白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第七章 災厲の魔女

第48話 黒い導き

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 後輩というよりは、弟の方が近い。
 事実彼は、二人を姉のように慕っていたように思う。

 それはそうだ。学院時代は随分世話を焼いたし、勉強も教えた。
 慕って当然である。

 そんな弟分が──何の相談もなく聖都への転任を決めた時、ひどく驚かされた。
 何か事情があることは、薄々察していた。
 だから三年前、不死の魔女と対峙した仮面舞踏会で、わたしたちを頼れと、そう伝えたのだ。

 ──それなのに、何も、分かっていない。

 あの、世界の悩みをひとりで背負い込んだような、辛気くさい顔を思い出すと、フツフツと怒りが沸いてくる。
 どうせ「お二人を巻き込むことはできませんから」とか、下らない気遣いでもしているのだろう。

 勘違いは、正さなくてはならない。
 強くて可憐で、優しい姉代わりがいることを、思い出させてやるのだ。 
 そしてついでに、魔女から押し付けられた難題を手伝わさせよう。

 双子は、心に強く誓う。
 その為には、一刻も早くアルヴィンを見つけ出さなくてはならない。 

 正門での騒動の後、三人の姿は市場にあった。 
 そこは外の張りつめた空気とは裏腹に、それなりの人手と商品で賑わっている。
 聖都は広大で、人口も多い。
 手がかりなく探しても、時間を浪費するだけだろう。

 教会の手を借りず、アルヴィンと合流したいところだが──
 アリシアは、隣で物珍しそうに露天を見やる、赤毛の少女を見やった。

「ねえ、メアリー。魔法でアルヴィンの居場所を探せないかしら?」
「無理です!」

 自信満々に、且つ即答、である。

「わたし、銷失《しょうしつ》の魔法しか使えないですし! あっ! 今、あからさまにガッカリした顔をしましたね!?」
「そりゃあ……アルヴィンを捜す手間を考えたら、ガッカリくらいするわよ」

 肩をすくめるアリシアに、メアリーは、珍しく神妙な顔つきになる。

「魔法って、そんな便利なものじゃないのです。わたしは魔力が弱いので、他にも制約があるんです」
「制約……って、魔女が月夜でしか魔法を使えないような、かしら?」
「そうです! えーっと。魔法は、魔女の血と月の力によって行使される……だったっけ。それに加えて、わたしは手で触れた相手の魔法しか打ち消せないんです!」
「手で触れた、ね……」

 メアリーの力に制約があったとしても、驚きはない。
 だがアリシアは、呟きの途中で何かに引っかかる。
 廃教会で、魔女の当主たちと決裂した時、メアリーは氷の魔女グラキエスに触れ、彼女らを一喝したが──

「ちょっと待って! じゃああの時、魔法を封じられていたのは、グラキエスだけだった?」
「そうですけど」
「他の魔女は、魔法を使えた? あたかも全員の魔法を封じました、あなたたちの負けですから、みたいな口ぶりだったわよね?」
「ハッタリです!」
「はっ!?」

 胸を張って、どや顔で答えるメアリーに、アリシアは喫驚する。

「おばさまも、人生の困難の八割は、ハッタリでどうにかなると言っていました!」
「また、おばさま……」

 隣に立つエルシアも、二の句を継げない。
 猛然と、アリシアはメアリーの胸ぐらを掴んだ。

「正気なのっ!? あそこにいたのはね! 魔道の頂点に立つ、魔女の中の魔女たちなのよ!」 

 上下に激しく揺さぶられながら、メアリーは頭をガクガクとさせる。

「でも、上手く行きましたし♪」

 どこまでも危機感の薄い声が返されて、アリシアは手を離した。 
 怖いもの知らず、という意味では双子と同じなのだろうが……次元が違う。 
 頭が痛い。
 これ以上深く考えるのはよそう。

「……とにかく! アルヴィンを探すわよ!」

 一刻も早くアルヴィンと合流して、爆弾娘の世話を押しつけたい。
 魔法があてにならないのなら、地道に探す他ないが……さて、どうしたものか。

「アリシア、ちょっと」

 エルシアの耳打ちで、思索は中断された。
 目配せに気づき、さりげなく周囲の気配を探る。
 市場の様子は、日常と何ら変わらないように見える。

 だが注意を凝らせば……人混みに紛れて、審問官の姿が目につく。
 その中には、見知った顔もあった。

「……どうやら、わたしたち以外にも、大陸中から審問官が集められているみたいですわ」
「何の目的で、かしら?」

 言って、アリシアは眉をひそめる。

 閉鎖された聖都の門、多数の火砲、そして審問官。
 平穏に感じられる聖都の水面下で、深刻な事態が進展している──そのことに、今更驚きはない。
 双子は周囲に気取られぬよう、視線と小声でやりとりする。

 そしてメアリーは、欠伸をかみ殺した。
 退屈、である。

 シンモンカンがどうのこうの、チンプンカンプンだ。
 小難しい話は苦手である。
 それよりも、絹織物や磁器の並べられた露天に興味が引かれ、歩き出す。

 キョロキョロと見回して、目が合った。
 商人でも、審問官とでもない。 
 黒い、仔猫とだ。

「カワイイ!」

 メアリーは思わず目を輝かせた。
 青果を扱う露店の前で、仔猫が青い瞳を向けていた。
 親猫の姿はない。

 飼い猫、というわけでもなさそうだ。
 ……はぐれたのだろうか?

「おいで!」

 手招きをすると、仔猫は身を翻した。サッと、路地裏へ隠れてしまう。

「猫ちゃん!」  

 メアリーは駆け出し、後を追う。
 深刻な顔をして話す、双子を残して。




「──?」

 ややあって、異変に気づいたのは、エルシアだ。

「どうしたのよ?」

 急に黙り込み、辺りを見回すエルシアに、アリシアは訝しむ。

「メアリーの姿が見当たらないのです」
「え!?」

 驚きの声をあげて、視線を走らせる。
 傍にいたはずの赤毛の少女は、忽然と消えていた。
 悪意の接近は、なかったはずだ。
 もしあったのなら、とっくに双子は察知して、招かれざる客に丁重にお帰りいただいただろう。

 だとすれば……メアリーの意志で? 
 だが、なぜ?

「噓でしょ!? こんな短時間に、どうして!?」

 アリシアの悲鳴じみた叫びに、答える者はいない。
 こうしてメアリーは──聖都に到着して一時間としないうちに、迷子となったのだ。



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