白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第四章 原初の魔女

第50話 暁の死闘

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「上級審問官キーレイケラス、あなたに訊きたいことがあります」

 アルヴィンは黒い瞳に、真剣な色をたたえて問う。
 父の仇を前にして、声は自然とうわずった。

「父を……審問官アーロンに手を下したのは、あなたですか」
「さあ、知らぬな」
「とぼけないでください。十年前、白き魔女との戦いで、あなたは審問官を粛正したはずだ」

 その自信はどこからくるのか……拳銃をつきつけられてなお、キーレイケラスは高慢な態度を崩さない。
 男は興味のなさを隠しもせずに、冷淡に言い放つ。

「仇を討ちたいのなら、あの男を撃つことだ。あの夜、教皇派の審問官を始末したのは、奴なのだからな」

 視線の先にいるは──床に倒れ伏した、ベラナだ。
 アルヴィンは、思わず語気を強くした。

「ベラナ師が? ……でたらめだ!」
「──でたらめではない」

 その声は、隻眼の上級審問官のものではない。
 苦渋に満ちた声は、ベラナ自身の口から発せられた。 

「私がアーロンを撃った。それは、事実だ」
「あなたが!?」

 アルヴィンの顔に、驚愕の表情が貼りついた。
 老人の言葉から……噓は、感じ取れない。
 ──敵であるキーレイケラスではなく、味方であるはずのベラナが父の命を奪った……。
 リベリオは、キーレイケラスが急襲した、と話したはずだ。真逆の事実を告げられ、アルヴィンは愕然とする。

 無意識に力が抜け、拳銃を持った手が下がった。
 その時、背筋にぞわりとした寒気が走った。

「アルヴィン!」

 エルシアの発した警告に、我に返る。
 一瞬生じた隙を見逃すほど、処刑人は甘くはなかった。背後に忍び寄った仮面の男が、斜めに斬撃を振り下ろしたのだ。

 咄嗟に回避できたのは、神の導きとしか言い様がない。剣の残影が、わずか数センチ頭上を切り裂いた。
 同時に、ベラナが叫ぶ。

「──鳴らさせるな!」

 即座に反応したのはエルシアである。
 キーレイケラスが、今まさに黒いハンドベルを鳴らそうとしていた。 
 それが何であるか、想像はつかない。
 だが、ただのベルであるはずがなかった。老人の様子からして、阻止しなければ重大な結果をもたらすことは疑いようがない。 

 銃声が響き、男の手元で火花が散った。正確に狙い撃たれたベルは手元から弾かれ、床を転がって行く。

「背教者どもを始末しろ!」

 忌々しげにキーレイケラスが命令を発する。それが、乱戦の始まりだった。
 白刃の包囲網が、急速に狭められた。

 アルヴィンが、最初に斬りつけてきた処刑人を打ち倒した時、もはや猶予はそれほど残されていない。
 飢えた狼の群れのように、長剣の鈍い輝きが迫る。
 続けざまに引き金を引き、処刑人を迎え撃つ。

 ──捌ききれるか!?

 アルヴィンは素早く周囲に視線を走らせた。
 エルシアはアリシアと対峙していた。アリシアが素手であるとはいえ、射撃を得意とするエルシアとの相性は悪い。周囲に気を配る余裕はなさそうだ。
 だが、彼女を援護しつつ二十人の処刑人を相手にするのは、荷が勝ちすぎている。
 そして最大の難敵は──正面から迫り来る、キーレイケラスだ。手には両手剣が禍々しく光る。

 アルヴィンは銃口を向け、発砲した。 
 それは信じがたいほどの膂力が成せる業だった。そして悪辣極まりない。
 キーレイケラスは手前にいた処刑人の頭を掴むと、無造作に盾代わりにしたのだ。味方を使って銃弾を防ぎ、用の済んだ男を脇に投げ捨てる。
 と、拳銃が乾いた音を立てた。 

「……くっ!」

 アルヴィンは思わず舌打ちする。

 ──弾切れ、だ。

 キーレイケラスと数人の処刑人が、眼前まで急迫していた。
    咄嗟にアルヴィンは、礼拝用の長椅子の間に身を投げ出した。椅子と椅子の狭い間を転がりながら、空薬莢を捨てる。

 その手際の良さは、賞賛に値するものだっただろう。身を起こした時には、新たな銃弾の装填を終えている。
 目視している余裕はない。

 間髪を置かず、アルヴィンは背中越しに発砲した。 
 完全に勘に頼った射撃だったが、その正確さは背後で上がったうめき声によって証明された。    
 一瞥すると、長剣を手にした処刑人が倒れ伏している。
 その部下を無情に踏みつけ、キーレイケラスは斬撃を繰り出す。

 振り下ろされた両手剣は、側にあった礼拝椅子を、斬るというよりは粉々に叩き割っている。
 男は軽々と両手剣を振るい、追撃の手を緩めない。
 キーレイケラスが、一直線に間合いを詰めた。

 アルヴィンは決断を迫られた。
 撃つべきか、それとも回避するべきか。

 ──この距離なら、絶対に外さない。でも……これは奴の間合いだ──!!

 迷いは、一瞬だった。

 ──だが……撃つ!! 

 危険は百も承知だ。反応が僅かでも遅れれば、首を落とす。
 剣の切っ先が、数センチ手前まで迫る。
 だが、逃げない。

    アルヴィンは意を決して、引き金を引いた。 
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