白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第一章 火の魔女

第1話 招かれざる見習い希望者

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 その部屋に通されてから、既に一時間が過ぎようとしていた。
 それにもかかわらず部屋の主は、一言も言葉を発する気配はない。

 上級審問官ベラナの執務室は、どこが床であるのか見いだすのが困難な程、うずたかく積まれた本で埋め尽くされていた。

 かろうじて確保された空間に、黒髪の痩身そうしんの少年が立っていた。教会の助祭が着用する、黒の祭服を身につけている。まだあどけなさが残る顔立ちだが、瞳は強い意志を感じさせる。

 彼を呼びつけたはずの老人は、書物に没頭ぼっとうしたまま、一度も顔を上げない。
 まるで、自分以外この部屋にいないかのような振る舞いだ。 

 ……まさか目の前にいることを、忘れられているのではないだろうか?
 それとも、忍耐力か何かを試されているのか。
 本をめくる音だけが、規則的に、静かに響く。
 それを三百まで数えた時、しびれを切らして少年は口を開いた。

「失礼ですが── 」 
「君は、優秀だそうだな?」

 老人がようやく一言発したのは、ほぼ同時だった。
 問いかけはしたが、少年を視界に入れるのさえ億劫おっくうだとでも言いたげに、視線は書物に落としたままだ。

弱冠じゃっかん十六歳で学院を主席卒業、か。だが、私を指導官に希望した時点で、不適格だと評価せざるを得んな」

 それは、ある程度予想していた反応ではあった。
 少年── アルヴィンは気後れすることなく、かつ厚かましく反論した。

「僕が優秀であることは否定しませんが、不適格とするなら、理由をお聞かせ願えますか?」
「私の二つ名を知らないわけではあるまい?」

 首切りのベラナ。
 それが審問官見習いの間で、この老人につけられた渾名こんめいだ。

 学院を卒業し見習いとなった者は、一年間、現職の審問官に師事する。
 だが、ベラナに師事した見習いで、いまだかつて一人前となった者はいなかった。後進の教育に、一切の興味を示さないことで有名なのだ。

 それを承知の上で、アルヴィンは上級審問官ベラナを指導官として希望した。
 目の前の老人が、過去に凶悪な魔女を幾人も駆逐くちくした、卓越たくえつした審問官だったからだ。

「私が不適格とすると分かっていて希望するのは、想像力が欠如している。審問官を目指す者としては致命的だな」
「お言葉ですが、あなたほど魔女との戦いに精通した者はいません。僕の師となり得るのは、他にはいないでしょう」
「その減らず口を撤回てっかいするのなら、より良い師に師事できるよう、枢機卿すうききょうに手紙を書いても良いのだがな」
「不要です」

 アルヴィンは即答した。
 老人は書物に目を落としたままで、表情は読めない── 要するに、相手にされていない、ということだろうが── 身の程知らずの見習いに、内心舌打ちしているのは間違いない。

「よかろう。では、”火の魔女”を一週間以内に駆逐すること。その課題がこなせれば、指導官を引き受けよう」
「期限は一週間ですか」
「それでできないのなら、一年をかけても同じ事だ。やめるかね?」

 魔女を狩る術を学びに来た者に、魔女を駆逐して来いとは、随分ずいぶんな無茶ぶりである。
 足元を見られていることに内心不満はあったが、受け入れる以外に選択肢がないことは明白だった。 

「ご心配いただかなくても、七日以内に駆逐して参ります」
「結構。それでは、審問官ウルバノ」

 老人の声とともに、背後の扉が開いた。
 現れたのは、黒の祭服を着た長身の男だ。

「お呼びでしょうか?」
「この者に、力を貸してやりなさい」
「承知しました」

 ウルバノと呼ばれた男は、ベラナにうやうやしく一礼する。
 手がかりもなく調査を命じられると思っていたが……一応の助力はしてくれるらしい。

「私からは以上だ。それでは、神のご加護を」

 用は済んだから早く帰れとばかりに、老人は十字を切る。
 とにかく、最初の関門をクリアすることはできた。より厄介な課題を課されることになったが……

 部屋を辞そうと、ドアノブに手をかけてアルヴィンは立ち止まった。
 最後に、確認をしておくべきことがあった。

「一つ、質問が」

 振り返り、ベラナを見やる。

「白き魔女を駆逐したのは、あなただとか?」

 バタン、と厚い本を閉じる重々しい音が語尾をさえぎった。
 老人の双眸には、ましさがあふれていた。

「根も葉もない、くだらん噂だ」

 結局、一時間の間でベラナと視線が合ったのは、その一度きりだった。

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