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第一章 火の魔女
第10話 審問官見習い
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「それは、実に興味深い報告だな」
相変わらず本に埋め尽くされた執務室で、ベラナは退屈げに評した。
「つまり事件の真相は魔女の犯行に見せかけた、審問官ウルバノの犯行だった、と?」
言葉に熱が感じられないのは、無理もない。
半年間、多数の審問官が追い続けた事件を、着任して僅か四日目の見習いが解決したと報告に来たのだから、疑うのも当然だ。
「お疑いのようでしたら── 」
語尾を、老人は手を上げて制した。
「君が送りつけてきた弾丸だが」
煩わしさを隠しもせずに続ける。
「奴の銃と、線条痕が一致した。さらに部屋を捜索させたところ、これが発見された」
ベラナは机の上に置かれた、古びた本を一瞥した。
その書のタイトルは”魔女への槌”と読める。それは禁書とされる、審問官シュベールノの著書だ。
「シュベールノに感化された審問官による、魔女への敵愾心を煽るための犯行。君の報告は、大筋間違いあるまい」
態度は冷淡そのものにもかかわらず、あっさりと報告を認めたことに、アルヴィンは違和感を覚えた。
犯人が誰なのか、最初から老人は全て承知の上で、火の魔女の駆逐を命じたのではないか、そんな疑念すら浮かんでくる。
それを問うべきか思案しているうちに、ベラナは話題を転じた。
「それで、クリスティー医師の嫌疑については、どうかね?」
彼女は、魔女だった。
言質をとり、魔法の行使を現認した。
火の魔女ではなかったが、社会にとって危険な存在であることに変わりない。
アルヴィンは、静かに断言した。
「彼女は魔女ではありません。志の高い医師です」
半分は事実だが、残りは真っ赤な噓だ。
魔女を庇ったと発覚すれば、破門は免れないだろう。
まして、見習いがついた噓を、練達の審問官が気づかないとは、とても思えない。
「それが、答えかね?」
明らかに訂正を求める目を、老人は向けていた。
まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ。
固唾を呑んだアルヴィンの頭の中で、昨夜の言葉が蘇った。
「── 取引をしましょう」
彼女は、確かにそう言った。
「私たちの目的は、一致しているわ。協力すべきよ」
「私たち、だって?」
予想外の言葉を投じられ、アルヴィンは思わず聞き返した。
「白き魔女を追っていること。あなたが言ったとおり、彼女は生きているわ」
彼は油断なくクリスティーの目を見据えた。
白き魔女は、父の仇だ。そして、その死を疑っていたのは事実だ。
だが、このタイミングで彼女が切り出した意図が読めない。
「公には、奴は十年前に死んだとされている。多くの審問官を殺害し、ベラナ師によって駆逐された、とな。……君は、何を知っているんだ?」
「私はあなたより、少しだけ事情に詳しい立場にあるの。白き魔女は、ベラナによって大陸のどこかに幽閉されている。あなたもその可能性を疑って、奴に近づいたのでしょう?」
アルヴィンは無言だった。そしてこの場合、肯定を意味していた。
ベラナを指導官に希望したのは、卓越した審問官だからではない。十年前の真相を知ると睨んだからだ。
「幽閉場所は巧妙に秘匿されてわからないわ。それを知りうるのはベラナだけ。でも、魔女の私じゃ、身辺に近づくこともできない。あなたが奴の信頼を勝ち得る審問官となって、聞き出すこと。その為に力を貸して上げる」
彼女の真意は読めないが、時間稼ぎの虚言でないことは確かだった。
同時に、アルヴィンの頭の中で、疑問が頭をもたげた。
白き魔女の生存、そして父アーロンの名を知っていたこと。
彼女は── 知りすぎている。
「……君は、一体何者なんだ?」
クリスティーはメガネを外すと、端正な顔を向けた。
「私は── 白き魔女の、娘よ」
白き魔女の、娘──
その言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
彼女は……父の、仇の、娘、なのか。
驚きにアルヴィンは目を見開いた。
「私はあなたを利用して、母を救い出したい。魔女の行動として、理にかなっているでしょう? そしてあなたは、仇を見つけ出すことができる。私は救うため、あなたは復讐のため。双方に利益のある、いい取引だと思わない?」
「……僕たちの目的は、相反している。白き魔女を見つけ出した時、どうするつもりだ?」
「その時は、どちらかが死ぬでしょうね」
物騒なことを、彼女はさらりと言い放つ。
「でも、あなたが真相を知れば、そうはならない。私は確信しているわ」
その言葉に── 噓は、ない。
審問官として、いや、人としての直感がそう告げた。
夜空を仰いで、アルヴィンは嘆息した。
「審問官と魔女が手を組むなんて、前代未聞の話しだな」
「無理強いはしないわよ。さあ、話はこれでおしまい。取引するか、その銃で撃つか、さっさと決めてちょうだい」
おどけたようにクリスティーは笑う。
「どちらを選ぶのかしら?」
そして彼は、選択したのだ。
「一つ訊こう」
老人のしわがれた声が、アルヴィンを現実に呼び戻した。
「もし、善良な魔女がいたとしたら、どう対処するかね?」
その問いに、アルヴィンは思わず身を固くした。
回答を誤れば、審問官になるどころか、破門されることは明らかだ。
同じ問いをウルバノにすれば、迷わず駆逐すると言うに違いない。
審問官として、それが正しい答えなのだ。
「駆逐するかね? それとも、見逃すかね?」
「どちらでもありませんね」
アルヴィンは覚悟を決めると、きっぱりと答えた。
「僕なら利用しますよ。目的のために」
「そうか」
老人の返答は、拍子抜けするくらい短いものだった。
それ以上の追及もなく、静かに告げる。
「それでは、ウルバノは火の魔女と戦い殉教、魔女は審問官見習いアルヴィンの手により駆逐。顛末は、こんなものでよかろう」
「── それでは?」
アルヴィンは、鼓動が早まるのを感じた。
七日以内に火の魔女を駆逐すること、それが指導官を引き受ける条件だった。
「師事を許す。雛鳥にしては、上手く立ち回ったな」
「ありがとうございます」
深々と一礼したアルヴィンに、ベラナは皮肉めいた視線を返した。
「礼なら一年後にすることだな。不適格とする機会など、この先たっぷりとある」
アルヴィンが退出した後、ベラナは煖炉の前に立った。
燃えさかる炎の中に、ウルバノから押収した書を投げ入れる。
火の粉が舞い、老人は目を細めた。
「アーロンの息子と白き魔女の娘、か。── 罪から逃れることを許さぬか」
その呟きは、誰の耳に届くこともなかった。
(不死の魔女編につづく)
相変わらず本に埋め尽くされた執務室で、ベラナは退屈げに評した。
「つまり事件の真相は魔女の犯行に見せかけた、審問官ウルバノの犯行だった、と?」
言葉に熱が感じられないのは、無理もない。
半年間、多数の審問官が追い続けた事件を、着任して僅か四日目の見習いが解決したと報告に来たのだから、疑うのも当然だ。
「お疑いのようでしたら── 」
語尾を、老人は手を上げて制した。
「君が送りつけてきた弾丸だが」
煩わしさを隠しもせずに続ける。
「奴の銃と、線条痕が一致した。さらに部屋を捜索させたところ、これが発見された」
ベラナは机の上に置かれた、古びた本を一瞥した。
その書のタイトルは”魔女への槌”と読める。それは禁書とされる、審問官シュベールノの著書だ。
「シュベールノに感化された審問官による、魔女への敵愾心を煽るための犯行。君の報告は、大筋間違いあるまい」
態度は冷淡そのものにもかかわらず、あっさりと報告を認めたことに、アルヴィンは違和感を覚えた。
犯人が誰なのか、最初から老人は全て承知の上で、火の魔女の駆逐を命じたのではないか、そんな疑念すら浮かんでくる。
それを問うべきか思案しているうちに、ベラナは話題を転じた。
「それで、クリスティー医師の嫌疑については、どうかね?」
彼女は、魔女だった。
言質をとり、魔法の行使を現認した。
火の魔女ではなかったが、社会にとって危険な存在であることに変わりない。
アルヴィンは、静かに断言した。
「彼女は魔女ではありません。志の高い医師です」
半分は事実だが、残りは真っ赤な噓だ。
魔女を庇ったと発覚すれば、破門は免れないだろう。
まして、見習いがついた噓を、練達の審問官が気づかないとは、とても思えない。
「それが、答えかね?」
明らかに訂正を求める目を、老人は向けていた。
まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ。
固唾を呑んだアルヴィンの頭の中で、昨夜の言葉が蘇った。
「── 取引をしましょう」
彼女は、確かにそう言った。
「私たちの目的は、一致しているわ。協力すべきよ」
「私たち、だって?」
予想外の言葉を投じられ、アルヴィンは思わず聞き返した。
「白き魔女を追っていること。あなたが言ったとおり、彼女は生きているわ」
彼は油断なくクリスティーの目を見据えた。
白き魔女は、父の仇だ。そして、その死を疑っていたのは事実だ。
だが、このタイミングで彼女が切り出した意図が読めない。
「公には、奴は十年前に死んだとされている。多くの審問官を殺害し、ベラナ師によって駆逐された、とな。……君は、何を知っているんだ?」
「私はあなたより、少しだけ事情に詳しい立場にあるの。白き魔女は、ベラナによって大陸のどこかに幽閉されている。あなたもその可能性を疑って、奴に近づいたのでしょう?」
アルヴィンは無言だった。そしてこの場合、肯定を意味していた。
ベラナを指導官に希望したのは、卓越した審問官だからではない。十年前の真相を知ると睨んだからだ。
「幽閉場所は巧妙に秘匿されてわからないわ。それを知りうるのはベラナだけ。でも、魔女の私じゃ、身辺に近づくこともできない。あなたが奴の信頼を勝ち得る審問官となって、聞き出すこと。その為に力を貸して上げる」
彼女の真意は読めないが、時間稼ぎの虚言でないことは確かだった。
同時に、アルヴィンの頭の中で、疑問が頭をもたげた。
白き魔女の生存、そして父アーロンの名を知っていたこと。
彼女は── 知りすぎている。
「……君は、一体何者なんだ?」
クリスティーはメガネを外すと、端正な顔を向けた。
「私は── 白き魔女の、娘よ」
白き魔女の、娘──
その言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
彼女は……父の、仇の、娘、なのか。
驚きにアルヴィンは目を見開いた。
「私はあなたを利用して、母を救い出したい。魔女の行動として、理にかなっているでしょう? そしてあなたは、仇を見つけ出すことができる。私は救うため、あなたは復讐のため。双方に利益のある、いい取引だと思わない?」
「……僕たちの目的は、相反している。白き魔女を見つけ出した時、どうするつもりだ?」
「その時は、どちらかが死ぬでしょうね」
物騒なことを、彼女はさらりと言い放つ。
「でも、あなたが真相を知れば、そうはならない。私は確信しているわ」
その言葉に── 噓は、ない。
審問官として、いや、人としての直感がそう告げた。
夜空を仰いで、アルヴィンは嘆息した。
「審問官と魔女が手を組むなんて、前代未聞の話しだな」
「無理強いはしないわよ。さあ、話はこれでおしまい。取引するか、その銃で撃つか、さっさと決めてちょうだい」
おどけたようにクリスティーは笑う。
「どちらを選ぶのかしら?」
そして彼は、選択したのだ。
「一つ訊こう」
老人のしわがれた声が、アルヴィンを現実に呼び戻した。
「もし、善良な魔女がいたとしたら、どう対処するかね?」
その問いに、アルヴィンは思わず身を固くした。
回答を誤れば、審問官になるどころか、破門されることは明らかだ。
同じ問いをウルバノにすれば、迷わず駆逐すると言うに違いない。
審問官として、それが正しい答えなのだ。
「駆逐するかね? それとも、見逃すかね?」
「どちらでもありませんね」
アルヴィンは覚悟を決めると、きっぱりと答えた。
「僕なら利用しますよ。目的のために」
「そうか」
老人の返答は、拍子抜けするくらい短いものだった。
それ以上の追及もなく、静かに告げる。
「それでは、ウルバノは火の魔女と戦い殉教、魔女は審問官見習いアルヴィンの手により駆逐。顛末は、こんなものでよかろう」
「── それでは?」
アルヴィンは、鼓動が早まるのを感じた。
七日以内に火の魔女を駆逐すること、それが指導官を引き受ける条件だった。
「師事を許す。雛鳥にしては、上手く立ち回ったな」
「ありがとうございます」
深々と一礼したアルヴィンに、ベラナは皮肉めいた視線を返した。
「礼なら一年後にすることだな。不適格とする機会など、この先たっぷりとある」
アルヴィンが退出した後、ベラナは煖炉の前に立った。
燃えさかる炎の中に、ウルバノから押収した書を投げ入れる。
火の粉が舞い、老人は目を細めた。
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