白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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短編 幻のティタニアと暗黒のクリスマス・イヴ

第1話 姫君と従者

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「また、会えなかったのっ!?」

 食堂に、アリシアの悲鳴にも似た声が響いた。
 その隣ではエルシアが、憎々しげにパンプキンパイをフォークでつつく。

「また、フェリックス様に会えなかったと言うのです?」
「……ま、まあそうですね」

 アルヴィンは気まずそうに口ごもった。
 皿の上で、パイは無惨に形を変えていた。ああなりたくはないものだ……アルヴィンは冷や汗をかきながら、双子から視線を逸らす。

 昼時を迎えたオルガナの食堂は、学院生でごった返していた。慌ただしい喧噪に包まれ、空席を見出すのは難しい。
 だが、アルヴィンと双子が座る十二人掛けの長テーブルには、きっちり九人分の空席があった。それにも関わらず……遠巻きにしたまま、誰も相席しようとはしない。

 ── 明らかに、避けられている。

 無理はない、とアルヴィンは心の中でため息をつく。
 双子は、オルガナの三年生に在籍しており、二年上の先輩だ。金髪碧眼で、ネモフィラの花のように可憐な容姿をしている。
 ただし愛らしい二人の内面には……小型の台風が、一ダースは潜んでいた。

 控えめに言って、彼女らはオルガナの暴君だと思う。アルヴィンのことだって、手足のついた芋程度にしか認識していないに違いない。
 誰も相席したがらないのは、双子の武勇伝が学院内に響き渡っている、その証左なのだ。

「アルヴィン! また会えなかったなんて、どういうことなのっ!?」

 アリシアがテーブルを叩き、皿とグラスが不協和音を奏でた。

「最善は尽くしていますよ」
「あと三日しかないのです。早くプロムにお誘いしないと、他の女に先を越されるのですっ!」

 普段はおだやかなエルシアの口調にも、焦りの色がある。 
 プロムとは、プロムナードの略称だ。
 一般的な意味としては散歩道、だが、オルガナでは特別な意味を持つ。
 それは年に一度、クリスマス・イヴの夜に開催される、ダンスパーティーを指すのだ。

 魔女を駆逐する術を学ぶ学院── 通称オルガナ。
 普段は厳格な規則に支配される学院も、プロムの日だけは甘くなる。健全な男女はクリスマス・イヴが近づくと、異性のパートナー探しで浮つき出すのだ。

 だがアルヴィンは、プロムに一ミリの興味も持ち合わせてはいなかった。
 もちろん、パートナーもいない。探そうとも思わない。
 黒髪で痩身だが、容姿は醜男というわけでは決してない。変声期前で、顔立ちにはあどけなさが残る。ショタ好きのお姉様方から、可愛い男の子だと黄色い声が上がるかもしれないが── いや、話が逸れた。 

 とにかくアルヴィンは、浮ついた行事にうつつを抜かすつもりなどなかった。頭の中には、日々の学業と試験のことしかない。
 例え双子が、干し大根野郎、と陰口を叩いていたとしても……彼には口外できない、大事な目的があるのだ。

「そもそも、どうしてそんなにフェリックスにこだわるんです?」
「フェリックス、様! でしょっ!!」

 うんざりしたようなアルヴィンの問いかけに、双子の声が綺麗にハモった。

「フェリックス様以外に、パートナーは考えられないのです!」

 エルシアの声には、反論を許さない気迫がこもっている。

「ですが、お二人の美貌なら、パートナーなどいくらでも見つかるでしょう? あえて、フェリックス……様に、拘る必要なんてないのではないですか」
「だめよ! フェリックス様しか考えられないわっ!」
「そうなのです。ティタニアを狙うには、最高のパートナーが必要なのですっ!」

 双子の双眸は、ハートマークになっている。
 ティタニア……それは、おとぎ話に出てくる、妖精の女王の名だ。そしてプロムで、最も輝いた学院生に贈られる称号でもある。
 ただし、ここ数年は該当者なしで、選出されていない。二年連続で称号を逃した双子は、なんとしても今年、ティタニアをつかみ取りたいのだろう。

「……素朴な疑問なんですが。そこまで熱い想いをお持ちなら、ご自身でお願いしてきたらいいのではないでしょうか?」

 それはもっともな理屈だったが、途端、二人の表情が一変した。

「じ、じじじ自分でっ!? そんなこと、でで、できるわけがないでしょっ!」

 意外すぎることに、二人は耳の先まで真っ赤にするとテーブルに突っ伏した。
 ── あの双子が、恥じらっている。
 あり得ない光景を目の当たりにして、アルヴィンは愕然とした。

「とにかく、今日中に約束を取り付けていらっしゃい!」

 顔を伏せたまま、アリシアが叫ぶ。
 まったく理不尽極まりない命令だ。
 自分はプロムに興味がないのに、なぜ双子のパートナー探しのために奔走しなくてはならないのか……
 アルヴィンは深々とため息をついた。

 これでは姫君と王子の恋を取り持つ、従者ではないか、と。
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