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第八章 白き魔女
第76話 凶報が凶報を連れてくる
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死闘を覚悟していたアルヴィンは、愕然とする。
執務室に、ステファーナの姿を見出すことはできない。共にいるはずの、フェリシアもだ。
油断なく気配を探り、アルヴィンは応接テーブルへ近づいた。
そこには琥珀色の液体を満たした、淡いライラックパープルのティーカップが二つ残されている。
軽く触れると、ほのかな温もりがある。
「一歩遅かったようだな」
ズカズカと足を踏み入れたウルベルトが、苦々しげに舌打ちした。
「──会主は、一体どこに……?」
「アルヴィン!」
ウルベルトが答えるよりも早く、硬い声が発せられた。
執務机の前に、クリスティーが立つ。その白く優美な指先に、書簡があった。
「あなた宛だわ」
「僕に……?」
アルヴィンは、訝しみながら受け取った。
差出人の名はない。
開いた書面には、丁重な悪意が綴られている──
『親愛なる審問官アルヴィン
わたしからのプレゼントを、楽しんでいただけたでしょうか。
呪傷から逃れた者は初めてです。再び立ちあがったあなたを、誇らしく思います──』
「勝手なことをっ!」
死の淵に突き落としておきながら、誇らしいなど──厚顔な文面に、アルヴィンは憤った。
こんなものを寄こすのは、ひとりしかいない。枢機卿会会主、ステファーナだ。
ふつふつと沸き上がる怒りを、懸命に自制する。
アルヴィンは、続きに目を走らせた。
『フェリシア女史は実に優秀です。聖櫃への道は開かれました。
グングニルを持ち、白き魔女の娘と共に、あなたも来なさい。
新たな不死の達成に、立ち会う栄誉を与えましょう。
最後に忠告しておきましょう。ただの脅しだと、思わないことです。
来なければ、フェリシア女史の首を落とします。
あなたが賢明な選択をすることを祈っています。
神のご加護を』
アルヴィンは、唾棄したい衝動に駆られた。
それは、慇懃な脅迫状とでも呼ぶべき代物だ。
聖櫃への道が開かれた──つまり、禁書アズラリエルに記された白き魔女の記憶を、フェリシアが見つけ出したのだろう。
そしてステファーナは、処刑人らを引き連れ、向かった。執務室に至るまで、処刑人の姿がなかったことも腑に落ちる。
全てが、後手に回っている──
アルヴィンの胸が、強くざわめく。
そこに、罵声が追い打ちをかけた。
「愚かな背教者ども、残念だったな! 眠り姫は今頃、エウラリオに始末されておるだろうよ!」
「──なんだって!?」
凶報が凶報を呼ぶ。
アルヴィンは、頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。
不吉極まる宣告をしたのは、クリスティーに叩きのめされ、床に這いつくばった処刑人だ。
眠り姫とは、眠りの呪いを受けた、教皇ミスル・ミレイを揶揄する呼び名だ。
暗殺されれば、もはや教会をあるべき姿に戻すことなど、不可能となるだろう……
「どう足搔いたところで、無駄だ! お前らも、直に同じ運命を──」
耳障りなわめき声を、アルヴィンは手刀を振り下ろして沈黙させた。
その表情は厳しい。いや、彼だけではない。
誰もが顔に、失意と動揺の色を浮かべている。
しん、と部屋が静まりかえった。絶え間なく響く爆音が、何故か随分遠くに感じる。
「ほんと、呆れたわね」
クリスティーは柳眉をひそめると、皮肉交じりに息を吐いた。
「今夜、計画りに進んだことなんて、ひとつだってあったかしら?」
合流するはずだった教官は現れず、聖都を魔女が襲い、ステファーナは既に聖櫃に向かっている。そして、教皇は……
ウルベルトが揚々と語った計画は、もはや破綻寸前だ。
不測の事態の連続で、神に見捨てられたのかと錯覚しそうになる。
「まだ終わっておらん!」
鼻息荒く、ウルベルトは吠えた。
枢機卿の地位を投げ打ってまで出た、賭けなのだ。払い戻しが破滅では、全く割に合わないではないか。
巨体を揺らし、ウルベルトは出口へ向かう。
いや……後に続く気配がないことに気づき、床を踏みならした。
「どうしたのだっ!? エウラリオを追うぞ!」
アルヴィンは黙考したまま、動かない。
今が重大な岐路にあることを、彼は怜悧に察していた。
苛立つ枢機卿を、静かな、そして決意のこもった眼差しで見返す。
「枢機卿ウルベルト──僕は、行きません」
「行かない!? 気でも違えたのかっ! 奴らが部屋を出て時間は経っておらぬ。今から追えば、間に合うのだぞ!」
信じがたい返答に、ウルベルトは目を剝き、脂ぎった顔を赤く染めあげる。
対して、アルヴィンの声音は冷静だ。
「教皇猊下を見捨てるわけではありません。僕は、ステファーナを追います。二手に分かれましょう」
「会主など放っておけ! グングニルは奴らの切り札だ。我らの手にあるうちは、聖櫃に手出しできん。優先すべきは、教皇猊下の命だ!」
グングニルは、神を殺す為の切り札だ。
不用意に聖櫃を開いたところで、自滅するだけだろう──ウルベルトの判断は、正しい。
薔薇園での会話がなければ、アルヴィンもそう考えた。
「聖櫃に向かわなければ、フェリシアが命を落とします。それに会主は、滅びを回避する手段はいらくでもある、と言ったのです。グングニルのあるなしにかかわらず、聖櫃を開くつもりです」
「なんだとっ……!?」
「ステファーナとエウラリオ、どちらも止めなければ、意味がありません。二手に分かれましょう」
ただでさえ少ない仲間を分ける──悪手であることは、十分に承知している。だが、これに代わる上策はない。
アルヴィンは、反論を許さない口調で告げた。
「これが教会と大陸を救う、唯一の方法です。枢機卿ウルベルト、よろしいですね?」
執務室に、ステファーナの姿を見出すことはできない。共にいるはずの、フェリシアもだ。
油断なく気配を探り、アルヴィンは応接テーブルへ近づいた。
そこには琥珀色の液体を満たした、淡いライラックパープルのティーカップが二つ残されている。
軽く触れると、ほのかな温もりがある。
「一歩遅かったようだな」
ズカズカと足を踏み入れたウルベルトが、苦々しげに舌打ちした。
「──会主は、一体どこに……?」
「アルヴィン!」
ウルベルトが答えるよりも早く、硬い声が発せられた。
執務机の前に、クリスティーが立つ。その白く優美な指先に、書簡があった。
「あなた宛だわ」
「僕に……?」
アルヴィンは、訝しみながら受け取った。
差出人の名はない。
開いた書面には、丁重な悪意が綴られている──
『親愛なる審問官アルヴィン
わたしからのプレゼントを、楽しんでいただけたでしょうか。
呪傷から逃れた者は初めてです。再び立ちあがったあなたを、誇らしく思います──』
「勝手なことをっ!」
死の淵に突き落としておきながら、誇らしいなど──厚顔な文面に、アルヴィンは憤った。
こんなものを寄こすのは、ひとりしかいない。枢機卿会会主、ステファーナだ。
ふつふつと沸き上がる怒りを、懸命に自制する。
アルヴィンは、続きに目を走らせた。
『フェリシア女史は実に優秀です。聖櫃への道は開かれました。
グングニルを持ち、白き魔女の娘と共に、あなたも来なさい。
新たな不死の達成に、立ち会う栄誉を与えましょう。
最後に忠告しておきましょう。ただの脅しだと、思わないことです。
来なければ、フェリシア女史の首を落とします。
あなたが賢明な選択をすることを祈っています。
神のご加護を』
アルヴィンは、唾棄したい衝動に駆られた。
それは、慇懃な脅迫状とでも呼ぶべき代物だ。
聖櫃への道が開かれた──つまり、禁書アズラリエルに記された白き魔女の記憶を、フェリシアが見つけ出したのだろう。
そしてステファーナは、処刑人らを引き連れ、向かった。執務室に至るまで、処刑人の姿がなかったことも腑に落ちる。
全てが、後手に回っている──
アルヴィンの胸が、強くざわめく。
そこに、罵声が追い打ちをかけた。
「愚かな背教者ども、残念だったな! 眠り姫は今頃、エウラリオに始末されておるだろうよ!」
「──なんだって!?」
凶報が凶報を呼ぶ。
アルヴィンは、頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。
不吉極まる宣告をしたのは、クリスティーに叩きのめされ、床に這いつくばった処刑人だ。
眠り姫とは、眠りの呪いを受けた、教皇ミスル・ミレイを揶揄する呼び名だ。
暗殺されれば、もはや教会をあるべき姿に戻すことなど、不可能となるだろう……
「どう足搔いたところで、無駄だ! お前らも、直に同じ運命を──」
耳障りなわめき声を、アルヴィンは手刀を振り下ろして沈黙させた。
その表情は厳しい。いや、彼だけではない。
誰もが顔に、失意と動揺の色を浮かべている。
しん、と部屋が静まりかえった。絶え間なく響く爆音が、何故か随分遠くに感じる。
「ほんと、呆れたわね」
クリスティーは柳眉をひそめると、皮肉交じりに息を吐いた。
「今夜、計画りに進んだことなんて、ひとつだってあったかしら?」
合流するはずだった教官は現れず、聖都を魔女が襲い、ステファーナは既に聖櫃に向かっている。そして、教皇は……
ウルベルトが揚々と語った計画は、もはや破綻寸前だ。
不測の事態の連続で、神に見捨てられたのかと錯覚しそうになる。
「まだ終わっておらん!」
鼻息荒く、ウルベルトは吠えた。
枢機卿の地位を投げ打ってまで出た、賭けなのだ。払い戻しが破滅では、全く割に合わないではないか。
巨体を揺らし、ウルベルトは出口へ向かう。
いや……後に続く気配がないことに気づき、床を踏みならした。
「どうしたのだっ!? エウラリオを追うぞ!」
アルヴィンは黙考したまま、動かない。
今が重大な岐路にあることを、彼は怜悧に察していた。
苛立つ枢機卿を、静かな、そして決意のこもった眼差しで見返す。
「枢機卿ウルベルト──僕は、行きません」
「行かない!? 気でも違えたのかっ! 奴らが部屋を出て時間は経っておらぬ。今から追えば、間に合うのだぞ!」
信じがたい返答に、ウルベルトは目を剝き、脂ぎった顔を赤く染めあげる。
対して、アルヴィンの声音は冷静だ。
「教皇猊下を見捨てるわけではありません。僕は、ステファーナを追います。二手に分かれましょう」
「会主など放っておけ! グングニルは奴らの切り札だ。我らの手にあるうちは、聖櫃に手出しできん。優先すべきは、教皇猊下の命だ!」
グングニルは、神を殺す為の切り札だ。
不用意に聖櫃を開いたところで、自滅するだけだろう──ウルベルトの判断は、正しい。
薔薇園での会話がなければ、アルヴィンもそう考えた。
「聖櫃に向かわなければ、フェリシアが命を落とします。それに会主は、滅びを回避する手段はいらくでもある、と言ったのです。グングニルのあるなしにかかわらず、聖櫃を開くつもりです」
「なんだとっ……!?」
「ステファーナとエウラリオ、どちらも止めなければ、意味がありません。二手に分かれましょう」
ただでさえ少ない仲間を分ける──悪手であることは、十分に承知している。だが、これに代わる上策はない。
アルヴィンは、反論を許さない口調で告げた。
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