白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
62 / 197
第四章 原初の魔女

第46話 嵐と影 1

しおりを挟む
 漆黒の闇の底に、滴が落ちた。
 頭にかかった靄が急速に晴れ、クリスティーは飛び起きた。 
 そこは夢の中ではない。診療所にある、仮眠室でもない。

 湿気と独特のかび臭さからして、ここはまだ地下なのだろう。
 腹部に走った激痛が、現実を突きつけた。傷口に手をやり……手当されていることに気づく。

「……魔女を救うなんて、審問官失格ね……」

 痛みに顔を歪めながら呟いた皮肉に、アルヴィンは答えない。ただ彼女が横たわるのに手を貸しただけだ。
 クリスティーは傷口に手をやった。
 掌が、淡い青白い光を放ったのを見て、安堵の息を漏らす。

 あの悪趣味極まりない水牢では、魔法を使うことができなかった。ここなら傷口を癒やすことができる。
 意識を集中すると、彼女は癒やしの魔法を編み上げる。

 ──失った血は、戻せない。だが今は止血できれば十分だ。

 傷口が癒えると共に、痛みが和らぐのを感じた。
 呼吸が落ち着くと、クリスティーは自力で上体を起こした。
 二人の視線が交錯し──言葉を発したのは、同時だ。

「──何があった?」
「──外の様子は?」

 語気の強さからして彼女は、先に質問に答える気などなさそうだ。
 嘆息すると、アルヴィンは短く告げた。

「嵐だ」

 その一言に、クリスティーは表情を硬くする。彼女らしからぬ、焦りの色がちらついた。
 壁に手をつきながら、よろよろと立ち上がる。

「……逃げなさい。直ぐに、できるだけ遠くに、よ」
「逃げる? なぜだ?」

 問いかけに、返事はない。
 一歩踏み出し……途端に足をよろめかせた。アルヴィンが咄嗟に身体を支える。

「無茶をするな!」

 そう叫んだ時、すぐ近くに彼女の顔があった。  
 長い睫が、碧い瞳に憂いの影を落としていた。アルヴィンは視線を逸らすことなく、胸にため込んだ思いを吐き出した。

「君は、卑怯だ」
「魔女ですもの。当然でしょう?」
「そんな問題じゃない。なぜ、あの日の真相を話さなかった? ……白き魔女も君も、父の死に関与していなかったんだろう」
「救えなかったのは事実ですもの。それに──」

 クリスティーの瞳に、一瞬だけ哀しみにも似た色が浮かぶ。 

「あの時、違うと言ったら信じてくれたの?」

 その言葉は、鋭利な刃物のようにアルヴィンの心に突き刺さった。
 彼女の言うとおりだ。例え真実を話されていたとしても──信じようとはしなかっただろう……

「この話は終わりよ。分かったなら、逃げてちょうだい」

 クリスティーは邪険に腕を振り払う。
 いや、アルヴィンは離さない。心底悔いたように、言葉を絞り出す。 

「……君を信じ切れなかったのは、僕の罪だ」
「私たちは魔女と審問官よ。お互いを利用し合う関係、謝る必要なんてないわ。さあ、素直に去る気がないのなら、力づくで叩き出してやろうかしら?」

 クリスティーはアルヴィンを突き放した。彼女の双眸が、心が凍てつくような冷然としたものに変わる。

「──君を置いて去る気はない」

 覚悟を決めたように、アルヴィンは重々しく返答した。

「つくづく甘い人ね。……この期に及んで、もう一度取引をしたいとでも言い出すつもりじゃないでしょうね」 
「取引はしない」

 アルヴィンはかぶりを振った。真っ直ぐにクリスティーを見つめる。

「取引じゃない。クリスティー、僕の──仲間、になってくれ」
「……なんですって?」
「利用しあう取引ではなく、信頼しあえる仲間になって欲しい」

 一瞬、時が止まった。
 クリスティーは──唖然とした顔で沈黙していた。
 ややあって、肩を震わせる。
 そんな表情を浮かべた彼女を見るのは、後にも先にもこの一度だけだったかもしれない。口許に手をやると……少女のように、クスクスと笑い始めたのだ。

「な、何がおかしいんだ!?」
「……あらごめんなさい。あれだけ尖っていたあなたから……そんな言葉が出てくるなんて……おかしくて……!」

 目尻に涙を浮かべながら、なおもクリスティーは笑う。小馬鹿にされているような気がして、アルヴィンは面白くない。
 プロポーズをしたのに返事をお預けされているような、気恥ずかしささえある。
 憮然として、アルヴィンは眉根を寄せた。

「……どっちなのか、答えを早く聞かせてくれないか」
「仲間……! そうね、私たちが仲間になれば、この事態を切り抜けられるかもしれないわね」
「それじゃあ……」

 クリスティーは微笑むと、白い優美な手を差し出した。
 アルヴィンは、ウルバノと戦った夜の出来事を思い出す。あの時は、その場限りだと手をはたいた。
 だが今は──強く、握り返す。

「決まりね」

 そう言うと、彼女は声を真剣なものへと変えた。

「状況は複雑よ。そして、極めて深刻だわ」

 クリスティーの両眼が、鋭い硬質の光を放つ。声には、重苦しい響きが伴った。

「すぐに手を打たなければ、アルビオは壊滅する。大勢が死ぬことになるわ」
「……これは、ただの嵐ではないんだな?」
「そうよ。これは──原初の魔女のひとり、オラージュの魔法よ」
 
 アルヴィンは、戦慄した。
 原初の、魔女。この局面でその名が出たことに、不吉な影を感じずにはいられない。 
 事態は、制御不能な方向へと暗転し始めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...