白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
58 / 197
第四章 原初の魔女

第42話 聖都からの使者 2

しおりを挟む
「……宿願、とはどういう意味ですか」

 雨が、客車の屋根を打つ音が響く。
 男は歯をむき出すと、貪欲な目を光らせた。

「俺の出自は、スパダ家だ」

 その家名を耳にして、アルヴィンは身じろぎした。若すぎる枢機卿の正体に……よくやく、合点がいく。

「我が家から教皇を輩出することこそが、高祖父の代からの宿願なのだ」

 そう言うと、男はウシガエルのように座席にふんぞり返る。その態度は、高慢そのものだ。
 ──スパダ家とは、大陸屈指の銀行家である。
 そして、聖職者の叙階を金で買う、悪名高い一族としても知られていた。

「つまりお金の力で、異例の大出世をなさったわけね。それで、あなたが教皇になることと、あたしたちに手を貸すこと、どんな関係があるのよ」
 
 嫌悪感を隠さないアリシアに、男は鼻を鳴らす。

「もし、枢機卿連中が不死者となったらどうなる? そして、次の教皇に選出されたら? もはや我が家の目的は、永遠に達成できなくなるではないか」
「……理由は、それだけですか?」
「いけ好かん連中の、邪魔立ては愉しい。まあ、それもあるな」

 そう言うと、男は人の悪い笑みを浮かべる。
 アルヴィンは黙考した。ウルベルトが手を貸すのは、利害が一致したからに過ぎない。信用に値する仲間だとは、とても言えない。
 不利と判断した途端、寝首をかかれる危うさがある。

「残念ですが──」
「わたしは行くわ」

 凜然とした声が、アルヴィンの言葉を遮った。発したのは他でもない、赤毛の少女である。
 アルヴィンは面くらい、首を横に振った。

「メアリー! 僕は反対だ、危険すぎる」
「あのね、前にも話したでしょ? これは、わたしにとって償いなの」

 アルヴィンとは対照的に、少女の声音は静かで、落ち着いたものだった。

「わたしは聖都に行って、ショーニンにならないといけない。この先どんな危険があるかは分からないけど……少なくとも、じいさんが見込んだ相手なら、信用してもいいと思う」
「だが……」
「お願い」

 メアリーの双眸には、強い意志が宿っていた。反駁しようとして、アルヴィンは言葉に詰まった。
 彼女をこの男に託す、それは不本意極まりない選択だ。だが、メアリーの意思は固い……

「気は変わらないのか?」
「うん、そうね……ごめんなさい」

 アルヴィンは深いため息をつくと、声を絞り出した。

「……分かった」
「ありがとう!」
「懸命な判断だな」

 パチパチと、乾いた拍手が二人の会話に割って入った。軽薄な笑みを浮かべ、肉厚の手を鳴らすのはウルベルトだ。

「そうと決まれば長居は無用だ。おい! そこの」

 そこの、とはアルヴィンを指すのだろう。
 男は祭服から何かを取り出すと、突きつけた。それは、一通の封書である。

「ベラナに渡せ。必ずだ」

 受け取った封書を、アルヴィンはまじまじと見下ろした。裏返し、赤い封蝋に押された紋章を目にして──顔色を変える。 

「……これは!?」
「奴から頼まれたものだ。今回ばかりは、流石に骨が折れた。美味い酒を奢れと伝えておけ」

 そこまで言うと、ウルベルトは厄介払いでもするかのように、手をひらひらと振る。話はここまで、ということなのだろう。
 双子が先に客車から降りる。
 アルヴィンは、メアリーを見やった。

 聖都へ発つ、つまりそれは──別れの時、だ。
 短い間だったが、彼女とは色々なことがありすぎた。
 初めに不死魔女として対峙し、呪いを解き、一度は死んだものとすら思った。炎上する修道院で再会した後は、息もつかせないような危機の連続だった。

 死地を共にくぐり抜けた仲間……そんな軽い言葉では、とても表現できない。
 アルヴィンは、名残おしさのような、熱い感情が湧き上がるのを感じた。  

「……メアリー、聖都まで気をつけて」

 だが口から出たのは、ただただ陳腐な挨拶だった。気の利いた言葉一つ、思い浮かばない。
 赤毛の少女は俯いたまま、一言も発しなかった。普段のあっけらかんとした明るさが、影を潜めていた。
 アルヴィンは戸惑った。こんな時どう振る舞えば良いのか……そんなこと、学院では教わらなかった。

 それじゃあ、と告げ、地面を踏む。
 足取りの重たさは、泥濘のせいだけではない。

 その時、ふいに腕を引かれた。
 振り返り──途端、アルヴィンは棒きれのように硬直した。
 メアリーが、彼の上半身に抱きついたのだ。そして頬に、柔らかい唇が触れた……ような気がする。 

「ありがとう、アルヴィン!」

 それは、ほんの一瞬の出来事だったのだろう。
 ……何が起きたのか理解し目を見開いた時、既に少女の姿はない。御者が鞭を振るい、馬車は雨の中を走り出した。
 残されたのは、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くす、アルヴィンである。

「意外と隅におけない男なのですね」

 呆然としたままのアルヴィンの肩を、アリシアが強く叩く。

「あたしたちも行くわよっ!」

 どこに、とは流石に聞き返しはしなかった。向かうべき場所は、一つしかない。
 アリシアは、高らかと宣言したのだった。

「さあ、アルビオの伏魔殿に乗り込もうじゃないの!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...