白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第三章 凶音の魔女

第37話 地獄にいちばん近い場所 1

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「何をしている!? さっさと始末しろ!」

 リベリオのわめき声が、河原に響いた。
 長剣を失った処刑人達は、拳銃に手を伸ばす。
 だが、それを指を咥えて待ってやるほど、アリシアが甘いはずがない。瞬きをする間もなく、処刑人らは叩きのめされ、地に這った。

 仮面の外れた、その顔は── やはり、人形か。
 男らを無力化すると、アリシアはリベリオへ向けて猛然と駆け出した。

「アリシア先輩っ!」

 彼女は不死の魔女との戦いで負傷し、入院中の身だ。リベリオとの戦いは無謀である。
 追おうとしたアルヴィンを、エルシアが制止した。

「アルヴィン! 心配ないのです」
「先輩は、けが人ですよ!?」
「こんな元気すぎる患者は診たことがない、早く退院してくれと、お医者さまも呆れていたのです。それよりも── 」

 穏やかな声音とは裏腹に、エルシアの目が鋭く光る。

「探したのですよ? あなたが血相を変えて飛び出した直後に、粛正の命令が出されて」

 河原に倒れた、数体の人形を一瞥する。そして彼女の背後には……不安げに目を泳がせる、メアリーの姿があった。

「あとで、きっちり説明していただきますからね」
「はい……」 

 エルシアの口調は、有無を言わせないものだ。アルヴィンは、頷く他ない。

「図に乗るなっ!」

 リベリオの怒号が、夜の空気を震わせた。
 手には、黒光りする拳銃が握られていた。銃口を向け、引き金を絞る。だが── 猛進する、アリシアのスピードが勝った。
 射線がぶれ、発砲と同時に土煙が上がった。

 二発目の銃声は、起きない。
 肉薄したアリシアが、短剣を一閃させた。拳銃は、シリンダーの手前から、真っ二つに切断される。もはやスクラップとなったそれを、リベリオは舌打ちと共に投げ捨てた。

「良かろう。稽古をつけてやる!」

 この状況で余裕を失わないのは、流石は処刑人というべきか。経験してきた場数の違いを感じさせる。
 すかさずリベリオは長剣を抜いた。
 いや、遅い。
 電光石火のごとく、喉元に短剣が突きつけられたのだ。

「動くな、とは言わないわよ? 遠慮なく首を落としてやるから」

 アリシアの声には、容赦がない。
 冷たい刀身を押しつけられて、男は声を上ずらせる。

「お、俺に剣を向けて、どうなるか分かっているのかっ!? お前らも背教者だぞ!」 
「それは困るわね」

 うんざりとした表情で、アリシアは短剣を引いた。 
 リベリオは安堵と下劣さが混ざり合った笑みを浮かべ── 直後、凍り付いた。目から、星が飛び出た。
 短剣を引いたアリシアが、拳を握ると、顎下に強烈な一撃を見舞ったのだ。

「強者かなんだか知らないけど、なんでも思い通りになると思ったら大間違いよ!」

 その声は、もはやリベリオの耳には届かない。
 意識を失い、その場に崩れ落ちた。




 一連の戦いで、周囲に相当派手な騒音をまき散らしたことは、疑いようがない。
 だが不思議なことに、市警察が臨場することはなかった。
 リベリオがあらかじめ、手を回していたのだろう。そしてそれは、今のアルヴィンらにとっては、実に好都合だった。

「さて、こいつをどうするの?」

 アリシアは冷ややかに、哀れな捕虜を見下ろす。
 視線の先には、後ろ手に縛られた、リベリオの姿がある。
 仮面は外され、素顔が露わになっている。その顔は、怒りと恥辱に歪んでいた。
 どうやらこの男は、人間であったらしい。

 アルヴィンは膝を折ると、言葉を選びながら尋ねた。

「審問官リベリオ、あなたは人間なんですね。あの人形がなんなのか、説明をしていただけませんか?」
「こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」

 目を血走らせ、リベリオは独創性の欠片もない台詞を吐き捨てる。礼を尽くして尋ねたところで、答える気はさらさらなさそうだ。
 両目に屈辱の炎を燃え上がらせ、リベリオは双子を睨みつける。

「お前達も、ただではおかんからな! 覚悟しておけ!」
「あのね、自分の立場が分かってるの?」

 腕を組むと、アリシアは呆れ果てたように冷笑した。そして、これ見よがしに短剣を抜いて見せる。

「あなた、捕虜なの。質問に答えないなら拷問されるわけ。あなたこそ、覚悟はできてるんでしょうね?」
「とりあえず、片耳を削ぐのがいいと思いますの。人の話を訊かない耳なら、必要ないでしょう」
「それもそうね」

 それは演技なのだろうが……ことさら人の悪い笑みを、双子は浮かべる。
 リベリオは、顔を引きつらせながら叫んだ。

「よ、よせっ! 無抵抗の相手の耳を削ぐなんて、残酷だと思わないのかっ!?」

 これほど説得力に欠ける反論というのも珍しい。アルヴィンは呆れた。
 地下水牢で、クリスティーの耳を削ぐように強要したのは、この男自身ではないか。
 リベリオは恐怖に震え上がると、底の浅さをさらけ出した。

「そ、そうだ! お前達が優秀な審問官であることは分かった。大したものだ。処刑人になれるように、口添えしてやってもいいぞ! どうだ、人も金も、思うがままだ!」

 熱を帯びた勧誘は、だがその場にいた誰にも感銘を与えることはない。
 アルヴィンは軽く肩をすくめる。
 
「審問官リベリオ。生憎ですが、あなたと腐肉を漁るのはまっぴらです」
「ほんと、ベラベラとうるさい男ね」

 アリシアは嫌悪感を隠しもしない。無造作にリベリオの右耳を引っ張ると、切っ先を近づける。

「や、やめろっ!」 
「やめろ?」
「……やめてくださいっ! お願いします!」

 冷ややかな視線に射貫かれて、リベリオはみじめたらしく哀願した。
 
「だったら質問に答えなさい。あたしは気が長くて温厚だって評判だけど、今日はなぜか機嫌が悪いの。これ以上、忍耐力を試さないほうが身の為よ」

 リベリオは、アリシアを見上げて呻く。
 暴力のプロであるはずの男は、暴力の前に屈したのだった。
 

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