白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第三章 凶音の魔女

第35話 背教者と魔女

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 アルビオの地下に張り巡らされた下水路を、二人は身をかがめながら進む。
 石と煉瓦で固められた内部は狭く、悪臭が鼻をつく。膝下まで濡らしながら、二人は先を急いだ。
 道中、メアリーはぶつぶつと悪態をつき続けている。薄暗い水路に、恨み節が尾を引いた。

「ほんと噓ばっかり! あそこなら安全だって言うから信じたのにっ! 焼き殺されそうになった上に、こんな所を歩かされるなんて……あのじいさん、絶対に許さないんだからっ!」 

 メアリーは、憤懣やるかたない様子だ。

「じいさん?」

 その単語が、誰を指しているのか。アルヴィンは嫌な予感がして、訊き返した。

「もしかして、じいさんとは……ベラナ師、のことか?」
「師……? って、そんなに偉い人だったの!? だったら尚更、約束くらい守りなさいよっ。人をこんな目に遭わせておいて、何をしているの!」

 懸念が当たって、アルヴィンは危うく躓きそうになる。

「……残念だが、ベラナ師は動くことができないんだ」
「動けない? それって、身体を悪くしたってこと?」

 怒りに満ちあふれていた声が、急に気遣わしげなものに変わった。数瞬前まで罵詈雑言を並べ立てていたにも関わらず、その瞳は憂いを帯びる。
 感情の変化が目まぐるしく、見ていて飽きない娘である。  
 ……いや、感心している場合ではない。メアリーに確認しなくてはならないことがあったのだ。

「ベラナ師なら大丈夫だ。心配しなくてもいい」

 アルヴィンは落ち着かせるように言うと、話を修正する。

「それよりも君を匿ったのは、ベラナ師で間違いないんだな?」
「そうよ。じいさんが助けてくれたのよ」
「──あの夜、何があったのか教えてくれないか?」

 仮面舞踏会があった夜。彼女は、ベラナによって射殺されたはずだ。
 あの時、本当は何があったのか──
 問いかけに、彼女は思い詰めたような表情を浮かべた。

「メアリ-?」
「……わたしが、どれだけ酷いことをしたのか、教えられたわ」

 メアリーは視線を落とし、言葉を絞り出す。

「わたしは、不死の魔女、だったのよね?」
「ああ」
「人を襲っている時のことって、夢の中にいるようで……ほとんど覚えていないの。でも、呪いのせいにして、なかったことにはできない。そうでしょ? 罪は罪。わたしは、たくさんの命を奪ってしまった」

 彼女の声には、深い悔悟の響きがある。

「でもあの時、じいさんは言ったわ。償いをする機会はあるって」
「償い? ……どういうことだ?」
「わたしはね、スーキキョーの悪事を暴く、ショーニンなの!」

 メアリーの声に、力がこもった。
 ショーニン。

 ──証人、か。

 ここにきてアルヴィンは、ようやくベラナの真意を理解した。
 メアリーは聖都で密かに行われている、偉大なる試み──人の不死化、の被害者だ。枢機卿らを告発し証言をすれば、この状況を覆すことができるかもしれない。
 静謐な聖都の奥底で、タールのように黒い粘性の陰謀がうごめいていることは、疑いようがないのだ。

「──射殺したように見せかけたのは、処刑人の目を欺くため、か」

 考えを巡らせながら、アルヴィンは呟く。
 彼女は、ベラナに罪を着せるための餌だった。役目を終えれば当然、処刑人らは処分しようと動くだろう。ベラナは死を偽装することで、彼女を守ったのだ。
 あの夜、感情にまかせて食って掛かったことを、アルヴィンは恥じ入る。 

 そして老人は、彼女の身に危険が及ぶことを考え、保険を掛けた。
 だから彼に、メモ紙を託した。

 ──何があったとしてもメアリーを守り、枢機卿らを告発せよ、と。

 アルヴィンは心中で唸る。
 老獪とも言えるベラナの手腕には、舌を巻く他ない。だが……そう上手く、事は運ぶまい。
 枢機卿会は処刑人を擁し、教会内で絶対的な権力を握る。告発をもみ消し、なかったことにするなど、造作もないだろう。
 唯一の頼みの綱である教皇は、眠りの呪いを受け、昏睡したままだ。
 この不利に打ち勝つカードを、ベラナは、持ち合わせているのか── 

 不意に、月明かりが足元に差し込んだ。
 ようやく出口に達したのだ。狭さと悪臭から解放されて、アルヴィンは息をつく。
 だが安堵は、そう長くは続かなかった。直後、二人は急停止を余儀なくされる。
 青白い月光の下、白い輪郭が浮かび上がった。

「待ちくたびれたぞ!」

 下水は河原を流れ、川へとそそいでいる。
 ごつごつとした石の転がるそこに、男は立っていた。仮面の下に、不吉な笑みが浮かぶ。

「投降しろ、背教者アルヴィン。そして不死の魔女メアリー!」

 そこは、絶望へと繋がる出口であったらしい。
 行く手に立ち塞がったのは、リベリオだ。
 そして背後には、完全武装の処刑人が一列となって控えていたのだ。
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