白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第七章 災厲の魔女

第55話 招かれざる客、ぞくぞくと

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「もう、どこに行ったのよ!?」

 アリシアは苛立ち、親指の爪を嚙んだ。
 そろそろアフタヌーンティーの時間だというのに、赤毛の少女は見つからない。
 半日の間、双子はメアリーを探し歩いたが、足取りすら掴めない。

 首尾良く聖都に潜入したというのに……ほんの僅か目を離した隙に、これ、である。
 はっきり言って、嫌な予感しかしない。

「アリシア、あれ!」

 不意にエルシアが、通りの一角を指さした。
 プラタナスの街路樹がつくる、のどかな木漏れ日の間を人々が行き交う。
 その通行人を突き飛ばし、罵声を浴びせながら、走り抜ける一団があった。
 白を基調とした祭服に、顔の上半分を覆い隠す仮面──処刑人だ。

「あいつら……!」

 双子と処刑人には、浅からぬ因縁がある。 
 アリシアは白い頬に手をやって黙考すると、エルシアを見やった。

「ねえ? あたし、思ったんだけど」
「同感ですわ」

 何も聞かず、エルシアは深く頷く。
 改めて確認するまでもない。

 トラブルの中心に、メアリーあり、だ。

 双子は風を纏ったかのように、軽やかに駆け出す。
 気取られないように距離を保ちながら、処刑人を追い始めた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 砕けた硝子の破片が、水晶のように煌めいた。 
 招かれざる客は、窓からやってきた。
 数は二人、両手に短剣を構えている。リベリオが放った追っ手であろう。 

 廊下側に意識を向けていたベネットは、完全に虚を突かれた。
 振り返った時、既に拳銃の間合いではない。手元に飛び込まれている。
 とっさに背後に飛び退いたのは、悪手だった。

 診察室は狭い。背中が壁に当たる。
 斬撃を躱すほどの距離は、稼げていない。
 空気の粒子すらも分断しそうな一閃を、ベネットはかろうじて銃身で弾く。
 火花が散り、拳銃が手から飛んだ。

 ほぼ同時に、右斜めの方向から二撃目が襲った。

 ──早いっ!!

 ベネットは心中で悲鳴をあげながら、身をよじる。
 悪あがきにすぎないことは、分かっている。
 右の脇腹に鋭い痛みが走り、表情が歪んだ。

 急所を狙った無慈悲な一撃は──だが、深くはない。
 腹部をかすめ、壁板に深々と突き刺さっている。

 ──外した!? どうして!?

 理由はすぐに知れる。
 処刑人の手の甲に、銀色に鈍く光るメスが刺さっていた。
 クリスティーの投じたそれが、軌道を逸らさせたのだ。

 深く壁に刺さった短剣は、抜けない。
 ほんの一瞬生じた好機を、ベネットは見逃さない。

 武器はない。素手で挑むしかない。   
 身体は恐怖ですくむ。
 怖じ気づきそうになる心を叱咤し、果敢に一歩踏み出す。

 相手の左腕と胸ぐらを掴み、肉薄した。同時に円を描くようにして脚を払い、男の重心を崩す。
 渾身の力を振り絞る。短剣が閃くよりも早く、ベネットは処刑人を床に叩きつけた。 
 間髪を入れずに振り下ろした手刀が、意識を絶つ。

 ここまで秒針は僅かに二度、歩みを進めただけだ。
 師顔負けの、見事な手際である。
 ただし、凱歌を揚げるには、まだ早い。

 ──新手!

 息をつく間もない。
 もうひとりの処刑人が、急迫した。
 ひとり目に意識が向いていたベネットは、反応が遅れた。

 白刃が、宙にうなる。勝利を確信した男が、仮面の下に薄く嘲笑を浮かべる。
 ベネットの頸部を切り裂く、その寸前。
 処刑人の身体が、文字通り真横に吹き飛んだ。

「!?」

 男は数メートルの距離を転がり、壁に激突して動かなくなる。
 ベネットを救ったのは、またもクリスティーである。 
 その力は──魔法、ではない。

「ほんとあなたたちって、礼儀知らずの常識知らずね。扉と窓の区別もつかないのかしら?」

 心底呆れたように言い放つクリスティーの手には、銃身を短くした、散弾銃が握られている。

「ベネット、怪我はないかしら?」
「そんな物、どこで手に入れたんだっ!?」

 斬りつけられた腹部が痛むが、叫ばずにはおれない。
 銃火器は、審問官にしか所持が許されない、禁制品である。
 この魔女は、どんな魔法を使って手に入れたのか。

「私にはね、協力者のネットワークがあるの。武器も、あなたの幽閉場所を突き止めたのだって、彼らのおかげ」
「……教会内部に、協力者がいるのか」
「どうかしら? それは企業秘密ね」

 クリスティーは、意味ありげな微笑みを浮かべる。
 さらに問おうとして、ベネットは異変に気づいた。
 
 ──扉が、音もなく開いた。

 残念ながら、詮索の時間はないようである。
 武器を手にした処刑人が、なだれ込んでくる。

「せっかちな人たちね」

 クリスティーは、招かれざる客を平然と睨みつけた。

「夕方の診察は、まだ始まっていないの。出直して下さる?」

 もちろん、男たちは出直さない。たちまち診察室は、むせ返るような殺気で満たされる。
 床に落とした拳銃を、ベネットは拾い上げた。
 クリスティーが散弾銃を構える。

 処刑人が、一斉に動く。 
 乱戦が始まった。

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