白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第六章 迷宮の魔女

第27話 新たな使命

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 ──魔女よりも、退屈な人生の方がよっぽど恐ろしい。
 それが双子の信条だ。

 ようやく窮屈な馬車から解放されて、地面を踏む。
 大きく伸びをして、二人は深く息を吸い込んだ。
 丸一日馬車に揺られたのだ。体中が悲鳴を上げている。 
 
 そこは大陸で最も神に近い、荘厳な聖都──ではない。
 深い、森の中だ。
 星読みの魔女ポラリスの占いは、この地を指し示した。

「懐かしの母校じゃない♪」

 アリシアが声を弾ませる。 
 何が待ち受けているのかワクワクして仕方がない、といった様子である。
 視線の先には、質実剛健とした石造りの学舎がある。

 魔女を狩る術を学ぶ学院──通称、オルガナだ。

 審問官を目指す者は、ここで四年間を学ぶ。
 手のかかる後輩に勉強を教えたことも、今となってはいい思い出である。

「さてさて。恥ずかしがり屋の差出人さんは、どこにいるのかしらね?」 

 アリシアは上機嫌で視線を巡らせた。
 アルビオから馬車を乗り継ぎ、すでに周囲には夜の帳がおりていた。
 正門は閉じられ、辺りに人気はない。
 学院生も教官も寮に戻っているはずで、まずは誰を訪ねるべきか──

「迷う必要はなさそうですわよ?」

 エルシアが鉄門を指さす。
 見知った顔が、そこにあった。
 切れ長の目に知性を漂わせた、ハニーブラウンの髪色の女……ベアトリクスである。

 アルヴィンの元クラスメイトであり、双子とも浅からぬ因縁がある。
 背筋を伸ばし、ベアトリクスは目礼する。

「お待ちしておりました。審問官アリシア、エルシア」

 その挨拶からして、あの白紙の手紙はオルガナからのもので間違いないのだろう。
 アリシアは、五年ぶりに再会した後輩を見やる。 
 当然ではあるが、彼女の着る祭服は学院生のものではない。

「久しぶりね! その年で教官だなんて、大したものじゃない」
「違います。助手です」

 ベアトリクスの返答は実に端的で、無愛想なものだ。
 クールな鉄の女は、今も健在らしい。

 いや──エルシアは、あることに気づく。
 チラチラと、誰かを探す気配を察したのだ。

「ベアトリクス。アルヴィンなら、聖都に転任したのでいませんわよ?」
「そうですか」

 返答は、またしてもそっけない。
 だが、明らかに落胆した雰囲気が伝わってきて、双子は心中でほくそえむ。
 鉄の女も、少しは人間味が出てきたらしい。

「それで、この呼び出しは何なのです?」
「事の仔細は存じません。お二人が今夜お見えになるので、理事長室へお通しするように、と」
「……学院長室、ではなくて? 誰がいるのです?」
「存じません」

 どこまでつれない反応だが、何も知らされていないのは事実なのだろう。
 二人は案内され、学舎に入る。

 それにしても、理事長室とは……エルシアはいぶかる。
 オルガナの理事長は、長きに渡って──少なくとも数十年間、不在のはずだ。
 何者が待っているのか。

 埃一つ落ちていない整然とした廊下を歩き、階段を上がる。
 二階へ、さらに三階へ。
 突き当たりにある重厚な扉へと進み、ベアトリクスはノックした。

「入りたまえ」

 間を置かず、短い返事がある。

「私はここまでです。どうぞ、お二人は中へ」

 ベアトリクスは扉を開き、双子を促した。
 理事長室は、深紅のベルベットをまとった家具が配されている。調度品ひとつひとつが、気品を感じさせるものだ。

 壁にかけられた油絵の肖像画は、おそらく──初代学院長オルガナか。
 微笑みを浮かべる、老婦人が描かれている。

 煖炉の傍らに、彼女らを呼びつけたであろう男が立っていた。
 肩口まで伸びた黒髪に、神経質そうな顔。
 エルシアは一礼すると、微笑みを浮かべた。

「お久しぶりですわ、ヴィクトル教官。いえ、ヴィクトル理事長。白紙の手紙で人を呼び出すほど栄達されて、お喜び申し上げますわ」
「驚いた。学院の支配者となって、さぞ充実した日々なのでしょうね」

 第一声からして、双子には遠慮がない。
 ヴィクトルは眼光を鋭くするが、あくまで口調は静かだ。

「君達は、二つ勘違いをしている。ひとつ、小生は常に私心なく学院に奉仕している。二つ、小生は理事長ではない」
「理事長ではないのに、なぜここにいるのです?」
「許可は得てある。ここは密談に最適なのだ。かけたまえ」

 ヴィクトルは上座のアームチェアに腰掛け、足を組む。
 双子は横にある、ソファーに並んで座る。

 学院時代、この男は規則原理主義者とでもいうべき存在で、学院生らから毛嫌いされていた。
 一方で双子と後輩男子一名は規則破りの常習犯であったわけで、両者は蛇蝎のごとく忌み嫌う関係にある。

 当然ながら、友好的なムードなど形成されるはずがない。
 先に口を開いたのはアリシアである。

「密談、ね。こんな手の込んだことをして、わざわざ呼び出した目的は何なのよ?」

 アリシアは白紙の便箋を取り出して、ヒラヒラとさせる。
 ヴィクトルは声を潜めた。 

「ある人物の、護衛を頼みたい」
「……護衛?」

 思いもしない単語が飛び出して──しかも、プライドの塊のような男が、頼みたい、とは──アリシアは、表情を変えた。

「ただの護衛ではない、ってことかしらね」
「察しが良くて結構。コールド・スプリングまで、対象者の安全を完璧に確保し、赴いてもらいたいのだ」

 きな臭さを感じ取って、エルシアは眉をひそめる。
 コールド・スプリングは、オルガナからほど近い村の名だ。
 馬車で、せいぜい一時間ほどだろう。
 だが十年以上前に……廃村、となったはずだ。

「ただのピクニック、というわけではなさそうですわね。どうして、わたしたちなのです?」
「信用のおける審問官の中で、君達が最も優秀だ。それだけだ」

 優秀なのは言われるまでもない。 
 エルシアはにこりともしない。

「それで。護衛の対象者は?」

 やおら、ヴィクトルは席を立った。
 無言のまま扉へ向かい、勢いよく開ける。

「──痛っ!!?」

 理事長室の外で、悲鳴があがった。
 どうやら盗み聞きをしていた不届き者がいたようだ。
 ベアトリクスではない。

 廊下には、額を押さえてうずくまる──赤毛の少女の姿があった。

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