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短編 愛と期末考査のオルガナ
おまけ 双子の誕生日
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このお話は、一話完結のショートストーリーです。
舞台はアルビオ、時期は第一部と第二部の間頃です。
「参ったな、さっぱり分からないぞ……」
アルヴィンはため息をつくと、途方に暮れたように周囲を見回した。
そこはアルビオ最大の市場、ボラーフ・マーケットの一角だ。
青果や肉、雑貨、絹織物などの露天が、所狭しと並ぶ。
なぜアルヴィンが市場にいるのか……実は、審問官の任務とは一切関係がない。
そこには、深い事情があった。
──早朝の出来事である。
廊下でばったりと出くわしたアリシアが、にっこりと笑いながらこう尋ねてきたのだ。
「アルヴィン、明日が何の日か知っているわよね?」
これは良くないことが起きる前触れだ。
アルヴィンは長年の経験から直感した。
明晰な頭脳は、瞬時に的確な答えを弾き出す。
「明日は聖フィデシルの殉教日ですね?」
「違うわよっ!」
即座にアリシアは、両眼を鋭く光らせる。
「あたしたちの誕生日に決まっているでしょっ!!」
声を大きくして、アルヴィンへと詰め寄った。
「その顔、忘れてたの!? 女の子の記念日を忘れるなんてサイテ-! すぐに買っていらっしゃい!!」
忘れたというよりも、初めて聞かされた気がする。
だが反論など、許されるはずもない。
そもそもプレゼントを渡すかは、個人の意志によるものであって強制されるものではないはずだが……
口が裂けても、そんなことは言えない。劫火に油を注ぐことは目に見えている。
どこか心の中で引っかかりを覚えつつ、アルヴィンは一目散に市場へと向かった。
とはいえ……勉強ばかりしてロクに恋愛をしてこなかった男に、女性へのプレゼント選びはハードルが高すぎる。
何を買えばいいのか市場で途方に暮れていた、というわけである。
アルヴィンは、忙しげに市場を行き交う人々を眺めながら考える。
プレゼント……たとえば小麦粉十キロとかではダメなのだろうか?
形に残らない物がいい、とは思う。
プレゼント見る度に彼を思い出して、用事を言いつけられたのでは、たまったものではない。
「──そんな深刻な顔をしてどうしたんだい?」
声をかけられ、アルヴィンは思索を中断した。
恰幅の良い、女店主と目が合った。
雑貨屋のマーブル、馴染みの相手だ。
面倒見の良さそうな顔をした中年女性は、雑貨店を営む店主であり──協力者のひとりでもある。
「厄介な案件のようだね」
声を潜める店主に、アルヴィンは頷いた。
「女性へのプレゼントを探しています」
「……プレゼント?」
意外な言葉に、店主は思わず聞き返した。
この女っ気の一切感じられない男──まあ、好青年ではある──が、プレゼントを?
何があったというのか。
そして有能な協力者である彼女は、すぐに事情を察する。
女性とは、魔女を指す隠語に違いない。
だとすればプレゼントは、武器か。
白昼、往来の多い市場で、それは当然の配慮というものだろう。
女店主は声を低くした。
「それで相手の特徴は? どんな攻撃をしかけてくるんだい?」
「攻撃……? そうですね、精神的にも物理的にもハードですね。しかもお二人はカバーしあうので、遠距離から近距離まで気が抜けません」
「弱点は?」
「そんなものがあったら、こんな苦労はしていませんよ!」
「つけいる隙はなし、ってわけかい」
重々しい口調で、マーブルは腕を組む。
「それは強力なプレゼントが必要なようだね」
「ええ、大喜びしそうなものをお願いします」
「大喜び、ね。あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ」
女主人は不敵な笑みを浮かべる。
なんとなく……誤解が生じている気がしないでもない。
「攻撃とか弱点とか、女性へのプレゼントにそんな情報がいるんで──」
「持って行きな!」
声を遮るようにして、アルヴィンの鼻先に、メタリックな光を放つ物体が差し出された。
それは──銀色に光る、メリケンサックだ。
「……これは何です?」
怪訝な表情を浮かべるアルヴィンに、女店主は厳めしい声で告げる。
「純銀製のメリケンサックさ。全てが相手の間合いなら、かえって話はシンプルさ。考えるだけ無駄、相手の懐に飛び込みな。どう距離を詰めるかは……審問官なら、考えることだね」
アルヴィンは戸惑った。
女性の誕生日に、銀のメリケンサック。
この地方独自の文化だろうか?
疑念がわき上がるが……冷静に考えれば、恋などロクにしたことのないアルヴィンよりも、女店主のチョイスが正しいことは疑いようがない。
それに都合の良いことに、ちょうど二つあるではないか。
「ありがとうございます」
アルヴィンは素直に礼を言うと、袋を受け取った。
「かまわんさ、うまくやりな!」
店主に、バシバシと背中を叩かれる。
ちなみに代金は、アルヴィンの給与の三ヶ月分に相当した。
相当懐が痛い。
だが双子の怒りを買うことに比べれば安い……きっとそのはずだ。
無事にミッションを達成したアルヴィンの心は軽かった。
夕刻。
教会の入り口で、アルヴィンはエルシアとばったりと出くわした。
彼女は目ざとく袋に目を留める。
「アルヴィン、それは何なのです?」
「お二人の誕生日プレゼントですが……」
「誕生日? 何を言っているのです?」
エルシアは怪訝な表情を浮かべ、柳眉を寄せた。
それを見て……アルヴィンの胸がざわめく。
「わたしたちの誕生日なら、三ヶ月前に終わっているのです」
「え……!?」
「でも、もらっておいてあげなくもないですわ」
気づいた時には、袋はエルシアの手にある。
呼び止める間もない。
彼女はスキップをしながら、たちまち姿を消してしまった。
欺された……アルヴィンは愕然とする。
──やっぱり小麦粉十キロにしておけば良かった。
深く後悔すると同時に、二度と双子にプレゼントなどすまい……アルヴィンは固く心に誓うのだった。
ちなみにメリケンサックの最初の獲物は──いや、野暮な話はやめておこう。
この経験が、いつの日か恋愛に活きる……そう祈らずにはいられない。
(迷宮の魔女編につづく)
舞台はアルビオ、時期は第一部と第二部の間頃です。
「参ったな、さっぱり分からないぞ……」
アルヴィンはため息をつくと、途方に暮れたように周囲を見回した。
そこはアルビオ最大の市場、ボラーフ・マーケットの一角だ。
青果や肉、雑貨、絹織物などの露天が、所狭しと並ぶ。
なぜアルヴィンが市場にいるのか……実は、審問官の任務とは一切関係がない。
そこには、深い事情があった。
──早朝の出来事である。
廊下でばったりと出くわしたアリシアが、にっこりと笑いながらこう尋ねてきたのだ。
「アルヴィン、明日が何の日か知っているわよね?」
これは良くないことが起きる前触れだ。
アルヴィンは長年の経験から直感した。
明晰な頭脳は、瞬時に的確な答えを弾き出す。
「明日は聖フィデシルの殉教日ですね?」
「違うわよっ!」
即座にアリシアは、両眼を鋭く光らせる。
「あたしたちの誕生日に決まっているでしょっ!!」
声を大きくして、アルヴィンへと詰め寄った。
「その顔、忘れてたの!? 女の子の記念日を忘れるなんてサイテ-! すぐに買っていらっしゃい!!」
忘れたというよりも、初めて聞かされた気がする。
だが反論など、許されるはずもない。
そもそもプレゼントを渡すかは、個人の意志によるものであって強制されるものではないはずだが……
口が裂けても、そんなことは言えない。劫火に油を注ぐことは目に見えている。
どこか心の中で引っかかりを覚えつつ、アルヴィンは一目散に市場へと向かった。
とはいえ……勉強ばかりしてロクに恋愛をしてこなかった男に、女性へのプレゼント選びはハードルが高すぎる。
何を買えばいいのか市場で途方に暮れていた、というわけである。
アルヴィンは、忙しげに市場を行き交う人々を眺めながら考える。
プレゼント……たとえば小麦粉十キロとかではダメなのだろうか?
形に残らない物がいい、とは思う。
プレゼント見る度に彼を思い出して、用事を言いつけられたのでは、たまったものではない。
「──そんな深刻な顔をしてどうしたんだい?」
声をかけられ、アルヴィンは思索を中断した。
恰幅の良い、女店主と目が合った。
雑貨屋のマーブル、馴染みの相手だ。
面倒見の良さそうな顔をした中年女性は、雑貨店を営む店主であり──協力者のひとりでもある。
「厄介な案件のようだね」
声を潜める店主に、アルヴィンは頷いた。
「女性へのプレゼントを探しています」
「……プレゼント?」
意外な言葉に、店主は思わず聞き返した。
この女っ気の一切感じられない男──まあ、好青年ではある──が、プレゼントを?
何があったというのか。
そして有能な協力者である彼女は、すぐに事情を察する。
女性とは、魔女を指す隠語に違いない。
だとすればプレゼントは、武器か。
白昼、往来の多い市場で、それは当然の配慮というものだろう。
女店主は声を低くした。
「それで相手の特徴は? どんな攻撃をしかけてくるんだい?」
「攻撃……? そうですね、精神的にも物理的にもハードですね。しかもお二人はカバーしあうので、遠距離から近距離まで気が抜けません」
「弱点は?」
「そんなものがあったら、こんな苦労はしていませんよ!」
「つけいる隙はなし、ってわけかい」
重々しい口調で、マーブルは腕を組む。
「それは強力なプレゼントが必要なようだね」
「ええ、大喜びしそうなものをお願いします」
「大喜び、ね。あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ」
女主人は不敵な笑みを浮かべる。
なんとなく……誤解が生じている気がしないでもない。
「攻撃とか弱点とか、女性へのプレゼントにそんな情報がいるんで──」
「持って行きな!」
声を遮るようにして、アルヴィンの鼻先に、メタリックな光を放つ物体が差し出された。
それは──銀色に光る、メリケンサックだ。
「……これは何です?」
怪訝な表情を浮かべるアルヴィンに、女店主は厳めしい声で告げる。
「純銀製のメリケンサックさ。全てが相手の間合いなら、かえって話はシンプルさ。考えるだけ無駄、相手の懐に飛び込みな。どう距離を詰めるかは……審問官なら、考えることだね」
アルヴィンは戸惑った。
女性の誕生日に、銀のメリケンサック。
この地方独自の文化だろうか?
疑念がわき上がるが……冷静に考えれば、恋などロクにしたことのないアルヴィンよりも、女店主のチョイスが正しいことは疑いようがない。
それに都合の良いことに、ちょうど二つあるではないか。
「ありがとうございます」
アルヴィンは素直に礼を言うと、袋を受け取った。
「かまわんさ、うまくやりな!」
店主に、バシバシと背中を叩かれる。
ちなみに代金は、アルヴィンの給与の三ヶ月分に相当した。
相当懐が痛い。
だが双子の怒りを買うことに比べれば安い……きっとそのはずだ。
無事にミッションを達成したアルヴィンの心は軽かった。
夕刻。
教会の入り口で、アルヴィンはエルシアとばったりと出くわした。
彼女は目ざとく袋に目を留める。
「アルヴィン、それは何なのです?」
「お二人の誕生日プレゼントですが……」
「誕生日? 何を言っているのです?」
エルシアは怪訝な表情を浮かべ、柳眉を寄せた。
それを見て……アルヴィンの胸がざわめく。
「わたしたちの誕生日なら、三ヶ月前に終わっているのです」
「え……!?」
「でも、もらっておいてあげなくもないですわ」
気づいた時には、袋はエルシアの手にある。
呼び止める間もない。
彼女はスキップをしながら、たちまち姿を消してしまった。
欺された……アルヴィンは愕然とする。
──やっぱり小麦粉十キロにしておけば良かった。
深く後悔すると同時に、二度と双子にプレゼントなどすまい……アルヴィンは固く心に誓うのだった。
ちなみにメリケンサックの最初の獲物は──いや、野暮な話はやめておこう。
この経験が、いつの日か恋愛に活きる……そう祈らずにはいられない。
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