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第五章 幻惑の魔女
第9話 赤い再会
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閃光が走った。
一メートルほどもある火球が、続けざまに飛来する。
地面に着弾するや、音と光が波立った。爆音が鼓膜を乱打する。
距離があるにもかかわらず、容赦のない熱風が吹きつけた。
アルヴィンは思わず顔を腕で庇う。
今やオレンジ色の色彩が、夜闇を浸食していた。
優美な庭園は無造作に破壊され、見る影もない。
火球が無慈悲に処刑人を押しつぶし、悲鳴は瞬く間に炎に呑み込まれる。
アルヴィンは視線を走らせた。
火球は敷地の外から撃ち込まれているようだ。
崩れた石壁を盾にして、処刑人らが発砲し応戦している。
だが──闇雲に撃ったところで、効果は望めまい。
「ベネット、待つんだ!」
居ても立ってもおられず、加勢しようとした教え子をアルヴィンは鋭く制止した。
「何故ですか!? 魔女の襲撃なのですよ!」
「あれは陽動だ!」
教え子に叫び返す。
あくまで火球は、処刑人を引きつける囮に過ぎない。
魔女の狙いは、枢機卿マリノのはずだ。
そして彼女が──邸宅へと入るのを、確かに見た。
「枢機卿が危険だ。戻るぞ!」
アルヴィンは駆け出した。
すぐ後ろを、戸惑いながら追随するベネットの気配がある。
マリノの寝室は、二階に上がった奥だ。
赤褐色の重厚な扉は開け放たれていた。
躊躇なく、アルヴィンは室内へ踏み込む。
そして部屋の惨状を目の当たりにして、唖然とする。
部屋を間違えたのではないか──そう思わせるほど、様相が一変していた。
火球の破片が飛び込んだのだろう、壁は崩れ部屋は半壊している。
天蓋の支柱が、まるで飴細工のようにぐにゃりと曲がり、絨毯は所々焦げ燻っている。
そして部屋の中央に──女が、立つ。
右手一本でマリノの首を絞め、持ち上げていた。
アルヴィンは息を呑んだ。
部屋の中は暗い。
だが、三年間探し続けた彼女の顔を、見間違えようはずがない。
闇夜を焦がす炎に照らされたその横顔は──
「クリスティー!」
やはり、生きていたのだ。
ダークブロンドの髪を揺らし振り向いたのは、紛れもなく彼女である。
アルヴィンは胸が熱くなるのを感じた。
百合の花を思わせるような、気品を纏った顔立ち。縁なしのメガネをかけ、眼差しには知性と意志の強さが宿っている。
あの時のままだ。
三年前と、なにひとつ変わらない。
──いや、そうだろうか?
ふと頭の片隅に想念が忍び込み、彼に囁いた。
「クリスティー! 枢機卿を離すんだ!」
アルヴィンは拳銃を構える。
意外なほどあっさりと、マリノは解放された。床に放り出され、激しく咳き込む。
そして彼女は──アルヴィンへと、足を向ける。
「止まれ!」
何かが、おかしい。
ぼんやりとした違和感が、輪郭を帯びようとしていた。
「止まらなければ撃つ!」
彼女は止まらない。
警告は微笑みによって返される。
アルヴィンは、引き金を絞れない。
彼女を撃つことを躊躇していた。
一歩距離が縮まるごとに、銃口が上下に揺れた。
「アルヴィン師……?」
背後でベネットが困惑の声を上げる。
当然だ。
魔女を前にして、駆逐を躊躇う審問官などいまい。
ついに彼女はアルヴィンの目前に立った。
無造作に拳銃を横に押しやる。
アルヴィンの耳元に、紅唇が近づいた。
そして耳打ちしたのだ。
「──禁書庫の鍵を探しなさい」
「……何だって?」
クリスティーはくすりと笑う。
三年ぶりの再会の言葉は不可解で、まるで理解できない。
問い返す暇は、与えられなかった。
直後、灼熱した感覚が走りアルヴィンは呻いた。
彼の左肩に、短剣が突き刺さっていた。
一メートルほどもある火球が、続けざまに飛来する。
地面に着弾するや、音と光が波立った。爆音が鼓膜を乱打する。
距離があるにもかかわらず、容赦のない熱風が吹きつけた。
アルヴィンは思わず顔を腕で庇う。
今やオレンジ色の色彩が、夜闇を浸食していた。
優美な庭園は無造作に破壊され、見る影もない。
火球が無慈悲に処刑人を押しつぶし、悲鳴は瞬く間に炎に呑み込まれる。
アルヴィンは視線を走らせた。
火球は敷地の外から撃ち込まれているようだ。
崩れた石壁を盾にして、処刑人らが発砲し応戦している。
だが──闇雲に撃ったところで、効果は望めまい。
「ベネット、待つんだ!」
居ても立ってもおられず、加勢しようとした教え子をアルヴィンは鋭く制止した。
「何故ですか!? 魔女の襲撃なのですよ!」
「あれは陽動だ!」
教え子に叫び返す。
あくまで火球は、処刑人を引きつける囮に過ぎない。
魔女の狙いは、枢機卿マリノのはずだ。
そして彼女が──邸宅へと入るのを、確かに見た。
「枢機卿が危険だ。戻るぞ!」
アルヴィンは駆け出した。
すぐ後ろを、戸惑いながら追随するベネットの気配がある。
マリノの寝室は、二階に上がった奥だ。
赤褐色の重厚な扉は開け放たれていた。
躊躇なく、アルヴィンは室内へ踏み込む。
そして部屋の惨状を目の当たりにして、唖然とする。
部屋を間違えたのではないか──そう思わせるほど、様相が一変していた。
火球の破片が飛び込んだのだろう、壁は崩れ部屋は半壊している。
天蓋の支柱が、まるで飴細工のようにぐにゃりと曲がり、絨毯は所々焦げ燻っている。
そして部屋の中央に──女が、立つ。
右手一本でマリノの首を絞め、持ち上げていた。
アルヴィンは息を呑んだ。
部屋の中は暗い。
だが、三年間探し続けた彼女の顔を、見間違えようはずがない。
闇夜を焦がす炎に照らされたその横顔は──
「クリスティー!」
やはり、生きていたのだ。
ダークブロンドの髪を揺らし振り向いたのは、紛れもなく彼女である。
アルヴィンは胸が熱くなるのを感じた。
百合の花を思わせるような、気品を纏った顔立ち。縁なしのメガネをかけ、眼差しには知性と意志の強さが宿っている。
あの時のままだ。
三年前と、なにひとつ変わらない。
──いや、そうだろうか?
ふと頭の片隅に想念が忍び込み、彼に囁いた。
「クリスティー! 枢機卿を離すんだ!」
アルヴィンは拳銃を構える。
意外なほどあっさりと、マリノは解放された。床に放り出され、激しく咳き込む。
そして彼女は──アルヴィンへと、足を向ける。
「止まれ!」
何かが、おかしい。
ぼんやりとした違和感が、輪郭を帯びようとしていた。
「止まらなければ撃つ!」
彼女は止まらない。
警告は微笑みによって返される。
アルヴィンは、引き金を絞れない。
彼女を撃つことを躊躇していた。
一歩距離が縮まるごとに、銃口が上下に揺れた。
「アルヴィン師……?」
背後でベネットが困惑の声を上げる。
当然だ。
魔女を前にして、駆逐を躊躇う審問官などいまい。
ついに彼女はアルヴィンの目前に立った。
無造作に拳銃を横に押しやる。
アルヴィンの耳元に、紅唇が近づいた。
そして耳打ちしたのだ。
「──禁書庫の鍵を探しなさい」
「……何だって?」
クリスティーはくすりと笑う。
三年ぶりの再会の言葉は不可解で、まるで理解できない。
問い返す暇は、与えられなかった。
直後、灼熱した感覚が走りアルヴィンは呻いた。
彼の左肩に、短剣が突き刺さっていた。
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