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短編 幻のティタニアと暗黒のクリスマス・イヴ
第4話 試練はつづくよどこまでも
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フェリックスはアルヴィンの側にしゃがむと、背中を優しく撫でた。
「キミが誘ってくれて、嬉しかったよ。ボクはさ、ボクトツだけど、心に熱い情熱を秘めた人がタイプなんだ」
「タイプって……ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
アルヴィンは慌てて顔を上げる。
その恋心は、困る。とても困る。
傷口が深くなる前に、速やかに誤解を解かなくてはならない。
「君を誘ったのは、僕と踊るためじゃない! アリシア先輩と、エルシア先輩と踊ってもらうためだ!」
「先輩って?」
「アルヴィンっ! 何をしているのっ!!?」
まるで地獄の底から吹き上がったかのような怒号が、会話を中断させた。
振り返った先に、件の先輩方が、鬼神のごとき形相をして仁王立ちしていた。しびれを切らして、追ってきたのだろう。
双子は怒りに震えていた。それは、当然のことだ。
フェリックスを迎えに行ったはずのアルヴィンが──こともあろうに、美少女と逢い引きしていたのだから。
……少なくとも、事情を知らぬ者からは、そう見える。
アルヴィンは、死を覚悟した。
窮地を救ったのは、意外にもフェリックスだ。
彼は立ち上がると、双子の前に進み出たのだ。
「アリシア様と、エルシア様?」
「な、何よっ! あなたは!?」
「わたし、フェリックスの妹です。兄は用事で遅れるので、お二人に少し待っていて欲しいと申しておりましたわ」
「フ、フェリックス様の、妹様っ!?」
途端、掌を返したように双子の態度が一変した。
「お二人と踊れるのは、とても光栄だと。わたしも、嬉しく思っています」
「う、嬉しいだなんてっ!? 流石はフェリックス様の妹様だわ!」
アルヴィンは、フェリックスの話術に舌を巻いた。
この短いやりとりで、状況を一変させてしまったのだ。
「それでは、わたしはこの方をお借りしますので。ごきげんよう~」
フェリックスはアルヴィンと腕を組むと、会場へと歩き始めた。
気持ちが舞い上がった双子は、止めもしない。
「お、おい! これは──」
「これでいいんだよね?」
腕を振りほどこうとしたアルヴィンの耳元で、フェリックスは囁く。
「事情はだいたい理解したから。あの双子と踊ってあげてもいいよ」
「ほ、本当か!?」
「ただし、キミがボクと踊ってくれるのならね」
それは悪魔の誘惑と言う他ない。
アルヴィンは、命とプライドを天秤にかけ……誘惑に、屈した。
「……わかった」
「本当にっ!?」
「ただし! 踊るのは先輩達が、先だ! それは絶対に譲れない!!」
アルヴィンの顔には、苦悩の色がありありと浮かんでいる。
拗ねたように、フェリックスは口の先を尖らせた。
「せっかくおめかしをして来たのに。キミは女の子の扱いが酷いなあ」
「男なんだろうっ!?」
フェリックスに引っ張られるようにして、会場へ入る。
この時アルヴィンは、迂闊にも気づいていなかった。
二人に、厳しい視線を注ぐ人物に。
向かった先は、プロムの会場ではない。武道場の奥にある……男子トイレ、だ。
狭い個室の中で、アルヴィンは語気を強くした。
「……どうして、こんな所にくるんだ!?」
「だって、この格好で彼女らと踊るわけにはいなかいだろ」
フェリックスはしれっとした顔で、ドレスの裾をひらひらとさせる。
「それに、テイルコートなんて持っていないしね。キミのを貸してよ」
返事を待たずに、フェリックスはドレスを脱ぎ始めた。露わになった白い肌に、アルヴィンは顔を赤くした。
確かに、男──ではあるようだ。
だが密室で、なぜか目のやり場に困る。
明後日の方向を見ながら、はたとある問題に気づいた。
「服を貸したら、僕は何を着ればいいんだ?」
「ここに隠れていてたらいいよ。一時間もかからないから」
ウイッグを外しながら、フェリックスはさらりと言ってのける。
クリスマス・イヴの夜に、下着姿でトイレに隠れる……。それは、最低から数えて三番目くらいに素敵な聖夜に違いない。
だが他に、選択の余地はない。
深いため息とともに、ジャケットを脱ぐ。それを手渡そうとして……表情を凍り付かせた。
トイレの扉が、激しく叩かれたのだ。
「アルヴィン! ここを開けろ!」
その声に、心臓が口から飛び出しそうになる。
「小生の授業を遅刻したばかりか、女子をトイレに連れ込むなど、言語道断だ! すぐに出てこいっ!」
二人は顔を見合わせた。
扉を叩く声の主は──ヴィクトル教官、だったのだ。
「キミが誘ってくれて、嬉しかったよ。ボクはさ、ボクトツだけど、心に熱い情熱を秘めた人がタイプなんだ」
「タイプって……ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
アルヴィンは慌てて顔を上げる。
その恋心は、困る。とても困る。
傷口が深くなる前に、速やかに誤解を解かなくてはならない。
「君を誘ったのは、僕と踊るためじゃない! アリシア先輩と、エルシア先輩と踊ってもらうためだ!」
「先輩って?」
「アルヴィンっ! 何をしているのっ!!?」
まるで地獄の底から吹き上がったかのような怒号が、会話を中断させた。
振り返った先に、件の先輩方が、鬼神のごとき形相をして仁王立ちしていた。しびれを切らして、追ってきたのだろう。
双子は怒りに震えていた。それは、当然のことだ。
フェリックスを迎えに行ったはずのアルヴィンが──こともあろうに、美少女と逢い引きしていたのだから。
……少なくとも、事情を知らぬ者からは、そう見える。
アルヴィンは、死を覚悟した。
窮地を救ったのは、意外にもフェリックスだ。
彼は立ち上がると、双子の前に進み出たのだ。
「アリシア様と、エルシア様?」
「な、何よっ! あなたは!?」
「わたし、フェリックスの妹です。兄は用事で遅れるので、お二人に少し待っていて欲しいと申しておりましたわ」
「フ、フェリックス様の、妹様っ!?」
途端、掌を返したように双子の態度が一変した。
「お二人と踊れるのは、とても光栄だと。わたしも、嬉しく思っています」
「う、嬉しいだなんてっ!? 流石はフェリックス様の妹様だわ!」
アルヴィンは、フェリックスの話術に舌を巻いた。
この短いやりとりで、状況を一変させてしまったのだ。
「それでは、わたしはこの方をお借りしますので。ごきげんよう~」
フェリックスはアルヴィンと腕を組むと、会場へと歩き始めた。
気持ちが舞い上がった双子は、止めもしない。
「お、おい! これは──」
「これでいいんだよね?」
腕を振りほどこうとしたアルヴィンの耳元で、フェリックスは囁く。
「事情はだいたい理解したから。あの双子と踊ってあげてもいいよ」
「ほ、本当か!?」
「ただし、キミがボクと踊ってくれるのならね」
それは悪魔の誘惑と言う他ない。
アルヴィンは、命とプライドを天秤にかけ……誘惑に、屈した。
「……わかった」
「本当にっ!?」
「ただし! 踊るのは先輩達が、先だ! それは絶対に譲れない!!」
アルヴィンの顔には、苦悩の色がありありと浮かんでいる。
拗ねたように、フェリックスは口の先を尖らせた。
「せっかくおめかしをして来たのに。キミは女の子の扱いが酷いなあ」
「男なんだろうっ!?」
フェリックスに引っ張られるようにして、会場へ入る。
この時アルヴィンは、迂闊にも気づいていなかった。
二人に、厳しい視線を注ぐ人物に。
向かった先は、プロムの会場ではない。武道場の奥にある……男子トイレ、だ。
狭い個室の中で、アルヴィンは語気を強くした。
「……どうして、こんな所にくるんだ!?」
「だって、この格好で彼女らと踊るわけにはいなかいだろ」
フェリックスはしれっとした顔で、ドレスの裾をひらひらとさせる。
「それに、テイルコートなんて持っていないしね。キミのを貸してよ」
返事を待たずに、フェリックスはドレスを脱ぎ始めた。露わになった白い肌に、アルヴィンは顔を赤くした。
確かに、男──ではあるようだ。
だが密室で、なぜか目のやり場に困る。
明後日の方向を見ながら、はたとある問題に気づいた。
「服を貸したら、僕は何を着ればいいんだ?」
「ここに隠れていてたらいいよ。一時間もかからないから」
ウイッグを外しながら、フェリックスはさらりと言ってのける。
クリスマス・イヴの夜に、下着姿でトイレに隠れる……。それは、最低から数えて三番目くらいに素敵な聖夜に違いない。
だが他に、選択の余地はない。
深いため息とともに、ジャケットを脱ぐ。それを手渡そうとして……表情を凍り付かせた。
トイレの扉が、激しく叩かれたのだ。
「アルヴィン! ここを開けろ!」
その声に、心臓が口から飛び出しそうになる。
「小生の授業を遅刻したばかりか、女子をトイレに連れ込むなど、言語道断だ! すぐに出てこいっ!」
二人は顔を見合わせた。
扉を叩く声の主は──ヴィクトル教官、だったのだ。
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