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第一章 火の魔女
第4話 無礼な来訪者
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そこは、机とベッドが一つあるだけの、簡素な部屋だ。診察の合間だったのか、患者の姿はない。
白衣を着たダークブロンドの女性が、椅子に腰掛けているだけだ。
「あなたは?」
診療録を書く手を止めると、彼女は顔を上げた。
百合の花を思わせるような気品を纏った、目鼻立ちのはっきりとした妙齢の美人だ。縁なしのメガネをかけ、眼差しは知性を感じさせる。
年の頃は、想像していたよりもずっと若かった。二十代の半ばくらいか……もっとも、魔女の年齢など外見があてになるものではないが。
「僕は審問官アルヴィンだ」
追いかけてきた少女が、背後で息を呑む気配が伝わってくる。
正確に言えば、審問官ではない。その見習いで、しかも六日後にはクビにされかねないという危うい立場である。
だが、そんな情報を馬鹿正直に与える必要もない。
「上級審問官ベラナの命を受けてここに来た。クリスティー医師か?」
「そうよ。審問官、という割には、随分お若いのね?」
審問官を前にすると、一般市民は少なからず動揺するものだ。
だが彼女には、物怖じした様子が一切ない。それどころか、アルヴィンの心中を見透かしたような言葉を投げかけてくる。
十六歳の少年が審問官の威厳を見せるのは、少々荷が勝ちすぎているのは事実だ。それでもアルヴィンは、できるだけ重々しく宣言した。
「今から君を審問する。偽りなく正直に答えることだ。審問官に噓は通じない」
威厳はともかく、それは脅し文句ではなかった。
審問官を目指す者は、相手の微妙な仕草、視線の移動、声音から噓を見抜く術を学ぶ。
そして市民は、正当な理由なく拒否することができない。
審問は、言質を得るための強力な武器なのだ。
クリスティーの瞳を見据えると、最初の問いを発した。
「君は、魔女か?」
「そうよ。確認が終わったのなら、帰ってもらえるかしら?」
返答はとげとげしいが、簡潔だった。
複雑な審問を組み立てていたアルヴィンは、肩すかしを食ったように、彼女の顔をまじまじと見た。
── 噓は、ない。
まさか、一問で終わるとは。
「……そんな簡単に、認めていいのか?」
「おかしなことを言うのね、それを聞くために乗り込んできたのでしょ? 私が魔女かどうか、そんな事が、診察に割り込んでくるほど大事なのかしらね。人間にだって連続殺人鬼はいるでしょうに」
「魔女の本質は、悪だ。殺人鬼は人間の中の例外だが、魔女に例外はない。表向き善行をしているように見えても、その行動には必ず裏がある」
「ひどい言いようね」
クリスティーは机に片肘をつくと、挑戦的な目を向ける。
「そう思うのなら、狩れば? 私は逃げないわよ」
言質を得ても、魔法の現認をしなければ駆逐することは許されない。
手を出せないことが分かっていて、彼女が挑発しているのは明らかだ。
アルヴィンは拳を強く握った。
二人は無言で睨み合い、診察室を可燃性の空気が満たした。
「やめてください! 先生は孤児の私にも手を差し伸べてくださった、恩人なんです!」
── 一触即発の空気を破ったのは、少女だった。
涙を浮かべ、肩は小刻みに震えている。
「エレン、心配しないで。私なら大丈夫よ」
「でも……先生……」
クリスティーは少女の肩にそっと手を置くと、首をかしげた。
「不思議ね。あなたはまだ若いのに、どうしてそんなに魔女を憎むのかしら?」
「魔女は父の仇だ。恨んで当然だろう」
険しい視線を向けて、アルヴィンは続ける。
「僕の父は審問官だった。だが、十年前に白き魔女と戦って死んだよ」
白き魔女は、傑出した力を持った魔女だった。
十年前、駆逐に多数の審問官が投入されたが、その多くは殉教した。七昼夜に渡った戦いの末、上級審問官ベラナによって駆逐されたとされている。
「僕は、白き魔女がまだ生きていると疑っている。審問官になったのは奴を探し出し、父の仇を取るためだ」
「あなたは……」
何かを言いかけて、クリスティーは口をつぐんだ。
アルヴィンの心情的には、そのほうがありがたかった。
下手な同情の言葉など必要ない。まして、彼女は魔女なのだから。
とにかく、言質は得た。
今日ここに来た目的は達成したのだから、長居する必要はない。
「今日はこれで失礼する。だが、近いうちに君を駆逐する。覚悟しておくことだ」
診察室を出るアルヴィンの背中に、彼女は言葉を投げかけた。
「魔女が悪だと言うのなら、教会と私、どちらが街のために尽くしているのか、皆に訊いてみればいいわ」
白衣を着たダークブロンドの女性が、椅子に腰掛けているだけだ。
「あなたは?」
診療録を書く手を止めると、彼女は顔を上げた。
百合の花を思わせるような気品を纏った、目鼻立ちのはっきりとした妙齢の美人だ。縁なしのメガネをかけ、眼差しは知性を感じさせる。
年の頃は、想像していたよりもずっと若かった。二十代の半ばくらいか……もっとも、魔女の年齢など外見があてになるものではないが。
「僕は審問官アルヴィンだ」
追いかけてきた少女が、背後で息を呑む気配が伝わってくる。
正確に言えば、審問官ではない。その見習いで、しかも六日後にはクビにされかねないという危うい立場である。
だが、そんな情報を馬鹿正直に与える必要もない。
「上級審問官ベラナの命を受けてここに来た。クリスティー医師か?」
「そうよ。審問官、という割には、随分お若いのね?」
審問官を前にすると、一般市民は少なからず動揺するものだ。
だが彼女には、物怖じした様子が一切ない。それどころか、アルヴィンの心中を見透かしたような言葉を投げかけてくる。
十六歳の少年が審問官の威厳を見せるのは、少々荷が勝ちすぎているのは事実だ。それでもアルヴィンは、できるだけ重々しく宣言した。
「今から君を審問する。偽りなく正直に答えることだ。審問官に噓は通じない」
威厳はともかく、それは脅し文句ではなかった。
審問官を目指す者は、相手の微妙な仕草、視線の移動、声音から噓を見抜く術を学ぶ。
そして市民は、正当な理由なく拒否することができない。
審問は、言質を得るための強力な武器なのだ。
クリスティーの瞳を見据えると、最初の問いを発した。
「君は、魔女か?」
「そうよ。確認が終わったのなら、帰ってもらえるかしら?」
返答はとげとげしいが、簡潔だった。
複雑な審問を組み立てていたアルヴィンは、肩すかしを食ったように、彼女の顔をまじまじと見た。
── 噓は、ない。
まさか、一問で終わるとは。
「……そんな簡単に、認めていいのか?」
「おかしなことを言うのね、それを聞くために乗り込んできたのでしょ? 私が魔女かどうか、そんな事が、診察に割り込んでくるほど大事なのかしらね。人間にだって連続殺人鬼はいるでしょうに」
「魔女の本質は、悪だ。殺人鬼は人間の中の例外だが、魔女に例外はない。表向き善行をしているように見えても、その行動には必ず裏がある」
「ひどい言いようね」
クリスティーは机に片肘をつくと、挑戦的な目を向ける。
「そう思うのなら、狩れば? 私は逃げないわよ」
言質を得ても、魔法の現認をしなければ駆逐することは許されない。
手を出せないことが分かっていて、彼女が挑発しているのは明らかだ。
アルヴィンは拳を強く握った。
二人は無言で睨み合い、診察室を可燃性の空気が満たした。
「やめてください! 先生は孤児の私にも手を差し伸べてくださった、恩人なんです!」
── 一触即発の空気を破ったのは、少女だった。
涙を浮かべ、肩は小刻みに震えている。
「エレン、心配しないで。私なら大丈夫よ」
「でも……先生……」
クリスティーは少女の肩にそっと手を置くと、首をかしげた。
「不思議ね。あなたはまだ若いのに、どうしてそんなに魔女を憎むのかしら?」
「魔女は父の仇だ。恨んで当然だろう」
険しい視線を向けて、アルヴィンは続ける。
「僕の父は審問官だった。だが、十年前に白き魔女と戦って死んだよ」
白き魔女は、傑出した力を持った魔女だった。
十年前、駆逐に多数の審問官が投入されたが、その多くは殉教した。七昼夜に渡った戦いの末、上級審問官ベラナによって駆逐されたとされている。
「僕は、白き魔女がまだ生きていると疑っている。審問官になったのは奴を探し出し、父の仇を取るためだ」
「あなたは……」
何かを言いかけて、クリスティーは口をつぐんだ。
アルヴィンの心情的には、そのほうがありがたかった。
下手な同情の言葉など必要ない。まして、彼女は魔女なのだから。
とにかく、言質は得た。
今日ここに来た目的は達成したのだから、長居する必要はない。
「今日はこれで失礼する。だが、近いうちに君を駆逐する。覚悟しておくことだ」
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