白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第三章 凶音の魔女

第39話 凶音の魔女は死す

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 アルヴィンは耳を疑った。
 我を忘れ、リベリオの胸ぐらを掴む。
 
「父を殺したのはキーレイケラスだって!? いい加減なことを言うなっ!」
「う、噓ではない! 本当だっ」

 リベリオは目をむきながら、身体をばたつかせる。 

「十年前、白き魔女を教皇派が幽閉するという……リ、リークがあったのだ! 奴は、不死に近づくための鍵だ。キーレイケラスが阻止するために急襲し……審問官同士の、殺し合いとなった」
「なんだって!?」

 アルヴィンの手に、力がこもる。首を締め上げられ、リベリオは酸欠に喘いだ。  

「……そして、審問官殺しの罪を、白き魔女に被らせた……! それが真相だっ……!」
「だったら、白き魔女は……」
「誰を殺してもいない。抵抗すらしていない」
「そんな!」 

 ずっと憎み続けてきた魔女が、仇ではなかった。
 雷に打たれたような衝撃が、アルヴィンに走った。

「だとしたら── 」

 同時にアルヴィンの胸に、深い後悔の念がこみ上げる。
 ── クリスティーもまた、無実、だったのだ。
 彼女を信じ切れず、一方的に取引の解消を宣言した自分の愚かさに、身体が震えた。

「アルヴィン、しっかりしなさい!」

 呆然とした様子のアルヴィンを、エルシアが叱咤した。 
 
「これで終わりではないのでしょう? 成すべきことを、よく考えるのです」
「……すみません、先輩」

 彼女の言う通りだ。
 過去の過ちを悔いる前に、やらなくてはならないことがある。 

「まずは、こいつをどうするかよね。処分、でいいのよね?」

 アリシアは、うずうずとした様子を隠そうともしない。期待に満ちた視線を、アルヴィンに送る。
 その意味を解して、リベリオは文字通り飛び上がった。

「お、俺は全部話したぞっ!? 助けてくれ、アルヴィン! 頼む、見捨てないでくれっ!」

 わめきながら、すがるような目をよこす。中年男の命乞いは、見苦しい限りだ。
 アルヴィンは、深く息を吸った。心を落ち着かせると、極力冷静に、語りかけた。

「審問官リベリオ。あなたの兄は、目的のために無実の人を殺すような、どうしようもないサディストでした」
「……」
「だけど、教会の未来を案じる気持ちは本物だったと信じたい。結果的に殉教させたことは、申し訳なかったと思っています。あなたは、これまでの行いを悔いて、やり直して欲しい。教会と訣別し、二度と関わらないと誓うのなら、解放しましょう」
「アルヴィン!!」

 双子が同時に抗議の声を上げた。
 リベリオは抜け目なく両眼をぎょろつかせた。頭の中で、目まぐるしく打算を働かせているに違いない。間髪を容れず、叫ぶ。

「分かった、誓う! 誓おう! これで── ……!!」
「いいでしょう」

 リベリオの口は、途中で蓋をされた。物理的に。アルヴィンが布の塊を、突っ込んだのである。 

「……!? ……っ……ろ!!」

 言葉にはならずとも、それは罵倒の類いだろう。 
 アルヴィンは丁重に無視すると、三人の元へと戻る。
 振り返ることはない。この不愉快な男と、もう会うこともない。
 迎えたアリシアは、呆れ顔だった。

「甘いのね! 情けをかけても、あいつは感謝も改心もしないわよ」
「分かっていますよ」

 彼女の言う通り、リベリオが人として最低の部類に入ることは疑いようがない。その場しのぎで立てられた誓いなど、どこまで守られるか怪しいものだ。

「一度だけです。もし次があったのなら、許す気はありません」

 アルヴィンは、重々しく断言する。 
 その決断は、クリスティーを信じることができなかった悔いと、ウルバノに手を下した後ろめたさが、影響したのだろう。甘いと言わればその通りで、反論はできない。
 だが……一度だけ、チャンスを与えるべきだと思ったのだ。

 土手を登り、夜更けの街を眺めやる。この時間帯、点灯している街灯はまばらで、行く手には深い闇が横たわっている。
 粛正命令が出された以上、このまま教会に戻ることはできない。双子は心強い味方だが……巻き込んでしまったことには罪悪感がある。
 そして依然として、この街を掌握するのは処刑人たちだ。

 だが── やられっぱなしは、もう終わりだ。 

「それで、これからどうするつもりなのです?」

 アルヴィンは顔を上げ、真っ直ぐに前を見た。 

「貧民街にいる、協力者を頼ります」
「その後は?」

 その声に迷いはない。アルヴィンは、力強く答えた。 

「決まっています。反撃ですよ」




 時刻は、とっくに夜半を過ぎているはずだ。
 はず、というのは、この特等室が地下にあり、外の様子を窺い知ることができないからだ。もちろん、時計などこの部屋にはない。

 何度か試してみたが、精神を集中しても魔法は霧散し、形を創らない。
 ── 修道士が四半世紀をかけて石を積んだ牢だ。
 昼間に対峙した、不快な男の声が甦る。この部屋は魔法の発動を制限する、それはあながち噓ではなかったらしい。

「── 参ったわね」

 クリスティーはゴツゴツとした石造りの天井を見上げ、呟いた。
 手足は木製の枷で拘束され、自由はない。水牢の水位はせいぜい踝程度であったが、一日冷水の中に置かれて、身体は冷え切っていた。体力は、確実に削られている。

 重い鉄扉が、錆び付いた音を立てながら開かれたのは、その時だ。

「凶音の魔女クリスティー。ようやく我が手におちたか」

 毒々しい悪意に満ちた声が、牢内に反響する。
 声の主は、上級審問官キーレイケラスだ。
 齢は六十くらいだろう。年齢に反して、その身のこなしには全く隙がない。 
 クリスティーは来訪者を、皮肉を込めた目で出迎えた。

「やっとお出ましね。手下と、手下の手下みたいな連中しか来なくて、退屈していたの。さっさと、自由にしていただけないかしらね」
「口の減らぬ奴だ。死が、怖くないのか?」
「私は母から譲歩を引き出すための人質なんでしょ? 殺されるはずがないもの」

 クリスティーは、平然とした顔で言い返す。その思い違いを笑うかのように、キーレイケラスは嘲弄した。

「聖都の老人たちは、そう考えているようだな」

 まるで他人事のように言うと、男は長剣を抜いた。隻眼から、強い殺意の粒子が噴き出した。

「だが不死など、私はどうでもいい。貴様は抵抗したから駆逐した。言い訳などいくらでも立つ」
「あの時、両目を潰してやればよかったわね」

 クリスティーの声音が、薄いカミソリの刃のように切れ味を増した。 

「一つ忠告をしてあげる。私に危害を加えることは、お薦めしないわよ。何かあったら、お節介な伯母達が黙っていないわ」
「── 原初の十三魔女、か」

 ランタンの光を、白刃が反射した。 

「!!」

 刹那クリスティーは、激痛に身体を痙攣させた。長剣が、腹部を刺し貫いていた。

「生憎だが、与太話に興味はない」

 無慈悲に言い放つと、剣を引き抜く。
 同時にクリスティーの身体が、崩れ落ちた。小さなしぶきが上がり、周りを赤黒く染めた。
 ダークブロンドの髪が、冷たい水に漂った。




(原初の魔女編につづく)





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