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第九話
しおりを挟む食事を終えて、別れるとユーゴは武器屋に、ミリエルは自分の店へと戻って行った。
「さすがにナイフは売れてないだろうな」
ユーゴはそう呟きながら武器屋への道を進んでいく。
店主のバームは絶賛していたものの、それでもたかがナイフであるため、そうそう需要があるとは思えなかった。
しばらく歩いたところで店に到着するユーゴ。
「おーい、バームいるか?」
店の中に入っても昨日と同じく反応がないため、大きな声でユーゴが呼びかける。
すると、これまた昨日と同じく奥からドタドタという足音と共にバームがやってきた。
「おうおう、来たか! 待っておったぞ!」
約束はしていなかったが、バームは近いうちにユーゴがやってくるだろうと考えて、いまかいまかと待ち構えていた。
「待ってたって、昨日の今日でそんな何かがあったのか?」
「うむうむ、昨日のナイフの件で話があるのじゃ」
あまりに機嫌のよいバームの様子にユーゴは首を傾げる。売れないにしては結論が早すぎる。売れたにしても、早すぎる。
「まあ、とりあえず話を聞いてくれ。こっちの部屋じゃ」
バームがどんどん移動してしまうので、ユーゴに選択肢はなく、ついていくことにする。
「ほれ、座ってまずはこれでも飲んでくれ」
先に向かったバームは既にお茶を用意していた。
バームは自らをも落ち着かせるように一気にお茶を飲み干す。
熱々だったため、ユーゴは少しずつすすっていく。
「ふう、美味かった。それでは本題にはいるぞ」
一気に飲み干した茶の感想もそこそこに、バームは木箱を取り出してテーブルの上に置く。
「これは?」
見覚えのない箱であるため、ユーゴが質問する。
バームは答えずにニヤリと笑うと、箱のふたを開いていく。
「これは……俺が作ったナイフ? でも……」
それは確かにユーゴが作ったナイフであった。
しかし、鞘があり柄にも細工が施されており、まるでお宝のナイフであるかのようにしつらえられている。
「うむ、知り合いの細工師に頼んでやってもらったんじゃ。しかし、これで驚くのはまだ早いぞ!」
得意げにニヤリと笑うバーム。
「まだ何かあるのか?」
早く言えという気持ちを押し殺しながらユーゴは相手が求める言葉を返す。
「あぁ、なんと売る相手が決まった!」
「はやっ、誰だ?」
展開が早いことに驚きつつ、ユーゴが質問する。
「ふっふっふ、それはな……」
「たのもー!」
バームが名前を口にしようとしたところで、意気揚々とした声が響き、店に誰かがやってきたのを告げる。
「噂をすれば当人がやってきたらしいな。――おーう、奥にいるから入ってくれ!」
店側に大きな声で言うバームに、ユーゴは誰が来るのかと困惑する。
「おいおい、俺が作者だってばれないようにしてくれって言ったよな?」
「ふむ、そうじゃったな。ならユーゴは奥に隠れていてくれ」
二人がいるのはリビングであり、奥にはキッチンがある。嫌そうな顔をしつつもユーゴはそこに一時的に身を隠すことにする。
姿を隠すだけでなく、ユーゴは気配をも消すことでバームと客の意識から完全に消えていく。
「おう、来たな。こっちは準備できとるぞ」
バームが客を迎え入れる。
その人物は頭部以外、全身鎧をみにつけていて、赤いマントを身に着けている。
目立つのは装備だけでなく、茶色がかった髪に、整った顔立ちはすれ違う女性が思わず見惚れてしまうような甘いマスクだった。
「うん、これは見事だよバームさん。ありがとう!」
男性、恐らく騎士は立ち上がるとバームの手をとって感謝を伝える。
「それで料金のほうなんじゃが……最初に言った金額で大丈夫かの?」
バームは、どことなくソワソワした様子で騎士に尋ねる。
「もちろんだ! これだけのものはなかなかお目にかかれるもんじゃないよ。これが報酬だ、ありがとう!」
眩しいほどの笑顔で頷きながら騎士は気前よくぽんと金を支払うと、ナイフを手に取ってニヤニヤしながらそれを見ていた。
「まいど、それじゃあまた機会があればよろしくのう」
バームがそう言うと、騎士は箱に再度ナイフをいれてそれをもってスキップしながら店を出て行った。
「……もうでてきて大丈夫じゃぞ。かなりいい金額で売れたから早速分配をしよう」
バームは騎士が置いていった報酬を袋から取り出して数を数えていく。
ユーゴが見ても、それはかなりの金額であることがわかる。
「な、なあ、こんなにもらったのか?」
ユーゴは思わずこんな質問をしてしまうほどに、あのナイフに本当に価値があるのか? と疑問に思ってしまう。
「うむ、多少ふっかけはしたものの、それでも十分払う価値があると判断してくれたようだ。当初の想定よりもかなり高くなったから、ユーゴにもたくさん金を渡せるわい」
そう口にした頃には数え終わっており、どこからか用意していた新しい袋にユーゴの取り分をいれていく。
「ほれ、これがお前さんの分じゃ。これで新しい素材を買うことができるわい」
ユーゴの前に袋を置くと、バームは残りの金額を確認しながら袋にしまっていく。
「まさか、一日でこれほど稼ぐことになるとは……」
報酬を受け取りながら、ユーゴはここまでに稼いだ金額を思い出して驚いていた。
「それだけの物を作ったということじゃな。わしもユーゴも、そしてさっきの騎士もみんなが満足したからよい結果になった。うむうむ、良いことじゃ」
ユーゴの困惑をよそに、バームは高額の報酬が入ったため自然と笑顔になっていた。
「ふう、まあお客さんが満足してくれたのならよかったよ……それで、さっきの人はどういう人なんだ?」
質がいいとはいっても、たかだかナイフ一本にあれだけの金額をなんの躊躇も出す騎士に興味が向いていた。
「あの男は領主お抱えの騎士団の、小隊の隊長らしい。わしの知り合いの紹介なんじゃが、どうも宝剣が好きらしくてな」
その情報を聞いていたため、バームは事前にナイフに装飾を施して宝剣に見えるように注文をしていた。
「それであれなのか。まあ、何にせよ気に入ってくれたみたいでよかったよ。それじゃ、俺は報酬をもっていかせてもらおう」
それだけ言うと、ユーゴは自分の取り分の入った袋を持って早々に立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話はまだ続きがあるんじゃ! 頼む、少しでいいから話を聞いていってくれ!」
「……しかたない、わかったよ」
面倒な話を聞かされるような気がしたユーゴだったが、バームが深々と頭を下げるので話だけでも聞いていくことにした。
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