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第一章 火の魔女
第5話 善意か悪意か
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診察室を出ると、待合の雰囲気は一変していた。
十人ほどいた患者は誰もおらず、閑散としている。
警戒しながら診療所の外に出るのと、飛来したガラス瓶が足元で割れるのは、同時だった。
アルヴィンは、素早く誰何の視線を走らせる。
診療所を、群衆が取り囲んでいた。
彼らは口元を布で隠し、各々が角材や棍棒を手にしている。
「教会の犬が、先生に何をするつもりだ!」
「帰れ! 先生を傷つけたら許さんぞ!」
なるほど、とアルヴィンは状況を理解した。
ウルバノが懸念した通り、クリスティーを審問したことが貧民街の怒りに触れたらしい。
巣をつついたことで、兵隊蟻がでてきたわけだ。
罵詈を浴びせかける群衆に、アルヴィンは怒鳴りかえす。
「魔女に気を許すな! 奴らは巧妙な噓をつく」
「それがなんなんだ! 教会は俺たちを見捨てたじゃないか。貧しい俺らを助けてくれたのは、先生なんだ!」
怒号を上げながら、じわり、と包囲網が狭まった。
これが住民自らの意思による行動なのか、魔女に魅惑された結果の行動なのか、判断は難しい。
確かなのは、このままでは私刑にあう、ということくらいか。
審問官が一般市民に実力行使することは、固く禁じられていた。それも、審問官を縛る厄介な規則の一つだ。
たとえ正当防衛であったとしても、市民に怪我をさせれば、即、破門される。
それを知る狡猾な魔女は、魅惑した一般人を刺客に差し向けることもある。
ウルバノが機転を利かせて、市警察を呼んでくれればいいが……
筋肉質の男が、棍棒を振り上げて吠える。
それを合図に群衆が飛びかかろうとした、その時。
「おやめなさい!」
凜とした声が響いた。
その一喝が、その場にいた群衆の動きをピタリと止めた。
振り返った先には……白衣を風になびかせながら、腕を組んで立つクリスティーの姿がある。
「私の診療所の前で、暴力沙汰なんて許さないわよ! その後、誰が手当すると思っているの!?」
「せ、先生! いや、俺たちはあんたを守るために……」
悪徳商人の用心棒ぐらいしか就職先のなさそうな大男が、たじろぎながら弁明する。
だが、クリスティーにひと睨みされると、途端に黙り込んだ。
「この人が憎たらしいのは事実だけど、暴力に訴えても何の解決にもならないわ。すぐに解散しなさい!」
彼女の言葉には、絶大な効果があった。
人々は蜘蛛の子を散らしたように、散り散りになって行く。
とりあえず、群衆から私刑に遭う、という楽しからざる経験は回避できたようである。
だが、安堵するにはまだ早い。
アルヴィンは警戒を解かずに、女医を見る。
「こんなことで、僕に貸しを作ったつもりか?」
「あなたたちって、ほんと人の善意を素直に受け取らないのね。お礼の一つも言ったらどうなのかしら?」
「君の行動が、善意からとは思えないからだよ。何の裏がある?」
「私は忘れ物を思い出しただけよ。これは、あなたのお仲間の物でしょ?」
クリスティーは白衣のポケットから何かを取り出すと、差し出した。掌に収まるほどの、小さな紙袋だ。
中身をちらりと見て、アルヴィンは顔色を変えた。
「これを、どこで?」
「シュベールノの広場よ」
それが彼女の言う善意の延長線上にあるものなのか、仕組まれた罠なのか。
アルヴィンは咄嗟に判断に迷った。
そこに畳み掛けるように、彼女は微笑みを浮かべて言ったのだった。
「分かったでしょ? ここでは、あなたたちの方こそが悪なのよ。もう二度と来ないことね」
十人ほどいた患者は誰もおらず、閑散としている。
警戒しながら診療所の外に出るのと、飛来したガラス瓶が足元で割れるのは、同時だった。
アルヴィンは、素早く誰何の視線を走らせる。
診療所を、群衆が取り囲んでいた。
彼らは口元を布で隠し、各々が角材や棍棒を手にしている。
「教会の犬が、先生に何をするつもりだ!」
「帰れ! 先生を傷つけたら許さんぞ!」
なるほど、とアルヴィンは状況を理解した。
ウルバノが懸念した通り、クリスティーを審問したことが貧民街の怒りに触れたらしい。
巣をつついたことで、兵隊蟻がでてきたわけだ。
罵詈を浴びせかける群衆に、アルヴィンは怒鳴りかえす。
「魔女に気を許すな! 奴らは巧妙な噓をつく」
「それがなんなんだ! 教会は俺たちを見捨てたじゃないか。貧しい俺らを助けてくれたのは、先生なんだ!」
怒号を上げながら、じわり、と包囲網が狭まった。
これが住民自らの意思による行動なのか、魔女に魅惑された結果の行動なのか、判断は難しい。
確かなのは、このままでは私刑にあう、ということくらいか。
審問官が一般市民に実力行使することは、固く禁じられていた。それも、審問官を縛る厄介な規則の一つだ。
たとえ正当防衛であったとしても、市民に怪我をさせれば、即、破門される。
それを知る狡猾な魔女は、魅惑した一般人を刺客に差し向けることもある。
ウルバノが機転を利かせて、市警察を呼んでくれればいいが……
筋肉質の男が、棍棒を振り上げて吠える。
それを合図に群衆が飛びかかろうとした、その時。
「おやめなさい!」
凜とした声が響いた。
その一喝が、その場にいた群衆の動きをピタリと止めた。
振り返った先には……白衣を風になびかせながら、腕を組んで立つクリスティーの姿がある。
「私の診療所の前で、暴力沙汰なんて許さないわよ! その後、誰が手当すると思っているの!?」
「せ、先生! いや、俺たちはあんたを守るために……」
悪徳商人の用心棒ぐらいしか就職先のなさそうな大男が、たじろぎながら弁明する。
だが、クリスティーにひと睨みされると、途端に黙り込んだ。
「この人が憎たらしいのは事実だけど、暴力に訴えても何の解決にもならないわ。すぐに解散しなさい!」
彼女の言葉には、絶大な効果があった。
人々は蜘蛛の子を散らしたように、散り散りになって行く。
とりあえず、群衆から私刑に遭う、という楽しからざる経験は回避できたようである。
だが、安堵するにはまだ早い。
アルヴィンは警戒を解かずに、女医を見る。
「こんなことで、僕に貸しを作ったつもりか?」
「あなたたちって、ほんと人の善意を素直に受け取らないのね。お礼の一つも言ったらどうなのかしら?」
「君の行動が、善意からとは思えないからだよ。何の裏がある?」
「私は忘れ物を思い出しただけよ。これは、あなたのお仲間の物でしょ?」
クリスティーは白衣のポケットから何かを取り出すと、差し出した。掌に収まるほどの、小さな紙袋だ。
中身をちらりと見て、アルヴィンは顔色を変えた。
「これを、どこで?」
「シュベールノの広場よ」
それが彼女の言う善意の延長線上にあるものなのか、仕組まれた罠なのか。
アルヴィンは咄嗟に判断に迷った。
そこに畳み掛けるように、彼女は微笑みを浮かべて言ったのだった。
「分かったでしょ? ここでは、あなたたちの方こそが悪なのよ。もう二度と来ないことね」
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