50 / 197
短編 幻のティタニアと暗黒のクリスマス・イヴ
第1話 姫君と従者
しおりを挟む
「また、会えなかったのっ!?」
食堂に、アリシアの悲鳴にも似た声が響いた。
その隣ではエルシアが、憎々しげにパンプキンパイをフォークでつつく。
「また、フェリックス様に会えなかったと言うのです?」
「……ま、まあそうですね」
アルヴィンは気まずそうに口ごもった。
皿の上で、パイは無惨に形を変えていた。ああなりたくはないものだ……アルヴィンは冷や汗をかきながら、双子から視線を逸らす。
昼時を迎えたオルガナの食堂は、学院生でごった返していた。慌ただしい喧噪に包まれ、空席を見出すのは難しい。
だが、アルヴィンと双子が座る十二人掛けの長テーブルには、きっちり九人分の空席があった。それにも関わらず……遠巻きにしたまま、誰も相席しようとはしない。
── 明らかに、避けられている。
無理はない、とアルヴィンは心の中でため息をつく。
双子は、オルガナの三年生に在籍しており、二年上の先輩だ。金髪碧眼で、ネモフィラの花のように可憐な容姿をしている。
ただし愛らしい二人の内面には……小型の台風が、一ダースは潜んでいた。
控えめに言って、彼女らはオルガナの暴君だと思う。アルヴィンのことだって、手足のついた芋程度にしか認識していないに違いない。
誰も相席したがらないのは、双子の武勇伝が学院内に響き渡っている、その証左なのだ。
「アルヴィン! また会えなかったなんて、どういうことなのっ!?」
アリシアがテーブルを叩き、皿とグラスが不協和音を奏でた。
「最善は尽くしていますよ」
「あと三日しかないのです。早くプロムにお誘いしないと、他の女に先を越されるのですっ!」
普段はおだやかなエルシアの口調にも、焦りの色がある。
プロムとは、プロムナードの略称だ。
一般的な意味としては散歩道、だが、オルガナでは特別な意味を持つ。
それは年に一度、クリスマス・イヴの夜に開催される、ダンスパーティーを指すのだ。
魔女を駆逐する術を学ぶ学院── 通称オルガナ。
普段は厳格な規則に支配される学院も、プロムの日だけは甘くなる。健全な男女はクリスマス・イヴが近づくと、異性のパートナー探しで浮つき出すのだ。
だがアルヴィンは、プロムに一ミリの興味も持ち合わせてはいなかった。
もちろん、パートナーもいない。探そうとも思わない。
黒髪で痩身だが、容姿は醜男というわけでは決してない。変声期前で、顔立ちにはあどけなさが残る。ショタ好きのお姉様方から、可愛い男の子だと黄色い声が上がるかもしれないが── いや、話が逸れた。
とにかくアルヴィンは、浮ついた行事にうつつを抜かすつもりなどなかった。頭の中には、日々の学業と試験のことしかない。
例え双子が、干し大根野郎、と陰口を叩いていたとしても……彼には口外できない、大事な目的があるのだ。
「そもそも、どうしてそんなにフェリックスにこだわるんです?」
「フェリックス、様! でしょっ!!」
うんざりしたようなアルヴィンの問いかけに、双子の声が綺麗にハモった。
「フェリックス様以外に、パートナーは考えられないのです!」
エルシアの声には、反論を許さない気迫がこもっている。
「ですが、お二人の美貌なら、パートナーなどいくらでも見つかるでしょう? あえて、フェリックス……様に、拘る必要なんてないのではないですか」
「だめよ! フェリックス様しか考えられないわっ!」
「そうなのです。ティタニアを狙うには、最高のパートナーが必要なのですっ!」
双子の双眸は、ハートマークになっている。
ティタニア……それは、おとぎ話に出てくる、妖精の女王の名だ。そしてプロムで、最も輝いた学院生に贈られる称号でもある。
ただし、ここ数年は該当者なしで、選出されていない。二年連続で称号を逃した双子は、なんとしても今年、ティタニアをつかみ取りたいのだろう。
「……素朴な疑問なんですが。そこまで熱い想いをお持ちなら、ご自身でお願いしてきたらいいのではないでしょうか?」
それはもっともな理屈だったが、途端、二人の表情が一変した。
「じ、じじじ自分でっ!? そんなこと、でで、できるわけがないでしょっ!」
意外すぎることに、二人は耳の先まで真っ赤にするとテーブルに突っ伏した。
── あの双子が、恥じらっている。
あり得ない光景を目の当たりにして、アルヴィンは愕然とした。
「とにかく、今日中に約束を取り付けていらっしゃい!」
顔を伏せたまま、アリシアが叫ぶ。
まったく理不尽極まりない命令だ。
自分はプロムに興味がないのに、なぜ双子のパートナー探しのために奔走しなくてはならないのか……
アルヴィンは深々とため息をついた。
これでは姫君と王子の恋を取り持つ、従者ではないか、と。
食堂に、アリシアの悲鳴にも似た声が響いた。
その隣ではエルシアが、憎々しげにパンプキンパイをフォークでつつく。
「また、フェリックス様に会えなかったと言うのです?」
「……ま、まあそうですね」
アルヴィンは気まずそうに口ごもった。
皿の上で、パイは無惨に形を変えていた。ああなりたくはないものだ……アルヴィンは冷や汗をかきながら、双子から視線を逸らす。
昼時を迎えたオルガナの食堂は、学院生でごった返していた。慌ただしい喧噪に包まれ、空席を見出すのは難しい。
だが、アルヴィンと双子が座る十二人掛けの長テーブルには、きっちり九人分の空席があった。それにも関わらず……遠巻きにしたまま、誰も相席しようとはしない。
── 明らかに、避けられている。
無理はない、とアルヴィンは心の中でため息をつく。
双子は、オルガナの三年生に在籍しており、二年上の先輩だ。金髪碧眼で、ネモフィラの花のように可憐な容姿をしている。
ただし愛らしい二人の内面には……小型の台風が、一ダースは潜んでいた。
控えめに言って、彼女らはオルガナの暴君だと思う。アルヴィンのことだって、手足のついた芋程度にしか認識していないに違いない。
誰も相席したがらないのは、双子の武勇伝が学院内に響き渡っている、その証左なのだ。
「アルヴィン! また会えなかったなんて、どういうことなのっ!?」
アリシアがテーブルを叩き、皿とグラスが不協和音を奏でた。
「最善は尽くしていますよ」
「あと三日しかないのです。早くプロムにお誘いしないと、他の女に先を越されるのですっ!」
普段はおだやかなエルシアの口調にも、焦りの色がある。
プロムとは、プロムナードの略称だ。
一般的な意味としては散歩道、だが、オルガナでは特別な意味を持つ。
それは年に一度、クリスマス・イヴの夜に開催される、ダンスパーティーを指すのだ。
魔女を駆逐する術を学ぶ学院── 通称オルガナ。
普段は厳格な規則に支配される学院も、プロムの日だけは甘くなる。健全な男女はクリスマス・イヴが近づくと、異性のパートナー探しで浮つき出すのだ。
だがアルヴィンは、プロムに一ミリの興味も持ち合わせてはいなかった。
もちろん、パートナーもいない。探そうとも思わない。
黒髪で痩身だが、容姿は醜男というわけでは決してない。変声期前で、顔立ちにはあどけなさが残る。ショタ好きのお姉様方から、可愛い男の子だと黄色い声が上がるかもしれないが── いや、話が逸れた。
とにかくアルヴィンは、浮ついた行事にうつつを抜かすつもりなどなかった。頭の中には、日々の学業と試験のことしかない。
例え双子が、干し大根野郎、と陰口を叩いていたとしても……彼には口外できない、大事な目的があるのだ。
「そもそも、どうしてそんなにフェリックスにこだわるんです?」
「フェリックス、様! でしょっ!!」
うんざりしたようなアルヴィンの問いかけに、双子の声が綺麗にハモった。
「フェリックス様以外に、パートナーは考えられないのです!」
エルシアの声には、反論を許さない気迫がこもっている。
「ですが、お二人の美貌なら、パートナーなどいくらでも見つかるでしょう? あえて、フェリックス……様に、拘る必要なんてないのではないですか」
「だめよ! フェリックス様しか考えられないわっ!」
「そうなのです。ティタニアを狙うには、最高のパートナーが必要なのですっ!」
双子の双眸は、ハートマークになっている。
ティタニア……それは、おとぎ話に出てくる、妖精の女王の名だ。そしてプロムで、最も輝いた学院生に贈られる称号でもある。
ただし、ここ数年は該当者なしで、選出されていない。二年連続で称号を逃した双子は、なんとしても今年、ティタニアをつかみ取りたいのだろう。
「……素朴な疑問なんですが。そこまで熱い想いをお持ちなら、ご自身でお願いしてきたらいいのではないでしょうか?」
それはもっともな理屈だったが、途端、二人の表情が一変した。
「じ、じじじ自分でっ!? そんなこと、でで、できるわけがないでしょっ!」
意外すぎることに、二人は耳の先まで真っ赤にするとテーブルに突っ伏した。
── あの双子が、恥じらっている。
あり得ない光景を目の当たりにして、アルヴィンは愕然とした。
「とにかく、今日中に約束を取り付けていらっしゃい!」
顔を伏せたまま、アリシアが叫ぶ。
まったく理不尽極まりない命令だ。
自分はプロムに興味がないのに、なぜ双子のパートナー探しのために奔走しなくてはならないのか……
アルヴィンは深々とため息をついた。
これでは姫君と王子の恋を取り持つ、従者ではないか、と。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる