白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
3 / 197
第一章 火の魔女

第1話 招かれざる見習い希望者

しおりを挟む
 その部屋に通されてから、既に一時間が過ぎようとしていた。
 それにもかかわらず部屋の主は、一言も言葉を発する気配はない。

 上級審問官ベラナの執務室は、どこが床であるのか見いだすのが困難な程、うずたかく積まれた本で埋め尽くされていた。

 かろうじて確保された空間に、黒髪の痩身そうしんの少年が立っていた。教会の助祭が着用する、黒の祭服を身につけている。まだあどけなさが残る顔立ちだが、瞳は強い意志を感じさせる。

 彼を呼びつけたはずの老人は、書物に没頭ぼっとうしたまま、一度も顔を上げない。
 まるで、自分以外この部屋にいないかのような振る舞いだ。 

 ……まさか目の前にいることを、忘れられているのではないだろうか?
 それとも、忍耐力か何かを試されているのか。
 本をめくる音だけが、規則的に、静かに響く。
 それを三百まで数えた時、しびれを切らして少年は口を開いた。

「失礼ですが── 」 
「君は、優秀だそうだな?」

 老人がようやく一言発したのは、ほぼ同時だった。
 問いかけはしたが、少年を視界に入れるのさえ億劫おっくうだとでも言いたげに、視線は書物に落としたままだ。

弱冠じゃっかん十六歳で学院を主席卒業、か。だが、私を指導官に希望した時点で、不適格だと評価せざるを得んな」

 それは、ある程度予想していた反応ではあった。
 少年── アルヴィンは気後れすることなく、かつ厚かましく反論した。

「僕が優秀であることは否定しませんが、不適格とするなら、理由をお聞かせ願えますか?」
「私の二つ名を知らないわけではあるまい?」

 首切りのベラナ。
 それが審問官見習いの間で、この老人につけられた渾名こんめいだ。

 学院を卒業し見習いとなった者は、一年間、現職の審問官に師事する。
 だが、ベラナに師事した見習いで、いまだかつて一人前となった者はいなかった。後進の教育に、一切の興味を示さないことで有名なのだ。

 それを承知の上で、アルヴィンは上級審問官ベラナを指導官として希望した。
 目の前の老人が、過去に凶悪な魔女を幾人も駆逐くちくした、卓越たくえつした審問官だったからだ。

「私が不適格とすると分かっていて希望するのは、想像力が欠如している。審問官を目指す者としては致命的だな」
「お言葉ですが、あなたほど魔女との戦いに精通した者はいません。僕の師となり得るのは、他にはいないでしょう」
「その減らず口を撤回てっかいするのなら、より良い師に師事できるよう、枢機卿すうききょうに手紙を書いても良いのだがな」
「不要です」

 アルヴィンは即答した。
 老人は書物に目を落としたままで、表情は読めない── 要するに、相手にされていない、ということだろうが── 身の程知らずの見習いに、内心舌打ちしているのは間違いない。

「よかろう。では、”火の魔女”を一週間以内に駆逐すること。その課題がこなせれば、指導官を引き受けよう」
「期限は一週間ですか」
「それでできないのなら、一年をかけても同じ事だ。やめるかね?」

 魔女を狩る術を学びに来た者に、魔女を駆逐して来いとは、随分ずいぶんな無茶ぶりである。
 足元を見られていることに内心不満はあったが、受け入れる以外に選択肢がないことは明白だった。 

「ご心配いただかなくても、七日以内に駆逐して参ります」
「結構。それでは、審問官ウルバノ」

 老人の声とともに、背後の扉が開いた。
 現れたのは、黒の祭服を着た長身の男だ。

「お呼びでしょうか?」
「この者に、力を貸してやりなさい」
「承知しました」

 ウルバノと呼ばれた男は、ベラナにうやうやしく一礼する。
 手がかりもなく調査を命じられると思っていたが……一応の助力はしてくれるらしい。

「私からは以上だ。それでは、神のご加護を」

 用は済んだから早く帰れとばかりに、老人は十字を切る。
 とにかく、最初の関門をクリアすることはできた。より厄介な課題を課されることになったが……

 部屋を辞そうと、ドアノブに手をかけてアルヴィンは立ち止まった。
 最後に、確認をしておくべきことがあった。

「一つ、質問が」

 振り返り、ベラナを見やる。

「白き魔女を駆逐したのは、あなただとか?」

 バタン、と厚い本を閉じる重々しい音が語尾をさえぎった。
 老人の双眸には、ましさがあふれていた。

「根も葉もない、くだらん噂だ」

 結局、一時間の間でベラナと視線が合ったのは、その一度きりだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...