97 / 197
短編 愛と期末考査のオルガナ
第1話 三月は恋のはじまり
しおりを挟む
「──恋をしてる? ……誰が?」
「アルヴィンなのです!」
跳ねるようにエルシアが声をあげた。
その双眸は、確信に満ちた色をたたえている。
アリシアは琥珀色の液体が満たされたティーカップを、静かにソーサーに置く。
「本当に? あのアルヴィンがなの?」
彼女の表情は半信半疑……いや一信九疑というべきか。
そこは魔女を駆逐する術を学ぶ学院──通称オルガナにある一室だった。
扉には、厳めしい字で『魔女研究会』と記された札がかかっている。
部室にいるのは二人だけだ。
赤いビロードの椅子に腰掛けた、会長のアリシアと副会長のエルシアである。
金髪碧眼の双子には、ネモフィラの花を思わせる可憐さと愛らしさがある。
整った目鼻立ちは、まるで妖精のようだ。
ただし……決して、外見に惑わされてはいけない。
その内面では、常にハリケーンが一ダースほど荒れ狂っている。
学院で、魔女よりも魔女らしい、と恐れられる双子なのだ。
「絶対に間違いないのです!」
エルシアに力強く断言されて、アリシアは白い手を頬にあてて黙考した。
ガリ勉で、女心のひとつも理解できないあの男が恋など、はっきり言って想像できない。
だがエルシアの観察眼と直感は、侮れないものがある。
それに……言われてみれば、違和感はあった。
前代未聞のパイ投げ大会となったプロムナードの直後から、アルヴィンの様子がおかしかった。
やたら鏡を見ては、ため息をついていたように思う。
あれは何だったのだろう? 思春期特有の病気なのだろうか?
はっきりと確認できないまま三月を迎え……目に見えておかしくなったは、ここ数日である。
話しかけても上の空で、心ここにあらずの顔だ。
魔女研究会の部室にも、顔を出さない。おかげで紅茶を自分たちで淹れないといけないので困る。
アリシアは、はたと手を打った。
「……そう言えば昨日、壁にぶつかって壁に謝っているところを見たわね」
「ほら、やっぱり! 思い人のことばかり考えているのです!」
「じゃあ……恋なのっ!?」
「酷い話なのです! フェリックスさまを失ったわたしたちを置き去りにして、自分だけ幸せになろうなんて!!」
普段温厚なエルシアが憤り、拳を振り回す。
双子からするとアルヴィンは、外見はいいけど女心を理解できない、干し大根にも劣る残念な奴なのだ。
ひとりだけ抜け駆けして幸せになろうなど、断じて許されない。
「行くわよ、エルシア!」
裏切者を問い詰めるべく、二人は猛然と部室を飛び出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オルガナの校舎は、ゴシック様式の質実剛健とした石造りである。
広大な敷地を擁し、風光明媚なスティルウエル湖畔に佇む大陸屈指の難関校……といえば聞こえはいいが、近くの村まで馬車で五時間はかかるド田舎にある。
校舎の中は狭くて薄暗く、とにかく冬は冷え込む。
三月だというのに雪のちらつく外を見れば、色彩のない灰色の世界が目に映る。
何も知らぬ者が見れば、オルガナを巨大な墓標と勘違いするに違いない。
学院生よりも校庭にいる鳩の方が自由、とさえ囁かれる厳格な規律を考えると、あながち間違いではないが……いや、話が脱線した。
本校舎から少し離れた場所に、男子寮がある。
放課後、その一角で落雷と錯覚するほどの声が響き渡った。
「どういうことなのっ、アルヴィン!?」
「自分だけ幸せになろうなんて、許せないのです!!」
寮の一階にある、四人部屋の一室。
そこで黒髪の少年が左右から責め立てられていた。
まだ幼さが残る痩身の少年は──アルヴィンだ。
ルームメイトの姿はない。
双子の顔を見るや、彼を置いて蜘蛛の子を散らしたように逃げ出したのだ。
薄情なものである。
結果、部屋にはアルヴィンと双子しかいない。もはや逃げ道はない。
アルヴィンは困惑の色を濃くしながら、尋ねた。
「……先輩方、順序だてて最初から説明をしていただけませんか? 扉を蹴り飛ばすなり『どういうことなの!?』では、さっぱり分かりません」
変声期をまだむかえていない声は、悩ましさで溢れている。
双子と出会ってもうすぐ一年になるが、気まぐれで奔放な振る舞いに翻弄されっぱなしだ。
そもそも異性の寮への立ち入りは、昼間であっても規則違反である。
「白々しいわよ!」
手厳しい指弾が飛んだ。
「アルヴィン見損なったのですっ。わたしたちに黙って恋をするなんて!」
「こ、恋っ!?」
目を白黒させたアルヴィンの胸元に、アリシアは人差し指を突き付ける。
「そうよ! ため息ついたり、ボーッとしたり、壁に謝ったり、恋しか考えられないでしょ!?」
「正直に自白するのです!」
とんでもない誤解が生じている──
アルヴィンは頭痛を感じて、こめかみの辺りを手で押さえた。
どう説明すれば穏便に納得してもらえるのか……
「あのですね……確かに僕が悩んでいるのは事実です」
「ほら見なさい!」
「最後まで聞いてください。お二人は今が何の時期か、分かっていらっしゃいますか?」
「じれったいのです! はっきりと言うのですっ!」
「明日から、期末考査が始まるんです」
「だから、なんなの!?」
「ですから! 僕が悩んでいたのは恋などではなく──」
アルヴィンの声に、深い深い苦悩の響きが混ざる。
「考査のことです! 奪われたんですよ、首席を鉄の女に!」
「アルヴィンなのです!」
跳ねるようにエルシアが声をあげた。
その双眸は、確信に満ちた色をたたえている。
アリシアは琥珀色の液体が満たされたティーカップを、静かにソーサーに置く。
「本当に? あのアルヴィンがなの?」
彼女の表情は半信半疑……いや一信九疑というべきか。
そこは魔女を駆逐する術を学ぶ学院──通称オルガナにある一室だった。
扉には、厳めしい字で『魔女研究会』と記された札がかかっている。
部室にいるのは二人だけだ。
赤いビロードの椅子に腰掛けた、会長のアリシアと副会長のエルシアである。
金髪碧眼の双子には、ネモフィラの花を思わせる可憐さと愛らしさがある。
整った目鼻立ちは、まるで妖精のようだ。
ただし……決して、外見に惑わされてはいけない。
その内面では、常にハリケーンが一ダースほど荒れ狂っている。
学院で、魔女よりも魔女らしい、と恐れられる双子なのだ。
「絶対に間違いないのです!」
エルシアに力強く断言されて、アリシアは白い手を頬にあてて黙考した。
ガリ勉で、女心のひとつも理解できないあの男が恋など、はっきり言って想像できない。
だがエルシアの観察眼と直感は、侮れないものがある。
それに……言われてみれば、違和感はあった。
前代未聞のパイ投げ大会となったプロムナードの直後から、アルヴィンの様子がおかしかった。
やたら鏡を見ては、ため息をついていたように思う。
あれは何だったのだろう? 思春期特有の病気なのだろうか?
はっきりと確認できないまま三月を迎え……目に見えておかしくなったは、ここ数日である。
話しかけても上の空で、心ここにあらずの顔だ。
魔女研究会の部室にも、顔を出さない。おかげで紅茶を自分たちで淹れないといけないので困る。
アリシアは、はたと手を打った。
「……そう言えば昨日、壁にぶつかって壁に謝っているところを見たわね」
「ほら、やっぱり! 思い人のことばかり考えているのです!」
「じゃあ……恋なのっ!?」
「酷い話なのです! フェリックスさまを失ったわたしたちを置き去りにして、自分だけ幸せになろうなんて!!」
普段温厚なエルシアが憤り、拳を振り回す。
双子からするとアルヴィンは、外見はいいけど女心を理解できない、干し大根にも劣る残念な奴なのだ。
ひとりだけ抜け駆けして幸せになろうなど、断じて許されない。
「行くわよ、エルシア!」
裏切者を問い詰めるべく、二人は猛然と部室を飛び出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オルガナの校舎は、ゴシック様式の質実剛健とした石造りである。
広大な敷地を擁し、風光明媚なスティルウエル湖畔に佇む大陸屈指の難関校……といえば聞こえはいいが、近くの村まで馬車で五時間はかかるド田舎にある。
校舎の中は狭くて薄暗く、とにかく冬は冷え込む。
三月だというのに雪のちらつく外を見れば、色彩のない灰色の世界が目に映る。
何も知らぬ者が見れば、オルガナを巨大な墓標と勘違いするに違いない。
学院生よりも校庭にいる鳩の方が自由、とさえ囁かれる厳格な規律を考えると、あながち間違いではないが……いや、話が脱線した。
本校舎から少し離れた場所に、男子寮がある。
放課後、その一角で落雷と錯覚するほどの声が響き渡った。
「どういうことなのっ、アルヴィン!?」
「自分だけ幸せになろうなんて、許せないのです!!」
寮の一階にある、四人部屋の一室。
そこで黒髪の少年が左右から責め立てられていた。
まだ幼さが残る痩身の少年は──アルヴィンだ。
ルームメイトの姿はない。
双子の顔を見るや、彼を置いて蜘蛛の子を散らしたように逃げ出したのだ。
薄情なものである。
結果、部屋にはアルヴィンと双子しかいない。もはや逃げ道はない。
アルヴィンは困惑の色を濃くしながら、尋ねた。
「……先輩方、順序だてて最初から説明をしていただけませんか? 扉を蹴り飛ばすなり『どういうことなの!?』では、さっぱり分かりません」
変声期をまだむかえていない声は、悩ましさで溢れている。
双子と出会ってもうすぐ一年になるが、気まぐれで奔放な振る舞いに翻弄されっぱなしだ。
そもそも異性の寮への立ち入りは、昼間であっても規則違反である。
「白々しいわよ!」
手厳しい指弾が飛んだ。
「アルヴィン見損なったのですっ。わたしたちに黙って恋をするなんて!」
「こ、恋っ!?」
目を白黒させたアルヴィンの胸元に、アリシアは人差し指を突き付ける。
「そうよ! ため息ついたり、ボーッとしたり、壁に謝ったり、恋しか考えられないでしょ!?」
「正直に自白するのです!」
とんでもない誤解が生じている──
アルヴィンは頭痛を感じて、こめかみの辺りを手で押さえた。
どう説明すれば穏便に納得してもらえるのか……
「あのですね……確かに僕が悩んでいるのは事実です」
「ほら見なさい!」
「最後まで聞いてください。お二人は今が何の時期か、分かっていらっしゃいますか?」
「じれったいのです! はっきりと言うのですっ!」
「明日から、期末考査が始まるんです」
「だから、なんなの!?」
「ですから! 僕が悩んでいたのは恋などではなく──」
アルヴィンの声に、深い深い苦悩の響きが混ざる。
「考査のことです! 奪われたんですよ、首席を鉄の女に!」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる