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第三章 凶音の魔女
第38話 地獄にいちばん近い場所 2
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「あの人形は、何なのです?」
可憐な外見の── そして内面は暴風雨のような双子によって、リベリオのプライドは粉々に打ち砕かれた。
哀れな捕虜となった男は、力なく答える。
「……す、枢機卿が造った、術式人形だ」
「術式?」
その言葉に柳眉を逆立てたのは、アリシアである。まるで詐欺師でも見るかのように、胡散臭げな視線を送る。
「それって要するに魔法、でしょ? おかしいじゃない。教会の指導部が、なぜ魔女の力を使うのよ」
「く、詳しくは知らんっ。本当だ!」
リベリオは激しく首を横に振る。
あの人形達が魔法……しかも、枢機卿が造ったという事実に、アルヴィンは驚きを隠せない。聖都を覆う闇は、想像以上に深いのかもしれない。
彼らが何者であるにせよ、一筋縄でいくような、生やさしい相手でないことだけは確かだ。
「メアリーが修道院に匿われていると分かったのは、なぜです?」
アルヴィンは質問を変えた。返答までに、瞬きをするほどの僅かな間があった。
「教皇派と修道会が、水面下で繋がっていることは分かっていた。上級審問官キーレイケラスが……修道士を拷問して、自白させたのだ」
リベリオの声には、不自然な抑揚が感じ取れた。つまり、噓だ。
審問官に噓は通用しない。アリシアは全てを見透かしたかのように問い詰める。
「さも自分は関係ないという口ぶりだけど、拷問したのはあなたなんじゃないの?」
「ち、違うっ!」
「そんな下手くそな噓で、よく審問官になれたものね。認めないなら、あたしにも考えがあるわよ?」
アリシアの整った口許に、不吉な笑みが宿った。それに気づいて、男は血相を変える。
「め、命令だったんだ! 仕方がないだろうがっ!?」
居直ったかのような物言いに、エルシアの声が氷点下まで冷え切った。
「命令されたから、自分には罪がないとでも言いたいのです? 命令だったら、何をしても許されるとでも?」
「お、俺が悪いとでも言うのかっ!?」
「あなたが悪いのよ」
アリシアは容赦なく斬って捨てる。
「審問官の端くれなら、止めるべきだったのよ。目の前にある悪を正すこともできずに、魔女を駆逐するだなんて、とんだお笑いぐさだわ」
「被害者面した加害者ほど、質の悪いものはないのです」
三十代の男が、少女二人に駄目出しされる姿は、どこか悲哀を感じさせる。
リベリオは双子に面詰され、顔を赤黒く染めた。
「あ、あいつを諫めることなど、できるはずがないだろう!? キーレイケラスの奴はイカレているっ! やらなければ、俺が殺されていたっ!」
上級審問官に対する畏怖は、相当のようだ。肩をふるわせながら、言葉を継ぐ。
「あいつを甘く見るな! アルヴィン、お前の父親の死だって── !」
リベリオはそこで、急に口をつぐんだ。感情にまかせ自身が口走った言葉に、狼狽えていた。
それは明らかに失言、だった。
「── 父の、死?」
アルヴィンの声に、雷鳴にも似た響きが伴った。
十年前、審問官だった父アーロンは、白き魔女と戦い殉教した。
父だけではない。後にサンペテログリフの惨劇と呼ばれる事件で、多くの審問官が命を落としたのだ。
そして白き魔女は、上級審問官ベラナにより駆逐され、事件は終結した。
それが、表向きの記録だ。
だが白き魔女は、大陸のどこかへ幽閉され、生きている。唯一老人だけが、その所在を知る。
審問官を目指し、ベラナに師事した理由は、幽閉場所を聞き出し、復讐を果たすために他ならない。
「父は、魔女と戦って殉教しました。その事件に……キーレイケラスが、関係していたのですか? どういうことなんです?」
「……」
「審問官リベリオ、答えてください」
動揺を隠すように、男は視線を逸らした。
「し、知らん! 俺は何も知らんっ!」
「そう、それなら仕方がないわね」
アリシアの語り口が、妙に優しいものに変わった。彼女は天使のような微笑みを浮かべ、短剣を閃かす。
「じゃあ、覚悟ができたのね。あたしは心が広いから、どちらの耳にするか特別に選ばせてあげるわ。さあ、右? 左? どっちにするの?」
サファイアのように美しい瞳には、なんの躊躇の色もない。少女と視線がぶつかって、リベリオの背中を冷たい汗が伝った。
「ま、待てっ! 話す!」
リベリオは、目を白黒させながら告白した。それは、予想だにしない内容だった。
これまでの認識を、根底から覆すものだったのだ。
「教皇派の審問官を、キーレイケラスが粛正したのだ! その罪を、白き魔女に押しつけた。それが、事件の真相だ!」
可憐な外見の── そして内面は暴風雨のような双子によって、リベリオのプライドは粉々に打ち砕かれた。
哀れな捕虜となった男は、力なく答える。
「……す、枢機卿が造った、術式人形だ」
「術式?」
その言葉に柳眉を逆立てたのは、アリシアである。まるで詐欺師でも見るかのように、胡散臭げな視線を送る。
「それって要するに魔法、でしょ? おかしいじゃない。教会の指導部が、なぜ魔女の力を使うのよ」
「く、詳しくは知らんっ。本当だ!」
リベリオは激しく首を横に振る。
あの人形達が魔法……しかも、枢機卿が造ったという事実に、アルヴィンは驚きを隠せない。聖都を覆う闇は、想像以上に深いのかもしれない。
彼らが何者であるにせよ、一筋縄でいくような、生やさしい相手でないことだけは確かだ。
「メアリーが修道院に匿われていると分かったのは、なぜです?」
アルヴィンは質問を変えた。返答までに、瞬きをするほどの僅かな間があった。
「教皇派と修道会が、水面下で繋がっていることは分かっていた。上級審問官キーレイケラスが……修道士を拷問して、自白させたのだ」
リベリオの声には、不自然な抑揚が感じ取れた。つまり、噓だ。
審問官に噓は通用しない。アリシアは全てを見透かしたかのように問い詰める。
「さも自分は関係ないという口ぶりだけど、拷問したのはあなたなんじゃないの?」
「ち、違うっ!」
「そんな下手くそな噓で、よく審問官になれたものね。認めないなら、あたしにも考えがあるわよ?」
アリシアの整った口許に、不吉な笑みが宿った。それに気づいて、男は血相を変える。
「め、命令だったんだ! 仕方がないだろうがっ!?」
居直ったかのような物言いに、エルシアの声が氷点下まで冷え切った。
「命令されたから、自分には罪がないとでも言いたいのです? 命令だったら、何をしても許されるとでも?」
「お、俺が悪いとでも言うのかっ!?」
「あなたが悪いのよ」
アリシアは容赦なく斬って捨てる。
「審問官の端くれなら、止めるべきだったのよ。目の前にある悪を正すこともできずに、魔女を駆逐するだなんて、とんだお笑いぐさだわ」
「被害者面した加害者ほど、質の悪いものはないのです」
三十代の男が、少女二人に駄目出しされる姿は、どこか悲哀を感じさせる。
リベリオは双子に面詰され、顔を赤黒く染めた。
「あ、あいつを諫めることなど、できるはずがないだろう!? キーレイケラスの奴はイカレているっ! やらなければ、俺が殺されていたっ!」
上級審問官に対する畏怖は、相当のようだ。肩をふるわせながら、言葉を継ぐ。
「あいつを甘く見るな! アルヴィン、お前の父親の死だって── !」
リベリオはそこで、急に口をつぐんだ。感情にまかせ自身が口走った言葉に、狼狽えていた。
それは明らかに失言、だった。
「── 父の、死?」
アルヴィンの声に、雷鳴にも似た響きが伴った。
十年前、審問官だった父アーロンは、白き魔女と戦い殉教した。
父だけではない。後にサンペテログリフの惨劇と呼ばれる事件で、多くの審問官が命を落としたのだ。
そして白き魔女は、上級審問官ベラナにより駆逐され、事件は終結した。
それが、表向きの記録だ。
だが白き魔女は、大陸のどこかへ幽閉され、生きている。唯一老人だけが、その所在を知る。
審問官を目指し、ベラナに師事した理由は、幽閉場所を聞き出し、復讐を果たすために他ならない。
「父は、魔女と戦って殉教しました。その事件に……キーレイケラスが、関係していたのですか? どういうことなんです?」
「……」
「審問官リベリオ、答えてください」
動揺を隠すように、男は視線を逸らした。
「し、知らん! 俺は何も知らんっ!」
「そう、それなら仕方がないわね」
アリシアの語り口が、妙に優しいものに変わった。彼女は天使のような微笑みを浮かべ、短剣を閃かす。
「じゃあ、覚悟ができたのね。あたしは心が広いから、どちらの耳にするか特別に選ばせてあげるわ。さあ、右? 左? どっちにするの?」
サファイアのように美しい瞳には、なんの躊躇の色もない。少女と視線がぶつかって、リベリオの背中を冷たい汗が伝った。
「ま、待てっ! 話す!」
リベリオは、目を白黒させながら告白した。それは、予想だにしない内容だった。
これまでの認識を、根底から覆すものだったのだ。
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