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第六章 迷宮の魔女
第28話 暗黒の未来予想図
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「──そこで何をしている?」
廊下にうずくまる少女を、ヴィクトルは冷ややかに見下ろす。
その声には、呆れが多分に含まれている。
「小生は、人をやるまで自室で待機しろと言ったはずだが?」
「ハッ……! ど、どこはここっ!? 誰はわたしっ!?」
頭を抱えて左右を見回す少女に、ヴィクトルは深く嘆息する。
「三文芝居はいいから入りたまえ。手間が省けた。君に話が及んだところだ」
「サー、イエス、サ-! 小生殿!」
「ヴィクトルだ!」
一瞬で跳ね起きると、少女はどこぞの軍隊のようなかけ声とともに、勢いよく敬礼する。
卒業して数年で、オルガナの校風は随分変化したらしい。
少女はつかつかと歩くと、ヴィクトルが座っていた上座のアームチェアに、ちょこんと腰を下ろした。
「……」
ヴィクトルはこめかみのあたりに手を当て、無言で下座に座る。
そして、双子を見やる。
「護衛対象はこの娘だ。面識は、あるな?」
「ありますけれど……」
エルシアは珍しく語尾を濁す。
面識なら、もちろんある。
たしか──メアリーといったか。
かつて審問官と不死の魔女として、戦った。
だが彼女は……偉大なる試みと称される、不死化実験の被害者だったのだ。
三年前の嵐の夜、枢機卿らを告発するために聖都へ旅立った。
その後の消息は知らなかったが……まさか、学院生になっていたとは、驚きである。
「この子を守って、コールド・スプリングへ? 廃村に何があるのです?」
「詳しくは話せん」
不服そうな二対と、脳天気な一対の視線を受けて、ヴィクトルは咳払いをする。
「フェアでないことは、承知している。察しているだろうが、この件は生命の危険が伴う。強制はしない、断っても構わない」
もちろん、生命の危険程度で躊躇する双子ではない。
むしろ恩を売る、いいチャンスである──そんな不敵な思いすらある。
エルシアは、アリシアをチラリと見やった。
「いいんじゃない? 面白そうじゃない!」
答えは明快である。
エルシアも異存はない。
「ヴィクトル教官、彼女の護衛を引き受けますわ」
「良かろう。それではメアリー、拳銃を」
ヴィクトルは視線をメアリーに転じた。
あたふたと、少女はジャケットから拳銃を取り出した。
彼女が手にしているのは、小ぶりで銃身の短いものだ。威力と精度に劣る分、女性でも取り扱い易い拳銃である。
ヴィクトルは受け取ると、シリンダーから銃弾を抜いた。
「見習いと学院生には、模擬弾の所持しか認められん」
流れるような手際で、新たな銃弾を装填し直す。
「だが──任務の重要性を鑑みて、特例として実弾を支給する」
排莢から再装填まで三秒と要さない。
舌を巻くような手際の良さだ。
ただの嫌味なだけの教官……では、なかったらしい。
実弾が装填された拳銃を前にして、メアリーは新しい玩具を買ってもらった子供の目である。
「ただし!」
嬉々として受け取ろうとしたメアリーの手が、空を切った。
寸前で、ヴィクトルが拳銃を引いたのだ。
「絶対に発砲するな! いいな、絶対に発砲するなよ!?」
険しい顔で、男は念押しする。
「承知しております! 小生殿!」
「ヴィクトルだ!!」
ヴィクトルは叫ぶが、どこまでメアリーの心に響いたかは怪しい。
この少女もなかなかクセの強い難物のようだが……まあいい、細かいことは明日考えればいい。
アリシアは席を立った。
今日は十分働いた、休息が必要である。
「話は決まりね。あたしたち長旅で疲れているの、出発は明朝させてもらうわよ」
「いや、それでは遅い」
「……遅い?」
「先方は既に待っているはずだ。今すぐ発ってもらう」
思いもしない時間外勤務に、アリシアは語気を強くする。
「ちょっと! こっちは一日中馬車に揺られてきたのよ? まだ働けっていうの!?」
「事態は一刻を争うのだ。それに、引き受けると言ったのは、君達だろう?」
どうやらオルガナは、卒業生に対しても一切の容赦がないらしい。
一息つく間もない。
双子の審問官と落ちこぼれ学院生は、こうしてコールド・スプリングへと発ったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「心配、ですか?」
馬車が学院を後にする。
影のように様子を覗っていたヴィクトルは、カーテンを締めた。
「懸念しかありませんな」
振り返った先に、小柄な老婦人の姿がある。
ソファーに腰掛けた婦人に、ヴィクトルは首を振った。
「連中とまともな交渉ができるとは、とても。あなたが出向かれた方が良かったのでは?」
「あの三人を置いて、適任者はいません」
婦人の口調は穏やかなものだ。
だが、ヴィクトルは納得していない様子である。
ロイヤルブルーのティーカップをソーサーに戻すと、婦人は諭すように続けた。
「ヴィクトル、お仕着せで与えられた平和など、長続きはしないものですよ?」
「それはそうですが……」
「それに、あの娘はいい筋をしています」
「メアリーが……ですかな?」
ヴィクトルの顔に浮かんだ、困惑の色は濃い。
この三年間、あの娘の存在が教官らの最大の懸案であったことは、改めて述べるまでもない。
与えられたデメリットは、三百では収まらないはずだ。
絶対に放校せず卒業させよ──という、不可能としか思えない指令によって、散々振り回されてきたのだ。
老婦人は、悪戯っ子のように笑った。
「覚悟しておくことですね。いずれ彼女は、私の後継者となるかもしれませんよ?」
「ご、ご冗談を!」
暗黒の未来予想図に、ヴィクトルは顔を引きつらせる。
婦人は、深淵すら見通すかのような碧色の瞳を、窓の外に向けた。
「とは言え、それは全て終わってからの話。──今は、あの子達を信じましょう」
廊下にうずくまる少女を、ヴィクトルは冷ややかに見下ろす。
その声には、呆れが多分に含まれている。
「小生は、人をやるまで自室で待機しろと言ったはずだが?」
「ハッ……! ど、どこはここっ!? 誰はわたしっ!?」
頭を抱えて左右を見回す少女に、ヴィクトルは深く嘆息する。
「三文芝居はいいから入りたまえ。手間が省けた。君に話が及んだところだ」
「サー、イエス、サ-! 小生殿!」
「ヴィクトルだ!」
一瞬で跳ね起きると、少女はどこぞの軍隊のようなかけ声とともに、勢いよく敬礼する。
卒業して数年で、オルガナの校風は随分変化したらしい。
少女はつかつかと歩くと、ヴィクトルが座っていた上座のアームチェアに、ちょこんと腰を下ろした。
「……」
ヴィクトルはこめかみのあたりに手を当て、無言で下座に座る。
そして、双子を見やる。
「護衛対象はこの娘だ。面識は、あるな?」
「ありますけれど……」
エルシアは珍しく語尾を濁す。
面識なら、もちろんある。
たしか──メアリーといったか。
かつて審問官と不死の魔女として、戦った。
だが彼女は……偉大なる試みと称される、不死化実験の被害者だったのだ。
三年前の嵐の夜、枢機卿らを告発するために聖都へ旅立った。
その後の消息は知らなかったが……まさか、学院生になっていたとは、驚きである。
「この子を守って、コールド・スプリングへ? 廃村に何があるのです?」
「詳しくは話せん」
不服そうな二対と、脳天気な一対の視線を受けて、ヴィクトルは咳払いをする。
「フェアでないことは、承知している。察しているだろうが、この件は生命の危険が伴う。強制はしない、断っても構わない」
もちろん、生命の危険程度で躊躇する双子ではない。
むしろ恩を売る、いいチャンスである──そんな不敵な思いすらある。
エルシアは、アリシアをチラリと見やった。
「いいんじゃない? 面白そうじゃない!」
答えは明快である。
エルシアも異存はない。
「ヴィクトル教官、彼女の護衛を引き受けますわ」
「良かろう。それではメアリー、拳銃を」
ヴィクトルは視線をメアリーに転じた。
あたふたと、少女はジャケットから拳銃を取り出した。
彼女が手にしているのは、小ぶりで銃身の短いものだ。威力と精度に劣る分、女性でも取り扱い易い拳銃である。
ヴィクトルは受け取ると、シリンダーから銃弾を抜いた。
「見習いと学院生には、模擬弾の所持しか認められん」
流れるような手際で、新たな銃弾を装填し直す。
「だが──任務の重要性を鑑みて、特例として実弾を支給する」
排莢から再装填まで三秒と要さない。
舌を巻くような手際の良さだ。
ただの嫌味なだけの教官……では、なかったらしい。
実弾が装填された拳銃を前にして、メアリーは新しい玩具を買ってもらった子供の目である。
「ただし!」
嬉々として受け取ろうとしたメアリーの手が、空を切った。
寸前で、ヴィクトルが拳銃を引いたのだ。
「絶対に発砲するな! いいな、絶対に発砲するなよ!?」
険しい顔で、男は念押しする。
「承知しております! 小生殿!」
「ヴィクトルだ!!」
ヴィクトルは叫ぶが、どこまでメアリーの心に響いたかは怪しい。
この少女もなかなかクセの強い難物のようだが……まあいい、細かいことは明日考えればいい。
アリシアは席を立った。
今日は十分働いた、休息が必要である。
「話は決まりね。あたしたち長旅で疲れているの、出発は明朝させてもらうわよ」
「いや、それでは遅い」
「……遅い?」
「先方は既に待っているはずだ。今すぐ発ってもらう」
思いもしない時間外勤務に、アリシアは語気を強くする。
「ちょっと! こっちは一日中馬車に揺られてきたのよ? まだ働けっていうの!?」
「事態は一刻を争うのだ。それに、引き受けると言ったのは、君達だろう?」
どうやらオルガナは、卒業生に対しても一切の容赦がないらしい。
一息つく間もない。
双子の審問官と落ちこぼれ学院生は、こうしてコールド・スプリングへと発ったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「心配、ですか?」
馬車が学院を後にする。
影のように様子を覗っていたヴィクトルは、カーテンを締めた。
「懸念しかありませんな」
振り返った先に、小柄な老婦人の姿がある。
ソファーに腰掛けた婦人に、ヴィクトルは首を振った。
「連中とまともな交渉ができるとは、とても。あなたが出向かれた方が良かったのでは?」
「あの三人を置いて、適任者はいません」
婦人の口調は穏やかなものだ。
だが、ヴィクトルは納得していない様子である。
ロイヤルブルーのティーカップをソーサーに戻すと、婦人は諭すように続けた。
「ヴィクトル、お仕着せで与えられた平和など、長続きはしないものですよ?」
「それはそうですが……」
「それに、あの娘はいい筋をしています」
「メアリーが……ですかな?」
ヴィクトルの顔に浮かんだ、困惑の色は濃い。
この三年間、あの娘の存在が教官らの最大の懸案であったことは、改めて述べるまでもない。
与えられたデメリットは、三百では収まらないはずだ。
絶対に放校せず卒業させよ──という、不可能としか思えない指令によって、散々振り回されてきたのだ。
老婦人は、悪戯っ子のように笑った。
「覚悟しておくことですね。いずれ彼女は、私の後継者となるかもしれませんよ?」
「ご、ご冗談を!」
暗黒の未来予想図に、ヴィクトルは顔を引きつらせる。
婦人は、深淵すら見通すかのような碧色の瞳を、窓の外に向けた。
「とは言え、それは全て終わってからの話。──今は、あの子達を信じましょう」
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