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第五章 幻惑の魔女
第6話 真実を求めて
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現場は、教皇庁からほど近かった。
高位の聖職者の邸宅が集まる、閑静な一角である。
昨夜、枢機卿マリノはここで魔女の襲撃を受け重傷を負った。
周囲は二重に規制線が張られ、不安げな顔をした市民が遠巻きにしている。
群衆の中には、衛士らの姿もある。
現場検証をしていた彼らは、仮面のアルヴィンを見るや無言で現場を譲ったのだ。
正門では、あれほど高圧的であったのに……その反応は、真逆のものだ。
衛士らは、怯えにも似た表情さえ浮かべている。
聖都において処刑人は……やはり死神、なのだろう。
「枢機卿マリノは、教皇庁から私宅への帰途で襲撃を受けたようです」
ベネットは、手にした分厚い資料をめくりながら話す。
教皇庁で渡された、一連の事件記録だ。
道路には真っ二つに両断された客車が残されていた。
アルヴィンは近づくと、軽く手で触れる。
客車はまるで、鋭利な刃物で切り裂かれたかのようだ。切断面は鏡のような輝きを放っている。
到底、人の成せる業ではない。
おそらく……水の魔法か。
そして頭の裏側に、チリチリと焼けるような独特の感覚が走る。
魔法の痕跡を、人はそう感じ取る。
ここで最近、魔法が使われたことは疑いようがない。
「現場の状況は、凶音の魔女の凶行と考えて矛盾しませんね」
ベネットが言い、アルヴィンは無言で頷いた。
「資料によれば犠牲となった枢機卿らは、ほぼ無抵抗の状態で殺害されているようです」
「無抵抗だって? たしか二人目は……」
「枢機卿コルネリオです」
その名を耳にして、アルヴィンは違和感を覚えずにはいられない。
コルネリオは、上級審問官から枢機卿へ栄達した人物だ。
第一線を退いたとはいえ、なんの抵抗もなく殺害されるだろうか?
さらに数枚の資料をベネットはめくる。
「二人は邸宅内で死亡しているところを、家人に発見されています。死因は、どちらも刺殺」
「刺殺……? なぜ魔法を使わない?」
「痕跡を残すことを嫌ったのでは?」
ベネットの推測は、あながち間違いというわけではない。
魔女は狡猾だ。
魔法を使えば、必ず現場に痕跡が残る。
審問官の捜査を攪乱しミスリードするため、あえて使わない者もいる。
だが──
「この現場は、これだけ派手にやっているのに、か?」
アルヴィンは視線を巡らせた。
魔法によって切断されたのは客車だけではない。
石畳は割れ、プラタナスの街路樹まで切り倒されている。
実に派手にやったものだ。
いかにも彼女らしいやり方だといえる。
そして──枢機卿らが暗殺された現場と、何かが噛み合わない。
アルヴィンはベネットを見やった。
「枢機卿マリノに会う必要がありそうだ。昨夜の状況を詳しく訊きたい」
「同感です。それでは邸宅の方へ──」
番地を確認しようと、ベネットは地図に視線を落とす。
再び顔を上げたとき、師の姿はどこにもない。
「アルヴィン師!?」
その背中は見物人らの、さらに向こう側にあった。
ベネットは呆気にとられた。
何かを必死に追うように、師は猛然と駆けていたのだ。
アルヴィンは走る。
見間違いでは決してない。
そう、確かに見えた。
見物人の中に、ボブカットの少女の姿があったのだ。
彼女の診療所で働いていた──エレンに違いない。
視線があった刹那、少女は掛けだした。
必死にアルヴィンは追うが、距離がある上に人通りが多い。
雑踏の中に消えそうになる背中を、見失わないようにするのが精一杯だ。
行き交う人々にぶつかり、口早に謝罪を残し、なおも追う。
エレンは決して走っているわけではない。
だが二人の距離はなかなか縮まらない。
「──エレン、待ってくれ!」
アルヴィンが叫んだ時、人通りが切れた。
眼前には、馬車が激しく行き交う大通りがあった。
少女は既に道路を渡った先にいる。
「僕だ! アルヴィンだ!」
仮面を外し、アルヴィンは叫ぶ。
声が届いたのだろうか。
少女が栗色の髪を揺らし、振り返った。視線が交錯した。
「彼女は、生きているのか!?」
エレンの口が動く。
けたましい喧噪が、声をかき消した。
「──先生は、この街にいます──」
そう告げたように見えた。
思わず一歩踏み出したアルヴィンの鼻先を、馬車がかすめた。
エレンから視線が切れたのは、ほんの一瞬だ。
馬車が通り過ぎた後、少女の姿はどこにもない。
──彼女は、この街にいる。
その言葉だけが、アルヴィンの胸に残った。
高位の聖職者の邸宅が集まる、閑静な一角である。
昨夜、枢機卿マリノはここで魔女の襲撃を受け重傷を負った。
周囲は二重に規制線が張られ、不安げな顔をした市民が遠巻きにしている。
群衆の中には、衛士らの姿もある。
現場検証をしていた彼らは、仮面のアルヴィンを見るや無言で現場を譲ったのだ。
正門では、あれほど高圧的であったのに……その反応は、真逆のものだ。
衛士らは、怯えにも似た表情さえ浮かべている。
聖都において処刑人は……やはり死神、なのだろう。
「枢機卿マリノは、教皇庁から私宅への帰途で襲撃を受けたようです」
ベネットは、手にした分厚い資料をめくりながら話す。
教皇庁で渡された、一連の事件記録だ。
道路には真っ二つに両断された客車が残されていた。
アルヴィンは近づくと、軽く手で触れる。
客車はまるで、鋭利な刃物で切り裂かれたかのようだ。切断面は鏡のような輝きを放っている。
到底、人の成せる業ではない。
おそらく……水の魔法か。
そして頭の裏側に、チリチリと焼けるような独特の感覚が走る。
魔法の痕跡を、人はそう感じ取る。
ここで最近、魔法が使われたことは疑いようがない。
「現場の状況は、凶音の魔女の凶行と考えて矛盾しませんね」
ベネットが言い、アルヴィンは無言で頷いた。
「資料によれば犠牲となった枢機卿らは、ほぼ無抵抗の状態で殺害されているようです」
「無抵抗だって? たしか二人目は……」
「枢機卿コルネリオです」
その名を耳にして、アルヴィンは違和感を覚えずにはいられない。
コルネリオは、上級審問官から枢機卿へ栄達した人物だ。
第一線を退いたとはいえ、なんの抵抗もなく殺害されるだろうか?
さらに数枚の資料をベネットはめくる。
「二人は邸宅内で死亡しているところを、家人に発見されています。死因は、どちらも刺殺」
「刺殺……? なぜ魔法を使わない?」
「痕跡を残すことを嫌ったのでは?」
ベネットの推測は、あながち間違いというわけではない。
魔女は狡猾だ。
魔法を使えば、必ず現場に痕跡が残る。
審問官の捜査を攪乱しミスリードするため、あえて使わない者もいる。
だが──
「この現場は、これだけ派手にやっているのに、か?」
アルヴィンは視線を巡らせた。
魔法によって切断されたのは客車だけではない。
石畳は割れ、プラタナスの街路樹まで切り倒されている。
実に派手にやったものだ。
いかにも彼女らしいやり方だといえる。
そして──枢機卿らが暗殺された現場と、何かが噛み合わない。
アルヴィンはベネットを見やった。
「枢機卿マリノに会う必要がありそうだ。昨夜の状況を詳しく訊きたい」
「同感です。それでは邸宅の方へ──」
番地を確認しようと、ベネットは地図に視線を落とす。
再び顔を上げたとき、師の姿はどこにもない。
「アルヴィン師!?」
その背中は見物人らの、さらに向こう側にあった。
ベネットは呆気にとられた。
何かを必死に追うように、師は猛然と駆けていたのだ。
アルヴィンは走る。
見間違いでは決してない。
そう、確かに見えた。
見物人の中に、ボブカットの少女の姿があったのだ。
彼女の診療所で働いていた──エレンに違いない。
視線があった刹那、少女は掛けだした。
必死にアルヴィンは追うが、距離がある上に人通りが多い。
雑踏の中に消えそうになる背中を、見失わないようにするのが精一杯だ。
行き交う人々にぶつかり、口早に謝罪を残し、なおも追う。
エレンは決して走っているわけではない。
だが二人の距離はなかなか縮まらない。
「──エレン、待ってくれ!」
アルヴィンが叫んだ時、人通りが切れた。
眼前には、馬車が激しく行き交う大通りがあった。
少女は既に道路を渡った先にいる。
「僕だ! アルヴィンだ!」
仮面を外し、アルヴィンは叫ぶ。
声が届いたのだろうか。
少女が栗色の髪を揺らし、振り返った。視線が交錯した。
「彼女は、生きているのか!?」
エレンの口が動く。
けたましい喧噪が、声をかき消した。
「──先生は、この街にいます──」
そう告げたように見えた。
思わず一歩踏み出したアルヴィンの鼻先を、馬車がかすめた。
エレンから視線が切れたのは、ほんの一瞬だ。
馬車が通り過ぎた後、少女の姿はどこにもない。
──彼女は、この街にいる。
その言葉だけが、アルヴィンの胸に残った。
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