ユメノオトコ

ジャム

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鳥籠の中の楽園2

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年末は、とにかく金がいる。
それも帯の切ってない束の金だ。
店回りの挨拶の度に、新藤が「世話になったな。また頼むぞ」と、札束をポンと出す。
女の子のいる店だと、裏方の店員に「欲しい物買ってやれ」と金だけ渡してプレゼントを代理で頼んだり、ちょっとした裏の情報屋、フロント企業の役員、子飼いの警察官にも、自らが出向いてしっかりと金を掴ませる。
ヤクザが怖くても、ちゃんといい子にしていればおいしい思いが出来るのだと教育するのだ。
無論、そのおいしい思いには『こっちを裏切れば怖いぞ』という保険(弱味)もついているのだが。
そういう下調べは手間だが、この世界、金だけでいい子に出来る人間が少ないから仕方がない。
金は魅力的だが、良心の呵責に耐えられる根っからの悪党にしか通じない手だ。
たまたま、こっちの言うなりになったような人間は、怖さが先にたってなかなか堕ちて来ない。
だからこその甘い汁と鉄の首輪が必要なのだ。

金や権力は、人間の自己顕示欲を程よく刺激してくれる。


その日も、新藤と中澤は紙袋にたっぷりと札束を詰めて店回りに出ていた。
暴対法が出来て以降、大っぴらに代紋を掲げ『なになに組』という看板を出す所も、これ見よがしに派手な格好をするような人間も減った。
本拠地事務所のような物々しい建物は無くなり、細分化されたシノギに合わせ、組員達もIT導入により少数精鋭化、世間の目からより目立たずに仕事がこなせるようになってきた。
そのためマンションの一室を借りるなど、それぞれの仕事に合わせた持ち場が必要になり、稼ぎ方次第ではご褒美の大きさも格段に上がる。
大枚を稼いでくれた可愛い部下になら、少しくらい我儘を言われてもおつりが出るからだ。

車の後部座席に、新藤が投げ入れた札束が散らばっている。
ボーナスを与えに来たついでに上納金を回収してくるので、無造作に札束が転がっている。
そんなものさえ見慣れてしまう自分に怖さを感じつつ、世界というのは変われば変わるものだな、と中澤は溜息を吐いた。
昔の自分だったら、こんな大金を目の前にしたら目を輝かせて喜んだだろう。
いや、今だって金が欲しくない訳ではない。
生きていくには金が必要で、自分を磨き上げるにも繕うにも金の力はいる。
とは言え。
目の前で大枚が行き交い、ポンポンと札束が右から左へと流れていく様子に、金銭感覚が麻痺してくる。
その上、毎月、自分の働きに見合っているのかどうかわからない多額の給料が、自分の口座へと振り込まれてくるのを見て、嬉しいと感じるよりも先に、何か冷たいものが背中を伝っていくような寒気を感じた。
全く自分が働いて得た金とは感じられない金額だ。

そういう不安を新藤に言ってみた事があった。
新藤は、新聞を読みながらこちらには目もくれず「社長の側近の給料がそんなに安い訳ないだろう」と声を低くした。
確かに西遠はこの組織のトップに立つ人間で、そのサポート役(?)ともなれば、そこそこの給料を貰ってもおかしくないのかも知れない。
だが中澤は新藤の指示に従って西遠の側にいるだけで、細々とした雑用をこなす他は西遠の暇潰しの相手をしているようなものだった。
「昼夜問わず、社長の相手をしてるんだ。受けた精神的苦痛から考えれば、その金額じゃ足りないだろう?」
そんな事を言いながら金庫番という人に電話を掛けようとする新藤を慌てて止めた。
「全然、精神的苦痛じゃありません。むしろ、こんなに貰っていいのか、申し訳ないくらいです」
中澤の答えに、新藤は「欲のない奴め」と舌打ちする。
「ちゃんと仕事に見合った金額を受け取らないと損だぞ。どうせならセックス一回に付き、時間毎に手当を付けてやる。毎月、射精回数と時間を集計して必要経費として清算しろ」
タバコを指に挟んだ手で指さされ、オレは「絶対、嫌です」と、真顔で首を横に振った。
なんとも渋い顔で自分を睨みつけてくる新藤の視線には震える程怖かったが、これは金の問題じゃない、心の問題だ。
だいたいアレが仕事の一つだなんて思った事などないし、それこそ自分がアレで金が貰える程のテクニシャンだとは思えない。
そもそも、『清算しろ』なんて、体を切り売りしているような言い方には納得がいかないし、それを新藤に申告するなど断じて有り得ない。
自分に向けられる新藤の視線が痛くて、なんだか自分が酷く惨めに思えてくる。
金が欲しくて寝た訳じゃない。
なのに新藤は、この関係が仕事の一環みたいな言い方をする。
「ーーーだったら、オレが新藤さんにお金を払わなきゃならないじゃないですか・・」
「オレに金を払う、って言ったのか?」
バサッと新藤が新聞を畳んでテーブルの上に放り投げた。
四角い眼鏡がギラリと光を反射させ、面白いものでも見つけたみたいに新藤が冷酷に口元を引き上げる。
「オレを買うつもりか?中澤」
新藤がニヤニヤと笑いながら足を組み、綺麗に磨かれた革靴のつま先が天を向く。ソファーの背もたれへ片腕を乗せ、もう片手の指で中澤をこまねいた。
人をおちょくっているのに、ダークグレーのスリーピースに身を包んだ新藤の人を煽る姿がゾクゾクする程格好いい。
「いいぞ、欲しけりゃいくらでも売ってやる。来いよ」
思わず、ソファーから腰を上げそうになった自分にハッとなり、中澤は理性を引き戻して慌てて頭を下げた。
「すみません・・っそんなつもりじゃ・・、オレは、自分が売り物にされたような気になって、それが嫌で・・、すみませんでした。オレが新藤さんを買うとか、そういう事じゃ・・」
言い訳をしている途中で、新藤の腕に体を引き起こされた。
「新藤さん!」
「男が一度言った事を覆すんじゃねえ。好きなだけ売ってやる。こっちは押し売りが本業だしな」
ソファーに座る新藤の膝の上に軽々と乗せられ、すぐに新藤の指が中澤のスーツの上着のボタンをするすると外していく。
至近距離でニタリと笑う新藤に、新藤の太腿を跨ぐ尾てい骨から震えが走った。
腰に手を回され、しっかりと背中を支えられる。
新藤の顔が近づいてきて、自分の唇と新藤のものが重なる瞬間、新藤の口から低い呟きが漏れた。
「オレは高いぞ。骨の髄までしゃぶりつくしてやるよ」
ゾッとする程色気のある声が中澤の鼓膜を揺らした。
直後、ねっとりと自分のものよりも肉厚の舌に口の中を犯される。
口の中でお互いの唾液が混ざり合い、嚥下しきれなかったどちらのものかわからない粘液が口元から溢れ、喉へと伝う。
生暖かい感触にゾクッと背筋を震わせると、大きな手が自分の髪の中へ指を潜らせてくる。
何度も口角を変え、与えられる深いキスに理性が飛びかける。
ゆっくりとかき混ぜるように髪を撫で回され、首筋や顎のラインを親指の腹で辿られる。
それが凝り固まった頭の芯を溶かすみたいで、とても気持ちがいい。
自分からも積極的に新藤の舌に舌を絡ませ、せがむように口付けを濃くしていく。
「キスで、これかよ」
すでに酩酊状態に陥った中澤の蕩けきった目を見て、新藤が笑う。
その表情は言葉に反して柔らかく、いつもは意地悪く怖い印象ばかりの口元が、とても優しい笑みを浮かべていた。
「本当に、売ってたら・・買いますよ。あなたが金で買えるなら、有り金全部注ぎ込んででも買います」
「お前、意外と風俗にハマるタイプか?」
揶揄う言葉を放ちながら、新藤の手は休むことなく中澤の服を剥いでいく。
「まさか・・でも、あながち間違いでも、無いかも知れませんね・・今気づいたんですけど、惚れるとのめり込むタイプみたいなんで・・」
Yシャツの裾がめくり上げられ、無理やりに新藤の顔がシャツの中へ潜り込んでくる。
「オレに惚れてるって言ったのか?」
「・・・アッ」
いきなり乳首の辺りに噛み付かれ、中澤は新藤の頭をギュッと両腕で抱きしめた。
一気に神経過敏になった場所を今度は甘く優しく舐る。
立ち上がった乳首を唇全体で押しつつみ、飴玉みたいに舌先で転がされ、股間にあるものが下着の中で窮屈に勃ちあがってくる。
胸への刺激で堪らなく充血してくる股間を新藤の腹部に押し付け、中澤は新藤の背中を両手で悶え抱きしめた。
新藤の背中に爪を立て、上着をたくしあげて、もっとと強請る。
新藤は上着を肩から脱ぎ落とし、ネクタイも取るとYシャツの前を全部広げる。
次いで、まだ上着もYシャツも着たままの中澤のズボンのベルトを緩め、ホックを外し、ジッパーも下げる。
そうする事で自然に上を向いた中澤の肉茎を下着の中から取り出すと、直に自分の腹筋へと中澤のモノをくっつけ、再び中澤の腰を強く抱いて胸への愛撫を再開した。
「あ、あ、ああッ新藤さ、・・っん、あ、あ、ソレやばい・・っ」
乳首を新藤にしゃぶられ、身を捩った中澤が新藤の腹筋に思わず自分のモノを擦り付け、その快感に腰の動きが止まらなくなる。
「新藤さ、ン・・!新藤、さん・・っ」
ビクビクと肩が痙攣し、中澤の腰が新藤の腕の中で小刻みに震える。
新藤の腹にゴリゴリと押し付けられた肉茎から蜜が溢れ、それが潤滑剤の役割を果たし滑りが良くなる。
自分で自分を止められず、新藤に胸を弄られながら、まるで犬のように腰を振り続けた。
執拗に乳首を責められ、新藤の顔を胸に抱き竦めたまま中澤が上り詰める。
「簡単過ぎじゃねえか?これじゃすぐ破産するぞ」
大きく背中を喘がせ、中澤がひしと新藤の肩に縋り付く。
「一生働いて返しますよ・・」
「返せない額になるぞ」
「それが、ヤクザの手でしょう・・?」
「そうだな。死ぬまで付きまとってやるよ」
「死ぬまで、ですか・・じゃあ、長生きしなきゃ」
クスクスと笑いながら、中澤から新藤へキスをする。
濡れた唇を噛み合せ、左右に滑らせながら口の中で舌を絡ませる。
「なんだこのキスは、エロくねえか」
「エロいキスが好きなんです」
新藤の屹立を下着の中から取り出し、中澤も負けじと答えた。
「これじゃ、どっちが売ってんのか、わからねえな」
中澤のズボンのウエストが尻たぶの下まで強い力で引き下ろされる。
新藤の指が中澤の尻のあわいに沿って降りてきて、肉を?惜きわけるようにして中へ入って来る。
「あ、あ、・・あなたを独り占めにできるなら、いくらだって払いますよ・・」
だから、早く。
「じゃあ、たっぷり買い物が出来るように、今月は色を付けておいてやるか・・」
中澤の耳元で囁きながら、新藤が剛直を中澤の潤んだ粘膜へと当てがい、ゆっくりと貫いていく。
「アッアアッーーーーッい、ひっ・・う、う、アアッあ・・!」
膝を抱えられ、自重によって新藤の剛直を飲み込まされた中澤は、新藤の全長が根元まで埋まった時には既に二発目を放ってしまっていた。
「天引きしとくぞ」
甘い声で目尻にキスをされた後は、もう何を口にする事も出来ない程、行為に夢中になった。
途中何度も意識を失いそうになりながら、何度も体位を変えて繰り返され、結局、自分がいつ気を失ったのかもわからない。
気づいた時には、前も後ろもドロドロに精液で塗れていて、二人の男に挟まれてベッドの上に寝ていた。
つまり、新藤と西遠に挟まれて。

えっと、待て、待て、いや、そんな、まさか・・。
これは・・、つまり・・?
そういう、事なのだろうか・・。

中澤は必死に自分の痴態を思い出そうとした。
いつのまに3Pに突入していたのか、わからない。が、自分がぶっ飛んでいる間に、きっとそういう事になったのだろう。
そんな自分に愕然とした。
これでは、本当にどっちが買われているのかわからない。
いや、やめよう。
これと給料の話は別だ。
そう思わなければ居た堪れない。
中澤はそう自分を慰めた。




以後、中澤の口座から新藤を買った代金が天引きされる事は一度も無く、前よりも少し色の付いた給料が払い込まれるようになり、前より増えてしまった不明瞭な給料に頭を悩ませる中澤だった。
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