白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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短編 幻のティタニアと暗黒のクリスマス・イヴ

第2話 恋のからさわぎ

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 五限の宗教史が終わると同時に、アルヴィンは教室を飛び出した。

 双子が熱烈な関心を寄せるお相手は、オルガナにおいてやや特殊な立場にある。そもそも、学院生ではないのだ。
 彼は外部から招聘された学者の、息子だ。

 オルガナの教官の大多数は、現役の審問官だ。ただし、専門性の高い課程に限っては、例外がある。
 古言語学を担当するフェリックスの母も、その一人だった。
 
 招聘された教官の家族は、学院生が立ち入れない職員寮に住んでいる。
 接触は、フェリックスが外部の学校に登下校をする、朝と夕方に限られた。つまり、この二十分間の休憩をおいて、他にチャンスはない。

 だが、運の悪いことに── 次の授業は、あのヴィクトル教官の審問術だ。
 接触し、約束をとり、二十分以内に戻る。それは、綱渡りに等しい計画である。

 アルヴィンは、可能な限りの早さで走る。
 考え抜いた最短経路を進み……廊下の角を曲がった直後、急停止を余儀なくされた。

「はっ!?」

 早々に計画が躓いたことを、アルヴィンは認めざるを得ない。
 目に飛び込んだのは、廊下を塞ぐ台車と、床一面に散らばった── カボチャ、だったのだ。

 この惨事をつくり出した張本人だろう、帽子を目深に被った老人が、ひとつひとつ拾い上げていた。その動作はゆったりとしていて、おおよそ急ぐ気配がない。
 厨房に食材を運び込む、近隣の農夫だろうか……
 周囲には、アルヴィンの他にも学院生の姿がある。だが、遠巻きにするばかりで、誰も手を貸そうとはしない。

 ── ここで時間を浪費することはできない。

 素早く、次善のルートを弾き出す。薄氷を踏むような計画だが……まだ、間に合う。
 どう行動すべきかは、明白だ。
 アルヴィンは、意を決した。
 
「手伝います!」

 猛然とカボチャを拾い、台車へと戻していく。
 自分のお人よし加減に、内心ため息をつかずにはいられない。だが……困っている老人を、放っておくこともできない。

「おお。これは殊勝な行いじゃな」

 助っ人の登場に、老人は相好を崩した。
 助けてもらっているのに、随分上から目線な態度である。自分がカボチャをぶちまけたクセに。それに、どこか農夫らしからぬ威厳のようなものを感じるが……
 いや、今は余計なことを考えている場合ではない。
 馬車馬のごとく、アルヴィンはカボチャを集める。
 最後の一つを台車に戻したとき、すでに休憩時間は半分以上が消えていた。

「終わりました!」
「結構。善行は、いつかわが身を救う。今日は良き日であったな?」

 てっきり礼を言われるかと思ったが、老人の反応は、どこまでも図々しいものだ。
 儂を助けることができて良かっただろう、と言わんばかりである。
 
「少年よ、名は?」
「アルヴィンです! それでは僕はこれで!」

 口早に別れを告げると、アルヴィンは駆け出した。
 緻密に組み上げたはずの計画は、破綻寸前だった。
 だが今は……とにかく、走るしかない。



 職員寮の前にようやく辿り着いた時、建物に入ろうとする少年の姿が目に入った。 
 アルヴィンはフェリックスの顔を知るわけではない。だが、整った顔立ちを見て、直感する。

「フェリックス!!」
「……キミは?」

 怪訝な声が、誰何の視線と共に返された。
 目の前に立つのは、銀髪の、紅顔の美少年だった。背丈は、同じくらいだろうか。翡翠を思わせる深い緑色の瞳に、どこか優艶な気配を漂わせている。
 双子のお眼鏡にかなうのも、納得できる容姿である。

「僕は、学院生の、アルヴィンだ!」

 肩で大きく息を切りながら、名乗る。
 時間は、あと五分もなかった。すぐにでも約束を取り付け、教室に戻らなくてはならない。
 アルヴィンは、焦りに焦った。

「三日後だ! プロムに行かないかっ!?」

 極限に達した焦燥感が、主語だの駆け引きだのを、一足飛びにさせた。 

「どうか頼む!!」
「……ボクを、馬鹿にしているのか?」

 フェリックスの反応は、刺々しい。
 それは当然だ。突然現れた見知らぬ男が、唐突にプロムに誘ってくる……どう控えめに見ても、不審者である。 

「他をあたってくれ」

 冷たく突き放すと、フェリックスは背を向ける。
 だが、頼みましたが駄目でした、では、あの双子が納得するはずがない。 
 アルヴィンは心の奥底から、思いを叫んだ。

「君じゃないと、駄目なんだ!!」

(双子に、酷い目にあわされるから)

 フェリックスが、ぴたりと足を止めた。肩越しに、僅かに振り返る。

「……なんだって?」
「君以外に、パートナーは考えられない!」

(と、双子が言っている)

 完全に振り返ると、まじまじとアルヴィンの顔を見た。瞳が、驚きで揺れていた。

「ボ……ボクじゃないと?」
「そうだ。頼む、プロムに来てくれ!」

 アルヴィンは必死に懇願した。彼の生死がかかっていた。
 あれだけ拒否的な態度だったフェリックスが、地面に視線を落とした。そして震える声で、聞き返す。

「……本当に、ボクで、いいのかい?」
「何度も言わせないでくれっ。君以外に考えられない!」

 熱でもあるのだろうか。フェリックスは、なぜかもじもじとしながら、頬を上気させた。

「……わかった」
「本当かっ!?」

 思わず跳び上がったアルヴィンに、小さく頷く。

「約束する。プロムに、行くよ」
「ありがとう、感謝する! ……あ、あと三日しかないんだ。くれぐれも、風邪は治しておいてくれよ!」
「風邪? ……あ、うん、気をつけるよ」

 時間がない。約束を取り付けたことに、安堵している暇はない。
 三日後に! と言い残すと、アルヴィンは校舎へと駆け戻る。
 フェリックスは夢心地のような、うっとりとした目で、その背中を見送った。 

 この時、アルヴィンは気づいていなかった。
 とんでもない誤解を、フェリックスに与えてしまったことを── 
 
 ちなみに審問術の授業は、見事に遅刻した。


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