43 / 197
第三章 凶音の魔女
第35話 背教者と魔女
しおりを挟む
アルビオの地下に張り巡らされた下水路を、二人は身をかがめながら進む。
石と煉瓦で固められた内部は狭く、悪臭が鼻をつく。膝下まで濡らしながら、二人は先を急いだ。
道中、メアリーはぶつぶつと悪態をつき続けている。薄暗い水路に、恨み節が尾を引いた。
「ほんと噓ばっかり! あそこなら安全だって言うから信じたのにっ! 焼き殺されそうになった上に、こんな所を歩かされるなんて……あのじいさん、絶対に許さないんだからっ!」
メアリーは、憤懣やるかたない様子だ。
「じいさん?」
その単語が、誰を指しているのか。アルヴィンは嫌な予感がして、訊き返した。
「もしかして、じいさんとは……ベラナ師、のことか?」
「師……? って、そんなに偉い人だったの!? だったら尚更、約束くらい守りなさいよっ。人をこんな目に遭わせておいて、何をしているの!」
懸念が当たって、アルヴィンは危うく躓きそうになる。
「……残念だが、ベラナ師は動くことができないんだ」
「動けない? それって、身体を悪くしたってこと?」
怒りに満ちあふれていた声が、急に気遣わしげなものに変わった。数瞬前まで罵詈雑言を並べ立てていたにも関わらず、その瞳は憂いを帯びる。
感情の変化が目まぐるしく、見ていて飽きない娘である。
……いや、感心している場合ではない。メアリーに確認しなくてはならないことがあったのだ。
「ベラナ師なら大丈夫だ。心配しなくてもいい」
アルヴィンは落ち着かせるように言うと、話を修正する。
「それよりも君を匿ったのは、ベラナ師で間違いないんだな?」
「そうよ。じいさんが助けてくれたのよ」
「──あの夜、何があったのか教えてくれないか?」
仮面舞踏会があった夜。彼女は、ベラナによって射殺されたはずだ。
あの時、本当は何があったのか──
問いかけに、彼女は思い詰めたような表情を浮かべた。
「メアリ-?」
「……わたしが、どれだけ酷いことをしたのか、教えられたわ」
メアリーは視線を落とし、言葉を絞り出す。
「わたしは、不死の魔女、だったのよね?」
「ああ」
「人を襲っている時のことって、夢の中にいるようで……ほとんど覚えていないの。でも、呪いのせいにして、なかったことにはできない。そうでしょ? 罪は罪。わたしは、たくさんの命を奪ってしまった」
彼女の声には、深い悔悟の響きがある。
「でもあの時、じいさんは言ったわ。償いをする機会はあるって」
「償い? ……どういうことだ?」
「わたしはね、スーキキョーの悪事を暴く、ショーニンなの!」
メアリーの声に、力がこもった。
ショーニン。
──証人、か。
ここにきてアルヴィンは、ようやくベラナの真意を理解した。
メアリーは聖都で密かに行われている、偉大なる試み──人の不死化、の被害者だ。枢機卿らを告発し証言をすれば、この状況を覆すことができるかもしれない。
静謐な聖都の奥底で、タールのように黒い粘性の陰謀がうごめいていることは、疑いようがないのだ。
「──射殺したように見せかけたのは、処刑人の目を欺くため、か」
考えを巡らせながら、アルヴィンは呟く。
彼女は、ベラナに罪を着せるための餌だった。役目を終えれば当然、処刑人らは処分しようと動くだろう。ベラナは死を偽装することで、彼女を守ったのだ。
あの夜、感情にまかせて食って掛かったことを、アルヴィンは恥じ入る。
そして老人は、彼女の身に危険が及ぶことを考え、保険を掛けた。
だから彼に、メモ紙を託した。
──何があったとしてもメアリーを守り、枢機卿らを告発せよ、と。
アルヴィンは心中で唸る。
老獪とも言えるベラナの手腕には、舌を巻く他ない。だが……そう上手く、事は運ぶまい。
枢機卿会は処刑人を擁し、教会内で絶対的な権力を握る。告発をもみ消し、なかったことにするなど、造作もないだろう。
唯一の頼みの綱である教皇は、眠りの呪いを受け、昏睡したままだ。
この不利に打ち勝つカードを、ベラナは、持ち合わせているのか──
不意に、月明かりが足元に差し込んだ。
ようやく出口に達したのだ。狭さと悪臭から解放されて、アルヴィンは息をつく。
だが安堵は、そう長くは続かなかった。直後、二人は急停止を余儀なくされる。
青白い月光の下、白い輪郭が浮かび上がった。
「待ちくたびれたぞ!」
下水は河原を流れ、川へとそそいでいる。
ごつごつとした石の転がるそこに、男は立っていた。仮面の下に、不吉な笑みが浮かぶ。
「投降しろ、背教者アルヴィン。そして不死の魔女メアリー!」
そこは、絶望へと繋がる出口であったらしい。
行く手に立ち塞がったのは、リベリオだ。
そして背後には、完全武装の処刑人が一列となって控えていたのだ。
石と煉瓦で固められた内部は狭く、悪臭が鼻をつく。膝下まで濡らしながら、二人は先を急いだ。
道中、メアリーはぶつぶつと悪態をつき続けている。薄暗い水路に、恨み節が尾を引いた。
「ほんと噓ばっかり! あそこなら安全だって言うから信じたのにっ! 焼き殺されそうになった上に、こんな所を歩かされるなんて……あのじいさん、絶対に許さないんだからっ!」
メアリーは、憤懣やるかたない様子だ。
「じいさん?」
その単語が、誰を指しているのか。アルヴィンは嫌な予感がして、訊き返した。
「もしかして、じいさんとは……ベラナ師、のことか?」
「師……? って、そんなに偉い人だったの!? だったら尚更、約束くらい守りなさいよっ。人をこんな目に遭わせておいて、何をしているの!」
懸念が当たって、アルヴィンは危うく躓きそうになる。
「……残念だが、ベラナ師は動くことができないんだ」
「動けない? それって、身体を悪くしたってこと?」
怒りに満ちあふれていた声が、急に気遣わしげなものに変わった。数瞬前まで罵詈雑言を並べ立てていたにも関わらず、その瞳は憂いを帯びる。
感情の変化が目まぐるしく、見ていて飽きない娘である。
……いや、感心している場合ではない。メアリーに確認しなくてはならないことがあったのだ。
「ベラナ師なら大丈夫だ。心配しなくてもいい」
アルヴィンは落ち着かせるように言うと、話を修正する。
「それよりも君を匿ったのは、ベラナ師で間違いないんだな?」
「そうよ。じいさんが助けてくれたのよ」
「──あの夜、何があったのか教えてくれないか?」
仮面舞踏会があった夜。彼女は、ベラナによって射殺されたはずだ。
あの時、本当は何があったのか──
問いかけに、彼女は思い詰めたような表情を浮かべた。
「メアリ-?」
「……わたしが、どれだけ酷いことをしたのか、教えられたわ」
メアリーは視線を落とし、言葉を絞り出す。
「わたしは、不死の魔女、だったのよね?」
「ああ」
「人を襲っている時のことって、夢の中にいるようで……ほとんど覚えていないの。でも、呪いのせいにして、なかったことにはできない。そうでしょ? 罪は罪。わたしは、たくさんの命を奪ってしまった」
彼女の声には、深い悔悟の響きがある。
「でもあの時、じいさんは言ったわ。償いをする機会はあるって」
「償い? ……どういうことだ?」
「わたしはね、スーキキョーの悪事を暴く、ショーニンなの!」
メアリーの声に、力がこもった。
ショーニン。
──証人、か。
ここにきてアルヴィンは、ようやくベラナの真意を理解した。
メアリーは聖都で密かに行われている、偉大なる試み──人の不死化、の被害者だ。枢機卿らを告発し証言をすれば、この状況を覆すことができるかもしれない。
静謐な聖都の奥底で、タールのように黒い粘性の陰謀がうごめいていることは、疑いようがないのだ。
「──射殺したように見せかけたのは、処刑人の目を欺くため、か」
考えを巡らせながら、アルヴィンは呟く。
彼女は、ベラナに罪を着せるための餌だった。役目を終えれば当然、処刑人らは処分しようと動くだろう。ベラナは死を偽装することで、彼女を守ったのだ。
あの夜、感情にまかせて食って掛かったことを、アルヴィンは恥じ入る。
そして老人は、彼女の身に危険が及ぶことを考え、保険を掛けた。
だから彼に、メモ紙を託した。
──何があったとしてもメアリーを守り、枢機卿らを告発せよ、と。
アルヴィンは心中で唸る。
老獪とも言えるベラナの手腕には、舌を巻く他ない。だが……そう上手く、事は運ぶまい。
枢機卿会は処刑人を擁し、教会内で絶対的な権力を握る。告発をもみ消し、なかったことにするなど、造作もないだろう。
唯一の頼みの綱である教皇は、眠りの呪いを受け、昏睡したままだ。
この不利に打ち勝つカードを、ベラナは、持ち合わせているのか──
不意に、月明かりが足元に差し込んだ。
ようやく出口に達したのだ。狭さと悪臭から解放されて、アルヴィンは息をつく。
だが安堵は、そう長くは続かなかった。直後、二人は急停止を余儀なくされる。
青白い月光の下、白い輪郭が浮かび上がった。
「待ちくたびれたぞ!」
下水は河原を流れ、川へとそそいでいる。
ごつごつとした石の転がるそこに、男は立っていた。仮面の下に、不吉な笑みが浮かぶ。
「投降しろ、背教者アルヴィン。そして不死の魔女メアリー!」
そこは、絶望へと繋がる出口であったらしい。
行く手に立ち塞がったのは、リベリオだ。
そして背後には、完全武装の処刑人が一列となって控えていたのだ。
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる