白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
80 / 197
第五章 幻惑の魔女

第7話 亡霊との邂逅

しおりを挟む
 夕刻、約束なしの訪問である。
 エレンを見失った後、アルヴィンは教え子と合流し、枢機卿マリノの邸宅へと向かった。
 ツタの茂った石壁に囲まれた邸宅を訪れたとき、門前払いは覚悟していた。
 だがそれは、杞憂だったらしい。

 守衛に名前を告げただけで、あっさりと通されたのだ。 
 門をくぐった先には、噴水のある広い庭園がある。

 その奥に、外壁を天然石のスレートで覆われた洋館が見える。
 屋敷へと歩みを進めるアルヴィンは、言葉少なだ。

 ──先生は、この街にいます──

 少女の言葉が、頭の中で何度も再生されていた。

「アルヴィン師?」
「……ああ……? すまない」

 アルヴィンは、心ここにあらずの体だ。
 名を呼ばれ、後ればせながら教え子から、怪訝な目を向けられていることに気づく。

 彼女はやはり生きている。そして、聖都にいる。
 それが頭から離れなかった。
 今は集中する時だ──アルヴィンは自分に言い聞かせ、頭を切り替える。

 邸宅へと視線を向け、その前に、十人程の武装した処刑人の姿があることに気づく。
 たいした確認もなく門を通されたのは、連中のお仲間と判断されたからか……

「──なんだ?」

 アルヴィンはそこで、小さく声を漏らした。
 処刑人らはマリノの護衛のために配されたのだろう。
 だが、それにしては妙だ。
 彼らの警戒は外ではなく、むしろ邸宅へ向けられているように感じられる。
 そして──

「アルヴィン!」

 不吉な邂逅は、前触れなく訪れるらしい。
 ひび割れた低い声が、投げ打たれたのだ。
 この聖都に、自分を呼び捨てる知己などいただろうか?
 アルヴィンは訝しみながら視線を走らせ──表情が凍りつく。

「あなたはっ!?」

 反応は電光石火のごとく俊敏なものだった。 
 瞬時に拳銃を抜き、アルヴィンは標的を見定める。
 だが銃口が向けられた男は、粘着質な笑みを浮かべただけだ。

「おいおい、ここで戦争でも始めるつもりか?」

 神経を逆なでするような、声である。
 アルヴィンは拳銃を構えたまま、男を睨みつけた。

「生きていたのですか! ……審問官リベリオ」

 その男を、忘れようはずがない。 
 三年前、師の命を奪った仇だ。
 あの日エルシアに銃撃され、男は濁流の中に身を投じた。
 死んだとばかり思っていた。

 だが現実は……甘くはなかったらしい。
 男はわざとらしく胸元で十字を切ってみせる。

「神のご加護があったのさ」

 それはむしろ、悪魔の悪戯というべきだろう。
 二人の間に横たわる事情は、少々複雑だ。
 アルヴィンはかつて、架空の魔女を作りだし連続殺人に手を染めたリベリオの兄を粛正した。
 つまり、互いが仇なのだ。

「ここは神聖な聖都だ。過去の因縁は水に流そうではないか」 

 男は生理的な嫌悪感をかきたてるような、甘ったるい声音を出す。
 信用に足る言葉だとは、とても思えない。
 だがアルヴィンは銃口を下げた。

 無論、男を許したわけではない。
 ここで……決着を着けることはできないのだ。

「賢明な判断だ。審問官の私闘は即刻破門だからな」

 リベリオは白々しい笑みを浮かべる。
 少しでも油断すれば、いつ背中を刺されるか分からない、そんな不気味さを内包した笑みだ。

「それにしても見間違えたぞ、アルヴィン。処刑人になるとは、その若さで大したものだ。共に戦った仲間として誇らしいぞ」
「……なぜ、あなたがここに?」 
「枢機卿殿の護衛だ。見れば分かるだろう?」

 言葉の影に、毒がちらつく。
 リベリオは言いながら、ベネットを見やった。
 仮面の下にある目を、子ウサギを狙う蛇のように光らせる。

「そいつは?」
「僕の教え子です」
「……ほう。そうか」

 鷹揚に頷きながら、不吉な言葉を添えるのを忘れない。

「審問官見習いの四人にひとりは、殉教する。死にたくなければ指導官殿の言いつけを、せいぜい頭に叩き込むことだな」
「──肝に銘じます」

 唯ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、ベネットは短く答える。 
 アルヴィンはさりげなく、リベリオと教え子の間に割って入った。

「先を急いでおりますので。僕たちはこれで」
「無駄足とならぬことを、祈っておいてやろう」
「……どういう意味でしょう?」
「あの偏屈老人と話したところで、時間と忍耐の無駄ということだ」

 偏屈老人とは、マリノを指すのか。
 リベリオは上役である枢機卿を、平然と悪罵する。 
 どうやら複雑な事情が横たわるのは……アルヴィンとリベリオの間だけではないらしい。




 不愉快極まりない邂逅を終えたあと、二人はマリノの寝室を訪れた。 
 赤褐色の重厚な扉をノックする。 
 だが、応答はない。

 再度強めにドアを叩く。
 しばらく待つが……結果は同じだ。
 二人は顔を見合わせた。

 何かが、あったのではないか──

 アルヴィンは非礼を承知で、扉を押し開いた。
 いつでも拳銃を抜けるよう身構え、部屋に踏み込む。

「──枢機卿マリノ?」 

 薄暮の迫った室内は薄暗い。 
 と。

「帰れ!」

 敵意をむき出しにした怒声が響く。
 そして白く輝く何かが、投げつけられたのだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...