅカはカッとなった。
「大八木さんは、オッサンじゃねえよ!」
ワタヌキの胸ぐらを両手で掴み、その顔を睨み上げる。
「オッサンじゃねえし・・っマジですごい人だったって・・ゴンゾーさんが・・っ」
チヅカの目に涙が滲んだ。
自分自身、一体何を言わんとしているのかわからず、混乱しながら掴んだワタヌキの体を前後に揺する。
やりきれなさに涙が込み上げ、目尻から雫が零れていく。
「うー・・・っ」
ワタヌキのシャツを掴んだ手に顔を埋め、ついにチヅカは泣き声を上げていた。
「ったく・・」
さすがに、泣きじゃくる相手に手を放せとも言えず、ワタヌキは嫌な顔でチヅカから視線を逸らした。
その先に、壁に隠れて自分達を覗いているナギの顔があった。
思わず二度見して、顔を引き攣らせていると、無表情で、首を横に振るナギ。
(ない。それは、ない)
(オレだって、ねえよ!)
そう叫びたいのを堪え、ワタヌキはチヅカを自分の胸から引き剥がした。
「とにかく、ヤリ過ぎるな。いいな?あのオッサンにも言っとけ」
そうチヅカの顔を指差し、ワタヌキはあらぬ疑いを掛けたナギを追いかけるため、その場を後にする。


一人にされた途端、急激にチヅカの頭が冷えていった。
なんだかんだと、大八木の言いなりにされていたが、元々、モリヤ先輩は自分が庇わなければいけない相手ではない。
そもそも、あの獣王のような男に守られている人間だ。
今までだって、きっと似たような事はあった筈だ。
それをことごとく排除してきたから、今の二人があるのだろう。
始めから、自分が守る必要など、どこにもなかったのだ。
それを、何を勘違いして、オレはーーーー

体の不調も構わず、大股で部室まで戻る。
部室へ戻るまでの道すがら、よく見知った二人が抱き合っていたがそれすら無視した。
鞄から携帯を取り出し、大八木の番号を呼び出す。
言ってやる。
もう、終りにしてやる。
こんな関係は、もう嫌だ。
『チヅカ?どうした?』
電話に出た大八木の声は明るかった。
「オレ、もう・・シない」
『え?何?』
「オレ、もうアンタとヤらない」
『チヅカ・・?どうした?泣いてるのか?』
そうだ。泣いてるんだ。
こんな不毛な関係を続けていくのが嫌で、目から涙が溢れてくる。
「もう、嫌だ」
『そっち行く。どこにいる?まだ学校か?』
「・・うん」
『待ってろ。すぐ行くから』
大八木の優しい声に絆され、来るなとは言えなかった。
面と向かって、終りにしたいと言える自信が自分にあるかどうか。
それでも、言いたい事は言わなければ、終りになんて出来ない。
そんな使命感を感じつつ、チヅカは通話の切れた携帯の画面をぼんやりと見つめていた。





仕事が早めに終ったという大八木は自宅に居たらしく、10分程でここに到着した。
裏門の近くに車を路駐させ、チヅカを車に乗せると自宅へと再び戻る。
「顔色悪いな・・」
心配そうに呟いた大八木の家に行くのは、初めてではなかった。
土曜に会う約束をした時は、その部屋で一晩中泣かされた。
体がだるくて、日曜もそのまま大八木のベッドの中で過し、貪られるまま体を繋げた。
嫌だと言っても大八木は許してくれない。
何度も、本当はシたいだろう?と責められ、最後には白くないモノが出るまでシた。
拷問にも近い性交に、自我を打ち砕かれた。
自分の身体が怖い。
大八木に触られると、本当にどうにかなってしまう。
だけど、男らしく長い指、自分の身体を愛撫するその手を止める事が出来なかった。
だって、オレは脅されていたからーーー


大八木の部屋で、前を歩く大八木の背中に呟いた。
「もう、いいんだ」
大八木の足下を見つめ、もう一度「もういい」と、呟く。
オレの声に振り返った大八木が、手が届きそうで届かない距離で立ち止まった。
「何がいいんだ?」
「何も、かも・・だよ。もう、オレ、アンタと会わないし、抱かれない」
その理由がなくなったから。
「意味、わかんないけど?」
大八木が長い前髪を掻き上げて、首を傾げた。
「もう、アンタの好きにすればいいって事だよ」
襲いたければ、モリヤ先輩を襲えばいい。オレはもう知らない。
あの人を守る役なんて貧乏クジを、どうして自分は引いてしまったのかわからない。
「好きに・・?してるけど?」
全くこちらの意図を汲んでいない大八木の台詞。
「は?じゃあ、モリヤ先輩に手出したってのか!?」
「あー!アイツの事か!出す訳ないだろ。あんなおっかない彼氏いる奴」
バカみたいに笑い出す大八木に、チヅカの方が呆気に取られる。
大八木は知っていたのだ。
あの野獣のような男がモリヤ先輩の彼氏だと。
そりゃそう・・だよな・・二人がヤってるとこ見たって言ってたんだし・・。
ん・・?
んん・・?
訳が分からなくなってきたチヅカの頭を、大八木の手がよしよしと撫でる。
「もしかして・・本気にしちゃってたのか・・アイツの代わりなんて言った事」
「だって・・」
「そりゃ、始めは、アイツの事庇おうとするお前を、ちょっと可愛がってやろうくらいに思ってたけどさ。実際、お前、抱いちゃったら、反応可愛いワ、めちゃくちゃ感じて善がり狂っちゃうワで・・こっちがイカれたワ」
大八木の胸に頭を抱き締められ、チヅカの目頭が熱くなる。
「それに、あんな事言ったの始めだけだったろ?もう、代わりだなんて思ってないし・・っていうか、代わりでこんなに抱ける訳ねえだろ。ちょっとオレも、盛りついた犬みたいで大人気ないと思ったけど・・。悪かった。昨日の、体キツかったんだよな・・?でも、お前も悪いんだぞ。何回もイってんのにヤるの嫌だって言うし・・好きだろって聞いても答えないしよ」
そんな事を言っていただろうか・・?
というか、あんな時に何を言われても、ちゃんと答えられる訳がない。
「なんだよそれ・・オレ、もう嫌で・・体だけの関係なんて、オレ、嫌で・・」
堪らず溢れ出した涙がチヅカの頬を伝い落ちる。
嗚咽を噛む息を胸に抱き込み、大八木がチヅカの耳元へ口を寄せた。
「体だけじゃ嫌だって・・すげえ殺し文句」
その台詞に、顔が熱くなる。
大八木の手が自分の顔に添えられ、唇が重なった。
「すげえ可愛い。16歳ってこえー・・」
濡れた目元を指で拭かれ、視線を上げると大八木の欲情した目と勝ち合った。
「こんなの、逃がす訳ねえだろ・・。だいたいお前が言ったんだろ『好きにしていい』って。バカな大人だよなオレ。真に受けて、まんまと嵌って・・、オレの方がお前の事、好きになったっつーの」
口付けの合間、合間にされる告白に、チヅカの全身から汗が吹き出し、下腹がシビレてくる。
「やだ・・」
「コラ。まだ、やだって言うか?こんなにしてんのに」
大八木の手で捕らえられたのは正直、素直な体の中心。
「だ、だからっやだって・・!我慢出来なくなるから・・っ」
焦ってチヅカが答えた本音に、大八木が嬉しそうに口元を引き上げる。
「チヅカ・・あんまし可愛い事ばっか言うと、明日立てなくするぞ」
肩口に大八木の顔を埋められ、チヅカは軽く息を詰めた。
「や、ヤダ・・大八木さ・・っ」
「わかってる・・。もう、無茶しないから」
再び優しい口付けに、甘く唇を噛んで吸われる。
「未来の、日本代表の体だからな。OBとして将来有望な後輩を潰す訳にはいかないだろ?」
サッカーの才能があるから。
そんな理由で自分を大切にしようと言うのが、どうも腑に落ちない。
「じゃあ、将来有望じゃなくなったら・・?」
チヅカの予想を軽く超え、
「それでも、恋人を応援するのが彼氏の役目だろ?」
と、大八木が返事を返し、チヅカの唇を同じそれで塞いだ。
「お前さ・・頼むから、オレの事好きになれよ?」
そう悲し気に笑う大八木の表情に、チヅカの胸が締め付けられる。
「好きになってくれんの、待ってるからさ」
そう言いつつ、大八木の手が自分の体を裸に剥いていく。

この関係を、何と呼んだらいいのかーーー

チヅカは自分の胸に聞いてみたが、その答えは返って来なかった。
好き・・なんだろうか。
恋人のように、自分は大八木を好きなんだろうか。
ただ、体だけの関係など続けたくなかった。
キモチイイだけの関係なんて、いやだ。
それは、つまり大八木の心が欲しい、という事だろうか。
オレは、モリヤ先輩より大八木が好き・・?
モヤモヤと胸に渦巻く暗雲を抱え込んだまま、身体を大八木に拓かれていく。
それでも。

キモチイイー・・

大八木の形を覚えた身体は、男を深い場所に受け入れて喘ぐ。
繋がりからは止めどなく溢れる愛汁が滴り、気持ちの整理だけがつかないまま、身体は燃えるように熱くなる。

好き・・好き?
大八木が・・好き?

「チヅカ・・」
大八木の掠れた声に名前を呼ばれ、チヅカの中心は、より張り詰めた。

ヤだ・・オレ、すぐイッチャイソウ、だ・・っ

そんな自分の身体の反応の意味を、チヅカ自身わかってはいない。
恋に惑いつつ、身体だけは昂る。そんな自分自身をチヅカは信用出来ずにいた。
体から始めてしまった恋は、二人を複雑な関係に縫い止める。
が、きっと恋に悩み、どんな態度をチヅカが取ったとしても・・・
12歳年上の恋人にとっては、全てが可愛く映るのだろう。

「チヅカ・・好きって言えよ。オレを好きだって」
「んっあ、あっそこ・・ヤだ・・っ」
「噓でいいから、言え。好きだって」
「あ、好き・・んっ大八木さ・・好き・・あ・・あ・・っ」
「そうだ、いい子だ。イク時も『好き』って言ってイこうな・・?」
大八木は、自分によって少しずつ変わっていくチヅカを穿ちながら、口端を持ち上げ微笑んだ。


しおりを挟む

処理中です...