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第四章 原初の魔女
第48話 終わりの始まり
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鐘塔を駆け下りたアルヴィンを待ち受けていたのは、急速に近づく足音だ。
咄嗟に廊下の角に身を隠すと、五感を研ぎ澄ませる。
気配が間近に迫った瞬間、彼は拳銃を手に跳躍した。
──二つの銃口が、互いに向けられる。
飛び出したのは銃弾ではなく、驚きの声だ。
「──エルシア先輩!?」
「──アルヴィン!?」
銃口の先にいたのは、エルシアだったのだ。
「先輩、どうしてここに?」
アルヴィンは慌てて銃を引く。
彼女はベラナの救出に向かったはずだ。なぜ、ひとりでいるのか──
「ベラナ師の命で、市警察に行っていたのです。あなたこそ、クリスティー医師はどうしたのです?」
「それは……」
アルヴィンは言い淀んだ。
原初の魔女と対峙するために、彼女を鐘塔に残してきた……とは言えない。
それはクリスティーの、正体を明かすことになりかねない。
迷いの浮かんだ顔を見て、エルシアは何かの事情を察した様だ。それ以上の追及はない。
代わりに彼女は、先を急ぐように、大聖堂へと足を向けた。
遅れて後に続くアルヴィンに、背中越しに告げる。
「早くベラナ師の元へ行きましょう。──嫌な予感がするのです」
雷光が走る度に、ステンドグラスに描かれた聖人の影が、白大理石の床に落ちた。
大聖堂は重い沈黙のベールに包まれている。ただ雷鳴と暴風のうなりだけが耳を打つ。
両脇には、白い仮面をつけた処刑人達が整列していた。
礼拝用の長椅子が並べられた先、正面の祭壇に、隻眼の上級審問官の姿がある。
男は二人の来訪者を睥睨した。
「──背教者ベラナにアリシアか。迎えはどうした?」
「さて? 部屋で寝ているのではないかね」
空惚けたように、ベラナは返事をする。
キーレイケラスは不快げに鼻を鳴らしただけだ。部下の生死など、些事にすぎないのだろう。
「──白き魔女はどこにいる?」
「不死は人の手に余る力だ。分不相応の夢など、捨てることだ」
老人は怖じ気づいた様子もなく、毅然とした態度を崩さない。
聖堂には、ざっと見ただけでも──死角に潜んでいる者がいなければ、だが──二十人程の処刑人がいる。
彼らから黒々とした敵意が、不可視の刃となって向けられていた。
そしてキーレイケラスは、ただならぬ威圧感を放っている。
常人であったなら、とても平静ではいられないだろう。
キーレイケラスは老人のふてぶてしさに、唇の端をわずかに歪めた。
「素直に話せば、貴様の罪を放免してやってもいいのだがな?」
「私に赦しは必要ない。元より地獄へ落ちるつもりだ。──君を、道連れにしてな」
ベラナはそう言うと、一枚の紙を掲げた。
それは──枢機卿ウルベルトから託された手紙だ。
静かに、そして威厳に満ちた声で老人は告げる。
「聖都から命令書が届いた。キーレイケラス、上級審問官の任を解き、背教者として拘束する。聞こえたなら、手勢を引かせることだ」
それは形勢逆転、とでも言うべき宣告だった。
だが隻眼の上級審問官の顔に浮かんだのは……憤怒、ではなく哀れみである。
「──気でも違えたか、ベラナ? 枢機卿会が、そんな命令を出すはずがなかろう」
その指摘は正しい。
教皇ミスル・ミレイが眠りの呪いを受け、公の場から姿を消して久しい。
教会を実質的に支配するのは、七人の枢機卿で構成される枢機卿会だ。そしてウルベルトを除く六人が、不死を求めているのだ。
あの強欲な枢機卿がどう足搔いたところで、会の意志は覆らない。
「……確かに、枢機卿会が出した命令書ではないな。これは──」
老人は眼光を、鋭く光らせた。
「これは教皇猊下が出された、勅書だ」
その場にいた誰もが、耳を疑った。アリシアですら驚きを隠せない。
教皇は、教会の最高位聖職者だ。その権威は、枢機卿会のそれを遙かに上回る。
だが──教皇は呪いを受け、昏睡状態にあるのだ。
一瞬の間を置いて、キーレイケラスが猛然と怒号を上げた。
「眠り姫が勅書を出した……だと!? 馬鹿を言うな。呪いが解けるはずがない!」
「そう、修道士達の手を持ってしても、解くことの叶わなかった強固な呪いだ。容易には解けぬ。ところで先日、不死の呪いを受けた少女を保護したのだがな」
「何の話だっ!?」
「訊けば、とある呪具によって呪いを解かれたらしいのだ」
淡々と話すベラナの目が、したたかな色をたたえた。
「君も知っているはずだ。──呪具、シュレーディンガー。深夜、荒れ果てた会場から探し出すのは骨が折れたが、効果はあったようだ」
それは教会最初期の審問官が愛用し、ついには持ち主を発狂させたいう、呪われたデリンジャーだ。
撃った相手の、魔力を奪い取るとされる。
その力によって、アルヴィンはメアリーの不死の呪いを解いた──
ベラナが張り巡らせた計略を察して、男は目を見開いた。
「まさか貴様──教皇を、撃たせたのか!?」
「ウルベルトの奴、うまく立ち回ったらしいな」
勅書を祭服の中にしまうと、老人は厳しい視線を向ける。
「少々手荒な方法だったが、教皇猊下の呪いは解かれた。偉大なる試みとやらに加担した枢機卿らは罰せられるだろう。無論、君もだ」
その声は、判決を言い渡す裁判官のように重々しい。
数秒の沈黙の後、キーレイケラスは肩を震わせた。続いたのは、後悔の言葉……いや、高笑いである。
「……何がおかしい」
「それが、どうしたと言うのだ?」
男の目に、狂気にも似た殺意の波動が踊った。
「これから貴様らを粛正するとしよう。その上で教皇の首を飛ばせば、なんら問題はないではないか」
「──そんなことさせないわっ!」
アリシアが勇ましく叫び、短剣を抜く。
おもむろにキーレイケラスは、祭服から何かを取り出した。武器──ではない。
掌ほどの大きさの、黒いハンドベルである。
それを見て、ベラナは顔色を変えた。
「耳を塞げっ!」
警告は、遅きに失した。
不気味なベルの音が、大聖堂に鳴り響く。
「くっ……!」
同時に激痛が走り、ベラナは顔を歪めた。
左の太ももに、短剣が深々と刺さっていた。
──虚ろな目をした、アリシアの手によって。
咄嗟に廊下の角に身を隠すと、五感を研ぎ澄ませる。
気配が間近に迫った瞬間、彼は拳銃を手に跳躍した。
──二つの銃口が、互いに向けられる。
飛び出したのは銃弾ではなく、驚きの声だ。
「──エルシア先輩!?」
「──アルヴィン!?」
銃口の先にいたのは、エルシアだったのだ。
「先輩、どうしてここに?」
アルヴィンは慌てて銃を引く。
彼女はベラナの救出に向かったはずだ。なぜ、ひとりでいるのか──
「ベラナ師の命で、市警察に行っていたのです。あなたこそ、クリスティー医師はどうしたのです?」
「それは……」
アルヴィンは言い淀んだ。
原初の魔女と対峙するために、彼女を鐘塔に残してきた……とは言えない。
それはクリスティーの、正体を明かすことになりかねない。
迷いの浮かんだ顔を見て、エルシアは何かの事情を察した様だ。それ以上の追及はない。
代わりに彼女は、先を急ぐように、大聖堂へと足を向けた。
遅れて後に続くアルヴィンに、背中越しに告げる。
「早くベラナ師の元へ行きましょう。──嫌な予感がするのです」
雷光が走る度に、ステンドグラスに描かれた聖人の影が、白大理石の床に落ちた。
大聖堂は重い沈黙のベールに包まれている。ただ雷鳴と暴風のうなりだけが耳を打つ。
両脇には、白い仮面をつけた処刑人達が整列していた。
礼拝用の長椅子が並べられた先、正面の祭壇に、隻眼の上級審問官の姿がある。
男は二人の来訪者を睥睨した。
「──背教者ベラナにアリシアか。迎えはどうした?」
「さて? 部屋で寝ているのではないかね」
空惚けたように、ベラナは返事をする。
キーレイケラスは不快げに鼻を鳴らしただけだ。部下の生死など、些事にすぎないのだろう。
「──白き魔女はどこにいる?」
「不死は人の手に余る力だ。分不相応の夢など、捨てることだ」
老人は怖じ気づいた様子もなく、毅然とした態度を崩さない。
聖堂には、ざっと見ただけでも──死角に潜んでいる者がいなければ、だが──二十人程の処刑人がいる。
彼らから黒々とした敵意が、不可視の刃となって向けられていた。
そしてキーレイケラスは、ただならぬ威圧感を放っている。
常人であったなら、とても平静ではいられないだろう。
キーレイケラスは老人のふてぶてしさに、唇の端をわずかに歪めた。
「素直に話せば、貴様の罪を放免してやってもいいのだがな?」
「私に赦しは必要ない。元より地獄へ落ちるつもりだ。──君を、道連れにしてな」
ベラナはそう言うと、一枚の紙を掲げた。
それは──枢機卿ウルベルトから託された手紙だ。
静かに、そして威厳に満ちた声で老人は告げる。
「聖都から命令書が届いた。キーレイケラス、上級審問官の任を解き、背教者として拘束する。聞こえたなら、手勢を引かせることだ」
それは形勢逆転、とでも言うべき宣告だった。
だが隻眼の上級審問官の顔に浮かんだのは……憤怒、ではなく哀れみである。
「──気でも違えたか、ベラナ? 枢機卿会が、そんな命令を出すはずがなかろう」
その指摘は正しい。
教皇ミスル・ミレイが眠りの呪いを受け、公の場から姿を消して久しい。
教会を実質的に支配するのは、七人の枢機卿で構成される枢機卿会だ。そしてウルベルトを除く六人が、不死を求めているのだ。
あの強欲な枢機卿がどう足搔いたところで、会の意志は覆らない。
「……確かに、枢機卿会が出した命令書ではないな。これは──」
老人は眼光を、鋭く光らせた。
「これは教皇猊下が出された、勅書だ」
その場にいた誰もが、耳を疑った。アリシアですら驚きを隠せない。
教皇は、教会の最高位聖職者だ。その権威は、枢機卿会のそれを遙かに上回る。
だが──教皇は呪いを受け、昏睡状態にあるのだ。
一瞬の間を置いて、キーレイケラスが猛然と怒号を上げた。
「眠り姫が勅書を出した……だと!? 馬鹿を言うな。呪いが解けるはずがない!」
「そう、修道士達の手を持ってしても、解くことの叶わなかった強固な呪いだ。容易には解けぬ。ところで先日、不死の呪いを受けた少女を保護したのだがな」
「何の話だっ!?」
「訊けば、とある呪具によって呪いを解かれたらしいのだ」
淡々と話すベラナの目が、したたかな色をたたえた。
「君も知っているはずだ。──呪具、シュレーディンガー。深夜、荒れ果てた会場から探し出すのは骨が折れたが、効果はあったようだ」
それは教会最初期の審問官が愛用し、ついには持ち主を発狂させたいう、呪われたデリンジャーだ。
撃った相手の、魔力を奪い取るとされる。
その力によって、アルヴィンはメアリーの不死の呪いを解いた──
ベラナが張り巡らせた計略を察して、男は目を見開いた。
「まさか貴様──教皇を、撃たせたのか!?」
「ウルベルトの奴、うまく立ち回ったらしいな」
勅書を祭服の中にしまうと、老人は厳しい視線を向ける。
「少々手荒な方法だったが、教皇猊下の呪いは解かれた。偉大なる試みとやらに加担した枢機卿らは罰せられるだろう。無論、君もだ」
その声は、判決を言い渡す裁判官のように重々しい。
数秒の沈黙の後、キーレイケラスは肩を震わせた。続いたのは、後悔の言葉……いや、高笑いである。
「……何がおかしい」
「それが、どうしたと言うのだ?」
男の目に、狂気にも似た殺意の波動が踊った。
「これから貴様らを粛正するとしよう。その上で教皇の首を飛ばせば、なんら問題はないではないか」
「──そんなことさせないわっ!」
アリシアが勇ましく叫び、短剣を抜く。
おもむろにキーレイケラスは、祭服から何かを取り出した。武器──ではない。
掌ほどの大きさの、黒いハンドベルである。
それを見て、ベラナは顔色を変えた。
「耳を塞げっ!」
警告は、遅きに失した。
不気味なベルの音が、大聖堂に鳴り響く。
「くっ……!」
同時に激痛が走り、ベラナは顔を歪めた。
左の太ももに、短剣が深々と刺さっていた。
──虚ろな目をした、アリシアの手によって。
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