白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
15 / 197
第二章 不死の魔女

第12話 不肖の弟子

しおりを挟む
「僅か一ヶ月で、二人の魔女を駆逐、か」

 今更、驚くべきことではないのかもしれない。
 上級審問官ベラナの反応は、一欠片の関心も示さない、淡々としたものだ。
 ねぎらいの言葉一つない。
 興味のなさを隠そうともせず、アルヴィンが一晩かけて作成した報告書を一瞥しただけだ。 
 そして本と本の分厚い山の間にある、処理済みのダンボ-ル箱の中に投げ入れる。

 黒髪の少年は、部屋を見回した。
 老人の執務室は多数の本で占拠され、足の踏み場もないのは相変わらずだ。 
 ここは、いつ来ても居心地が悪い。
 アルヴィンは、この春に審問官の養成機関である学院を主席で卒業し、現在はベラナに師事する審問官見習いである。
 つい先日、十七歳になったばかりだ。
 どこか幼さの残る顔立ちだが、その瞳は強い意志を感じさせる。
 事情を知らぬ者が見れば、栄達の階段を順調に上がる若者に見えただろう。

「火の魔女に続き、凶風の魔女を駆逐、か。我々が数年追っていた魔女だ。これほどの実績を残した見習いは、二十年ぶりであろうな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めておるのではない」

 老人はぴしゃりと言い放つ。

「私は、魔女を何人駆逐しようが評価はしない」

 審問官の使命は、魔女を駆逐することだ。
 それを真っ向から否定する老人の言葉に、アルヴィンは困惑を隠せない。

「審問官シュベールノを知っているであろう? 多くの魔女を駆逐した者が、優れた審問官であるとは限らない。たとえ他の指導官が評価したとしても、私はしない。よく覚えておくことだ」

 老人は手厳しい評価を下す。
 シュベールノは、生涯に五百人以上の魔女を駆逐したとされる、暗黒時代を代表する審問官だ。
 ただし── 彼の裁いた魔女のほとんどは、えん罪だったのである。
 皮肉にも彼の行動によって、審問官の権限を大幅に制限する、厳格な教会法が作られたのだ。
 だとすれば、優秀な審問官とは何なのか── それを問い返そうとした時、扉をノックする音が響いた。

「入りたまえ」

 ベラナが静かに許可すると、背後の扉が開く。
 入室したのは、白を基調とした祭服を着た男だ。
 そして一見して……異様な雰囲気を纏っていることが分かる。
 顔の上半分を覆い隠す、白い仮面をつけているのだ。
 仮面の奥で、瞳が狡猾な光を宿すのを、アルヴィンは見逃さなかった。

「審問官リベリオだ。以後、お見知りおき願おう」

  アルヴィンの隣に立つと、男は尊大な響きのある声で名乗る。
  諸事情により審問官ウルバノが殉教してから、すでに一ヶ月が経つ。

「……審問官リベリオは、欠員の補充で赴任されたのですか?」
「そうではない」

 アルヴィンの問いを、ベラナは即座に否定した。

「彼は枢機卿から、特命を受けて派遣されたのだ。審問官見習いアルヴィン、アルビオ滞在中のサポートを君に命ずる」
「……承知しました」

 アルヴィンはそう言うと、恭しく一礼した。
 あくまで直感だが……この不気味さを纏った審問官は、警戒すべき相手のように思える。
 だが見習いの立場である以上、どんな理不尽な命令だったとしても、拒否権はないのだ。
 そしてやや遅れて、リベリオから驚きの視線が向けられていることに気づいた。

「お前が、アルヴィンなのか?」

 理由は分からないが、男は喫驚していた。
 聖都にいる審問官と、面識など一切ないはずだが……

「俺は、聖都から逃げた魔女を追ってこの街にきた」
「魔女……ですか」

 戸惑いの色を浮かべるアルヴィンに、リベリオは頷く。
 そして高らかと、不吉な宣言をしたのだ。

「── 不死の、魔女だ。お前があのアルヴィンなら、存分に働いてもらうぞ」



「俺は、お前に一目置いている」 

 初対面の相手からそう言われたとき、どう反応するのが正しいのだろうか。
 ありがとうございます、と礼を述べるのも間違っているような気がするが……
 ベラナの執務室を辞した後、二人の姿は小聖堂にあった。

「意味が分からんという顔をしているな?」

 困惑を見透かしたように、リベリオは目をギラつかせた。

「お前は、兄の仇を取ってくれた恩人だ」
「兄……ですか?」

 アルヴィンは戸惑いながら、記憶の糸をたぐり寄せる。
 恩人として、感謝されるような心当たりなど……一切ない。
 だが、リベリオの声が、どこか聞き覚えがあることに気づく。
 その声を耳にしたのは── アルビオにきて、間もない頃だ。
 彼を導き、そして最期に決裂した人物。
 アルヴィンはハッとした。

「まさか……」
「そうだ、審問官ウルバノは俺の兄だ。お前が火の魔女を駆逐して、仇を取ってくれたそうだな?」

 それは、一ヶ月前の出来事だった。
 審問官ウルバノは火の魔女との戦いで殉教し、その魔女をアルヴィンが駆逐した。
 表向きの記録上は、だが。
 真実は真逆である。
 架空の魔女を作りだし、連続殺人に手を染めたウルバノを、アルヴィンが粛正したのだ。
 その事実を、どうやらリベリオは知らないらしい。

「兄は、使命に忠実な審問官だった」
「そうですね」

 あまり感情のこもらない声で、アルヴィンは同意する。
 よりにもよって、ウルバノの弟のサポートをすることなるとは……
 火の魔女事件の真相を教会内で知るのは、アルヴィンとベラナだけだ。
 今更ながら、老人の底知れぬ意地の悪さに、舌打ちしたい衝動に駆られる。

「……それで、不死の魔女を、どうやって捜すつもりなのですか?」
「捜す必要などない。奴の方から尻尾を出すだろう」

 リベリオがそう言うのと、伝令が駆け込んでくるのは同時だった。

「……ボ、ボラーフ・マーケ……ットで! ……事件……!」 

 息を切らしながら告げる伝令に、リベリオは唇を歪めて笑った。

「それでは行こうか。出来損ないの魔女は、尻尾を出さずにはいられないのさ」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...