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第四章 原初の魔女
第45話 生と死の境界で 2
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「クリスティー!」
弾かれるようにして、少女は幼さの残る顔を上げた。
そこは見覚えのある部屋だった。聖都の隠れ家にある、子供部屋だ。
状況がうまく呑み込めず、ぼんやりとした頭で周囲を見回す。
目の前に、母が立っている。
絹糸のように艶やかな白髪は……だが今は、赤く染め上げられていた。
慣れ親しんだ家を焦がす、炎によって。
毛嫌いしていた魔道書も、宝物だった人形も、無慈悲な紅蓮の舌に、チロチロとなぶられている。
松明を手にした仮面の男達が屋敷を取り囲んでいた。逃げ場は、ない。
──これは、過去の記憶だ。
少女は、はたと気づいた。
自分は今……あの日の、記憶の中にいる。
ハッとして、子供部屋の扉を見る。心の奥底から、恐怖心が湧き上がった。
奴が、もうすぐ来てしまう──
祭服を着た男が、部屋に飛び込んだのはその時だ。手には拳銃が握られている。
──審問官!?
思わず悲鳴を上げかけ……少女は、ぎりぎりのところでこらえた。
その黒髪の男は、敵ではない。
「同志に、内通者がいたようだ」
部屋に入るや、男は忌まわしげに吐き捨てた。
頭から出血し、祭服はボロボロだ。外で激しい戦いがあったに違いない。
母が、その男がナカマであると話していたことを思い出す。それがどんな関係性であるのかは……よく理解できない。
だが母が、その男に信頼を寄せていることだけは確かだった。
「私が時間を稼ぐ。君らは逃げろ」
男は拳銃から空薬莢を抜くと、新たな銃弾を装填する。
「アーロン、一緒に戦うわ」
「わたしもっ!」
少女は勇ましく宣言したが、母からじっと見つめ返されただけだった。答えが否、であることは明らかだ。
白髪の魔女は、ワードローブの前に立った。
重厚なオーク材でできたそれは、人の背丈ほどの高さがある。
アイボリーに塗装された扉を開けると、ぎっしりと洋服が吊されていた。
扉を閉じ、手をかざす。
鈴を鳴らしたような、澄んだ声が響いた。
「結べ」
もう一度開いた時、洋服は跡形もない。
それどころか、ワードローブは見たこともない部屋へと繋がっていた。薄暗い……雑貨屋の、店内のように見える。
陳腐な手品などではない。
──空間を結び合わせる、恐ろしく高度な魔法だ。
「クリスティー、あなたは逃げなさい」
「お母様も一緒に!」
母を置いて一人で逃げるなど、断固として受け入れられない。
いや……心中で少女は焦りを募らせた。それよりも、すぐに警告しなくてはならないことがある。
だが、意識は清明であるのに、その言葉が口から出せない。
「駄目よ。奴らの狙いは私だもの」
「嫌ですっ!」
腕を掴み、強く引く。
時間がない。奴が来てしまう──!
「──■%$●#&で待っているわ」
突然響いた破裂音が声をかき消し、少女を絶望の淵に追いやった。
母の背中越しに、黒髪の審問官が床に崩れ落ちるのが見えた。みるみるうちに、赤い色が床を浸食して行く。
間に合わなかった……
「行きなさいっ!」
母が腕を振りほどき、ワードローブの中へと押しやった。
部屋の入り口に、硝煙を吐く拳銃を手にした審問官が立っていた。虚ろな顔をした男と、一瞬だけ目が合う。
それが誰なのか、今なら分かる。
──上級審問官、ベラナだ。
弾かれるようにして、少女は幼さの残る顔を上げた。
そこは見覚えのある部屋だった。聖都の隠れ家にある、子供部屋だ。
状況がうまく呑み込めず、ぼんやりとした頭で周囲を見回す。
目の前に、母が立っている。
絹糸のように艶やかな白髪は……だが今は、赤く染め上げられていた。
慣れ親しんだ家を焦がす、炎によって。
毛嫌いしていた魔道書も、宝物だった人形も、無慈悲な紅蓮の舌に、チロチロとなぶられている。
松明を手にした仮面の男達が屋敷を取り囲んでいた。逃げ場は、ない。
──これは、過去の記憶だ。
少女は、はたと気づいた。
自分は今……あの日の、記憶の中にいる。
ハッとして、子供部屋の扉を見る。心の奥底から、恐怖心が湧き上がった。
奴が、もうすぐ来てしまう──
祭服を着た男が、部屋に飛び込んだのはその時だ。手には拳銃が握られている。
──審問官!?
思わず悲鳴を上げかけ……少女は、ぎりぎりのところでこらえた。
その黒髪の男は、敵ではない。
「同志に、内通者がいたようだ」
部屋に入るや、男は忌まわしげに吐き捨てた。
頭から出血し、祭服はボロボロだ。外で激しい戦いがあったに違いない。
母が、その男がナカマであると話していたことを思い出す。それがどんな関係性であるのかは……よく理解できない。
だが母が、その男に信頼を寄せていることだけは確かだった。
「私が時間を稼ぐ。君らは逃げろ」
男は拳銃から空薬莢を抜くと、新たな銃弾を装填する。
「アーロン、一緒に戦うわ」
「わたしもっ!」
少女は勇ましく宣言したが、母からじっと見つめ返されただけだった。答えが否、であることは明らかだ。
白髪の魔女は、ワードローブの前に立った。
重厚なオーク材でできたそれは、人の背丈ほどの高さがある。
アイボリーに塗装された扉を開けると、ぎっしりと洋服が吊されていた。
扉を閉じ、手をかざす。
鈴を鳴らしたような、澄んだ声が響いた。
「結べ」
もう一度開いた時、洋服は跡形もない。
それどころか、ワードローブは見たこともない部屋へと繋がっていた。薄暗い……雑貨屋の、店内のように見える。
陳腐な手品などではない。
──空間を結び合わせる、恐ろしく高度な魔法だ。
「クリスティー、あなたは逃げなさい」
「お母様も一緒に!」
母を置いて一人で逃げるなど、断固として受け入れられない。
いや……心中で少女は焦りを募らせた。それよりも、すぐに警告しなくてはならないことがある。
だが、意識は清明であるのに、その言葉が口から出せない。
「駄目よ。奴らの狙いは私だもの」
「嫌ですっ!」
腕を掴み、強く引く。
時間がない。奴が来てしまう──!
「──■%$●#&で待っているわ」
突然響いた破裂音が声をかき消し、少女を絶望の淵に追いやった。
母の背中越しに、黒髪の審問官が床に崩れ落ちるのが見えた。みるみるうちに、赤い色が床を浸食して行く。
間に合わなかった……
「行きなさいっ!」
母が腕を振りほどき、ワードローブの中へと押しやった。
部屋の入り口に、硝煙を吐く拳銃を手にした審問官が立っていた。虚ろな顔をした男と、一瞬だけ目が合う。
それが誰なのか、今なら分かる。
──上級審問官、ベラナだ。
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