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第八章 白き魔女
第72話 聖都炎上
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──聖都が燃えている。
大陸において、最も神聖であるはずの街を、業火が焦がす。
壮麗な街並みは、降り注ぐ火球によって無惨に姿を変える。
赤と黒のコントラストが激しくのたうつ様は、まるで終末の日を目にしているかのようだ。
熱気が渦巻く街とは対照的に、詰め所の空気は凍てついていた。
氷の魔女グラキエスに、審問官アルヴィン、アリシア、エルシア、そして魔女クリスティーの連合軍が対峙する。
声に怒りを滲ませたのは、アリシアだ。
「あなたたちは手出ししない約束よ! ステファーナなら、あたしたちが拘束するわっ!」
「言ったはずだ。期限は、我らが失敗したと判断するまで、とな。お前たちは失敗した。それだけでなく、我らを舌先で欺いた」
「──何ですって……?」
忌々しげに、グラキエスがクリスティーを指さす。魔女の双眸に、殺意の波動が溢れた。
エルシアが語気を強める。
「クリスティー医師が、何の関係があるのです!」
「その女は、大陸に破滅を呼ぶ」
「人を害虫呼ばわりするのは、やめてもらえないかしら? 私ほど善良で、慎み深い魔女なんていないわよ」
致死性の毒が塗り込められた視線を、クリスティーは図々しく跳ね返した。
同じ血を分けた末裔でありながら、二人の魔女は敵対している。
クリスティーは、魔女の当主たちから刺客を差し向けられ、大陸中を逃げ回った──枢機卿マリノの屋敷で聞かされた話を、アルヴィンは思い出す。
神ならぬ身だ。全ての状況を理解しているわけではない。
だが、複雑に絡み合った因果が、事態をより深刻なものにさせている……それだけは、理解できる。
冷え切ったのは、部屋の温度だけではなかったようだ。
にらみ合う両者の視線と声は、大きく氷点下を割り込んだ。
「お前たちは信用に値せぬ。もはや我らの手で、現出を阻止する他ない。それが結論だ」
「……だから聖都を消し去ると? ふざけないで! そんな事させないわっ!」
「もう遅い」
声が冷ややかさを増し、酷薄とした彩りを帯びた。
グラキエスの指先が、虚空に蒼い軌跡を描いた。
直後、決裂の意思表示が、氷の矢となって出現した。四人を串刺しにすべく、殺到する。
それが、開戦の合図となった。
「──ほんと、話の分からない連中ね!」
怒気を発し、真っ先にアリシアが反応する。
「聖都を消し去る必要なんてない! あたしたちが会主を止めるっ!」
短剣を抜き両手に構えると、一直線に間合いを詰める。
「──お前は、何も理解していない」
「何ですって!?」
眼前に迫った白刃の煌めきに、グラキエスは嘲笑で報いた。
それだけだ。
刹那、アリシアは急停止する。
人の背丈ほどの氷壁が、二人の間に出現したのだ。
突如として現れた、冷たい無機質な壁に、常人であれば不本意な抱擁を強制されたに違いない。
だが、アリシアの反応は神がかっている。
突進の勢いを、上方へ変換する。壁を蹴りあがり、跳躍した。
宙を舞い、壁の向こう側に必殺の一撃を振り下ろす。
否──グラキエスは、いない。
「──ちっ!」
着地すると同時に、アリシアは真横に飛び退いた。
死角から放たれた刃を、紙一重で躱す。数本の金髪が宙に舞った。
冷たい微笑みをたたえたグラキエスが、氷の長剣を振り、斬撃を放つ。体勢を立て直す暇を与えない。
普段であれば、ここでエルシアが牽制の銃撃をしただろう。
いや、銃撃ならしている。
放たれた銃弾は──だが、新たに生まれた氷壁によって阻まれた。
巧みに双子の連携を断ち切り、つけいる隙を与えない。
アリシアは内心で、舌打ちせずにはおれない。
──流石は当主クラスの魔女ね。審問官との戦い方を心得ている!
攻めも守りも、抜け目ない。
審問官と戦い慣れた魔女だ。
無論、相手が何者であったにせよ、双子の辞書に敗北の二文字はない。
だが……アルビオで相手にする魔女とは、格が違う。それは認めなくてはならない。
「アルヴィン!」
背中越しに、アリシアが叫ぶ。
「時間がないわ! こいつは、あたしたちが駆逐する! あなたは教皇庁へ向かいなさい。ステファーナを拘束するのよ!」
「ですが……!」
「大丈夫なのです! 駆逐したら、すぐに後を追うのです!」
エルシアは拳銃を構えたまま、魔女から視線を外さない。
手強い相手、なのだろう。
こうしている間にも、爆音と悲鳴が絶え間なく響く。
どう行動すべきか──アルヴィンの迷いは、一瞬だった。
「先輩方……お願いします! ……どうかご無事で!」
「当たり前よ! それより、自分の心配をすることね!」
「わたしたちが暴れる分も、少しは残しておくのですよ!」
いつもと変わらない軽口が、背中を押す。
アルヴィンとクリスティーは、詰め所を飛び出した。
外に出ると同時、押し寄せた熱風が髪を乱暴に乱した。
落下した火球が炸裂し、紅蓮の舌が街をなぶる。
聖都の最期の夜は、こうして始まった。
大陸において、最も神聖であるはずの街を、業火が焦がす。
壮麗な街並みは、降り注ぐ火球によって無惨に姿を変える。
赤と黒のコントラストが激しくのたうつ様は、まるで終末の日を目にしているかのようだ。
熱気が渦巻く街とは対照的に、詰め所の空気は凍てついていた。
氷の魔女グラキエスに、審問官アルヴィン、アリシア、エルシア、そして魔女クリスティーの連合軍が対峙する。
声に怒りを滲ませたのは、アリシアだ。
「あなたたちは手出ししない約束よ! ステファーナなら、あたしたちが拘束するわっ!」
「言ったはずだ。期限は、我らが失敗したと判断するまで、とな。お前たちは失敗した。それだけでなく、我らを舌先で欺いた」
「──何ですって……?」
忌々しげに、グラキエスがクリスティーを指さす。魔女の双眸に、殺意の波動が溢れた。
エルシアが語気を強める。
「クリスティー医師が、何の関係があるのです!」
「その女は、大陸に破滅を呼ぶ」
「人を害虫呼ばわりするのは、やめてもらえないかしら? 私ほど善良で、慎み深い魔女なんていないわよ」
致死性の毒が塗り込められた視線を、クリスティーは図々しく跳ね返した。
同じ血を分けた末裔でありながら、二人の魔女は敵対している。
クリスティーは、魔女の当主たちから刺客を差し向けられ、大陸中を逃げ回った──枢機卿マリノの屋敷で聞かされた話を、アルヴィンは思い出す。
神ならぬ身だ。全ての状況を理解しているわけではない。
だが、複雑に絡み合った因果が、事態をより深刻なものにさせている……それだけは、理解できる。
冷え切ったのは、部屋の温度だけではなかったようだ。
にらみ合う両者の視線と声は、大きく氷点下を割り込んだ。
「お前たちは信用に値せぬ。もはや我らの手で、現出を阻止する他ない。それが結論だ」
「……だから聖都を消し去ると? ふざけないで! そんな事させないわっ!」
「もう遅い」
声が冷ややかさを増し、酷薄とした彩りを帯びた。
グラキエスの指先が、虚空に蒼い軌跡を描いた。
直後、決裂の意思表示が、氷の矢となって出現した。四人を串刺しにすべく、殺到する。
それが、開戦の合図となった。
「──ほんと、話の分からない連中ね!」
怒気を発し、真っ先にアリシアが反応する。
「聖都を消し去る必要なんてない! あたしたちが会主を止めるっ!」
短剣を抜き両手に構えると、一直線に間合いを詰める。
「──お前は、何も理解していない」
「何ですって!?」
眼前に迫った白刃の煌めきに、グラキエスは嘲笑で報いた。
それだけだ。
刹那、アリシアは急停止する。
人の背丈ほどの氷壁が、二人の間に出現したのだ。
突如として現れた、冷たい無機質な壁に、常人であれば不本意な抱擁を強制されたに違いない。
だが、アリシアの反応は神がかっている。
突進の勢いを、上方へ変換する。壁を蹴りあがり、跳躍した。
宙を舞い、壁の向こう側に必殺の一撃を振り下ろす。
否──グラキエスは、いない。
「──ちっ!」
着地すると同時に、アリシアは真横に飛び退いた。
死角から放たれた刃を、紙一重で躱す。数本の金髪が宙に舞った。
冷たい微笑みをたたえたグラキエスが、氷の長剣を振り、斬撃を放つ。体勢を立て直す暇を与えない。
普段であれば、ここでエルシアが牽制の銃撃をしただろう。
いや、銃撃ならしている。
放たれた銃弾は──だが、新たに生まれた氷壁によって阻まれた。
巧みに双子の連携を断ち切り、つけいる隙を与えない。
アリシアは内心で、舌打ちせずにはおれない。
──流石は当主クラスの魔女ね。審問官との戦い方を心得ている!
攻めも守りも、抜け目ない。
審問官と戦い慣れた魔女だ。
無論、相手が何者であったにせよ、双子の辞書に敗北の二文字はない。
だが……アルビオで相手にする魔女とは、格が違う。それは認めなくてはならない。
「アルヴィン!」
背中越しに、アリシアが叫ぶ。
「時間がないわ! こいつは、あたしたちが駆逐する! あなたは教皇庁へ向かいなさい。ステファーナを拘束するのよ!」
「ですが……!」
「大丈夫なのです! 駆逐したら、すぐに後を追うのです!」
エルシアは拳銃を構えたまま、魔女から視線を外さない。
手強い相手、なのだろう。
こうしている間にも、爆音と悲鳴が絶え間なく響く。
どう行動すべきか──アルヴィンの迷いは、一瞬だった。
「先輩方……お願いします! ……どうかご無事で!」
「当たり前よ! それより、自分の心配をすることね!」
「わたしたちが暴れる分も、少しは残しておくのですよ!」
いつもと変わらない軽口が、背中を押す。
アルヴィンとクリスティーは、詰め所を飛び出した。
外に出ると同時、押し寄せた熱風が髪を乱暴に乱した。
落下した火球が炸裂し、紅蓮の舌が街をなぶる。
聖都の最期の夜は、こうして始まった。
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