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第四章 原初の魔女
第47話 嵐と影 2
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暴風が割れた窓から吹き込み、悪魔のようなうなり声を上げる。
鐘塔の中を巡る螺旋階段は、暗く狭い。アルヴィンは石階段を、クリスティーに肩を貸しながら上る。
大聖堂には、大鐘を吊した塔がある。一時間に一度、市民に時間を知らせるためのものだ。
クリスティーに請われ、二人はその最上階を目指していた。
「──この嵐は、本当に原初の魔女の力なのか?」
額に汗を浮かべながら、アルヴィンは問いかける。
原初の魔女とは千年前に実在し、魔道の頂に君臨したとされる十三人の魔女を指す。
彼女たちは、姉妹だった。
そして白き魔女は、その末妹にあたる。
その姉のひとりが、アルビオに現れて嵐をもたらしてるとは……にわかには信じがたい。
「間違いないわ。五番目の姉、嵐の魔女オラージュの仕業よ」
クリスティーは、平然と肯定してみせる。
「──なぜ、原初の魔女が現れた?」
「母が不死を達成した時、姉たちとある契約を交わしたわ」
「……契約?」
急に話が飛んで、アルヴィンは訝しげな表情を浮かべた。その顔に彼女は、落ち着いた眼差しを向ける。
「母の身に危機が訪れた時、守護すること」
「白き魔女はこの街にはいない」
「そうね。でも私はいる」
まるで謎かけのように、クリスティーは含みを持たせる。
「もっと簡潔に説明してくれないか?」
「契約は、母の血を引く私にも引き継がれている。こう言ったら分かるかしら?」
「……!」
驚きの声を上げかけて、アルヴィンはなんとか自制した。
「つまり……君が瀕死の傷を負ったことで、原初の魔女が現れた、と? だとしたら、君が無事だと教えてやれば、彼女は去るんだな?」
「そんな単純な話ではないわ」
クリスティーは、心底うんざりしたように首を振る。瞳が、深刻な光彩を放った。
「おかしいと思わない? 母を除く原初の魔女たちは、数百年前に死没しているの。それなのに、守護するだなんて」
表情を硬くしてクリスティーは言葉を継ぐ。
「彼女たちはね、肉体が朽ち、思念体としてこの世に残った存在なのよ。もはや理性があるかすら怪しい。話が通じるような相手じゃないわ」
「……話が通じないのなら、どうなる」
「街を破壊し尽くすまで、止まらないでしょうね」
「それが、守護と言えるのか!?」
思わずアルヴィンは声を大きくする。
矛盾だらけの契約である。それでは守護どころか……状況を、より悪化させるだけではないか。
「文句なら母に言ってちょうだい」
クリスティー自身も苛立ったように、ぴしゃりと言い放つ。
そこで二人は足を止めた。
鐘塔の最上階へと達したのだ。
四隅にある頑丈な柱が、三メートル近い幅を持つ青銅製の大鐘屋根を支えていた。
ここからなら、アルビオの街を一望することができる。
「──アルヴィン」
クリスティーは身体を離すと、手近な柱へよりかかった。
その瞳には、強い意志の光が戻っている。
「嵐の魔女は、私が何とかする。あなたはキーレイケラスを討ちなさい」
「ひとりで、どうするつもりだ?」
「説得するわ」
言いながら、クリスティーは自虐的な笑みを浮かべた。
「まあ、無理でしょうけれど。でも、打つ手がないわけではないわ」
「……君はさっきまで、瀕死の重傷を負っていたんだぞ。置いていけるわけがないだろう」
「私を信じなさい。仲間、なのでしょ? それに、気をつけなければならないのは、あなたの方よ」
「僕が?」
「そうよ。キーレイケラスは、枢機卿の命令を意に介していなかった。母との取引に、私は必要ないとも」
「──まだ見せていない、手札があると?」
「決して油断しないことね。……ベラナにも」
「……? ベラナ師がどうしたんだ?」
アルヴィンが問い返した時、猛烈な突風が襲った。
立っていることができず、思わず床に手をつく。塔が左右に揺れた。
「時間がないわ! 早く行きなさい!」
「くっ……!」
これ以上の猶予はなさそうだ。
クリスティーを信じて、アルヴィンは階段へ向かった。
迷いは、ある。
一段降りて、胸が不安でさざめいた。柱によりかかるクリスティーを見やる。
ダークブロンドの髪を、強風が波打たせていた。その姿は月下美人の花のように儚い。
声に、力がこもった。
「絶対に死ぬな。君に言いたい文句が、一ダースほど残っているんだ」
「楽しみね。後で、ゆっくり聞かせてもらうわ」
クリスティーは笑うと、いつものように軽口を返す。
アルヴィンの姿が見えなくなると、彼女は柱から離れた。
髪を風に巻き上げさせながら欄干に立つ。
見下ろした街は、今や猛烈な嵐の支配下にあった。
横殴りの雨と、暴風が荒れ狂う。
数条の竜巻が天に伸び、家屋が倒壊する、バリバリという不気味な音が木霊する。
クリスティーは暗闇の中を、じっと目を凝らした。
そして、あるものを認めて見開く。
風が渦巻く嵐の中心に──黒い巨人が、見えた。
鐘塔の中を巡る螺旋階段は、暗く狭い。アルヴィンは石階段を、クリスティーに肩を貸しながら上る。
大聖堂には、大鐘を吊した塔がある。一時間に一度、市民に時間を知らせるためのものだ。
クリスティーに請われ、二人はその最上階を目指していた。
「──この嵐は、本当に原初の魔女の力なのか?」
額に汗を浮かべながら、アルヴィンは問いかける。
原初の魔女とは千年前に実在し、魔道の頂に君臨したとされる十三人の魔女を指す。
彼女たちは、姉妹だった。
そして白き魔女は、その末妹にあたる。
その姉のひとりが、アルビオに現れて嵐をもたらしてるとは……にわかには信じがたい。
「間違いないわ。五番目の姉、嵐の魔女オラージュの仕業よ」
クリスティーは、平然と肯定してみせる。
「──なぜ、原初の魔女が現れた?」
「母が不死を達成した時、姉たちとある契約を交わしたわ」
「……契約?」
急に話が飛んで、アルヴィンは訝しげな表情を浮かべた。その顔に彼女は、落ち着いた眼差しを向ける。
「母の身に危機が訪れた時、守護すること」
「白き魔女はこの街にはいない」
「そうね。でも私はいる」
まるで謎かけのように、クリスティーは含みを持たせる。
「もっと簡潔に説明してくれないか?」
「契約は、母の血を引く私にも引き継がれている。こう言ったら分かるかしら?」
「……!」
驚きの声を上げかけて、アルヴィンはなんとか自制した。
「つまり……君が瀕死の傷を負ったことで、原初の魔女が現れた、と? だとしたら、君が無事だと教えてやれば、彼女は去るんだな?」
「そんな単純な話ではないわ」
クリスティーは、心底うんざりしたように首を振る。瞳が、深刻な光彩を放った。
「おかしいと思わない? 母を除く原初の魔女たちは、数百年前に死没しているの。それなのに、守護するだなんて」
表情を硬くしてクリスティーは言葉を継ぐ。
「彼女たちはね、肉体が朽ち、思念体としてこの世に残った存在なのよ。もはや理性があるかすら怪しい。話が通じるような相手じゃないわ」
「……話が通じないのなら、どうなる」
「街を破壊し尽くすまで、止まらないでしょうね」
「それが、守護と言えるのか!?」
思わずアルヴィンは声を大きくする。
矛盾だらけの契約である。それでは守護どころか……状況を、より悪化させるだけではないか。
「文句なら母に言ってちょうだい」
クリスティー自身も苛立ったように、ぴしゃりと言い放つ。
そこで二人は足を止めた。
鐘塔の最上階へと達したのだ。
四隅にある頑丈な柱が、三メートル近い幅を持つ青銅製の大鐘屋根を支えていた。
ここからなら、アルビオの街を一望することができる。
「──アルヴィン」
クリスティーは身体を離すと、手近な柱へよりかかった。
その瞳には、強い意志の光が戻っている。
「嵐の魔女は、私が何とかする。あなたはキーレイケラスを討ちなさい」
「ひとりで、どうするつもりだ?」
「説得するわ」
言いながら、クリスティーは自虐的な笑みを浮かべた。
「まあ、無理でしょうけれど。でも、打つ手がないわけではないわ」
「……君はさっきまで、瀕死の重傷を負っていたんだぞ。置いていけるわけがないだろう」
「私を信じなさい。仲間、なのでしょ? それに、気をつけなければならないのは、あなたの方よ」
「僕が?」
「そうよ。キーレイケラスは、枢機卿の命令を意に介していなかった。母との取引に、私は必要ないとも」
「──まだ見せていない、手札があると?」
「決して油断しないことね。……ベラナにも」
「……? ベラナ師がどうしたんだ?」
アルヴィンが問い返した時、猛烈な突風が襲った。
立っていることができず、思わず床に手をつく。塔が左右に揺れた。
「時間がないわ! 早く行きなさい!」
「くっ……!」
これ以上の猶予はなさそうだ。
クリスティーを信じて、アルヴィンは階段へ向かった。
迷いは、ある。
一段降りて、胸が不安でさざめいた。柱によりかかるクリスティーを見やる。
ダークブロンドの髪を、強風が波打たせていた。その姿は月下美人の花のように儚い。
声に、力がこもった。
「絶対に死ぬな。君に言いたい文句が、一ダースほど残っているんだ」
「楽しみね。後で、ゆっくり聞かせてもらうわ」
クリスティーは笑うと、いつものように軽口を返す。
アルヴィンの姿が見えなくなると、彼女は柱から離れた。
髪を風に巻き上げさせながら欄干に立つ。
見下ろした街は、今や猛烈な嵐の支配下にあった。
横殴りの雨と、暴風が荒れ狂う。
数条の竜巻が天に伸び、家屋が倒壊する、バリバリという不気味な音が木霊する。
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