白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
52 / 197
短編 幻のティタニアと暗黒のクリスマス・イヴ

第3話 美男子なのか美少女なのか

しおりを挟む
「プロムが近づくと、浮ついた連中が増えて困る」

 冬至の夕刻、教官室は薄暗い。
 だがこの部屋の主は、灯りをつける気はなさそうだった。椅子に深く腰掛け、神経質な双眸を光らせる。
 浮ついた連中、に振り回されているアルヴィンとしては、その考えに全面的に賛意を表したい。だが……その矛先が自分に向けられているとなると、話は変わってくる。

 プロムの誘いに手間取ったアルヴィンは、ヴィクトル教官の審問術に遅刻した。そして放課後、教官室に呼び出されたのだ。
 
「プロムは、学院長の道楽だ」

 ヴィクトルが、プロムを好ましく思っていないのは明らかだ。必然的に、アルヴィンに向けられる視線も厳しさを増す。

 オルガナの学院長、グラッドストーン元上級審問官は、独創的で型破りだと賞賛される人物だった。ありていにいえば、変わり者である。 
 珍しい物好きで、プロムの始まりにしても学院生時代の彼の発案であるとされる。
 いわば生みの親のような存在であり、双子が熱望してやまないティタニアを選ぶのも学院長である。

「……それで、遅刻の罰はデメリットなのでしょうか」

 話が脱線した。アルヴィンは、いい加減にしびれを切らして尋ねる。
 デメリット、とは素行不良の生徒に与えられる懲罰点だ。
 アルヴィンは、ヴィクトルから快く思われていない。いや、厨房のご婦人の一件以来、目の敵にされているとすらいえる。

 一体何ポイントを与えられるのか……アルヴィンは内心で戦々恐々とする。
 だがヴィクトルの返答は、全く予想外のものだった。

「たった三分間遅刻した学院生にデメリットを与えるなど、小生を鬼だとでも思っているのかね?」
「どういう意味でしょうか」 
「罰など与えぬということだ」

 その言葉を、アルヴィンは素直には受け取れない。ヴィクトルの口許に、不吉な笑みが浮かんだからである。

「ただし、次に何かやらかした時には学院を去って貰う。それで異存はないな?」

 異存なら大ありである。厳しすぎる。
 だが、アルヴィンはぐっと言葉を堪えた。 
 反論したところで、さらに質の悪い罰を科せられるのは明白だった。

「……わかりました」

 アルヴィンは唇を噛みしめた。 
 要は、過ちを犯さなければいいのだ。
 だがそれは……姿を変え、意外と早く彼に降りかかることとなるのだ。




 夜の帳が降りる頃、オルガナに煌びやかな花が咲いた。  
 それはイブニングドレスを着て着飾った、女子学院生たちだ。普段は厳格な規則の下に置かれた学院も、今夜だけは彩を豊かにする。
 彼女らをエスコートするのは、テイルコート姿の男子学院生である。 

 プロムナード当日。会場となる武道場は、華やかに飾り付けられていた。厨房のご婦人が腕によりをかけた、料理も運び込まれる。
 外部から楽団が招かれ、優雅なワルツの音色が響く。
 
 アルヴィンは憂鬱な足取りで会場へと向かっていた。彼もまた、テイルコートを着ている。
 もちろん、プロムに参加するためではない。パートナーもいないのに、なぜこんな浮かれた格好をしなくてはいけないのか──  
 原因はもちろん、双子だ。
 フェリックスとは、会場の前で待ち合わせる約束だった。三人の顔合わせに立ち会うようにと、厳命されていたのだ。
 くれぐれも失礼のないように、正装で来るように、と。

「アルヴィンっ!!」

 会場に着いたアルヴィンの至近に、雷が落ちた。そう錯覚させるほどの怒声が、びりびりと空気を震わせた。
 眉根をつり上げ、腕を組んで立つのはアリシアである。
 アルヴィンは天を仰いだ。
 これは、嫌な予感しかしない── 

 双子は金髪を、シニヨンにまとめていた。左耳の辺りを、花と小枝をモチーフにした、銀細工のヘッドドレスで飾っている。
 アリシアはラベンダー色の、エルシアは淡いピンク色のイブニングドレス姿だ。肩にはショールをかけていて、普段よりも少し大人びた、上品な雰囲気である。 

 大人びた、上品な雰囲気。……それを怒りが、全て台無しにしていた。
 火の粉が降りかかると分かっていても、アルヴィンは尋ねざるをえない。

「ど、どうされたのですか?」
「フェリックス様が、まだ来ていないのです!!」

 エルシアが悲鳴を上げ、アリシアが疑いの眼差しを向ける。

「あなた、本当にプロムの約束したのでしょうね!?」
「も、勿論です!」

 約束はした。それは、間違いない。
 プロムに行くと、フェリックスは言ったはずだ。

「アルヴィン、フェリックス様を呼んでいらっしゃい!」
「僕が行くんですか……?」
「他に誰がいるのっ!?」

 下手な反論は生命に関わる。生存本能が、アルヴィンに速やかな行動を決意させた。
 回れ右をすると、職員寮へと駆け出す。

 走りながら、頭の中に疑問が渦巻いた。
 フェリックスは、理由なく約束を破るような人間には見えなかった。
 何があったというのだろう。別れ際、風邪っぽかった気はするが── 

 道すがら、会場へと向かう数人とすれ違う。
 と、何の前触れもなく、アルヴィンの足がもつれた。すれ違った一人が、突然腕に抱き着いてきたのだ。

「なにを── !?」
「ごめん! 迎えにきてくれたの!?」

 アルヴィンの抗議は、途中で遮られた。
 それは、目の覚めるような美少女だった。思わず、息を呑む。
 少女はレースの花モチーフをあしらった、空色のイブニングドレスを着ている。顔立ちは双子より少し幼く、まるで絵本の中の妖精が飛び出してきたかのようだ。

「えーっと……」

 アルヴィンは、少女をじっと見た。
 背丈は、同じくらいだ。艶やかな銀髪が腰の辺りまで伸び、くるりとした大きな瞳は、翡翠のような神秘的な色をたたえている。
 神に誓って……こんな知り合いは、いない。

「── 君は誰だ?」
「ボクだよ!」

 少女は気色ばむが、知らないものは知らない。
 ……いや、違う。
 その声は、どこか聞き覚えがあった。それも、つい最近だ。
 銀髪と、深い緑色の瞳──  

「ま、まさか……」

 符号が一致して、アルヴィンは驚愕を顔に貼りつかせた。声を震わせて問う。

「まさか……フェリックス、なのかっ!?」
「そうだよ! アルヴィン、迎えに来てくれてありがとう!」

 彼女は、花が咲いたような微笑みを浮かべる。
 目の前にいるのは、どこから見ても完璧な美少女だった。瞬時にアルヴィンは、自分がとんでもない勘違いをしていたことを悟った。

 美少年だと思っていたフェリックスは……実は、ボーイッシュな女子、だったのだ。
 女子のパートナーに、女子を誘ってしまった……。その原因は、双子の誤解にある。
 だが、声をかけた者として、責任を感じずにはいられない。
 アルヴィンは深々と頭を下げると、詫びた。

「すまない、君は……その、女子、だったんだな。勘違いをしていた、許して欲しい」
「いや、ボクは男だけど」
「うおおおおおいっ!?」

 アルヴィンの絶叫が木霊する。

「本当なのかっ!?」 
「そうだよ」

 しれっと答えるフェリックスに、二の句が継げない。口をパクパクさせ、一拍遅れて声が出た。

「なぜドレスを着ている!?」
「キミと踊ろうと思って」
「僕も男だぞ!」
「知ってるよ。でも、プロムに誘ったのはキミだろ?」
「違うっ! いや……そうだがっ!?」

 地面に突っ伏し、アルヴィンは頭を掻きむしった。学年首席の明晰な頭脳は、混乱の極みにあった。
 そして、はたと気づく。
 問題の原因は、双子にあるのではない。
 三日前、”誰と”踊るか伝え忘れたのは、アルヴィン自身だ。

 これを、どう双子に説明すればいいのか……頭を抱える他ない。
 暗黒のクリスマス・イヴは、幕が開いたばかりである。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...