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第一章 火の魔女
第9話 取引をしましょう
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「さて、どこにいるか分からない敵をどう倒すか、手はあるかしら?」
「……さっき銃弾を防いだ水の魔法は、二十メートル離れた場所に呼び出すことができるか?」
「可能だと思うけれど。何を考えているの?」
質問は、彼女の興味を引いたようだ。
アルヴィンは手短に説明する。
「拳銃の射程は、せいぜい二十メートル程度だ。奴がどこにいるにせよ、その範囲内に潜んでいることは間違いない。水塊の中に閉じ込めて、奴を失神させて欲しい。後は、僕が片付ける」
「それだけの範囲を水で満たすのは、精神が持つかどうか……。他の魔法じゃ駄目なの?」
呼び出す水量に比例して、制御は困難になる。
簡単に言ってくれるが、全て満たそうとすれば、二百トン以上の水量となるだろう。
アルヴィンは首を横に振った。
「魔女の関与が疑われるようなやり方は避けたい。後々、話しが面倒になる。それに、全てを水で満たす必要はないんだ。僕が囮になって飛び出す。銃声から、ウルバノの位置を絞り込めるだろう?」
「囮……それは、駄目よ!」
「時間がない。行くぞ!」
クリスティーが制止しようとした時には、アルヴィンは飛び出していた。
呼応するかのように、すぐさま銃声が響く。
「こっちの返事も聞かずに飛び出して! 死なれたら、夢見が悪いじゃない!」
憤りながら、彼女は感覚を研ぎ澄ました。
銃声が響いた。一発、さらにもう一発。
普段なら、容易に位置は特定できただろう。
だが廃墟に複雑に反響し、前か後ろかでさえも判別が難しい。
焦りが募り、額に汗が浮かぶ。
と、煙幕の切れ間から、発火炎が一瞬見えた。
十時の方向── !
「見つけたわよっ!」
集中力を高め、クリスティーは魔法を発動させた。三メートル四方ほどの水塊が実体化し、人影を呑み込む。
「捉えたわ!」
手応えはあった。
驚き、憤怒、苦悶の感情が水塊からあふれ出る。
だが、ウルバノはそこから逃れることはできない。
三分もすれば意識を失うだろう。
ほっとすると同時に、アルヴィンの安否が気にかかった。まさか、銃撃を受けて倒れてはいないか……
「アルヴィン、無事なの── !?」
呼びかけに、応答はない。
発煙弾が煙を吐き出す音が途切れると、辺りは静寂に包まれた。
「……アルヴィン?」
不安が膨れ上がり、悪い予感が頭をよぎる。
夜の闇が濃くなった。
唐突に、水音が響いた。
審問官を取り巻いていた水塊が、前触れ無く崩壊したのだ。
クリスティーは急速に、身体から魔力が霧散するのを感じる。
「馬鹿めっ!!」
どす黒い、怒りのこもった罵声が響いた。
ずぶ濡れとなったウルバノが、立っていた。血走った目でクリスティーを睨む。
「月の入りを忘れたか? 月齢の把握は、魔女の戦い方の基本だろうが!」
咄嗟に空を見上げると、地平線に月が没していた。
魔力の源泉は、月。
それが没すれば当然、魔女は力を失う。
気づいた時には、遅すぎた。
自己の勝利を確信した目つきで、ウルバノは銃口を向ける。
「穢らわしき魔女め! 地獄へ落ちるがいい!」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
不快そうな呟きが、背後で漏れた。
獲物を追い詰めた高揚感が、異変に気づくのを遅れさせた。
後頭部に固い銃口が突きつけられているのに気づき、ウルバノは凍りつく。
拳銃を手にしたアルヴィンが、背後に立っていたのだ。
表情が、驚愕でひきつる。
「よ、よせっ」
「神のご加護を」
アルヴィンは、容赦なく引き金を引く。
目標まで、僅か数センチ。
外すことのほうが難しい距離だ。
後頭部に模擬弾が炸裂すると、非情な審問官を人形のように弾き飛ばした。
地面に転がった身体は痙攣し、やがて動かなくなる。
視線を上げると、険しい顔で腕を組む女医と視線が交錯した。
「月の入りのこと、知っていたんでしょ? 自分が囮になるって言っておいて、私を囮にするだなんて、いい根性しているわね」
アルヴィンは答える代わりに、銃口を向けた。
「何のつもりかしら?」
「協力するのはウルバノを倒すまで、と言ったはずだ。魔女クリスティー、言質と現認は済んだ。君を駆逐する」
「あなたに私は撃てないわよ?」
不敵な笑みを浮かべて、クリスティーは銃口を見返す。
「善良で美人で、その上怪我をした女性を、魔女というだけで撃つほど、あなたは冷酷じゃないわ」
「魔女にかける情けなどないさ」
声に反して、銃は震えていた。
彼女は魔女であり、審問官は駆逐する使命を帯びている。
だが彼女が何の罪を犯したわけでもない。ただ魔女であるという事実だけで、命を奪うことが果たして正義なのか。
罪なき者を裁くことに、ためらいが生じた。
それは、若さ故の甘さか。
── それとも、あの人の息子だからかしらね。
心の中で呟くと、クリスティーは決意に満ちた眼差しを向けた。
「── 取引をしましょう」
「……さっき銃弾を防いだ水の魔法は、二十メートル離れた場所に呼び出すことができるか?」
「可能だと思うけれど。何を考えているの?」
質問は、彼女の興味を引いたようだ。
アルヴィンは手短に説明する。
「拳銃の射程は、せいぜい二十メートル程度だ。奴がどこにいるにせよ、その範囲内に潜んでいることは間違いない。水塊の中に閉じ込めて、奴を失神させて欲しい。後は、僕が片付ける」
「それだけの範囲を水で満たすのは、精神が持つかどうか……。他の魔法じゃ駄目なの?」
呼び出す水量に比例して、制御は困難になる。
簡単に言ってくれるが、全て満たそうとすれば、二百トン以上の水量となるだろう。
アルヴィンは首を横に振った。
「魔女の関与が疑われるようなやり方は避けたい。後々、話しが面倒になる。それに、全てを水で満たす必要はないんだ。僕が囮になって飛び出す。銃声から、ウルバノの位置を絞り込めるだろう?」
「囮……それは、駄目よ!」
「時間がない。行くぞ!」
クリスティーが制止しようとした時には、アルヴィンは飛び出していた。
呼応するかのように、すぐさま銃声が響く。
「こっちの返事も聞かずに飛び出して! 死なれたら、夢見が悪いじゃない!」
憤りながら、彼女は感覚を研ぎ澄ました。
銃声が響いた。一発、さらにもう一発。
普段なら、容易に位置は特定できただろう。
だが廃墟に複雑に反響し、前か後ろかでさえも判別が難しい。
焦りが募り、額に汗が浮かぶ。
と、煙幕の切れ間から、発火炎が一瞬見えた。
十時の方向── !
「見つけたわよっ!」
集中力を高め、クリスティーは魔法を発動させた。三メートル四方ほどの水塊が実体化し、人影を呑み込む。
「捉えたわ!」
手応えはあった。
驚き、憤怒、苦悶の感情が水塊からあふれ出る。
だが、ウルバノはそこから逃れることはできない。
三分もすれば意識を失うだろう。
ほっとすると同時に、アルヴィンの安否が気にかかった。まさか、銃撃を受けて倒れてはいないか……
「アルヴィン、無事なの── !?」
呼びかけに、応答はない。
発煙弾が煙を吐き出す音が途切れると、辺りは静寂に包まれた。
「……アルヴィン?」
不安が膨れ上がり、悪い予感が頭をよぎる。
夜の闇が濃くなった。
唐突に、水音が響いた。
審問官を取り巻いていた水塊が、前触れ無く崩壊したのだ。
クリスティーは急速に、身体から魔力が霧散するのを感じる。
「馬鹿めっ!!」
どす黒い、怒りのこもった罵声が響いた。
ずぶ濡れとなったウルバノが、立っていた。血走った目でクリスティーを睨む。
「月の入りを忘れたか? 月齢の把握は、魔女の戦い方の基本だろうが!」
咄嗟に空を見上げると、地平線に月が没していた。
魔力の源泉は、月。
それが没すれば当然、魔女は力を失う。
気づいた時には、遅すぎた。
自己の勝利を確信した目つきで、ウルバノは銃口を向ける。
「穢らわしき魔女め! 地獄へ落ちるがいい!」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
不快そうな呟きが、背後で漏れた。
獲物を追い詰めた高揚感が、異変に気づくのを遅れさせた。
後頭部に固い銃口が突きつけられているのに気づき、ウルバノは凍りつく。
拳銃を手にしたアルヴィンが、背後に立っていたのだ。
表情が、驚愕でひきつる。
「よ、よせっ」
「神のご加護を」
アルヴィンは、容赦なく引き金を引く。
目標まで、僅か数センチ。
外すことのほうが難しい距離だ。
後頭部に模擬弾が炸裂すると、非情な審問官を人形のように弾き飛ばした。
地面に転がった身体は痙攣し、やがて動かなくなる。
視線を上げると、険しい顔で腕を組む女医と視線が交錯した。
「月の入りのこと、知っていたんでしょ? 自分が囮になるって言っておいて、私を囮にするだなんて、いい根性しているわね」
アルヴィンは答える代わりに、銃口を向けた。
「何のつもりかしら?」
「協力するのはウルバノを倒すまで、と言ったはずだ。魔女クリスティー、言質と現認は済んだ。君を駆逐する」
「あなたに私は撃てないわよ?」
不敵な笑みを浮かべて、クリスティーは銃口を見返す。
「善良で美人で、その上怪我をした女性を、魔女というだけで撃つほど、あなたは冷酷じゃないわ」
「魔女にかける情けなどないさ」
声に反して、銃は震えていた。
彼女は魔女であり、審問官は駆逐する使命を帯びている。
だが彼女が何の罪を犯したわけでもない。ただ魔女であるという事実だけで、命を奪うことが果たして正義なのか。
罪なき者を裁くことに、ためらいが生じた。
それは、若さ故の甘さか。
── それとも、あの人の息子だからかしらね。
心の中で呟くと、クリスティーは決意に満ちた眼差しを向けた。
「── 取引をしましょう」
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