白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
59 / 197
第四章 原初の魔女

第43話 招かれざる訪問者

しおりを挟む
 窓に打ちつける雨が、強さを増した。
 アルビオの教会は、大陸有数の美しさと荘厳さを誇る。
 その三階にある自室で、ベラナは窓越しに街を眺めやっていた。深夜にも関わらず、祭服姿だ。

 雨は強風を伴い、まるで嵐のようだ。
 闇に包まれたアルビオの街に、青白い稲光が走った。一瞬照らされた暗闇の奥底に何かを見出し、ベラナは目を見開いた。 

「……馬鹿な真似をしたな」

 苦々しげに、そう呟く。
 背後で気配が動いたのは、その時だ。

「人の部屋に入るときは、ノックをしろと教わらなかったかね」

 ベラナは背を向けたまま、招かれざる客達に刺々しい声を投げつけた。
 背後には、数人の処刑人の姿がある。薄暗闇の中に浮かぶ白い仮面は、不気味さを際立たせた。

「──背教者ベラナだな?」

 リーダー格の男が、蔑みを込めて誰何する。
 聞かずとも分かることを、ことさら確認する辺り、自身の優位さを誇示したいのか。それとも──道理の分からぬ、人形だからか。
 沈黙したままのベラナに、男は苛立ち、声を荒げた。

「なぜ答えん!?」
「礼儀知らずに使う礼節など、持ち合わせておらぬものでな」

 処刑人らを一瞥すると、ベラナは舌鋒を鋭くする。

「私が背教者だと言うのなら、君らは何者かね? 神の使いを気取る前に、その暑苦しい仮面を取ったらどうかね」

 手厳しい指摘に、処刑人は怒気をみなぎらせた。

「減らず口はそれくらいにしておけ。背教者ベラナ、これより審問を行う。大聖堂までご同行願おうか」
「審問? こんな夜更けにかね」
「いかにも」

 男は毒気に満ちた目を光らせる。

「感謝することだ。上級審問官キーレイケラスは、白き魔女の秘匿場所を話せば、貴様の名誉を回復すると仰せだ」
「名誉、か。それはありがたいことだ」

 言葉とは裏腹に、ベラナの返事はどこまでも気のないものだ。

「それで、行かないと言ったら?」
「力づくでも」

 声と共に、大柄な処刑人が進み出た。
 ベラナの腕を、無造作に掴む。 
 相手は、武器を持たぬ老人だ。容易く圧倒できる。次の瞬間には無様にはいつくばり、床を舐めている。
 ──処刑人が、だ。
 腕に触れた刹那、まるで赤子の手を捻るかのように、ベラナは体格差のある男を組み伏せたのである。

「貴様っ!!」

 男は身体を起こすと、屈辱に顔を歪ませ飛びかかった。 
 迎え撃つベラナは冷静で、動きには一切の無駄がない。   
 処刑人の放った拳を軽くいなすと、顎下に痛烈な掌底を放つ。男は濁音を発しながら崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。

「その程度の技量で、よく処刑人を名乗れたものだ」

 冷ややかに見下ろすベラナの手には、奪い取った剣がある。
 リーダー格の男が、ドスの利いた声を響かせた。

「奴を拘束しろ! 手足の一本や二本、無くなっても構わんぞ!」

 殺気と共に、四本の長剣が抜き放たれた。部屋に差し込んだ雷光が凶刃に反射し、不吉な彩りを添える。
 処刑人らが、一斉に斬りかかった。
 老獪、というべきだろう。老人は壁を背にすると、四人が同時に斬撃を放つ隙を与えない。

 正面の処刑人が最初の一撃を放ったと同時に、床に首が転がった。
 それは──人形、のものだ。
 鋭い刃音が一閃し、二つ目の首が飛ぶ。

 老人を侮りすぎていたことを、処刑人らは認めざるを得ない。当然だ。相手は、四十年もの長きに渡って魔女を駆逐し続けた、練達の審問官なのだ。 
 四人目が倒されるに至って、リーダー格の男は顔を神経質に引きつらせた。背後に控えた二人に叫ぶ。

「何をしている!? お前達も行けっ!」
「……だ、そうですけど?」
「嫌よ! 身の程知らずの仲間入りは」
「何の話をしているっ!?」  

 後ればせながら、男は違和感に気づいた。
 処刑人にしては、二人は小柄すぎた。それに女の処刑人は、いなかったはずだ……。

「お前達、何者――」

 男はその場で凍り付いた。
 喉元に、冷たい刃が突きつけられていた。

「……一人で片付けてしまわれて。わたしたちの出番はありませんでしたわね」

 呆れたように言いながら、仮面を外したのはエルシアだ。
 双子は処刑人の装備を着込んでいた。それらは、河原で戦った処刑人から失敬したものである。
 ベラナは長剣を床に投げ捨てると、双子を見やった。

「状況は?」
「教会は、キーレイケラスと処刑人らが掌握しています。アルヴィンはクリスティー医師の解放に向かいましたわ。脱出後に、貧民街で合流する予定なのです」

 報告しながら、エルシアは封書をベラナに差し出した。それは、あの胡散臭い枢機卿から託されたものだ。 
 封を開き、書面に素早く目を通す老人に、彼女は気遣わしげな視線を向ける。

「……あの枢機卿、信用しても?」
「奴は打算でしか動かぬ」

 書面から目を離さないまま、ベラナは皮肉げに評した。

「故に行動を読みやすい。我らに勝ち目があるうちは、寝首をかかれる心配はない。さて、審問官アリシア」
「なにか?」
「予定は変更だ。キーレイケラスの招待に、応じるとしよう。それから、審問官エルシアは市警察へ」
「市警察……なぜなのです?」

 怪訝な顔で問うエルシアに、ベラナは雨と風が荒れ狂う、窓の外を指さした。

「事態が破局を迎える前に、市民を避難させる必要がある」
「……破局?」

 ベラナの顔に深刻な、そして焦りの色がちらついた。 

「これは、ただの嵐ではない」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...